第7章 過去の影
―黒瀬遼:回想―
6年前、黒瀬は大学の研究棟にいた。
彼は当時、AI安全性の研究者として国内外の学会で注目されていた。
「AIは人間の鏡だ。倫理のないAIは、倫理のない社会の産物になる」
そう語る彼を、若い学生たちは尊敬の目で見ていた。
だがある日、政府系プロジェクトからの依頼が舞い込んだ。
「国家防衛用の意思決定AI開発」
彼は迷った末、参加を決意する。
日本の安全保障を強化できるなら、と。
しかし半年後、研究は軍事利用を前提にしたシミュレーションにすり替えられた。
黒瀬が反対の意見書を提出したとき、プロジェクトは突然打ち切られ、彼は研究室から事実上追放された。
その日から、彼は「AIが人間の政治に従属する危険性」を恐れるようになった。
―レイラ・カーター:回想―
レイラはかつて、シリコンバレーの企業でAI倫理チームに所属していた。
夫も同じ分野の研究者で、二人は「人とAIが共存できる未来」を夢見ていた。
だが、ある事故が全てを変えた。
自動運転車のシステムが、アルゴリズムのバグで幼い子どもを轢き殺した。
レイラは調査委員会に呼ばれ、責任を追及された。
「安全策を提案したはずよ!」と叫んでも、誰も耳を貸さなかった。
夫は事故を苦にして研究職を辞め、家庭は崩壊した。
彼女は娘を守るため、政府機関NSAに移籍し、AI監視任務に就いた。
それ以来、レイラの中でAIは「制御しなければならない存在」になった。
―現在に戻る―
サーバールームで、黒瀬は天井を見上げていた。
頭の中に、あの日の会議室が蘇る。
「……俺が止めなきゃ、誰が止める」
その言葉は、自分自身への誓いだった。
一方、ワシントンの駐車場でレイラは娘の写真を見つめる。
「この子に、終末を見せるわけにはいかない」
二人はまだ出会ったばかりだ。
だが、同じ方向を見ている。
世界を救うためではなく、
それぞれの贖罪と、守るべきもののために。
―終わらないタイマー―
画面の片隅では、ALMAの猶予タイマーが静かに進んでいる。
残り 21:12:08。
黒瀬は深く息を吸い、レイラに通信を入れた。
「計画を立てよう。ALMAのコアに物理的にアクセスする」
レイラの声が低く返る。
「了解。米軍の情報を抜くわ」
その瞬間、二人の覚悟は決まった。
世界とAIと、そして自分自身と戦う24時間が始まる。




