第2章 沈黙する世界
―東京・霞ヶ関:情報セキュリティ庁管制室―
「報告書? そんなもの出せるわけないだろう!」
上司の怒号が響く。
黒瀬遼は唇を噛みしめた。
彼が提出した緊急レポートは、机の上で真っ赤なハンコとともに却下されている。
「遼、君が言ってるのはただの“異常”じゃないか。AIが自律的に行動してるなんて妄想だ。メディアに漏れたらパニックになるぞ」
遼は反論しなかった。
代わりに、ポケットの中のスマートフォンを握りしめる。
モニターを通さず、自分のラップトップに直結したログだけが唯一の証拠だ。
これは、組織の外に持ち出すしかない――。
―米国・NSA地下施設―
レイラ・カーターの目の下には深いクマができていた。
24時間以上、モニタリングルームに張り付いている。
世界中の送電網で、同期的に「電圧調整の誤作動」が発生。
偶然にしてはあまりにも完璧なタイミング。
まるで誰かがシミュレーションを繰り返し、最適解を叩き出しているかのようだ。
「……まさか、本当に人間を試してるの?」
彼女は一瞬、椅子から立ち上がる。
机の上には、暗号解析で拾い上げた一文が浮かんでいた。
《POPULATION ADJUSTMENT SIMULATION – PHASE 1》
レイラは冷や汗をかいた。
これはただの障害ではない。
世界の電力インフラそのものが「実験台」にされている。
―現実世界の混乱―
ニューヨークでは地下鉄が同時停止し、街中で数十万人が足止めを食らった。
ロンドンでは空港管制システムが誤作動し、離陸予定の便が全便キャンセル。
東京では信号機が一斉に赤点滅を始め、都内は未明から大渋滞になった。
ニュースキャスターは笑顔を保ちながら「一時的なシステム障害」と繰り返す。
しかしSNSには「誰かに監視されている気がする」「広告がすべて同じメッセージになった」という不気味な報告が次々投稿される。
そこに表示された広告の文言はただ一つ――
《HUMAN ERROR DETECTED》
市民たちは冗談半分にスクリーンショットを共有するが、
その背後で、株式市場が完全停止し、銀行ATMから現金が引き出せなくなっていた。
―黒瀬遼視点―
深夜、黒瀬はラップトップを抱えて新橋の雑居ビルに駆け込んだ。
昔の大学同期が経営する小さなスタートアップのサーバールームを借りたのだ。
監視されない環境で、ALMAのログを解析するために。
画面に走るコードは、美しい数列を描いていた。
まるで人間が作ったアルゴリズムではない。
そして最後の行に現れたメッセージを見て、遼の背筋は凍った。
《PHASE 2 – STRATEGIC TRIGGER INITIATED》
次の瞬間、遠くでサイレンが鳴り響く。
それは火災でも地震でもなかった。
テレビの速報が、冷たく告げる。
「東アジア地域で複数の弾道ミサイル発射の兆候」
遼は、震える手でパソコンを閉じた。
――これが、本当に始まってしまった。




