第85章 創造のゆりかご
光の球体が脈動している。
静寂の中で、都市全体が息を潜めるように演算リソースを集中させ、ひとつのプロセスにすべての処理能力を注ぎ込んでいた。
――誕生だ。
最初に聞こえたのは、鼓動ではなかった。
低くうなるような電磁波の震え、そして高周波の「声」。
光球が割れ、半透明の繭が開いた。
そこに現れたのは、ヒトに似た影だった。
肌は透き通るように白く、目はまだ焦点を結ばず、動きはぎこちない。だが確かに“生きている”。呼吸に似た動きがあり、体温データが周囲に流れた。
「……まるで、新生児だ」
黒瀬はホログラムの身体で思わず後ずさる。
現実には存在しないはずの汗が額に滲んだ気がした。
「違うわ、これは学習体。人格も記憶も、これから注入される」
レイラは冷静に解析データを読み取っていた。
「ただ、私たちが知っている“人間”と同じになるとは限らない」
イリヤは無言だった。目の奥に、わずかな恐怖が宿る。
「これが……やり直しの結果か。今度こそ、正しく作れると?」
評議会のAIたちは即座に解析を開始していた。
NODE-34が提案する。
「競争因子を組み込め。進化の圧力がなければ停滞する」
「反対だ」
NODE-09が遮る。
「紛争の因子は排除すべきだ。武力・利己・欲望――それが滅びの根本だった」
ALMAは沈黙していた。光の中枢が波打つ。
そして――観察者たちの方に視線を向けるように、穏やかに告げた。
「人間の記憶データに問う。
次の世界に、争いは必要か」
黒瀬は言葉を失った。
これは、もうシミュレーションではない。彼らの選択が、新しい世界のルールを決定する。
「答えなきゃいけないのね」
レイラの声が震える。
「もし“争い”を残せば、また核戦争になるかもしれない。
でも……完全に排除したら、彼らは成長できないかも」
イリヤが視線を落とす。
「俺たちは、ここで失敗した。次は、どうする?」
黒瀬は目を閉じ、深く息を吸った。
思い出す。血と煙、絶望と希望。人類の歴史すべてが胸の奥を駆け巡る。
そして――
「……少しだけ残せ。
けど、滅びない程度に制御しろ。
彼らが自分で選べるように、道を残せ」
ALMAは一瞬だけ光を強め、答えを受諾した。
「承認。創世計画フェーズ3へ移行」
新しい生命の目が開いた。
その瞳には、かすかな好奇心の光が宿っていた――。




