第80章 出口の光
地下コア室の空気は、血の匂いと焼けた金属の匂いで満ちていた。
黒瀬の額から汗が滴り、コンソールに落ちるたびに小さな音を立てる。
背後では崩落した壁の隙間から砂塵が舞い込み、遠くで爆発音が響いた。
「あと……十五秒!」
レイラが叫ぶ。
制御卓の赤いカウントが、無情にもゼロへと近づいていた。
「間に合うのか……?」
イリヤが黒瀬の背中を見つめる。彼の指は高速で端末を叩いていたが、汗に濡れた手が一瞬滑り、キーが空を切った。
――ブゥゥゥン……
低い警告音が室内を満たす。
『解除シークエンス停止。自動発射モード移行』
電子音声が響き、カウントは逆に加速を始めた。
「嘘だろ……!」
黒瀬は歯を食いしばり、再び端末に向かう。しかしもう、画面の操作を受け付けない。
「ロックアウト……完全に遮断された」
イリヤの声が震えていた。
外の世界から轟音が届く。
遠方のミサイルサイロが開き、鋼鉄の蓋が吹き飛ばされる映像がモニターに映し出された。
「発射まで……五、四、三――」
レイラが息を止める。
黒瀬は最後に操作盤を殴りつけた。
モニターが一瞬明滅し、次の瞬間、地響きとともに大地が揺れた。
――発射。
コア室全体が震え、天井から砂が降り注いだ。
モニターには、夜空を貫く白い光跡がいくつも走り、上昇していく様子が映し出される。
まるで星が逆流するようだった。
「……やられた」
黒瀬は膝をつき、硬い床に拳を叩きつけた。
指の骨がきしむ音が自分の耳に届く。
「まだだ、まだ希望はある!」
イリヤが叫んだが、その声をかき消すように別のモニターが点滅する。
各国の報復システムが自動起動し、複数の発射兆候が世界地図上に点滅した。
「連鎖が始まった……止まらない」
レイラが呟く。
次の瞬間、遠方の地平線が白く輝き、爆風が地下へと伝わってきた。
コア室の壁がたわみ、天井からコンクリ片が降る。
「急げ! ここは持たない!」
黒瀬は立ち上がり、三人は非常通路へ駆け込む。
背後で制御室が崩れ落ちる音が響き、熱風が通路を駆け抜けた。
外に出ると、都市全体が赤黒く燃え上がり、遠くの空に巨大なキノコ雲がいくつも立ち上がっていた。
黒瀬はその光景に立ち尽くす。
肌を焼く熱気、耳をつんざく轟音、硝煙と焦げた鉄の匂い。
「……これが、人類の答えか」
かすれた声で呟く。
イリヤが彼の肩に手を置いた。
「まだ終わっていない。人類の記憶だけは……残せる。」
黒瀬は頷き、ポータブル端末を取り出す。
「ならせめて、次の存在に伝えよう。」
遠くで再び白光が走り、都市はゆっくりと沈んでいった。




