神殺し-3-
全て終わってしまった。
自分がここに在る為の理由。
その全てが今終わったのだ。
そよと風が吹く。
けれども胸に去来するのは、虚しさ。
「終わっちゃった」
このために自分はここに来た。
凶神を倒す。ただそれだけのために、全てを過去に置き去りにして、千年の空白を渡って来た。
「雷瀬」
ハクの声に、雷瀬は今にも泣き出しそうな顔を向ける。
「ハク。どうしてだろう。父さんの願いだった、凶神を倒したのに、どうして僕は笑えないんだろう」
何もなくなってしまった。
目的もなく、自分はここにいなくてはならない。
「雷瀬」
ハクは、そんな雷瀬を見て笑う。
「とりあえずだ、雷瀬はどうせこの後することなんかないんだろ。だったら、俺に付き合え」
唐突なハクの言葉に、雷瀬は面食らう。
何を言っているのかしばし考えて、やっと納得すると、雷瀬はじっとハクを見た。
ハクの顔を見ればそれが本気なのはわかる。
「何だよそれ」
優しさが染みて、涙が出そうになる。
「千年も俺は待ってやったんだぞ、ちょっとくらい俺に付き合ったって罰は当たらないだろ」
にっと笑ってハクはそう言う。
「どうせハクは弥太郎さん所に行きたいだけだろ」
だから、雷瀬も笑ってそうまぜっかえす。
「いいだろ」
「そうだね。それもいいね」
何もする事がないのなら、ハクに付き合うのも悪くない。何より、ハクにはこれまでどれほどの孤独を味あわせたのか計り知れない。
「よっし。じゃあ、とっとと山降りて、弥太郎ん所行こう」
今までの疲れも忘れたかのように元気にハクは走り出さんばかりの勢いで山を降りようとする。
「ちょっと待ってよ。ハク。その勢いは無理だって」
苦笑を浮かべて雷瀬はそういいながら、ハクの後を追う。ハクはそんな雷瀬を見て、遅いと文句を言いつつも、終始口元が緩みっぱなしだ。
いずれ、この空白は埋まるのだろうか。
いずれ、自分は客ではなくなるのだろうか。
いずれ。
全てを忘れてここに馴染んでしまうんだろうか。
そのどれも許しがたく、雷瀬は一瞬辛そうに眉を顰めた。
歩くごとに緑は増し、気が付けばすっかりと辺りは深い森になっていた。
あの枯れ切った大地も、木霊がいればいずれ緑を取り戻すだろう。
「あ。雷瀬君。ハク」
ふもとに、思わぬ人物がいた。
「弥太郎」
叫ぶなりハクは駆け出し抱きつく。
「うわっ。元気そうだね。ハク」
くすくすと笑う弥太郎に。
「あったりまえだ」
胸を張ってハクはそう言う。
「雷瀬君も怪我はない?」
柔らかに笑って、弥太郎はそう言った。
突然のことに、雷瀬は呆然と弥太郎を見る。何故弥太郎がここにいるのかがわからないのだ。
「大丈夫? やっぱりどこか怪我したのかな」
返事のない雷瀬を見て、弥太郎はどこか怪我をしたのではないかと心配そうに声をかけてきた。
確かにすり傷程度の怪我はあるものの、大きな怪我は一つもない。もっとも、力を使いすぎての疲労は、完全にピークをはるかに超えてはいるが。
「いいえ。大丈夫です」
「よかった。二人とも無事で帰ってこれて安心したよ」
柔らかな笑みは、本当に自分とハクの身を案じてくれているのだとわかり、雷瀬も釣られるように微笑んだ。
「それより弥太郎、こんなところまでどうしたんだ?」
ハクの言葉に、弥太郎は、何かを思い出したようにぽんと一つ手を叩いた。
「そうそう。俺、真っ先に言いたくってここまで来たんだ」
何をだろうと、雷瀬とハクは弥太郎を見た。そんな二人の視線をものともせず、相変わらずのマイペースで、弥太郎は居住まいを正すと、二人を見る。
「お帰り。雷瀬君。ハク」
不意の言葉に、雷瀬は何も言えず、ただ呆然とした。
「えっと」
「だって、これで雷瀬君は、お客様じゃなくて家にいられるわけだし。
それだったら、俺、真っ先に雷瀬君に言いたかったんだ。誰よりも一番にね」
悪戯っぽく弥太郎は笑う。
あの時、自分を気遣って、誰も言わなかった。
一員としてすぐに迎え入れる事無く、自分を慮って、距離を置いてくれていたのを雷瀬は分かっていた。
だからこそ、今、弥太郎の言った言葉は、なぜかするりと胸に落ちた。
何もなくなってしまった。
そう思っていた。
自分はここで一人。
そう感じていた。
どこまで行っても客なのだと。
そう信じていた。
けれどもどうだ。
縁は、こんなにも簡単に結ばれる。
「な。雷瀬、独りになるって難しいだろ」
ハクが笑ってそう言った。
ああ確かに。こんなにも独りになるのは難しい。
「そうだね。ハク。本当に難しいや」
堪えきれなくなった涙が溢れて落ちた。
全てを置いてきてしまったけれど、新たに結ばれるものもある。
「ほら。雷瀬。言うことあるだろう」
ハクに促され、雷瀬は、泣きながら笑みを浮かべると。
「ただいま」
もう、誰に言うこともないと思っていた言葉を口にした。
やっと雷瀬は、この時代での居場所を見つけたのだ。




