放課後
訓練が終われば自由時間だ。
貴族の多い《ガーデン》では、義務感や責任感で自主練な勉強に取り組む生徒も多く、そこに青春の甘酸っぱい一幕などというものが差し込む余地は左程ない。
「見て!セレス様よ!」
「あれがレオン公爵様の――」
「カッコいい・・・」
「ああ、男の俺でも見入ってしまうな」
ないのだが、俺に付き従うセレスを見て、色めき立つ者達がまあなんと多いのだ。
魔科学技術研究棟へ足を運ぶたった数分の距離でこれである。
翡翠色の瞳に長いまつ毛、セミロングで鈍色の髪をうなじで一つに束ね、タキシードを完璧に着こなすセレスはイケメンだ。
中身が端整な顔立ちの美少女なのだから当然だろう。
俺のイケメン従者はこちらを見る一団に向けて微笑み会釈する。
途端、キャー!という悲鳴と、鼻血を出して倒れる者などで溢れた。
「やめとけやめとけ、容姿を安売りするな」
「仰る意味が分かりませんが?」
「お前が嫌になる前に言ってるんだが、まぁいい」
セレスのおっかけを無視して目的の研究棟に辿り着く。
「マイッツァー先生、今日もお世話になります」
「おお!ヴァルザー卿!来られたか!」
この研究棟はレオン公爵の紹介状にあった場所で、マイッツァー先生はこの養成校で妖精機の技術分野における講師をしている人物で、ナントカ伯爵家の人物だったか家督を継がずにこの道に飛び込んだ物好きとのことだ。先生自身も紹介された俺の、正確には俺の持っている知識と技術に興味津々だったので、実に良い情報交換が出来ている。
「先生が説明して頂いた|魔素制御信号〈マギ・インパルス〉のことで少し疑問点がありますので、相談に乗って頂けますか?」
「それよりもじゃ!お主が話してくれた多層回路の技術は凄い発想じゃ!お主が言うような表面の積層化はまだ実用化に至っておらんが、印加した術式装甲を重ねて短絡させたら、確かに想定した動きをしおる!このままでは重量が無視できんが1枚の装甲に多層化できた暁には他国はおろかヴォミドの親玉だろうがなんだろうが屁ではないわい!」
唾を飛ばしながら興奮気味に話すマイッツァー先生は嬉しそうだ。
戦争で息子を亡くし、ヴォミド災害で孫を亡くしたマイッツァー先生は、ヴォミドを撃退するのではなく、滅ぼし切る為の妖精機を作る事が生きる目標になったらしい。
紹介された俺に王国の妖精機の自慢でも色々してくれるのかと思えば、会って早々愚痴ばかり漏らしていた。やれモーションパターンが少なすぎるだの応答速度が悪すぎるだのと、それもこれも、自分の目的を達成する為だったという訳だ。
そこで、"術式がただの回路なら、多層化はしないのか"と疑問を漏らしたせいで、ひどい質問攻めにあった。
「先生ならきっと実現できると信じてますよ」
「何を言う、ヴァルザー卿の助けがあったればよ。卿の話は大変に興味深いな。この前の構造概念に関する理論は特にそうだ。それで今日は何の面白い話を聞かせてくれるのだ?」
「そう毎回面白い話がお出しできるとは限りませんよ。この信号なんですが――」
私セレス・ヴァルトはレオン・フィガロブ・オブ・ヴェルセリス公爵閣下の忠実な僕だ。
主命により現在お仕えしているのがシュウ・ヴァルザー子爵。
身の回りの様々な雑事を任されている。
彼は異常だ。
記録上の戦闘力は単独で国家戦略級、それを裏付けるような公爵閣下の手厚い保護、当然不満の声はあったようだがそれを押し退けて叙爵、しかも歴史上の名家であり永遠の空席とされていたヴァルザー子爵家の継承、更には《ガーデン》の編入や研究施設の開放まで決めてしまった。
フィガロス王家では王家に連なる公爵家も叙爵の権限を持つが、そもそもヴェルセリス公爵家は叙爵を行う事自体が稀な家柄であった故に、これは大いに注目されることになった。
当のシュウ・ヴァルザー子爵は授爵に何の興味も抱いていなかった、何ならかなり嫌がったらしい。
そのくせ彼の持つ妖精機の修理で必要な施設を使う為だよと公爵閣下が説明したら、すんなり納得してしまったとか。
暗部の調査で彼の恐るべき機体を丸裸にしようとしたが、いとも容易く看破され、制圧され、あろうことか私を含めて見逃された。
ヴェルセリス公爵家が持つ諜報部隊は誇張を抜きにして上澄みだ。
だが彼にとっては何の脅威にすらなっていなかった。
《ガーデン》で披露した操縦技術も超一流、人当たりも良く使用人達の評判も良い。特にコックがいつも美味しい料理を作ってくれると感謝し、コックもその期待に応えようと公爵家の料理よりも気持ちの入った品々が出てきている始末だ。
言葉遣いや立ち振る舞いはやや粗野なれど教養あり、しかして識字率は壊滅的といった感じだった。
海を越えて遠い国からやってきたというのはあながち嘘では無いのかもしれない。
だが簡単な文字と文法を説明すれば近頃は図書を熱心に読み込んで文字を覚えているらしく、《ガーデン》での講義も問題無く参加できている。
何にせよ異常な知能だ。
公爵閣下は最も彼に近い立場に居る私に、彼に関する機密情報は漏らさず共有頂いている。
私への信頼と、彼の危険性が故にこその措置である。
極秘任務の依頼内容と、完了報告の内容も確認した。
聖騎士隊が駐留している村への潜入調査において量産機を駆りヴォミドがスタンピードが如く押し寄せている現場に介入、その大多数を退けつつも聖騎士に"誤射"され機体は大破、騒動に紛れて潜入した村の地下において研究施設を発見、重要参考人と思わしき人物との遭遇後、ヴォミドの魔核を使った合成獣をけしかけられ交戦、撃破ならずも死を偽装してこちらが情報を持ち帰れなかったという欺瞞工作を仕掛けて一夜にして帰還。
結果、ヴァルザー子爵はルイン教と聖騎士隊の癒着や数多くの非道な犯罪行為の証拠となり得る資料を持ち帰り、公爵閣下は王国からルイン教の影響力を切り崩す大きな手札を手に入れた。
彼は異常だ。
大国の指折りの諜報部隊でさえ不可能な事をさらりとやってのける。
どれほど傍若無人に振舞おうと彼を止められるほどの者は居ないであろうに、身分に関係無く自分へ良くしてくれた者へは必ず感謝し、恩義に報いようとしている。
彼は異常だ。
私は彼が恐ろしい。
気味が悪いと言っていい。
彼を理解しようとすれば底なしの沼に陥っているようで不安になる。
彼に見つめられれば全てを見透かされ、逆にこちらが何もかも暴かれそうな不安に駆られる。
今日は彼に付き従っていた折、《ガーデン》の生徒達が私について陰から話していたので軽く会釈したのを窘められた。
曰く顔を安売りするなということだ。
顔が高い安いというのがよく分からなかった。
彼の故郷では顔に値段がついているのだろうか。
彼が研究棟でマイッツァー様と話し出すと非常に長い。
その間私の出番は無く、時間を持て余す為、外の空気を吸おうと研究棟から出た時のことだ。
「まぁ、そこにいるのはセレスではありませんか」
「――ご機嫌麗しゅう、ハイアール伯爵令嬢」
「レイで構いませんわ、ここは騎士養成校、身分は重要では無くてよ」
ブロンドのような金髪をサイドアップにまとめたレイ・ラ・ハイアール嬢は自由時間にも制服をキッチリと身につけた出で立ちで近づいて来た。
|鉄靴〈ソルレット〉でも履いていればかなり高い音が鳴りそうな足さばきの強さだ。
ハイアール家は王国でも珍しい代々当主が女性の伯爵家だ。
そして多くの騎士を輩出した家系でもある。妖精機を駆って戦場を駆け抜けるハイアール家の騎士達は戦乙女などと二つ名で言われており、男女問わず人気のある家柄だ。
「畏まりましたレイ様、何か御用でしょうか」
「まだ硬いですわね…まあ良いでしょう!あなた、どういうつもりでして?」
「どう、と言いますと?」
「先程他の生徒達に色目を使っていた件でしてよ」
「全く身に覚えがありませんが…」
「あなたが歩いている時に、彼らと彼女らが悲鳴を上げて喜んでいたのを見ましたわ」
「大きな誤解があるように思います。先程は私の話題をされていた方々に対して軽く会釈をしたまでのことでございます」
「ッカー!これだから貴族社会で生きたあなたのような方は世間知らずなのですわ!良いですこと!?頭が恋愛でのぼせ上った者達というのは、手の届かないような思い人がこちらを認識して反応してくれただけで舞い上がり、終いには自分のようなものをわざわざ知ってくれているのは、自分のことが好きに違いないとか言い始めますのよ!恋は盲目などとは言いますが、良い事ばかりではないのです。その多くは悲劇的ですわ。あなたはその片棒を担ぐつもりですの?」
辛抱ならんといった感じにレイ嬢は早口で捲し立てる。
何を言っているのか。
「私がですか?いやいやまさか」
「フゥ~、いいですこと?私の母も恋愛結婚でしたので、それはそれは揉めましてよ。伯爵家ともなれば政略結婚が常の世界ではありますが、如何ともしがたい政争の坩堝で気色の悪い男と結婚させられそうになった折に母は武威で押し通ったものの、それはそれなりの権力と武力を兼ね備える母だからできたこと。あなたはそんなややこしい話に巻き込まれたらきっと酷い目に遭いましてよ?」
なぜ、私はこんな話に巻き込まれているのだろう。
「あの、私が恋愛目的で誰彼を誘惑していたかのような話に聞こえるのですが、何か勘違いをしていませんか?」
「違いませんわよ。これはあなたの考えではなく、相手の受け取り方を考えなさいという話ですの。少なくともあなたに微笑みを返された令嬢のうち3人ほどは腰を抜かしておりましたわ。彼女達にとっては、色目を使われた以外の何物でも無くってよ」
確かに幼き頃から公爵閣下に拾われてこの方、貴族社会にどっぷりと浸かっていた自覚はある。
レイ嬢はご母堂から薫陶を受け、恋愛に関する教養も多いとあれば、確かに一理あるのかもしれない。
とはいえ、そもそも私が"女性を誘惑する"ということ自体がありえないのだが、対外的にそう見られるのも問題には違いない。
「一体私はどうすれば良いのでしょう」
「さぁ?一番簡単なのはお相手を見つける事ですわね。そして夢中な姿を周りに見せることでしょうか」
「いえ、私の立場ではそのような――」
「別に演出でも良いのですよ?例えばほら、貴方の主との禁断の恋だとか」
「な!?どうしてそのような!」
「ヴァルザー卿はれっきとしたご当主なのでしょう?叙爵されたばかりとはいえ、奥方の影も無いとあっては、男色の気があるのではと既に噂になっておりましてよ」
「だからといって何故そのような与太話を膨らませるような事を…」
「あなたと、あなたの主の女避けになりますわね、まあヴァルザー卿がお嫁さんを探しておいででしたらご迷惑でしょうけど、どうもそういう雰囲気では無いですもの。この《ガーデン》の御令嬢方にも全く靡いておりませんし、なにより!」
ビシィッと指をセレスに突き付けたレイは宣言する。
「私はあなた方のような線の細い美男子同士の絡みを妄想している女子達のだらしない絵面を見るのは好物ですわ!そういう工作をしたいのなら協力しますから、その際は私に知らせなさい!」
「は、はぁ…?」
言いたい事はそれだけよと言って、大きな歩幅でレイ嬢は立ち去った。
どうしてこのような事に。
思い返すが、理由はレイ嬢が言った通りだ。
私の容姿が仕事の足を引っ張るとは全く嫌になる。
そこではたと気付く。
「まさかこれを見越して?」
ヴァルザー子爵に窘められた会話を思い出す。
よもやあの者は人の感情の機微についても精通した人物なのだろうか。
本当に、何者なのか。
背筋が少し寒くなって震えてしまった。
帰宅後、子爵本人にこの事を伝えると腹を抱えて大笑いされてしまった。
苛ついて短剣を投げつけるが指2本で容易く受け止められてしまう。
「最初見た時より速度が上がったな、このまま頑張れ」
不思議なことに、私は彼に負けて命を見逃されたあの日から、いつでも挑んで良いという許可を貰った。
あろうことかそれによって少しでも手傷を追わせれば、なんでも秘密を1つ話してやると言われたのだ。
私を陥れる為の罠かと思ったが、公爵閣下に相談すると、一言。
「頑張ってみなさい」
それから事あるごとに奇襲を仕掛けているものの、一度も成功には至っていない。
「駄目駄目だなセレス、次外したら1日ダメスと呼んでやろう」
本当にイラつかせるのが上手い人だと思う。
条件反射で投擲した短刀は外した。




