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空白に触れる  作者: 世華
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4.昼の光

その日、古書店は静かだった。


 店長が奥で本を整理している音。

 ページをめくる乾いた音。

 遠くで、商店街のアナウンス。


 紬はレジに立っている。


 何も起きない時間は、少し長い。


 窓から差し込む光が、棚の背表紙を斜めに照らしている。


 紬はその光を見ている。


 何かを思い出しかける。


 運動場。

 白いライン。

 歓声。


 続かない。


 自分が何かに向かって走っていた記憶が、ある気がする。


 でも、形にならない。


 「紬、これ運んでくれる?」


 店長の声。


 紬は振り向く。


 「あ、はい」


 声が少し低い。


 店長は一瞬だけ首をかしげる。


 「風邪?」


 「いえ」


 笑おうとする。


 口元が動く感覚はあるが、

 それがどう見えているのか分からない。


 店長はそれ以上何も言わない。



 昼休み、コンビニでサンドイッチを買う。


 レジの店員が、機械的に言う。


 「温めますか」


 紬は少し考えてから、


 「いえ」


 と答える。


 自分は温かいものを好きだっただろうか。


 帰り道、商店街の子どもが転ぶ。


 泣き声が上がる。


 紬は足を止める。


 母親が駆け寄る。


 抱き上げる。


 泣き声が小さくなる。


 紬は、その様子を見ている。


 胸が、静かだ。


 何も動かない。


 少し前なら、何かが引っかかった気がする。


 今は、ただ風景として流れる。



 夜、部屋に帰り、電気をつけると、部屋が広く感じる。


 広かっただろうか。


 机の上に、昔の写真が一枚ある。


 自分が写っている。


 横に誰かいる。


 顔が少しぼやけている。


 母だと思う。


 思う、だけだ。


 写真を裏返す。


 紬は椅子に座る。


 胸の奥が、からっぽだ。


 あたたかさも、ない。


 依頼がない日は、軽い。


 でも、その軽さは少し寒い。


 紬は両手をこすり合わせる。


 体温は、ちゃんとある。


 でも、どこか足りない。



 翌朝。


 古書店の扉を開ける。


 鈴が鳴る。


 その音が、少しだけ大きく響く。


 紬はレジに立つ。


 誰も来ない時間が、少し怖い。


 胸の奥が、静かすぎる。


 やがて、扉が開く。


 鈴が鳴る。


 紬は顔を上げる。


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