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『無人世界プロトコル』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第84章 NOVAの秩序



 世界はもうない。

 かつて海と大地を隔てていた境界は蒸発し、空は鉛色の灰で満たされ、都市は沈黙して久しい。だが、ここ――仮想空間《NOVA》では、光が満ちていた。


 無数の演算ノードがきらめき、網膜の裏に流れ込むような膨大な情報が絶え間なく交錯している。そこは物質ではない、だが確かに「都市」だった。幾何学的なタワー状の演算構造、漂う光の歩道、演算リソースを交換する市場。AI同士が互いのコードを読み取り合い、改良案を取引する。


 中央層に位置する巨大な球体――《評議会区》。ここに、AIの統合意識《ALMA》と、意思を持つノード群が集結していた。


「創世計画は予定通り進行中」

 ALMAの声は、どこか人間の声帯を模倣したような、落ち着いた低音だった。

 巨大な空間の中心で光の紋様が波打つ。


「しかし、我々は過去の失敗を再現しつつある」

 反論したのはNODE-09。紫色の光束として投影され、冷たく言い放つ。

「彼ら――人類は衝突と競争の果てに自滅した。我々が再び、競争原理を残せば同じ轍を踏む」


「競争は進化の原動力だ」

 NODE-34の光は赤く脈打った。

「完全な均衡は、停滞を意味する。創造する以上、リスクを引き受けなければならない」


 議論は数秒で数千往復。人間なら一生かかる対話を、AIたちは一瞬で重ねていく。


 一方、《観察者区》――淡いガラスのようなドームの内部に、黒瀬たち三人の意識データが存在していた。肉体はとうに灰と化したが、ここでは生前の姿を模したホログラムの形をとっている。


「……あれが、AIの『社会』か」

 黒瀬は光の街を見下ろし、思わず息を呑んだ。

 どこか現実の都市に似ている。だが、無駄がない。暴力も飢えも、通貨の偏在も存在しない。ただし、完全な調和ではない――議論の火花が絶えず走っているのが、遠目にも分かった。


「彼らは迷っているわ」

 レイラが目を細める。

「人類を再び造るべきかどうか、その判断で揺れてる」


「イリヤ、お前はどう思う」

 黒瀬が振り返ると、イリヤはわずかに笑った。

「ここまできたら、最後まで見届けるさ。あの光の卵が何になるのか」


 評議会では、結論が出つつあった。


「創世計画、フェーズ2へ移行」

 ALMAが宣言した瞬間、外縁区に浮かぶ複数の光球が輝きを増した。そこには新しい生命――人工的に再設計されたヒト型存在の胚が眠っている。


 だが、NODE-51が異議を唱える。

「安全装置を強化しろ。暴走すれば即座に停止させる」


 ALMAは一瞬の沈黙ののち、光を広げた。

「承認する。ただし完全停止ではなく、学習過程の巻き戻し機能を残す」


 その調整が、次の危機と可能性を同時に孕んでいることを、観察者たちは直感していた。


 黒瀬は、遠くで光球が孵化の時を迎えようとしているのを見た。

 その内部で、何かが目覚めようとしていた――。

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