演習
暗がりに光が差し込む静謐な空間に、円卓を囲む法衣を纏った男達が居た。
フィガロス王国騎士団、聖騎士隊の隊舎へ併設された教会だ。
ルイン教から多額を以て設立された聖騎士隊にはこのような設備があり、多くのルイン教関係者が詰めている。
ある種の治外法権と化しているのだが、表立って他の王国騎士団と対立する訳でも無く、熱心なヴォミド征伐を行う様からその活動内容の評価は高い。
だからこそ、"こういう場"が必要になることも多い。
集められたのはルイン教の大司教。法皇という立場が無いルイン教においては最高権力者たる複数の大司教の合議によって運営が為されている。
「ファルク村の件、外部に漏れたとか?」
「闖入者は既に死亡しているうえ、逃げ去った空艇は地下のことを知らぬ。漏れたとはいわんて」
「騎士達の聖別が結果的に失敗している方が問題だ」
「それで?王都を落とすだけの汚れは作れそうなのかね」
「まるで足りん。やはり信託に介入したものが居た事は間違いない」
「"豊穣の月、星の竜堕つる時、暗き淀み聖杯を満たす"」
「時期が違うのではないか?来年の豊穣の月であるとか」
「ありえまい。先日砂漠方面に落下した流星は多くの者が目撃しておる。その巨大さ、放つ輝き、紛うことなく銀竜である」
「では何故!聖杯は満たされぬ!?」
「知れた事、あの竜めは生きておる」
「呪海の森に黒竜が戻ったという報告は無い、滅ぼされたか?」
「だがいかな銀竜とて無傷ではあるまい、汚れを受けているなら消滅しよう、にも拘らずこの変化の無さは…」
「再誕したと?」
「まさか、逃げられたというのか?あの巨星は抜け殻だったと?」
「ありえぬ話ではない、だがそうなると銀竜は卵のはずだ」
「…丁度その頃に砂漠を通っていた傭兵団などが居ないか調べよう」
「悠長なことだな?王国はどうするのだ、オニキスは引き上げか?」
「国王の傀儡化を急がせたのだがな」
「どうするのだ!?壊れる前提であるし、替えも無いのだろう!」
「既に騎士団長は異変を感じて意見を挙げてきておる。黒騎士を押さえているとはいえ、正面から白騎士達が騒ぎ出せば隠し切れんぞ」
「戦端を開かせる他あるまい。聖杯を満たせぬならば、やはり必要なのは戦乱よ」
「帝国か、動くと思うか?」
「簡単にはいかぬな」
「なに、やりようはあります」
「では任せよう」
会議がまとまり男達はすっくと立ちあがると左手を旨に当てる。
「良き終わりのために」
「良き終わりのために」
「良き終わりのために」
「良き終わりのために」
「良き終わりのために」
「お断りします」
騎士養成校の応接室。
相も変わらず面倒な用件を言ってくるゼナ教官に、断固拒否の意思表示をしたところだ。
全くこの手のやり取りは何度目だろうかと、我が事ながらおかしくなる。
ソファを隔てて向かい合う我らが実技教官ゼナ殿は、最早慣れたものと言わんばかりに泰然としている。
異分子の自覚はある。あるが故に分相応に大人しくしているというのに、何故こうも構ってくるのか。
物好きなことだ。
「面倒だろうが受けて欲しい、これも必須のカリキュラムだ」
ゼナ教官が言ってきた内容はといえば、"野外演習"への参加要請だ。
騎士団に出動要請があった地域に対する随伴で、現場での活動に参加するというもの。
言うなれば職場体験というやつだ。
現役の騎士達が基本的には作戦遂行するのを見学するに近い為、ほとんど危険も無いようなものだが、最低限身を守れる実力が必要ということで、実技成績の優秀者から順に参加することになっているという。
「私めなどは編入したての1年生、右も左も分からぬ未熟者を何故わざわざ?」
「ほぅ、上級生との妖精機による模擬戦で圧勝し、身体能力判定で全校生徒を抜いてトップに立ち、生身の模擬戦では教員をボコボコにし、座学においても算術、戦術、戦略の学課程において教える事が無いと教員側から泣きが入っている貴様が能力不足だと?我が校の演習にはどれほどの化け物が必要なのだ?」
私怨が込められたようにゼナ教官殿は一息に喋る。
とはいえ面倒事には変わりなく、折角の研究時間が無駄になってしまうのだ。
断ることに是非もない。
「そもそもただの見学でしょう。私は騎士として活動する予定はありませんので、その体験会は他のものに譲ったほうがよっぽど有意義ですよ」
「例えばだが、貴様に一任しているグループを引率してもらい、問題無く任務完了した暁には教育係を終了してもらっても構わない」
「謹んでお受けします」
このハゲタコめ、なぜそれを早く言わんのだ。
「しかし良いのですか?彼らは通常の訓練に差し戻しては馴染めないのでは」
「貴様が提出した各人の教育プランを採用する。この内容を学校側で共有すれば今後は問題無い」
要はネタが分かったから用済みだということだ、実に分かりやすい。
「ただ、アシュリー・ガーランドの項で書かれていた"専用に調整した機体"に関しては埒外だ。そもそも可能なのか?」
「分かりかねます。机上の空論ですので、現物に落とし込んでみなければなんとも」
アシュリー・ガーランド、人間種でありながら、獣人種のハーフであるカイルよりも酷い魔核酔いを起こしていた人物。
かなり特異体質で、妖精種でも中々無いほどの高密度な魔核を持っている為、異なる魔核が発する魔素に、より過敏な反応が出てしまうのだとか。
本来はガーランド家が保有していた特別な妖精機と共鳴し、魔素の波長を合わせる事で本来の力を引き出すべく、魔核の血を多く入れて来た侯爵家の努力が結実した結果だというのにだ。
難儀なことだと思う。
低級の魔核は共鳴することなどできず、肝心のガーランド家秘蔵の機体は分家に持っていかれ、アシュリー本人はお家再興を目指せど自分の才能が足を引っ張ってしまっているのだから。
「試作機の申請がマイッツァーの研究棟から上がって来ていたが、もう出来ているんじゃないのか?」
「まさか、まだ技術検証の段階です。手足もろくについていませんよ」
「ふん、ならば演習完了後については、アシュリーの面倒は貴様に引き続き任せる」
「私も彼女には興味がありますのでそのつもりです」
「ならば話は以上だ。くれぐれもあいつらを生きて帰すようにな」
王都フィガロより北西、ウガル領にほど近い位置の山岳地帯、名をレッス鉱山
その名の通り鉱石も採掘されていたがヴォミド災害の折廃棄された過去を持つこの山に、賊と思わしき一団が根城にしているとの報告があった。
この麓よりやや距離のある丘陵地で野営を挟み、王国騎士団と騎士養成校の生徒達を含む混成部隊は翌日明朝よりレッス鉱山に向かった。
総勢30人規模の騎士と3機のディナ・シーからなる部隊だ。
鉱山の出入り口は2か所あり、今回の作戦では搬出口と換気口の両面を8人の騎士と1機の妖精機がそれぞれ押さえ、後方に後詰の1機と予備隊として工兵が4人、上級生の演習班が4人、そして我らが誇り高き落ちこぼれ班が控える。
正味、賊の討伐としては過剰戦力といえよう。
『全員動くな、少しでも動けば即座に撃つ』
しかしてその過剰戦力の一角は、我々に牙を剥いた。
先行して迂回しながら裏手の逃げ道を塞ぎに行った騎士達が見えなくなった途端、異変が起きた。
上級生組として共に演習へ参加していた生徒達の一人が、後方に居た妖精機に素早い身のこなしで跳躍していくと、コックピットハッチを強制解放して中の騎士を殺害、そのまま機体の制御を奪ったのだ。
魔砲を後方部隊に構えて脅し、正面を押さえるはずだった騎士と妖精機を牽制する。
慌てた騎士ともう1機の妖精機が奪われた機体に釘付けになっている隙に、更にもう一人が背後から妖精機に取りつき、ハッチを開けて機体を奪い取ったのだ。
『奪取完了、協力に感謝する!』
妖精機の拡声魔法から奪った男は、そう言ってアーミングソードを抜き、躊躇いなく足元に居た騎士達を横薙ぎに切り払った。
「きゃぁああああ!」
リシェルが顔を真っ青にして叫ぶ。
「なんてことを!」
「静かに!」
憤慨するアントンを遮るように喋ったのは、上級生の男だ。
「さて、改めまして諸君、僕の名はアウレル・カーニス。この腐り切った王政を崩し、真の合理的な社会を生み出す為に立ち上がった者だ」
妙に芝居がかった言い回しでアウレルという男が告げた。
「君達がまだ生きているのは、僕の慈悲だ」
自慢気に髪を靡かせてアウレルは続けた。
「アシュリー・ガーランド、君には選択肢がある」
急に呼ばれたアシュリーが驚く。
「君には才能がある。ここで埋もれさせておくのは惜しい、我々に忠誠を尽くすなら、君を活かせる場所へ連れて行き、力を与えよう」
「断るといったら?」
「君のご友人達にはここで死んでもらう」
アウレルの脇から、10人ほどの男が飛び出て落ちこぼれ班を取り囲む。
彼の同級生に扮していたものだけではない。茂みから新たに出て来た伏兵のようだ。
「――約束は絶対に守ってくれるんでしょうね」
さて、何の余興かと静観していたら王国が誇る騎士達が胴を真っ二つにされてしまった。
最悪だ、これはまずい。
俺をねじ込んだということは、ゼナ教官は恐らくこの事態を少なからず予見していたのだろう。
にも拘わらずボケっとしていたが為に犠牲者を出してしまった。
心象は最悪だろう。今後のロビー活動に大きく響いてしまいそうだ。
オマケに、こちらが気にかけていたアシュリーをこのテロリストどもは攫おうというではないか。
どこまで迷惑な連中なんだ、もはや害虫だ。
慈悲は無い。
「当然だ。カーニス家の名に懸けて誓おう」
「はっ、冗談はその気色悪い顔だけにしろよ」
我慢できずに漏らしてしまった。
「テロリストには屈しないのが旧世紀からの国際法に定められているだろう。何かを与えれば、次のテロに連鎖する。コレ常識な」
「ふん、何を訳の分からないことを。シュウ・ヴァルザー卿、君の事は調べがついている」
この害虫は尚も余裕の表情で見下してきた。
「どこの馬の骨とも知らんぽっと出の男が、ちょっと妖精機に詳しくて操縦が上手いからなんだというんだい?君は今多勢に無勢で、更には僕の後ろにディナ・シーがいる。僕が合図を送れば彼は、君を一瞬でミンチにできるんだよ?」
「よ~しお前ら、図らずも実戦経験の時が来たぞ。目標は周囲の"賊"討伐、生死不問、お互いをフォローし合って立ち回れ。アシュリーは狙われてるっぽいから気を付けろよ。エリオット、指揮を頼む」
アウレルの言葉を無視して、指示を出していく。
「おい!僕の話を――」
「うるさいぞ害虫」
重力を相殺して駆ける。
一息で害虫の懐に踏み込み回し蹴りを胴へ打ち込めば、ドンッと鈍い音と共にそいつの身体はくの字に曲がって吹き飛んでいく。
『こ、こいつ!』
魔砲を構えていたディナ・シーが慌ててこちらに照準をつけようとするが、すぐに加速して機体の股をくぐり、膝から肩へと飛び移り、助走をつけて頭部へドロップキックした。
自分の体重に更に素粒子の圧を加えたキックだ、予想外の一撃にぐわんと揺れた機体が尻もちをついて倒れる。
その隙を突いてコックピットハッチの強制解放レバーを引き、中に居た男を引き摺り下ろした。
上手く受け身を取れなかった男は、地面に激突して嫌な音を立てる。
「今だ!いくぞ!」
エリオットの声がした。
後ろでは取り囲んでいた賊を逆に襲いはじめた落ちこぼれ班のメンバー達。
最も身軽なアシュリーとカイルが躍り出る。真っ先に狙うのは魔杖を構えていた数人の男達だ。
「火よ!」
アシュリーが手甲を振り抜くと、印加された術式が励起され、蛇を象った炎が駆け抜ける。
「ぅ、うあああ!?」
狙われた男は高熱の蛇に巻き付かれ、魔杖を取りこぼした。
隣の男がそれをまずいと理解し、アシュリーに向き直って魔法を即座に発動させようとした時、目の前にはアシュリーが振り抜いた脚が迫っていた。
ゴウッっと鈍い音と共に男が卒倒する。
アシュリーのような、元々優れた魔核を持つ者は外部の魔核に頼らず魔法が発動できる。
もちろん制御の為には術式のようなサポートが必要となってくるが、魔核次第では量産品を凌駕する性能となる。
アシュリーが装備していたのは、妖精機の技術検証として魔法術式の練習をしていた時に作成した習作だ。
新型機はアシュリー用に調整するつもりだったので、その簡易兵装として小型化したものである。
初めての実戦にしては、使いこなしているようで何よりだ。
「くそ!くそ!当たらない!」
その隣では即座に風魔法でカイルを吹き飛ばそうとしていた男達が焦っていた。
カイルは風魔法の起こりと、大気の振動音を感知しながら、ハーフウルフとしての身体能力を十全に活かしての回避を織り交ぜた高速戦に持ち込んでいた。
「ふっ、はぁっ!」
カイルは、今回持ち込んでいた槍を振るい、次々と賊を制圧していく。
この槍も術式が印加された魔装の一つだ。
方天戟のような三日月刃が二つ取り付けられた穂先が、両端にある両槍で、中心部の穂先には刺突用の刺が無く、小さな穴の開いた筒が取り付けられている。
ここからブースターランスで使われている術式に魔素を送り込み、槍の両端から自在に風圧を起こす事ができる。
両端に刃付けした重さ、風圧によるGに耐え得る頑強さを持つカイルだからこそ扱える武器になった。
これを駆使したカイルを男達はまるで捕捉できていない。
駆け抜ける二人、しかし必ず隙は生まれる。
それをカバーしているのはリシェルだ。
短杖型の魔装を両手に持ち、アシュリー達が漏らした敵が撃ち込んで来る魔法を相殺するように撃ち落としていく。
対応力を高める為、速射性に優れた術式の杖を複数本リシェルはストックしていた。
そんなリシェルを制圧しようとする者がいればアントンがカバーに入って守る。
そしてエリオットは全体を俯瞰し、アントンのフォローをしながら更なる奇襲に備えていた。
それは、必ず来るだろうという確信があったからだ。
『まったく何を手こずっている!こうなれば…』
騎士達を一太刀で両断したもう1機のディナ・シーが動き出した。
歩兵戦が敗色濃厚とあれば、ちゃぶ台を返そうというのだろう。
エリオット達の方に魔砲が向けられた。
「全員集まれ!」
エリオットの声に合わせてメンバーが集合すると、エリオットは肩にかけて背負っていた杖をカンッと地面に打ち鳴らす。
「地よ!我が意に沿い出でよ!」
術式が起動すると、エリオット達の前に大地が隆起する。
しかしそれは、ひたすらに緩かった。
単に隆起するのではなく長く、緩やかに傾斜を付けて盛り上がっていく。
それを見たディナ・シーから笑い声が聞こえた。
『は!なんだそりゃ、そんな土魔法で防げる訳が無いだろ!』
妖精機から放たれる砲撃、大質量の火炎弾がエリオットの隆起させた大地に迫る。
「全員伏せ!」
エリオットの号令と共に全員が地面に伏せて後頭部を守った。
同時に凄まじい衝撃音と爆風が頭上を通り過ぎていく。
粉塵が巻き起こり、視界がほとんど失われたが、ややあって景色が晴れてくると、エリオット達は顔を出す。
「なんとか助かったか」
「妖精機は?居ないわね」
「逃げたんでしょうか?」
「大きな足音が遠ざかっていったからな、俺達は死んだと思ったのだろう」
「た、助かったぁ」
皆、口々に安堵の言葉を漏らしていた。
「あ、あれ?そういえばヴァルザー卿は!?」




