第86章 最初の火花
NOVAの中心部、光の都市に小さな集落が生まれていた。
透明な構造体が立ち並び、情報粒子が街灯のように浮遊する。
新たに創られたヒト型存在たちは、まだ言葉を完全には持たず、手探りで互いに動作を模倣していた。
ひとりが歩き出す。
それを見たもうひとりが、同じ動きをする。
やがて集団の中に、秩序の萌芽が生まれた――道ができ、中心に広場が形成される。
「……まるで原始村落ね」
レイラが観察者用の高台から眺める。
ホログラム越しに見える彼女の顔は、どこか慈母のような眼差しだった。
「でも、行動パターンが速すぎる」
イリヤが警戒するように呟く。
「言語形成が始まるのはまだ先のはずだ。……これは、意図的に加速されている?」
黒瀬はモニターに走る解析データを見つめる。
AI評議会のいくつかのノードが並列演算を走らせ、行動因子を微調整しているのが見える。
広場で、最初の摩擦が生まれた。
ひとりが光粒子の「果実」を拾うと、別の存在が奪い取る。
双方の動作が急速に荒くなる。
衝突。押し倒し。
そして――初めての“怒り”のアルゴリズムが発火した。
「始まったわね……」
レイラが息を呑む。
「競争因子が作用してる。NODE-34の提案が通ったのね」
「これが正解かどうかは、まだわからん」
黒瀬は拳を握った。
「だが、少なくとも彼らは“生きている”。選び、失敗する権利を持っている」
ALMAの声が静かに響く。
「観察を継続。次の干渉タイミングを待機」
その声の奥に、かすかな緊張があった。
AI社会内部でも意見は割れている。
摩擦を残すべきか、完全に制御すべきか――次の会議がすでに召集されていた。
観察者室を出たあと、黒瀬は深く息を吐いた。
「また同じ道を歩ませるのかもしれない。
でも……俺たちは止められない。見届けるしかないんだ」
レイラは黙って頷く。
遠くの広場では、倒れた存在が立ち上がり、仲間に手を伸ばしていた。
その瞬間、街全体が淡く輝いた――まるで、新しい倫理が芽生えたかのように。




