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『いらっしゃい、田代さん。お久しぶりね。』
店のホステスは田代の隣に座るとおしぼりを渡した。
二週間来ないだけで『お久しぶり』と言われるほど、田代はこの店に通いつめていた。
『ああ、ちょっと仕事でトラプルがあってね……』
そう言いながら田代はキョロキョロと店内を見渡した。
『今日は京子ちゃんいないの?』
『なぁに?私じゃ不満なの?』
『いや、そんなことないけど、今日は京子ちゃんの気分なんだ。』
『何その手当たり次第みたいな感じ。』
女の子はぷくっとふくれて見せた。
『そうですよ。そんなんじゃモテませんよ。』
店のママが女の子を連れてやって来た。
『ご一緒してよろしいかしら?』
『どうぞどうぞ。』
ママは、田代と一緒に奥に積めようとした女の子に『ミコちゃんは3番テーブルお願いね。』と言ってから、連れてきた女の子を紹介した。
『新人のアケビちゃんよ。』
『よろしくお願いします。』
アケビと紹介された女は、名刺を差し出しながら深々と頭を下げた。
胸の谷間の奥まで見えそうで、田代は興奮した。
まだ若そうだが、不思議と色気のあるアケビは、促されて田代の右側に座った。
反対の左側に座ったママが水割りを作りながら、『お仕事大変なんですか?』と聞いた。
『あ、どうも。……ちょっとトラブルがあったらしくて、入金が遅れていてね。』
グラスを受け取った田代は、そう言いながらグイッとあおった。
田代はこの店では青年実業家として通っている。
いつもはゆっくりと飲むタイプなのに、一気にグラスを空けたので、ママは驚いた。
『あら、大丈夫?そんなに一気に飲んで。』
と言いながら、空のグラスを受け取り、水割りを作る。
『今日は酔いつぶれたい気分なんだ。』
そう言った田代の右腕に自分の腕を絡ませたアケビは、
『私もお付き合いさせてもらっていいかしら?』
と、田代の腕に胸を押し当てながら、上目使いでおねだりをした。
『も、勿論だよ。』
田代は下心丸出しで胸の谷間を見下ろすと、上機嫌で了承した。
しばらく飲んでいると、アケビは他のテーブルに呼ばれて一端席を離れた。
席を立つアケビに『待ってるよ。』と言った田代はママに
『あの子いいねぇ。ほんとに新人なの?』
と聞いた。
『新人と言っても、ここに来る前は地方で働いてたらしいわよ。ウブな新人じゃないからって、早速持ち帰ろうったってダメよ。』
『なんだよ。折角気分転換に来たのに。』
アケビがいる間は上機嫌だった田代は、ママに釘を刺されると多少不機嫌になってグラスをあおった。
『まー、常連の田代さんだから、あのコ落とせるなら、自由恋愛までは口を挟まないけどね。』
そう言ってママがお茶を濁すと、田代はニヤリと下卑た笑いを見せた。
しかし、新人であるアケビは各テーブルの挨拶回りに忙しく、早いペースで飲んでいた田代のテーブルに戻った時には、田代はかなり出来上がっていた。
『田代さんどうしたのかしらね。』
アケビと交代で席を離れるとき、先輩ホステスはそうつぶやいていた。
田代がここまで酔いつぶれるには理由がある。
オレオレ詐欺の元締めである田代は二つの拠点を持っていた。
危なくなると一ヶ所ずつ拠点を移し、どちらかが移動中で休止していても、必ず一つの拠点は動いている。
田代はインターネットを通じて指示を出すだけだから、尻尾を切ってしまえば、自分のところまで捜査が及ぶことはないと思っていた。
しかし、なんの前触れもなく一つの拠点と連絡が取れなくなり、入金も無くなった。
一人だけ転送電話で連絡を取っていた石戸とも連絡が取れない。
もう一つの拠点には、くれぐれも注意するようにと釘を刺した。
田代が拠点に指示を出した事によって、佐助の忍法で場所が割り出された。
そして、田代からの連絡により、不安がつのった結果、盗聴の罠にあっさりハマってしまう事になる。
『お待たせしました。』
アケビが戻ると、田代は『待ってたよー』と言いながらキスしようとしてきた。
アケビは人差し指を立ててかわすと、『あとでね。』とウインクをする。
期待に色々と膨らませた田代は上機嫌だ。
『アケビちゃんてセクシーな名前だよねー。アケビちゃんのアケビが見たい!なんちゃって。』
田代は酔った勢いで古くさい冗談を言った。
『あら、私も田代さんのおうちで松茸が見たいわー。』
アケビが同じようなノリで田代の内腿をさすると、『うひょー。』と変な声を出した田代はママを呼んだ。
ママが来ると田代は上機嫌で『お会計!』と言った。
『はい。いつもありがとうございます。……田代さん今日はだいぶ飲んでいらっしゃいますけど、大丈夫ですか?』
『大丈夫!アフターでアケビちゃんに送ってもらうから……あ、タクシーは呼んでくれ。』
『田代さん、アケビちゃんはまだ……』
と言いかけるママに『ママ……』と声をかけたアケビが正面からママの目を見つめる。
『そうね……アケビちゃんに送ってもらえば安心よね……』
どこか焦点の定まらない目で答えたママは店の黒服に指示を出す。
タクシーに乗り込んだ田代は行き先を告げると、アケビの手を握った。
『いやー、会ったその日にアケビちゃんのアケビが見られるなんて、俺はついてるな~。』
この日の午後、もう一つの拠点が押さえられた事を田代は知らない。
マンションに着いた田代はエレベーターに乗り込むと、辛抱たまらんという呈でアケビに抱きついた。
高いヒールをはいているアケビは田代の耳元に唇を寄せると
『焦らないで……夜はターップリあるんだから、ゆっくり楽しみましょう』
と吐息混じりにささやいた。
田代はますます興奮してアケビの手を握ると、待ちきれないという様子でエレベーターの階数表示を見つめた。
部屋のあるフロアに着くとアケビの手を引いて早足でエレベーターを降り、部屋の前に着くと、もどかしそうにロックを解除した。
フロアの非常階段には宮田達刑事と武人達が潜んでいる。
寝室に入った田代は、アケビをベッドに押し倒すと、上着を脱いで上半身裸になって、アケビに覆い被さった。
その時、術が解けてアケビは茜に戻った。
『キャーーーッ!』
悲鳴を上げると激しく抵抗する。
『ちょっと……アケビちゃん……何で今さら……』
唖然としながらもなんとか組伏せようとする田代の顔や体にどんどん傷が付いていく。
『ちょ、やめ……あれ?アケビちゃん?』
抵抗しまくる茜の顔を見た田代は驚いた。
先ほどまでの妖艶な雰囲気は全く無くなり、どこか幼い可愛らしい感じになっていたからだ。
そんな女の子が必死で抵抗している。
『グハッ!』
茜が寝転んだまま放った蹴りが田代の下半身を直撃した。
玄関では、ドンドンと扉を叩く音と、『どうしました?大丈夫ですか?』という声が聞こえる。
茜は田代を突き飛ばすと、玄関に走っていき、鍵を開けると『助けてください!』と外に飛び出した。
宮田達が部屋になだれ込む。
ボロボロになってうめいている田代を見て、宮田の部下が『被害者は……彼女でいいんですよね?』と聞いた。
宮田は苦笑いしながら、田代に『ご事情お聞かせ願えますか?』と言った。
股間を押さえながら苦しそうに『あんた達は?』と言った田代に宮田は警察手帳を差し出した。
『な、何で警察が……』
『女性の悲鳴が聞こえたものでね……』
外では、武人と平太を見た茜が『あれ?ここどこ?』と言った。
そして胸元があらわになってることに気付くと、『キャッ!』と言って後ろを向き、服装を整えた。
宮田達が部屋に入ったのを確認した武人が月光の事務所に電話をかけると、『了解。』と言った康人が佐助に伝える。
すると、田代の部屋のパソコンが起動し、大音量で音声が流れ始めた。
部屋の中ではベッドに腰かけた田代が『無理やり連れ込んだ訳じゃないですよ。』と事情を説明している所だった。
『……もう一つのアジトと連絡が取れない……ああ、じゅうぶん警戒してくれ。』
『……新しい受け子は使うな。この状況だと信用出来ない……』
音声は寝室の隣から聞こえていた。
流れ続ける音声に狼狽した田代は慌てて部屋を出ていこうとする。
それを阻止した宮田は、
『どちらに行かれるんですか?どうやらお話を聞かなければならないことが他にもあるようですね。』
と言った。
『知らない!俺はこんな録音した覚えがない!』
『しかし、あなたの声のようてすが……』
宮田が目で合図をすると、部下達が隣の部屋に入って行った。
『やめろ!俺のパソコンにはさわるな!』
宮田は抵抗する田代に言った。
『どちらにしろ、彼女の件も含めて事情を聞かなければなりませんので、ご同行願えますね?』
有無を言わせぬ宮田の眼差しに、田代はガックリと肩を落として『くそっ!』と言った。
事務所に戻ると、満面の笑みで康人が迎えた。
『いやー、今日もご苦労だった。平太の作戦は今回も完璧だな。』
『恐れ入ります。』
平太が頭を下げる。
『しかし、平太の読み通りだな。』
『はっ!』
作戦内容を詳しく知らなかった武人が確認すると、今回は茜の術のかけ方がミソだという。
今回は男を手玉に取る妖艶なホステスになる術を自らにかけた茜だったが、その術が解けるタイミングを男女の営みが始まる直前にしていた。
素の茜に戻った方が、激しく抵抗することが目に見えているから、自然で疑われにくいという平太の作戦だったが、まさにその通りになったのだ。
哀れなのは田代である。
茜の全力の抵抗により、ボロボロにされたのだから。
この後、警察の捜査により、手を貸していた受け子も芋づる式に検挙され、この一件は幕を閉じた。
後日。
月光の事務所に菓子折りを持った照子が来ていた。孫の百合と晶も一緒である。
『この度は大変お世話になりました。』
照子と一緒に百合と晶も頭を下げる。
『いえいえ。私と百合さんの仲ですから、そんなお気を使わずに。』
武人は『どんな仲だよ。』と心の中で呟いていたが、照子は百合が康人のファンで『やっちゃん』と呼んでいる事も知っていた。
晶は武人とは面識があるが、康人と会うのは初めてだった。
晶は改めて康人に向かって頭を下げる。
『ホントに今回はありがとうございました。』
『いえいえ、ほんと気にしないで。それにしても美人姉妹だねー。百合ちゃんとはまた違った魅力がある。』
康人に褒められ、晶は頭をかいてペロッと可愛らしく舌を出した。
『へへ……』
晶はショートカットで背も低く、ハツラツとした笑顔は、やんちゃな男の子を彷彿とさせるが、男勝りという訳ではなく、『ボーイッシュな可愛い女の子』という表現が一番ピッタリと来る。
『良かったら、キミも俺のことは『やっちゃん』と呼んでくれ。』
『え?いいの?』
目をキラキラとさせて康人を見る晶に、武人は苦笑いしていた。
『ちょっと、晶……』
百合もあきれた顔で晶を見る。
『そうよ。失礼ですよ。』
照子がたしなめる。
『いや、いいんですよ。そう呼んでもらえた方が私も嬉しい。なんなら、あなたにもそう呼んでもらいたいくらいだ。』
また康人が変なことを言い出した。
『あら、それじゃあ、お言葉に甘えて……コホン……やっちゃん。』
『おお!これは感激だ。美人姉妹だけじゃなく、その美しさのルーツである照子さんにまでそう呼んでもらえるとは!』
康人は大袈裟に感動する仕草で涙を堪えるふりをした。
かくして、康人を『やっちゃん』と呼ぶ人間が三人に増えたのであった。
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