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『こんにちは。』
忍者教室が始まってから3ヶ月。
百合は武人に連れられて久しぶりに顔を出した。
今月新たに入ったメンバーの忍者服を作るための採寸が主な理由だが、忍者教室のその後も気になっていた。
百合の顔を見ると『こんにちは』と遠巻きに挨拶するものがほとんどだったが、三人の忍者が駆け寄ってきた。
『こんにちは。今日もきれいですね。』
『お久しぶりです。』
『ご無沙汰でござる。』
『あ、こんにちは。』
百合は軽く後ずさりしながら、『こんな人たちいたっけ?』と、11人の忍者達の顔を思い浮かべた。
その中にこの人達はいない。
でも、この詰め寄ってくる感覚には覚えがある。
『……え?』
と、隣の武人に助けを求めると、
『やっぱり久しぶりだと分からないか。例のオタク3人組だよ。』
『そう……、え、え~~~!!』
百合が驚くのも無理はない。
百合が挨拶した三ヶ月前とは人相が全く変わっていた。
当時は、少し太り気味の二人と、ござる言葉の痩せこけた陰鬱な印象の一人だったが、今は三人とも平均より筋肉質な体型に変わっていた。
表情も精気にみなぎっていた。
百合デザインの忍者服を着ていることで、本物の忍者たちと見間違えてしまったのだ。
ちなみに、部員の忍者服は月光の隊員と区別するため、濃紺の一色に統一されていた。
黒だと隊員の飛燕と同じになってしまうからだ。
『やっぱり久しぶりに会うと変わってるか?』
『いや、変わってるなんてもんじゃないわよ!』
百合の反応を見た三人組は、
『そうでござるか!』
『百合さんに誉めてもらって光栄です!』
『あ、後で一緒に写真お願いします!』
と、中身はあまり変わってなさそうだった。
一通り話をした後、彼らが練習に戻っていくと、百合は武人に聞いた。
『あんなに変わるなんて、忍者教室で何をやってたの?』
『ああ、初日は百合も見たような体験教室的なノリだったけど、その後は忍者になるための基礎訓練みたいなことをやってたかな。』
『それであんなに変わるの?』
『基礎訓練とはいえ、内容はわりとハードだったからな。でも、ものすごく効率的なんだ。』
『それであの人たちよく逃げ出さなかったわね。』
『それはな……』
武人はそういった後、『おーい、幻魔!』と講師役で来ていた一人の忍者を呼んだ。
呼ばれた幻魔は『シュタッ!』と、いかにも忍者らしく駆け寄ると、
『百合さん、お久しぶりでござる。』
と、挨拶をした。
『奴らが逃げ出さなかったのは、幻魔のおかげなんだ。』
武人によると、この忍者教室を始めた際、初日の体験教室が終わった後、部員たち一人一人と勘介が面談して開催内容を決めていったらしい。
その際、運動音痴に見えたこの3人も、根本的な運動神経が悪い訳ではなく、『運動神経が悪いと思い込んでいる』ことが原因で苦手意識がある。と看破した勘介は幻魔に彼らを委ねた。
武人に促された幻魔の説明によると、幻魔は幻術や催眠術のエキスパートであり、それらを駆使して苦手意識を払拭し、自信を与えることで彼らは積極的に訓練に参加し、それぞれが自宅で復習もしていた。というのである。
その結果が今の彼らということだ。
武人が『ありがとう。』といって戻るように促すと、『はっ!』といって幻魔は戻っていった。
『忍者ってホントにすごいのね。』
『ああ、俺たちアスリートにも参考になることばかりだ。催眠術はともかくとして、自信を持たせること、やる気にさせることは重要だ。』
『そうよね。』
『実際、運動が苦手で、小学校時代は体育の成績が悪かったやつでも、本当は身体能力が高かったりすることもあるしな。』
その後、武人は新しく入った二人の女性をを百合に紹介すると、一緒に事務所へ向かった。
今日は勘介と平太が他の依頼で出掛けているが、他の忍者たちはこちらに参加していた。
百合が新入部員の二人を呼んで更衣室で採寸していると、武道場の方から何やら揉めているような声が聞こえてきた。
更衣室から出てみると、武道場の入り口で十数人の強面の男たちと忍者教室の部長が揉めていた。
『いいから俺達に使わせろ!』
『でも、この時間は僕たちが使うことになっていて……』
『そんなこと知るか!この時間は前から俺達が使ってたんだ!』
その彼らは『総合格闘倶楽部』を名乗ってはいるが、正式には認められていないサークルであった。
正式な総合格闘技のサークルもあるが、そこを逃げ出した人達が集まって作ったのが、このサークルであるという噂もある。
彼らは今まで、武道場の空いている時間を勝手に使っていたが、今年から忍者研究会が正式なサークルとして認められた為、空き時間がほぼ無くなっていた。
『それは、君達が勝手に使っていただけで……』
『うるせえ!だいたい忍者の真似事なんかして何になるってんだ!』
彼らは、今年度から武道場が使えなくなっていたので、仕方なく野外で活動していた。
それが梅雨に入って野外では中々活動できなくなったことと、自分達を追い出したのが、『忍者教室』等と言う訳の分からない活動だという事を知ったイライラも高まり、とうとう暴挙に出たのだ。
『ちゃ、ちゃんと役に立ちますよ。体力だってついてきたし……』
『そんな程度で女守れんのか!』
いきなり飛躍した理論が飛び出したので、遠巻きに見ていた女子部員達は、
『あんな人達に守られたくないわよ。』
『バカじゃないの。』
と、辛辣だ。
そのうち新入部員の一人が、近くにいた同じく新入部員のオタク三人組に、
『あんな奴らやっつけちゃってよ。』
と、言い出した。
中身はオタクでも、すっかり精悍になった彼らは女子部員達とも普通に仲良くやってはいたが、その提案には冷や汗ものだった。
『ち、ちょっと君達……』
『なんだと!コラ!』
運悪くそれが聞こえたらしい狼藉者達は、
『やってもらおうじゃないか!
誰が相手すんだ!コラ!』
と怒鳴りながら、土足で中に入ってきた。
明らかに三人組とその女子部員に、視線は向けられている。
更に動揺する三人組の後ろに隠れながら、女子部員達は彼らを後ろから押していく。
『ち、ちょっと……』
その時、ちょうど事務所で用事の電話を終えた武人が出てきた。
『なんだなんだ。なんの騒ぎだ?』
『山之内武人!』
武人を見た狼藉者は怯んだ。
その隙に、三人組と女子部員達は他の部員達の後ろへと走って逃げた。
『なんだ、お前達。なんの用だ?』
『いや……』
『な、何で山之内さんが?』
と、さっきまでの威勢はどこへやら。
この大学で武人のことを知らないものはまずいない。
格闘技を志す者なら、顔も知っていて当然だ。
それでもリーダー格の一人はビビりながらも、
『あ、あんたには関係ない。お、俺はこいつらと話してんだ……』
と、虚勢をはった。
『は?』
武人が真顔になると、全員目をそらして黙ってしまったが、そこへ幻魔がやって来た。
『では、お相手つかまつる!』
自信満々で登場した幻魔に相手は一瞬怯んだ。
『おいおい幻魔。何もお前が相手しなくても……』
『いや、拙者ではなく……』
『は?』
武人が幻魔の真意を掴みかねていると、幻魔はまた一歩前に出てリーダー格の男に詰め寄った。
『そなた達の中で一番強いのはお主か?』
『あ、ああ。』
『お主、名はなんと言う?』
『お、大場だが……』
『では、大場殿。お主から見て一番弱そうに見えるのはどなたでござるか?』
幻魔はそう言って、忍者教室の面々に目を向けた。
『?』
『さあ、どなたが弱いと思われる?』
更に詰め寄られると、大場は『あ、あいつかな?』と言って一番背の低い田之浦を指差した。
オタク三人組の一人だ。
『田之浦殿!』
幻魔に呼ばれた田之浦は不思議そうな顔をしながら、おずおずと歩いてくる。
『おい幻魔、どうするつもりだ?』
武人に聞かれても、幻魔は『まぁまぁ……』
と言って、『あの……何か?』とやって来た田之浦の肩を掴んで大場に向かわせると、
『この田之浦殿がお相手をするでござる!』
と、言った。
一瞬ポカンとしていた田之浦は、『ええ~っ!』と驚いた顔で幻魔を見た。
『ち、ちょっと幻魔さん、僕がこんな怖い……』
と、完全に動揺している田之浦に構わず幻魔は、続ける。
『お互い怪我をせぬように試合場を整えるゆえ、それまで準備運動でもして待つがよかろう。』
『お、おお……』
幻魔は、動揺してる田之浦を連れながら、武人に『ご安心ください。』と言うと、他の部員たちに指示を出したあと、講師で来ていた佐助を連れだって控え室へと入っていった。
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