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大学へ着くと、武人と勘介は忍者研究会の部室に向かった。
元々忍者教室など無く、部員も少なかった忍者研究会は、小さな部屋を借りては細々と活動をしていた。
その活動内容も忍者について語り合うのが名目だったが、実際は雑談や飲み会などのレクリエーションが主流だった。
しかし、今年は忍者オタクの安田が顧問になり、忍者教室も含めて活動は大分具体的になっていた。
部員が増えたこともあり、忍者研究会の部室も確保したのだ。
いつも忍者教室の前には部室に集まり、座学とまではいかないが、忍者について語り合ったり意見交換したりしている。
しかも、今年は本物の忍者もいるのだ。
とはいえ、彼らは田舎で忍術を継承する現代人だと思っているから、過去にいた忍者については、あーでもないこーでもないと理論をぶつけ合っている。
勘介達忍者がいるときは、
『忍者の皆さんはどう思いますか?』
『何か文献とかで残ってたりしますか?』
と聞いたりしている。
まさか、過去から来た本物の生き証人だとも知らずに。
しかも、勘介達忍者もタイムスリップしてきたことは口止めされているので、答えに困ることもしばしばなのだ。
今日、武人は忍者教室の部室には初めて顔を出す。
いつもは忍者教室を開催している武道場に直接行っていたからだ。
場所を知っている勘介が先に行き、ドアをノックすると、『失礼するでござる。』と言って中に入った。続いて武人が顔を出す。
『こんにちはー。』
『あ、武人さん。こんにちは。』
『こちらは初めてですね。』
と、迎え入れられる。
顧問の安田はいないようだ。
『安田先生は?』
武人が聞くと、
『忍者教室には顔を出すって言ってました。』
と、部長が答えた。
『折角だから、俺も参加させてもらおうかな?』
武人がそう言うと、一斉に『どうぞどうぞ』と声がかかった。
どこに座ろうかとキョロキョロしていると、
『武人さん、こっちこっち。』
と、部屋の後ろから声がかかった。
見ると、見たことあるような無いようなガタイのいい男がにこやかに手を振っていた。
その隣ではオタク三人組の一人、田之浦も手を振っている。
武人がそこに行くと、先程の男が『どうぞとうぞ』と椅子をすすめてくれる。
『ありがとう。』
武人はそう言って座った後、しばらく考えてから、
『お前、大場か?』
と聞いた。
『やだなぁ武人さん、忘れてたんですか?』
大場はそう言って頭をかいた。
『いや、イメージ違いすぎるだろ。』
大場は田之浦たちと同じようにアニメキャラのTシャツを着ていた。
『あの時は、ホント失礼しました。』
大場はそう言って頭を下げる。
ふと回りに目をやると、大場と一緒に入部した総合格闘倶楽部の面々も、みんな丸くなって雰囲気がまるで違っていた。
『どうしたんだ?一体?』
『いやー、なんかイキがっといて負けるのってカッコ悪いなって……』
『強がらないのに、実際は強いって方がはるかにカッコいいって気付いたんですよ。』
『強がって敵を作るより、力抜いてるほうが楽だし。』
あの時、イキがって武人に向かってきた面々が、屈託なく笑う姿を見て、武人は『これも忍者達のおかげかな?』と思った。
そして、『田之浦達オタク君達のおかげでもあるのか。』と思って、オタク談義に花を咲かせる田之浦達を見つめた。
そのオタク談義に、数人の女子部員達も
『だから、オタク増やしてどうすんのよー。』
『普通の女の子はあんた達みたいなの相手にしないんだから、私達に感謝しなさいよね。』
等と言いながら参加している。
なんだかんだ言いながら、彼女達も一緒にメイド喫茶に行ったりしているらしい。
まー、なんにしても仲良くしてるのはいいことだ。
武人はそう思いながら、別人のようになった大場達と会話を楽しんだ。
忍者教室の時間になると、武道場に移動した。
中に入ると、一人の忍者が準備をしていた。
『あれ?飛燕?』
武人がそう言うと、後から入ってきた勘介も驚いたらしく、
『お主、今日は休みでは無かったか?』
と聞いた。
『いや、今日は勘介さんだけだと聞いたので、手伝おうかと……』
その時、『キャーッ!』という歓声が上がり、瞬く間に飛燕は女子部員達に囲まれた。
女子部員の半数近くが飛燕の元に集まった形だ。
田之浦達と仲良くしている女子部員数名は、飛燕のファンではないらしく、田之浦達と歓談しながら準備をしていた。
飛燕は照れながらも嬉しそうな顔で歓声に答えている。
『あれが目的でござるな。』
『そうみたいだな。でも飛燕が嬉しそうだからいいんじゃないか?』
『まー、そうでござるな。』
忍者教室が始まってしばらくたつと、いつの間にか見学の女子達が増えていた。
みんなスマホを片手に飛燕を追い、歓声を上げている。
『あれが例のフライングなんとかか?』
『フライングスワローでござるよ。ああやって見ているだけの女性も、近くにいたいからと、そのうち入部するでござる。』
『飛燕も部員の確保に貢献してる訳か。』
今日の忍者教室は、飛燕の得意な体術を中心に行われている。
あちこちにロープや平均台、跳び箱等を配置し、さながらアスレチック施設のようだ。
そこを飛燕が飛んだり跳ねたりする度に歓声が上がる。
以前の大場達なら文句も言いそうだが、大人しく飛燕や勘介に指導されるまま、真剣に取り組んでいた。
『人間、変われば変わるもんだな。』
武人は感心している。
そのうち、顧問の安田がやって来ると、武人は挨拶を交わし、途中で抜けることを伝えた。
『ああ、どうぞどうぞ。こちらは適当にやってますから。どちらか行かれるんですか?』
『ちょっと古巣のカラテ部に顔を出そうかと思いまして。』
『あー、なるほど。武人さんは伝説のOBとお聞きしてますからな。』
『いや、お恥ずかしい。』
武人は部員達にも抜けることを伝えると、勘介と飛燕には、
『じゃあ、終わったら、各自帰ってくれ。』
と言って、カラテ部へ向かった。
今日の訪問は思い立っての事なので、カラテ部の面々には伝えていない。
世界大会三連覇の伝説的OBが急遽顔を出したとあって、カラテ部は上へ下への大騒ぎになった。
格闘技界の有名人が来たとあって他の格闘技関係の学生達も集まってきた。
流石に格闘技関連は横の繋がりが深い。
忍者教室に顔を出しても、武人が来ていることは伝わらなかったのだ。
まぁ、あえて宣伝する必要もないし、武人はもてはやされるのは苦手だった。
演武を求められ、仕方なく型や試し割り、約束組み手等を行った。
すると、総合格闘部の部長という男が挑戦してきた。
格闘技をしていると、自分がやっている格闘技こそ最強と思いたいものだ。
実際はそれぞれにルールがあり、中々比べられるものではない。
野球とソフトボール、どちらが強いかと言っているようなものだからだ。
もちろん、格闘技である限りは実際の殺し合いになったらどちらが強いかと言う談義になる。
しかし、現代社会でそれを実証することは出来ないのだ。
それに、武人はこういった面倒事は好まない。
過去にも挑戦されるような事は度々あったが、正式な試合以外は全て断っている。
武人はふと、こんなことを口走っていた。
『最強を求めたいなら、忍者の方が強いぞ。』
勘介に初めて会ったとき、勘介に襲われた武人は格闘術において勘介を圧倒した。
しかし、あの時はいきなり訳の分からない世界に来てしまって動揺する勘介に対して、彼が見たこともない現代のカラテという武術で圧倒したに過ぎない。
あの後、何度か稽古も兼ねて勘介達忍者と組み合った事があるが、勝ったと思ったことは一度も無かった。
形式上は勝負ではないので負けてはいないが、武人自身もはやかなわないだろうと思っていた。
そこに来て、彼らには未知なる『忍法』まである。
かなうはずがないのだ。
武人に軽くあしらわれたと思った総合格闘部の部長柳は、
『じゃあ、その忍者に勝てたら相手してくれるんだな!』
と言った。
武人は本心で忍者の方が強いと言ったのだが、柳は相手にもされていないと思ったらしい。
『まー、それでいいなら……』
と柳に言ってから、カラテ部の面々に向き直った。
『悪かったな、面倒なことになって。またそのうち顔出すから。』
武人は出口に向かいながら柳の横を通り、
『忍者達がお前の相手してくれるかは分からんぞ。』
と言った。
『なんだと!逃げ口上か!』
柳がそう言うのを聞いた武人は振り返ると柳の顔に顔を近づけた。
『お前……いくらなんでも年長者に対する態度じゃないな……』
静かだが、先程までとは全く違う気迫に、柳は圧倒されて言葉も出ない。
『いいから黙って着いてこい。』
柳はさっきまで一緒になって騒いでいた部員達と顔を見合わせると黙って着いていった。
先程の武人の迫力に『ちょっとヤバイかな……』と、早くも後悔していた。
武人達がカラテ部の道場を出ると、残った見物人達は色めき立った。
『なんか面白いことになってきたぞ。』
『忍者ってなんだ?』
『お前、知らないのかよ。こないだニュースでやってた黄色い忍者って、ここの忍者教室に来てるらしいぞ。』
『え?そいつと試合すんの?』
『とにかく見に行こうぜ!』
……かくして、かなりの数の野次馬が、忍者教室の開催されている武道場に集まることになった。
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