ボクボク詐欺
ー1ー
『何でだ?』
『何で依頼が来ない?』
『おかしい!』
先程から康人が一人で文句を言いながら事務所内を行ったり来たりしている。
武人は黙ってほっといたが、そのうち我慢できなくなった。
『あ~!うるさい!』
『うるさいってなんだ、父親に向かって!』
こういう時の康人はかまってほしいのだ。
だから放っておくと、いつまでも埒が明かない。
『だから、どーしたんだって聞いてんだよ。』
『いや、聞いてないだろ。』
『いいから、どうしたんだって?』
この親子で頻繁に繰り返されるやり取りである。
『依頼が来ないんだ!』
『いや、そこそこ来てるだろ。』
『そうじゃない。俺がプロデュースしたあのイカした制服での依頼が来ないんだ。』
実際、子供向けの忍者ショーと忍者教室以外の依頼は、私服作業や通常の作業服での仕事が多い。いや、ほとんどがそうだ。
『仕方ないだろ。あんな派手なカッコでやる仕事なんか、そうそうあるわけないだろ。大体忍者が目立ってどうする!』
『うう……だって、あっちの方がカッコいいんだもん……』
『子供か!』
こんな父親でも、いざとなったら頼りになるのが恨めしい。
百合に言わせればギャップ萌えらしいが。
『このまま仕事増えなくてもいいのか?』
『それは困る!』
『実際、忍者としての需要はもっとあるらしいじゃないか。』
『う……』
康人はわざとらしく目をそらした。
『他の忍者ショーや、エキストラなんかの依頼もあったのに、衣装の折り合いがつかなくて断ったらしいな。』
『だって……』
『だってじゃない!世間の忍者のイメージは黒なんだから仕方ないだろ。黒じゃないとしても、一色だ。』
と、言ったとたん、『それはダメだ!』と康人は食いぎみに反論してきた。
『戦隊ものは色が命だ!俺の中ではもう赤は勘介だし、ピンクは茜だ!黄色の源太だって重要だ!何のために毎日カレー食わせてると思ってるんだ!』
源太、毎日カレー食わされてるのか……
武人は、源太に同情した。
康人がここまで、色にこだわるのには訳がある。
何でも子供の頃に見た初の戦隊ものの番組に衝撃を受け、それで芽生えた正義感が元になって警察官になったらしい。
『一色はダメだ……一色は……』
『分かった分かった。それじゃ色のイメージを残しつつ、もうちょっと忍者のイメージにあった制服を別に作ろう。百合に相談してみるから。』
『百合ちゃんに?』
『そうだ。百合ならきっといい制服を作ってくれる。』
なぜか康人は百合を絶大に信頼している。
『それなら、任せた。でも、源太は黄色だからな。』
まだ言うか!
この後、百合に伝えると、色の束縛が緩くなったことで、俄然やる気になっていた。
『任せて!必ずやっちゃんが納得するものを作ってみせるから!』
張り切るのはいいが心配だ。
康人に色々と注文をつけられて、また変な制服にならなければいいが……
携帯の通話を終えると、ほぼ同時位に事務所の電話が鳴った。
『はい。派遣部隊月光です。……あ、宮田さん。お久しぶりです。……はい、いま代わります。』
康人は保留にして受話器を置くと、
『宮田さんから。』
と言った。宮田は刑事時代の康人の部下だ。
『おう、宮田か。どうした?』
キリッとした表情で受話器を持っている康人を見ると、武人は『さっきの親父を見せてやりたい』と思った。
『宮田さん、何だって?』
受話器を置いた康人に聞いた。
『ああ、また所轄でオレオレ詐欺が頻発してるらしいんだが、何か情報はないかと言っていた。』
『そうなんだ?でも、依頼じゃないんだろ?』
『ああ、何か情報があったら教えてほしいって事だ。』
『痴漢の件以降、探偵の方の仕事はさっぱりだからな。』
武人がそう言うと、康人はいかにも心外という顔をして言った。
『探偵の方とはなんだ。派遣部隊を名乗ってはいるが、月光の依頼は全て探偵業の延長線上だぞ。』
『忍者ショーは?』
『当然だ。』
『忍者教室も?』
『その通り!』
武人は反論するのをやめ、黙って書類整理を始めた。
『あ……おい、武人、なんか言え。……おい、……黙ってないでなんか言えったら。……おい、……かまってくれよー。』
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ー2ー
『はいはい……いま出ますよ。』
照子は、飼い猫の頭を撫でながらまどろんでいるうちに眠ってしまったらしい。
電話の音に目を覚ますと、あわてて立ち上がった。
照子の膝の上にいた猫は床の上に投げ出され、慌てる照子にシッポを踏まれた。
『ニ"ャッ!』
『あら、ごめんなさい。ミイ君大丈夫?』
心配して抱きかかえようとするが、電話がかかってきている事を思いだし、
『はいはい、ごめんなさい。いま出ますからね。』
と言いながら、受話器を取った。
『はい。金子でございます。』
『た、大変なんだ!』
『どちら様ですか?』
『俺だよ。俺。』
『俺って、アキラ?あなたいつから俺なんて言うようになったの?いつもボクって言ってるのに。』
『ごめん、外では最近俺って言ってるんだ。それより大変なんだ!』
『あなた、俺なんて言うもんじゃありませんよ。あなたには似合いません。』
照子はあまり人の話を聞かないクセがある。
『いや、そんなのいいから、ホントに大変なんだよ。』
『それに、なんか声も変だし、あなた風邪でもひいてるの?だから、おばあちゃんはいつも体には気を付けなさいって……』
『……え?何?……もしも~し……もしも~……プッ……ツー…ツー…』
『フゥ。』
男は電波が途切れたふりをして電話を切ると、軽くため息をついた。
『どうした?』
後ろから声をかけられて振り返ると、この部屋のリーダーである石戸が立っていた。
ここはとあるマンションの一室。
いわゆるオレオレ詐欺の掛け子部隊が電話を掛けて相手を騙す為の拠点だ。
声をかけられた山田は、
『いや、なんか人の話を聞かない婆さんで……ボケてるんですかね?』
と言って頭をかいた。
『ボケてんなら、カモじゃねーか。』
石戸はそう言って、山田が手にしていた情報カードを奪い取った。
『独り暮らしの婆さんか……別居家族【?】ってのはなんだ?……おーい、昨日これ作ったの誰だ?』
部屋のもう一角で電話をかけている男達に声をかけると、ぞろぞろと見に来た。
『あ、それ俺です。』
『別居家族【?】ってのはなんだ?』
『あー、その婆さん、途中で関係ない話を長々と始めたんで、切り上げたんですよ。なんかちょっとボケてるんですかね?耳も遠いみたいだったし。』
こちらの男達は、世帯調査と称してアンケートの電話をかけ、カモになりそうな独居老人をあぶり出すのが仕事だ。
『……旦那に先立たれて、子供達は独立か……年齢や人数は不明ってことだな。……孫アキラ車所持ってのは?』
『あ、婆さんの長話しで分かったことで……』
『よし、じゃあお前は引き続きこの婆さんにアタックしろ。プランDだ。』
石戸からそう指示を受けた田中は、再び電話をかけた。
『あ、おばあちゃん、ボクボク。そう、アキラだよ。さっきは途中で切れてゴメン。それより、ほんとに大変なんだって……』
部屋の隅で聞いていた石戸は、笑いを噛み殺しながら、『ボクボク詐欺かよ』と小声で突っ込んでいた。
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