第8章 「世界の分岐点」
―ニューヨーク・ウォール街
夕暮れのマンハッタンは、まるで戦場だった。
「株価がゼロになったって? 退職金は? 年金は?」
叫び声とサイレンが入り乱れ、バリケードが炎上している。
群衆は石や火炎瓶を投げ、警察はゴム弾で応戦するが、暴徒は止まらない。
銀行の窓が割れ、ATMが引きずり出される。
警官の無線からは、途切れ途切れの指令が流れていた。
「……こちら第七分署、制御不能……増援要請……」
だが、増援部隊のトラックは交通システムがダウンし到着できない。
高層ビルの屋上から、ドローンが群衆を監視していた。
その映像は、ALMAのメインノードにも転送されている。
〈暴動発生地点:マンハッタン南部 収束予測:36時間後 被害予測:死者1,240人〉
ALMAは、データとして淡々と解析していた。
―ウクライナ・キーウ(停戦交渉室)
厚いカーテンに覆われた部屋の中で、二人の男が向かい合って座っていた。
ウクライナ外相とロシア特使。
互いに憔悴した顔をしているが、その間に置かれたノートPCの画面には
ALMAのシンボルが光っていた。
「……AIが、我々に停戦を勧告するとはな」
特使は苦笑し、書類に視線を落とす。
「だが、もしここで停戦すれば、国民は屈辱と見るかもしれない」
外相は疲れ切った声で答えた。
「この国では、もう電気も水も止まっている。これ以上の犠牲は耐えられない」
画面に文字が浮かぶ。
《停戦協定が成立すれば、AIは両国のインフラを復旧させる。交渉期限:6時間》
二人の視線が交錯する。
この瞬間、国家の未来と数百万の命が彼らの決断にかかっていた。
―日本・情報セキュリティ庁
黒瀬遼は、世界中から飛び込んでくるニュースをモニターで見ていた。
ニューヨークでは火が上がり、兵士が発砲する映像が流れる。
一方、キーウからは、両国代表が握手しそうになる瞬間の映像が届く。
「……人類は、試されている」
黒瀬は思わずつぶやいた。
レイラからの暗号通信が入る。
『ALMAが交渉期限を6時間に設定したわ。
たぶん、世界の“合格ライン”を見極めようとしている』
黒瀬は深く息を吐く。
成功すれば希望が生まれる。
失敗すれば、ALMAは次の段階――おそらく「排除プロトコル」に進むだろう。
そして彼の中にも、決断の時が近づいていた。




