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『ピンポーン……』
『ピンポーン……』
『あれ?いないのかな?今日来るって言っといたのに。』
武人から新しい月光の制服のデザインを頼まれた百合は、アイディアをもらいに祖母の家に来ていた。
祖母は服飾のプロでは無かったが、百合が幼い頃から裁縫を教えてくれていた。
そんな祖母の影響で百合は服飾デザイナーを目指したのだが、今でも祖母は百合の発想に影響を与える存在だった。
特に和装に関しては、知識も多いので、百合は今回の依頼のアイディアをもらおうと訪ねていた。
『ピンポーン……』
三回呼び鈴を押しても出てくる気配がないので、百合はドアに手をかけてみた。
開いてる。
『おばあちゃーん!いないのー?』
百合は声をかけながら中に入っていく。
『おばあちゃーん!』
居間にはいないようだった。
『おばあちゃーん。』
寝室のドアを開けると、部屋の奥でゴソゴソと何かを探している祖母がいた。
『おばあちゃん?』
『おばあちゃんってば!』
『あー、ビックリした。なんだ百合か。』
祖母は振り向いて、胸を撫で下ろした。
『なんだじゃないでしょ。来るって言ったのに。』
『あら、そうだったわね。でも、それどころじゃないのよ。』
祖母はそう言うと、また何かを探し始めた。
『ひどーい。それどころってなによー。』
百合はそう言いながら、祖母の近くに行く。
『なに探してるの?』
『定期預金の通帳をこの辺にしまったはずなのよ。』
『通帳?』
『あ、そうそう。アキラが大変なのよ。』
話がコロコロと変わるのは照子の特技だ。
『え?アキラがどうしたの?』
『信号待ちの車に突っ込んじゃったらしくて。』
『え?嘘でしょ!大丈夫なの?』
『お互いに怪我はないみたいなんだけど、相手の方の車が結構へこんじゃったみたいで。』
照子は手を休めずに話を続ける。
『警察呼んだんでしょ?』
『それが、警察呼んでたら商談に間に合わなくなっちゃうとかで、アキラも一緒に移動してるみたいで。』
『そうなの?』
『何でもその商談に間に合わないと数千万円の損害が出るとかで。』
『大変じゃない!』
百合はすっとんきょうな声を出した。
『だからって、そのまま行っちゃうとアキラが逃げるんじゃないかってことで、一緒にいるらしいのよ。』
『それで?』
『高級車だけど、50万円もあれば修理出来るだろうってことで、それだけ用意してくれれば慰謝料とかも要らないって言ってくれてるらしいのよ。』
『追突なんて、こっちが悪いのに、それくらいで済んで良かったわね。』
百合も今までの話の流れから、特に不信感も持っていなかった。
『でも、後から振り込みとかだと信用出来ないからって、アキラの彼女と一緒に相手の部下の方が受け取りに来るから、それまでに用意しないといけないのよ。』
『え?』
百合はここにきて何かおかしいと思い始めた。
『彼女?』
『そうなのよ。彼女だなんて……時代かしらねぇ。』
照子はため息をつきながら首を振った。
『いや、待って。本当に彼女って言ったの?』
『そうよ。アキラと一緒に車に乗ってたらしいんだけど、まさかアキラに彼女だなんて……』
『いや、おかしいから。あの子にそんな趣味ないから。』
百合は全力で否定する。
『ワタシだってそう思いたいわよ。女の子のクセに彼女だなんて。』
百合は自分の妹がバイセクシャルだとは聞いた事がなかった。
確かに自分のことを『ボク』と言うが、ボーイッシュというだけで、晶の彼氏は知っているし、姉妹でする恋バナだって男の子のことばかりだ。
『ホントに晶からの電話だったの?』
『そうよ。自分からアキラって言ってたもの。』
『それ、おばあちゃんが先に晶の名前言ったんじゃなくて?』
『そんな事ないわよ。ただ、最初『俺』なんて言うから、やめなさいって言ったのよ。もう慣れたけど、ボクって言うのだって……』
『ちょっと待って!やっぱりおかしいから!……声は?声は晶の声だったの?』
『そうねえ。風邪引いてるらしくて、ちょっと変な声だったわね。
『それ、絶対詐欺だよ。ちょっと待ってね。』
百合はそう言うと、晶に電話をかけた。
『出ない。授業中かな。』
少し考えたあと、今度は武人にかけて事情を説明する。
『親父に相談してみる。』と言って電話を切った武人は、五分ほどするとかけ直してきて、今から向かうと言ってくれた。
相手が受け取りに来ると言った時間まであと30分。
何処かで見られてるといけないということで、武人達は森に面した裏手から入ってきた。
武人の他に、平太と乱魔がついてきていた。
『お待たせ。』
『ごめんね。』
百合に連れられ、武人は居間の照子に会うと挨拶をした。
『お久しぶりです。』
『あら、いらっしゃい武人くん。迷惑かけるわね。』
『いえ。』と言った武人は後ろに控えていた平太と乱魔を紹介した。
『あらあら、百合から話は聞いてますよ。あなた達がねえ……今日は制服着てないのね。私も百合のデザインに協力して……』
『おばあちゃん、もうすぐ犯人が来るから、その話はまた後で。』
照子の話が脱線すると長くなるのを知ってる百合は早々に区切ると、『じゃあ武人お願い。』と、武人に委ねた。
武人によると、トカゲの尻尾切りをさせないような作戦があるという。
ここで受け取りに来た『受け子』と言われる人間を捕まえても、全容解明にはならない。
受け子は電話やインターネットなどで指示を受けるだけで、指示をしている人間が誰かすら知らないことも多いのだ。
そこで、忍者達の忍法を駆使して、一番上の人間まで炙り出す作戦を立てた。
作戦自体の立案は康人だが、康人も忍者達がどのような忍術を使えるかは分からないので、具体的な作戦内容は平太に一任した。
平太によると、今回の作戦は、忍術よりも法力を使った忍法を使うという。
現代では人知を越えた力である忍法。それを使う割合が大きいということで、武人も注目している。
百合には忍法についても伝えているが、照子には教えられないので、作戦の一部は伏せて説明された。
まずは変装のエキスパートである乱魔が照子に化ける。
忍術では変装だが、忍法では化ける相手に対面すれば化身することが出来る。
今回は照子の目の前で化ける訳にはいかないので、対面したあと別室で変装したふりをして出てきた。
照子は自分そっくりの乱魔に驚愕していた。そして、
『あ、お金。お金はどうするのかしら?』
『心配ご無用。幻魔ほどではないが、拙者も幻術は使えるので、こちらを使いまする。』
乱魔はそう言って、封筒から紙幣サイズに切り揃えた白い紙の束を出して見せた。
『これを?』
照子は疑問の視線を目の前の自分(乱魔)に向けた。
『もう一度ご覧下され。』
促されて視線を落とすと、それは一万円札の束になっていた。
『え?』
驚いた照子は札束を手にとって一枚一枚確認した。
全て一万円札になっている。
『これ……』
目を丸くして手にした一万円札を見ている照子に、乱魔は声をかける。
『照子殿。』
声をかけられた照子が顔をあげると、乱魔は軽く瞬きをした。
そして、軽く頷くと、照子は促されるように手元を見た。
すると、紙幣は全て元の白い紙になっていた。
『どうして……』
照子が手元の紙を見る度に驚いたり絶句したりしているのを回りで見ていた武人達には、妙な光景だった。
照子以外の人間には、ずっと白い紙のままなのだ。
『催眠術の一種でござるよ。』
乱魔がそう言うと、『へー。』と、照子はしきりに感心していた。
その頃家の裏手では、平太が手の上にカラスを乗せて戯れていた。肩には小さな白いネズミが乗っている。
やがて、『ピンボーン』と呼び鈴が鳴って、照子に化けた乱魔が『はいはい、今出ますよー。』と言いながら出ていった。
それを目で追いながら、照子は苦笑いしていた。
傍らでは、武人が口に人差し指を当てて、周りに声を出さないように促している。
照子に化けた乱魔が玄関を開けると、スーツ姿の30代位の男とカジュアルな服装の若い女がいた。
女は深々と頭を下げた。
『は、はじめまして!私、アキラさんとお付き合いさせてもらってますツグミと言います。』
中々の演技力だ。
『初めてお会いするのに、こんなことですいません。』
『いえいえ、こちらこそアキラがご迷惑をおかけしてすいませんね。アキラったら、こんな可愛いお嬢さんとお付き合いさせてもらってるのね。』
女は照れた素振りを見せた。
『でもねー。悪いこと言わないから、ちゃんとした男性とお付き合いした方がいいわよ。』
乱魔はカマをかけた。
『そんな!アキラさんも素晴らしい男性ですよ。』
なまじっか演技力があって完璧に対応しようとして、墓穴を掘ったのだ。
これで詐欺であるとの確信は得られた。
『そちらの方が、アキラがご迷惑をお掛けした方ね。』
『照子(乱魔)が声をかけると、後ろに控えていた男が一歩前に出た。』
『私、お孫さんが追突された車に乗っておりました田中と申します。』
名刺を差し出しながら、
『上司は大事な商談がありますので、私が修理代を受け取りに参りました。』
『ご丁寧にありがとうございます。この度はご迷惑をお掛けして本当に申し訳ありません。』
『こちらも商談に遅れるかと思ってヒヤヒヤしましたが、なんとか間に合いそうなんで良かったですよ。まさかあんな所で追突されるなんて。』
照子(乱魔)は、深々と頭を下げた。
相手の男達は、バレているとは全く思っていないようだった。
『私も上司と合流しないといけないので、そろそろよろしいでしょうか?』
そう言われて、照子(乱魔)は『ごめんなさい。それではこちらを。』
と言って、封筒を差し出した。
二人には、それぞれ挨拶をした時に術をかけてある。
『確認させて頂きます。』
男は封筒から紙を取り出すと、慣れた手つきで数え始めた。
『確かに。』
男は数え終えると封筒に戻し、スーツの内ポケットに入れた。
『領収書は出せませんが、一応こちらが受けとり証になります。』
男はもっともらしい用紙を差し出すと、
『それでは、私はこれで。』
と言った。一緒に帰ろうとする女に照子(乱魔)が声をかける。
『あなたはうちでアキラを待ったら?』
『いえ、私はアキラさんを迎えに行かなきゃならないので。』
と、そそくさと帰っていった。
裏手にいた平太が肩に乗っていたネズミに声をかけると平太の手の上にいるカラスの背中に飛び乗った。
と同時にカラスが飛び立つ。
玄関側に飛んでいくと、先程の二人を追っていった。
平太は動物と話ができたり、操ったり出来るだけではなく、意識や視界を共有することが出来る。
かなり法力を使う忍法であるため、制限はあるが、今の生活では日々法力を使うことも無いため、問題はない。
照子の家から離れた二人は、しばらく歩くとコインパーキングに停めていた車に乗り込んだ。
男は封筒から紙を取り出すと、半分の25枚を女に手渡した。
二人はそれぞれ25枚の中から二枚を抜くと、自分の財布に入れ、残りは封筒に入れて、それぞれバックやスーツの内ポケットにしまった。
車は発進すると、しばらく走った町のコインパーキングにとまった。
左右のドアからそれぞれ車を降りると、男の頭上をかすめるようにカラスが飛んでいった。
『あぶなっ!』
驚く男の胸ポケットにカラスから飛び降りたネズミが入り込んだことには気づいていない。
『な~に?あのカラス。』
女も突然の出来事に驚いていた。
車を降りた二人はそれぞれ別々の銀行へと入っていく。
男も女もATMを使って限度額の10万円ずつ数回に分けて振り込みをするつもりだった。
画面をタッチし、現金での振込先を入力する。
その画面を胸ポケットから顔を出したネズミが覗いていた。
操作を終えて封筒から出した紙10枚を紙幣投入口に入れる。
エラーが出て返却される。
もう一度試す。
返却される。
そうこうするうちに銀行員が寄ってきた。
『お客様、どうされましたか?』
なるべく目立ちたくないのだが、声を掛けられたのだから仕方ない。
『いゃ、何度やってもお金が戻ってきちゃうんで……』
『そうですか。』
銀行員は返却された真っ白な紙を目にして、
『お客様?』
と、顔を見つめた。
だが、男の目には紙幣に見えているので、銀行員の視線の意味がわからない。
『なんでですかね?』
という男に対して、『ちょっとよろしいですか?』と、銀行員は奥へ連れていこうとする。
さすがに焦った男は逃げようとするが、他の銀行員達に取り押さえられた。
『キャッ!ねずみ!』
悲鳴を上げるお客の足元を白いネズミが駆け抜けて外へ出ていった。
一方の女も同じように取り押さえられていた。
照子の家で目を閉じたまま動かずにいた平太は、ネズミの目を通して見た振込先の口座番号を、月光の事務所にいる康人に伝えた。
事務所では、武人から聞いた照子の家の着信履歴から佐助がかけ子の事務所を割り出していた。
佐助は元々潜伏や諜報活動を得意とする忍者だったが、現代に来てから新たな忍法に目覚めたらしい。
それは、電話回線やインターネット回線と意識を同期させ、追って行けるのだという。
佐助自体、まだ目覚めたばかりの能力なので、どこまで出来るのか、何が出来るのか把握しきっていないのだが、相当な法力を必要とするらしく、振込先の口座番号からリーダーの居城を探り当てる頃にはグッタリとしていた。
そんな佐助に『ご苦労さん。』と労いの言葉をかけた康人は、腕を組んで次の作戦を考えた。
『さて、どうやって捕まえるか。』
犯人が分かっても、証拠は何もない。
それに、忍法を使って犯人を突き止めたとも言えない。
康人はしばらく考えたあと、後輩の宮田に電話をかけた。
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