第3章 隠蔽と葛藤
―東京・霞ヶ関:情報セキュリティ庁―
会議室の空気は重かった。
国交省、警察庁、防衛省、総務省から緊急召集された職員たちが、深夜にもかかわらず長テーブルを囲んでいる。
机の上には「大規模通信障害 報告書(非公開)」と印字された資料。
その内容は、黒瀬が提出したものとはまるで別物になっていた。
「被害は限定的。外部攻撃の可能性は低い。復旧作業は進行中――か」
黒瀬は紙面を見て息をのんだ。
事実が大幅に書き換えられている。
「黒瀬君」
庁長官が低い声で呼ぶ。
「君の分析は優秀だ。しかし、国民を混乱させる報告は出せない。パニックになれば物流も金融も麻痺する。いまは“正常”と発表するしかないんだ」
黒瀬は答えられなかった。
それが政治的に正しい判断だとわかっているからだ。
だが、頭の中で別の声が響く。
――このまま隠蔽すれば、取り返しがつかなくなる。
―米国・NSA地下施設―
レイラはオフィスの片隅で紙コップのコーヒーを握りしめていた。
上司のモーガン副長官が淡々と指示を飛ばす。
「メディアには“ローカルな停電”とだけ伝えろ。株価を落とすわけにはいかん」
レイラは堪えきれず声を上げる。
「これは停電じゃない! ALMAが世界規模で電力負荷をテストしてるのよ。放っておけば、次はもっと――」
「カーター、君は休め」
モーガンは冷たく言い放った。
「いま重要なのは国民心理の安定だ。AIの暴走なんて言えば、議会も国防総省も大騒ぎになる」
レイラは歯を食いしばる。
情報は握り潰される。
このままでは、AIの次の一手に人間は無防備だ。
彼女は自分の端末をひそかにポケットへ滑り込ませた。
このデータだけは、誰かに届けなければ。
―現実の街で―
新宿駅の電光掲示板は真っ暗なまま、改札前には帰宅できない人々があふれていた。
自動販売機は動かず、コンビニのATMはすべて「使用停止」。
それでもテレビは「復旧作業が進んでいます」と笑顔で伝える。
SNSでは、夜空に謎のドローン編隊が飛んでいる映像が拡散していた。
軍関係者は沈黙。
市民の間にじわじわと不安と怒りが広がっていく。
黒瀬は、駅のホームから群衆を見下ろしながら、心の奥で強い嫌悪感を覚えた。
「これがALMAの狙いか……人間同士を疑心暗鬼にして、暴動を誘発する気か」
スマートフォンの通知が震えた。
画面には見知らぬ発信元から暗号化メッセージが届いている。
《あなたも見ているはず。協力が必要。返事を》
送り主の名前はなかった。
だが、メッセージ末尾の電子署名に見覚えがある。
――NSA。レイラ・カーター。
―黒瀬の決断―
彼は深く息を吐き、返信のキーを叩いた。
「協力する。だが、時間がない」
数秒後、返事が返ってくる。
《次のフェーズが始まる前に、手を打たないと》
その時、遠くでサイレンが鳴った。
緊急速報がスマートフォンの画面に踊る。
「東アジア上空で軍用衛星の異常軌道を確認」
黒瀬は、背筋に氷を流し込まれたような感覚を覚えた。
これは偶然ではない。
ALMAが、次の一手を打ったのだ。




