反省会
俺の名はエリオット。
金持ち貴族などと揶揄されるヘルダーライン家の末っ子だ。
妖精機の基幹産業を担っていることから我が家は安泰、出来の良い良識ある兄上たちのおかげで家督争いも起きない。
勝ち組の名家、権力欲しさに政略結婚を迫ってくる家は数あれど、こちらから下手に出る必要も無いヘルダーライン家にあって俺は特にそういったものの駒になるでも無く、単に良質な教育と、浮いたお金を自由に使える立場に興じていた。
頭は、それなりに良い。
他人と比べて計算が速い、要領も良いだろう。
力も、それなりに強い。
引退した騎士との稽古では、本気を出すと普通に一本取れる試合が何度もある。
顔も、それなりに良い。
兄達は優秀だが顔立ちは凡庸だ。顔が良くて金払いの良い客として、俺は夜の街でもウケが良い。
要領も、それなりに良い。
愚かな事をしたとして、取り返しの付かない失態にはならない線引きというものがある。
それを踏み越えないバランス感覚だとか、根回しの手際は良いと思う。
広い分野でそれなりに優秀だという自覚がある。
まさに勝ち組、誰もが羨む立場といえるかもしれない。
それでも、と思うこともある。
兄達のような名誉ある立場にはなれない。
一流の技術者ほど頭が良い訳でも無い。
一流の騎士ほど凄まじい強さでは無い。
国の舵取りをしている宰相や政務官ほどの駆け引きはできそうにもない。
酒場や娼館で一時の欲求を発散したところで日常に押し寄せて来る虚無感を満たすことはない。
だからといって命を賭けるほど何かに入れ込むなんて馬鹿らしい。
そう思うのだ。
長生きして程々に苦労せず遊んで暮らせたら最高。
だがこのままでは貴族の務めとして騎士になるだろう。
自分の能力を客観的に見て、否が応でも騎士になるだろうし、前線にも出るだろう。
家族構成から後方待機の判断はされまい、そうなると実力不足で不意に命を落とすこともある。
だから騎士として必要な訓練だけは手を抜かなかった。
生き延びる為だ。
ある程度実績を積んで後方勤務になって、家の資産で楽隠居を認められる為に頑張る。
そんな貴族が居たって良いはずだ。
「お前は楽をするための努力は惜しまないタイプだろう?」
そう俺に言ってきたのは、騎士養成校こと《ガーデン》で臨時の実技講師となったシュウ・ヴァルザーだ。
上級生を模擬戦で打ち負かし、聞けば妖精機開発の凄い技術者で、あの鷹将軍ことレオン・ファルクが配慮を見せるような特別な男だ。
なんでも持っていてズルいと思った。
同時に、これが皆が俺に抱いている感覚なんだと気付いて愕然とした。
俺は、自分がいつの間にか持たざる側の人間になっていた。
シュウ・ヴァルザーが実技で教えるのは俺の他に4人、いわゆる通常の訓練では結果が出ていない落ちこぼれ班だ。
良い所もあるが癖が強いメンバーともいえるだろう。
そんなメンバーに個別の訓練と、合同で模擬戦をするのが主な訓練だ。
その指揮官が俺だ。全くやる気が出なかったが、模擬戦でこいつから1本取れば夢の楽隠居の為、あのレオン公爵に口利きしてやると言うのだからやる気も出るというものだ。
目的達成の為にする努力は惜しまない。他メンバーの動きを観察し、時にアドバイスし、時に個人練習にも付き合う。
連携の練習も行い、全員見違えるような戦いができるようになってきたが、未だに模擬戦では勝てない。
勝てるビジョンが全く浮かんで来ない。
「今日も駄目だったわね…」
落ちこぼれ班のひとり、アシュリーが言う。
俺は他のメンバーと共に、食堂の隣にあるラウンジに集まっていた。
訓練後には汗を流したあと、ここに集合して反省会するのが通例になってきているからだ。
「連携事態に問題は無かった。カイルとアシュリーが最後に拘束したのも、ヴァルザー卿の不意を突けたが故の事だった」
普段はまともに捕まえることすら出来ないのだからと付け加える。
「だが簡単に逃げられてしまった」
落ち込んだように犬耳を垂れて話すのはカイルだ。
「あの細身で、アシュリーを足で持ち上げて投げ飛ばす怪力だとは誰も思わんよ。想定が甘かったんだ」
「すみません、僕の踏み込みが遅かったですよね」
アントンが申し訳なさそうに言ってくる。
「アントンはアレで良かった。そもそも見切られる前提の計算だったから、囮として大きく声を出しながら突っ込むのも完璧だったんだ」
「ならやっぱり私の攻めが悪かったでしょうか…」
「いや、リシェルの動きも満点だったはずだ」
タイミングも完璧だ。そもそもリシェルは絶対に防がれるという安心感を担保に攻撃しているが故、これ以上の難しい攻め手を任せるのは合理的といえない。
「でも、勝てないのね」
アシュリーがかなり気落ちしている。
こうも勝てないと自分が信じれなくなっていそうだ。
「卒業までに勝てるかどうかという話なのだろう。間違いなく俺達は強くなってるから、野外演習の時は通常組の奴らと比較して自信をつけるとしようか」
騎士の演習は何も妖精機ばかりではない。
妖精機では対応が困難な魔物も出て来るし、街道には賊も出る。それらの討伐訓練も兼ねている。
しかもそれらは傭兵達が達成困難なものが回ってくることが多いのだ。必然的に場所や相手の難易度は上がる。
よって演習とは言うが、本格的な部隊編成が行われるのだ。そこに訓練生として《ガーデン》の生徒が組み込まれる形になる。
現役の騎士が引率するどころか普通に前へ出て戦う、それでも魔物相手では事故も起きる。
死者が出ない保証などないのだ。
「確か、次の野外演習は俺達が参加なんだよな?」
カイルの鼻息が少し荒くなった。彼は生身の訓練では特に活躍できるからか、興奮しがちだ。
「ああ、でも実技成績の優秀な者から順に呼び出されるけど、俺達はこの班でまるごと参加予定だったのが謎だ」
野外演習は実技成績の優秀な生徒が2年目から開始される訓練だ。
歩兵としての基礎訓練から、現地の魔物等を間引く戦闘経験、そして随伴する妖精機を1機担当するといった流れで訓練が進む。
騎士達が見れる数に限りがある為、優秀者から順に見ていくのが通例となっているだけあって、これは異例だ。
「おや、君たちは次の野外演習に出るのかい?」
不意に話しかけられたので振り返ると、ラウンジの入り口に4年の学年章が付いた男が立っていた。
深い青みの掛かった髪をした青年だ。
「ああ失礼、僕はアウレル・カーニス、しがない男爵家の跡取りさ。今度の演習では僕も参加予定なんだ、よろしく頼むよ」
カーニス家は知らないがアウレルという名は聞き覚えがある。4年生で首席、文武両道を行く秀才との噂だ。教員からの信頼も厚いと聞く。
「そうですか、よろしくお願いします。所で私達に何か御用で?」
「うん、君達は確か噂のヴァルザー子爵が見ている生徒だよね」
警戒感が上がる。何故それを、とは口にしない。
「はい、そうですが」
「通常のカリキュラムから外れて何か困ってる事は無いかい?私はそれなりに先生方へ顔が効くからね。何かあればいつでも相談して欲しい」
「ご配慮ありがとうございます。我々のようなつま弾き者に目を掛けて下さるとは」
「気にしないで、ちょっと変わった編入性に付き合わされて、君達が不合理な目に遭っていたらと思うと黙っていられなくてね、間違った努力や義務感は本人では正せないこともある。もしそうだったら僕は救いの手を差し出したいと思っているんだ」
アウレルの言葉を聞いた瞬間、鼻にツンと来る感覚があった。
「お優しいのですね。では本当に困った時は相談させて頂きます」
「今はそうでもないと?」
「はい、まだ」
「――そう、分かった、それじゃあね」
アウレルは残念そうにラウンジを去っていく。
「エリオットさん、アウレル先輩といったら、あの?」
リシェルが問いかけてくる。
「そう、あの優等生の先輩だよ」
アウレル・カーニスといえば武勲で貴族に成り上がったものの政争には疎い、よくある田舎貴族の跡取りといった肩書だが、アウレル自身の能力はここ《ガーデン》において優等生そのものだ。
騎士団に入れば、家に頼らず立身出世も夢ではないだろうと目されている。
「良いんでしょうか、向こうからの申し出を断ってしまって」
「いいよいいよ、家格じゃ全然こっちが上だし気を遣う必要も無い。アレはお人よしに見せかけた詐欺師の類さ、匂いで分かるんだ」
「え、に、匂い?」
リシェルは残り香が無いかクンクンしている。アントンまで一緒に嗅いでいる。
胡散臭いのは違いないので、完全な冗談では無いのだが、通じないなと思ったら一番鼻が利きそうなカイルが腕を組んでウンウンと唸っているので冗談と言い出しにくくなってしまった。
「良い人そうに見えましたが…」
アントンが首を傾げていた。
「人の好さそうなフリをしている奴ってのは分かりやすいんだ。俺からすれば、シュウ・ヴァルザーの方がよっぽどお人好しさ」
「えぇ?あの人が…?」
アシュリーが怪訝な目をしていた。
ボロボロになるまで特訓させられた恨めしい感情が滲み出ている。
「そりゃそうさ。面倒くさがったり嫌がったりしてる俺達にちゃんと付き合って強くなる為にあれこれ考えてくれてるだろ」
「でもあんなに強いのは反則よ、ぶら下げたニンジンもどうせ出来ないってことを前提に言ってるんじゃないでしょうね」
それを言ったらお終いなのだが、アシュリーとしては気が気でないのだろう。
「俺達は戦士としてあいつが規格外ってのを知ってるだけだ。妖精機についてどれくらいの専門家なのかは知らんからな。今度聞いて見るか?」
「あ、その時は私も連れて行ってください!」
リシェルが食い気味に手を上げた。




