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神殺し-2-

 そこは森であった場所だった。

立ち枯れた木々が、痛々しい姿を曝している。進んでいけば木々すらもすでに立っておらず、倒れて大地に還る事もなく、足元を埋めていた。更に行けば、それすらも消え、色をなくしたぱさぱさとしたとしか言いようのない大地がその姿を曝す。

 言葉なく、雷瀬はそこを眺めていた。

雨龍が封じたもの。

その災厄は、これほどのものであった。大地が死んで行く。そうとしか言いようのない光景に、雷瀬は溜息とも付かぬ息を吐いた。

 「ハク」

雷瀬の声に、ハクは静かに頷いた。

次の瞬間。

大地が盛り上がり、もうもうと砂煙を上げ、何かが大地から姿を現した。

禍々しいその姿に、雷瀬とハクは、淋しげな表情を見せる。それがかつてなんであったのかを、二人はいやと言うほどわかっていたから。

 「凶神」

それは、精霊の筋が邪気に蝕まれた末の姿。優しき木霊の成れの果て。それを知っている以上、できれば傷つけずに済まないものかと、雷瀬は一瞬迷ってしまう。

けれども、力を削がずにあの方法は使えない。

 「行くよ。ハク」

雷瀬は、気持ちをすぐさま切り替えると、符を数枚抜き取り構える。

 「おう」

不敵に笑ってハクが応えた。

巨木を思わせる凶神の姿に対し、ハクはまるでネズミのように見える。しかし、力は大きさではない。そのことをハクは、一閃で知らしめた。

普通に腕を薙いだ。そう、雷瀬には見えた。事実ハクはそれほど力を込めた一撃を見舞ったわけではない。

けれども、凶神の伸ばした太い触手のような枝は、ざっくりと切り落とされる。

息つく間も与えず、すぐさま次の枝が伸びてハクを狙ったが、それを今度は雷瀬の符がその動きを封じた。

 するりと雷瀬は足に巻いてあった羂索を抜き取り、足元から飛び出した根の動きを止めると、ハクに指示を飛ばす。

 「ハク、一端後退だ」

手当たり次第に枝を切り落としていたがそれに切りがないことに、ハクも薄々気が付いていたため、雷瀬の言葉に素直に従い間合いを開ける。

 「切りがないぞ」

ハクの言葉に雷瀬は笑う。

 「枝はいくらでも再生するみたいだ。でも、根を払えば動きは制限できるだろう」

力の源は根だ。そこから力を吸い上げ行き渡らせる。邪に染まり堕ちたとしても、理から外れるわけではない。木霊はどうなろうとも木霊なのだ。

 「そうか。少なくとも力の供給はし辛くなるな」

雷瀬の考えに同調し、ハクはにやりと笑う。

 「じゃあ、行くよ。ハク」

放った符は風を呼び、カマイタチを作ると外へと伸び出した根を払っていく。雷瀬とは逆の方では、ハクが抉り出し根を千切る。

容赦なく根を払いそぎ落としていく二人の力に、とうとう木霊が咆哮を響かせた。

これで一段階。

気を緩める事無く、二人は凶神を見る。

次は枝を払い落とし、凶神の力をもっと削がなければならない。

それと同時に、また根を伸ばしてくるであろう凶神の根を少しずつ払っていかなければならない。

 「いけるか。ハク」

雷瀬は凶神の根とその動きを止めるので手一杯だ。ハクの援護にまでは手が回らないのは必死。

 「誰に物言ってやがる」

そう言ってハクは笑った。

その不敵な態度に雷瀬も笑う。

 「そうだね。このために千年待ったんだから」

この日のため。ただそれだけのために二人は千年と言う時を待ったのだ。何を今更ためらう事があるだろう。

何があろうとやるのだ。

そして、凶神を倒す。

それだけだ。

 「行け。ハク」

笑みが消えた瞬間、雷瀬はそう鋭く言い放った。

 「おう」

ハクはまるでその言葉に弓引かれた様に走る。伸びる枝を薙ぎ払い、核を見極めるために奥へ。更に奥へ。

 「発っ」

撒かれた符が雷瀬の言葉とともに発動する。火を巻き上げ風を呼び、凶神の動きを制限しながら、伸び始めた根を焼き落とし、切り倒す。

二人が優勢。

そう思えた時、凶神は一際高く咆哮を上げた。

とたん、中核に切り込んでいたハクの体が、何かに押し返されるように弾かれ、雷瀬もまた同じように弾かれた。

一転二転。地面に弾かれゴロゴロと無様に転がる。

受身も取れず弾かれた二人は、げほげほとむせ返りながら何とか立ち上がる。

 「っつ」

 「ってぇー」

同時に声を響かせて、互いの無事をその声で確認する。

 「やっと、本気出させたみたいだね」

よろりと立ち上がりながら、雷瀬はにっと笑う。

 「そのようだな」

ハクは、無理に立ち上がらず四肢を踏ん張って、前方の凶神を見た。

 「で、ハク、核は見つけたか?」

凶神から視線を逸らさず、雷瀬が訊いた。

 「しっかりと見た」

ハクもまた、視線は凶神に向けたままで答えた。

 「なら、予定通りだな」

 「ああ」

雷瀬は不謹慎にも笑いがこみ上げてくるのが止められなかった。

多くを語る必要はない。こんなにも二人は底で繋がっている。その事実が嬉しくてたまらないけれども、今は、それをそのまま喜んでいるわけには行かない。

 「あと少し、凶神の力を削ぎ落とす」

きゅっと唇を引き絞り、気を引き締めなおす。

ここで失敗しては意味がない。

あと少し。

後もう少し力を削ぎ落とさなければ、祓う事は出来ないのだ。

延びて近づく凶神に、二人は瞬時に動いた。

ハクは躊躇う事無く枝をすり抜け中核に向かい。雷瀬は符を放ちその動きを牽制する。

雷瀬はハクの為の隙を作ると同時にまた根を攻撃している為に、ハクに対しての防御が甘く、幾つかはハクを掠めて飛んでいく。そのたびに内心冷やりとしつつも、ハクは速度を落さなかった。

枝を一つ避ければそれだけ幹に近づく。

 「くっ」

無造作にハクは腕を伸ばした。もどかしいその間を埋めるように。

そして、ハクの伸ばした腕が、幹に触れた。

まるで柔らかい何かに振れる様にするりと腕は中に引き込まれる。ちりりとした感触が指先から伝わると。

 「ハクっ」

鋭い雷瀬の声が響いた。

それと同時にハクは飛び去るように退いた。

 「五行相克。木、土、水、火、金」

声とともに、雷瀬は五芒を模り、符を配置する。先だってのものとは比較にならない力が乗せられているのが目にも明らかだ。

 「木。 木は土に克つ」

言葉に従って、ハクは符に足を乗せると、キンと何かが弾ける感覚が足元から響く。その比較にならない重さに、ハクはくっと唇をかみ締めた。

 「土。 土は水に克つ」

続いて響く雷瀬の声に、慌てるように次の符をハクは踏む。

 「水。 水は火に克つ」

声を追うのに精一杯で、ハクはただ符を踏んだ。

 「火。 火は金に克つ」

四つ目を踏んだところで、結界が構築されようと言う気配を感じ、ハクは気を引き締めた。

ここが正念場だ。ここでしくじれば全てが水泡に帰す。

 「金。 金は木に克つ」

最後の雷瀬の言葉が響き、ハクは金と文字の浮かび上がった符を踏みしめた。

 「これすなわち、五行相克なり」

高らかに結界の完成を叫ぶ雷瀬の声を聞き、ハクは必死に顔を上げる。

重さが先だってとは比にならない。その重さを引き摺っての跳躍は、ハクにとっても苦痛。しかし、これを構築している雷瀬は、ハクとは違う苦痛を感じているのだ。

故にハクも弱音を吐く気はない。更にもう一つの結界を造るためにハクはしっかりと大地を踏みしめ、立ち上がる。

それを待っていたかのように雷瀬の声が響いた。

 「五行相生。 木、火、土、金、水」

ハクの口元に笑みが浮かぶ。

終わりを感じて。そして、始まりを信じて。

 「木。 木は火を生む。

  火。 火は土を生む。

  土。 土は金を生む。

  金。 金は水を生む。

  水。 水は木を生む」

一度おいた符をなぞるようにもう一枚の符が重ねられていく。

それを遅れることなくハクは踏んだ。

 「これすなわち、五行相生なり」

ハクが雷瀬の言葉通りに全ての符を踏み終わる。

一度見た光景。

けれども規模が違う。そして速さも。

見る間に縮まる結界に、ハクは息を飲んだ。

これだけの力を雷瀬は持っていたのだ。

ぜいと肩で息をして、額からは汗が滲んで滴り落ちる。

それでも力は揺るがない。

瞳は真直ぐを見据えている。

それが誇らしくて。そして、今自分が並び立っている事が嬉しくて、ハクはまた笑いを止められなくなる。

大声で叫び出したい。

千年の時の間にすれ違った幾人もの人に。

雷瀬は、自分の待っていた自分だけの人は、こんなにも凄いのだと。

だから自分の待っていた千年は、欠片とて無駄ではなかったのだと。

そう。

出会った皆全て。ここにいたるために必要だったのだと。

 「ハク」

静かに雷瀬の声が促した。

 「おう」

パンと小気味いい手拍子の音が響く。

拍手のリズムに乗りながら、ハクは、一歩躍り出た。

木霊の鎮魂を願い。

邪気を祓う。

 「舞を捧げて、浄化を希う」

雷瀬の声が響くと、ハクが踏んだ相克の印が、五芒を描き光を放った。

形代である木霊を失った邪気は、新たな形代を探すようにうごめいていたが、それより早く浄化の印が完成する。

しゃりん、しゃりんと弾けて消える邪気は、綺麗と言えなくもない。

しかし、量が量である為に、ハクの舞だけでは全てを浄化し切れず、辺りは本の少し淀んだ気を残す。

祓いたくとも雷瀬もハクも、ここまで出ほとんどの力を使い果たしてしまい、たかだか形のない邪気すら払える状態ではない。

どうしたものかと算段していたその時。

 リリリリ………

甲高い澄んだ音が響いた。

 「木霊」

 「木霊が歌ってる?」

そう、結界内に納めていた木霊が歌っていた。声が響くと邪気はどんどんと薄まっていき、そしてとうとう全てが消えた。

内に邪気が入り込まないようにはしていたが、内からの働きかけには何も考えていなかったのが、ある種幸いした。

それとともに、雷瀬は木霊を封じていた結界を解いた。

木霊は地に溶け、すぐに分からなくなってしまう。

 「終わった」

 「終わったな」

感慨とは別の思いが響くように、言葉は紡がれ消えた。


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