古代の扉
北部遺跡で自動人形と交戦してから二日。
研究都市の北側で、異常な魔力反応が観測された。
最初は小さな揺れだったという。
だが、夜明け前には山全体が震えるほどの振動へ変わっていた。
震源は、北部遺跡の地下深く。
昨日捕らえた黒衣の男が持っていた地図に記された、赤い印の付近だった。
「……始まったのか」
俺は研究院の会議室で、地図を見つめていた。
机の周囲には、レティシア、フィオナ、マティアス、そしてヴァルターが集まっている。
さらに、王国警備隊の指揮官も同席していた。
「現地の警備隊から報告が来ている」
ヴァルターが口を開いた。
「遺跡周辺の坑道で、不審な人影が確認された。武装した集団だ」
「昨日の連中と同じ組織か?」
俺が尋ねる。
「その可能性が高い」
ヴァルターは地図の一点を指さした。
「捕らえた男たちが持っていた地図と、今回の魔力反応の位置が一致している」
「……やっぱり、扉を開こうとしてるんだな」
「ああ」
ヴァルターはうなずいた。
「だが、今回は俺たちも動く」
その言葉に、警備隊の指揮官が顔を上げた。
「すでに遺跡周辺の封鎖は完了しています。地下へ続く坑道にも部隊を配置しました」
「なら、残る問題は内部だな」
ヴァルターが言う。
「そうですね」
指揮官は地図を広げた。
「敵は古代装置を利用している可能性があります。通常の兵士だけでは対応が難しいでしょう」
俺は地図を見つめた。
昨日の自動人形。
岩甲獣に埋め込まれていた装置。
そして、黒衣の男たちが使っていた魔力増幅装置。
どれも、古代技術を応用したものだった。
相手が同じような装置を持ち込んでいるなら、魔法や剣だけでは対処できない可能性がある。
「シオン君」
レティシアが声をかけた。
「研究院から、現地調査への協力要請が来ているよ」
「俺たちに?」
「うん。ただし、役割は装置の解析と停止方法の確認。戦闘は警備隊が担当する」
俺はうなずいた。
「分かった」
そのとき、カイルが手を上げた。
「俺も行く!」
フィオナがすぐに顔を向けた。
「カイル君、肩は?」
「もう大丈夫だって!」
「痛みは?」
「……少しだけ」
「では、無理な戦闘は避けてください」
「分かってるよ」
カイルは不満そうだったが、今回は素直にうなずいた。
ディーンが隣で笑う。
「また傷が開いたら、今度こそ置いていかれるぞ」
「分かってるって!」
俺は苦笑した。
だが、カイルの傷が完全に治っていないのは事実だ。
今日はできる限り、彼を前線に出さないようにする必要がある。
◇
北部遺跡へ向かう山道は、すでに王国警備隊によって封鎖されていた。
複数の監視所が設けられ、兵士たちが周囲を警戒している。
俺たちは、昨日発見した古い坑道から地下へ入ることになった。
捕らえた男が持っていた地図によれば、この坑道は遺跡の最深部へ続いている。
「ここから先は、足元に気をつけろ」
先頭を歩く警備隊長が言った。
「一部、崩落している場所がある」
俺たちは魔導灯を掲げ、薄暗い通路を進んだ。
壁には古い採掘跡が残っている。
ところどころに金属の支柱が立ち、天井を支えていた。
しばらく進むと、通路の様子が変わった。
粗く削られた岩肌が途切れ、滑らかな石壁が現れる。
床には細い溝。
壁には円形の紋様。
「……ここから古代遺跡だな」
俺はつぶやいた。
「そうみたいだね」
エリオットが測定器を確認する。
「魔力反応が急に強くなった」
そのとき、前方から低い振動が伝わってきた。
――ゴォン。
床がわずかに揺れる。
「……今のは?」
ヴィオレッタが尋ねた。
「地下で何かが動いている」
俺は答えた。
振動は一定の間隔で繰り返されていた。
まるで、巨大な機械が動作しているようだった。
「急いだ方がよさそうだな」
ディーンが言う。
俺たちは歩く速度を上げた。
◇
地下通路を進むこと三十分。
やがて、巨大な空間へ出た。
「……何だ、ここは」
カイルが息をのむ。
目の前には、地下とは思えないほど広い空間が広がっていた。
天井は高く、巨大な石柱が何本も立っている。
壁には無数の金属板が埋め込まれ、その一部が青白く輝いていた。
そして、広間の最奥には――。
巨大な扉があった。
高さは二十メートル以上。
表面には複雑な紋様が刻まれ、中央には円形の窪みがある。
「……あれが、古代の扉」
俺は思わずつぶやいた。
時計塔で見た装置。
研究院の金属板。
そして、岩甲獣に埋め込まれていた装置。
それらに共通する紋様が、扉の表面にも刻まれていた。
「シオン君」
レティシアが声を落とした。
「見て」
彼女が指さした先。
扉の前に、複数の人影があった。
黒い外套をまとった男たち。
人数は十人ほど。
その中央に、灰色の上着を着た男性が立っていた。
年齢は四十代ほど。
細身の体格。
落ち着いた表情。
そして、手には黒い金属片が握られている。
「……来たか」
男がこちらを見た。
「思っていたより早かったな」
俺は杖を構えた。
「誰だ?」
男は薄く笑った。
「名乗る必要はない」
「昨日の岩甲獣も、お前たちが?」
「そうだ」
男はあっさりと認めた。
「研究院の警備を引きつける必要があった」
俺は歯を食いしばった。
「そのために、街を襲わせたのか」
「必要な犠牲だ」
男は平然と言った。
「目的のためには、多少の損失も避けられない」
「ふざけるな!」
カイルが怒鳴った。
男は彼を一瞥しただけだった。
「若いな」
その言葉に、カイルが剣を握り直す。
だが、俺は片手を上げて制した。
「待て、カイル」
「……分かってる」
男は扉へ視線を戻した。
「我々が求めているのは、この奥にあるものだ」
「何がある?」
俺が尋ねる。
「古代文明が残した、重要な記録だ」
男は答えた。
「この世界の歴史を変えるほどの価値がある」
俺は眉をひそめた。
古代の記録。
時計塔で見た、意味の分からない文字列。
そして、未完成の記録。
それらと関係があるのだろうか。
「だが、扉は簡単には開かない」
男は続けた。
「長い年月をかけて、我々は必要なものを集めてきた」
彼は手にした金属片を掲げた。
表面に青白い光が走る。
「そして、ようやく条件が整った」
その瞬間。
扉の中央にある円形の窪みが、淡く輝き始めた。
「……まずい!」
エリオットが叫んだ。
「魔力が急激に集まってる!」
男は静かに笑った。
「始めろ」
黒衣の男たちが一斉に魔導具を起動した。
床に赤黒い魔法陣が広がる。
巨大な扉が、低い音を立てて震え始めた。
「全員、戦闘準備!」
警備隊長が叫ぶ。
俺たちは武器を構えた。
◇
最初に動いたのは、黒衣の男たちだった。
五人が前へ出る。
それぞれが短剣と魔導具を構え、こちらへ突進してきた。
「来るぞ!」
ディーンが叫ぶ。
警備兵たちが迎え撃つ。
――ギィン!
金属音が広間に響いた。
俺は杖を掲げ、敵の足元へ土壁を出現させた。
黒衣の男が体勢を崩す。
その隙に、ディーンが剣を振り抜いた。
「はあっ!」
――ガキィン!
敵の短剣が弾かれる。
警備兵が飛び込み、男を取り押さえた。
「一人確保!」
だが、残る敵は止まらない。
魔導具から赤い光弾が放たれる。
「ヴィオレッタ!」
「はい!」
彼女が両手を掲げた。
光の障壁が広がり、光弾を受け止める。
――ドォン!
爆発が起きる。
衝撃で床が揺れた。
「リシア!」
「任せて!」
リシアの風が、敵の足元をすくう。
黒衣の男が宙へ浮いた。
そのまま石柱へ叩きつけられる。
「ぐあっ!」
男が倒れた。
俺は魔力を集中させた。
地面から石の鎖を伸ばし、別の男の脚を拘束する。
警備兵たちが次々と敵を取り押さえていく。
だが、扉の前では、灰色の上着の男が装置の操作を続けていた。
「……止めないと!」
俺は叫んだ。
そのとき。
――ゴォォン!
巨大な扉が震えた。
中央の円形の窪みから、青白い光が噴き出す。
広間全体に、異様な魔力が満ち始めた。
「エリオット!」
「分かってる!」
エリオットが測定器を操作する。
「扉の周囲にある四つの柱が、魔力を供給してる!」
「柱を壊せば止まるか?」
「分からない! でも、供給を断てば少なくとも起動は遅らせられる!」
俺は周囲を見回した。
扉の左右に、巨大な石柱が二本ずつ立っている。
その表面には、青白い光が走っていた。
「みんな、柱を止めるぞ!」
俺が叫ぶと、ディーンがうなずいた。
「了解!」
リシアが風を操り、敵の動きを妨害する。
ヴィオレッタは障壁で俺たちを守る。
俺は杖を掲げた。
狙うのは、右側の石柱。
魔力を一点へ集中させる。
「――穿て!」
圧縮した魔力の槍が放たれた。
――ドォン!
石柱の表面が砕ける。
だが、内部には金属の芯が通っていた。
魔力の流れは止まらない。
「……硬い!」
俺は舌打ちした。
そのとき、背後から声が響いた。
「シオン」
振り返ると、ヴァルターが立っていた。
その表情には、焦りも緊張もない。
ただ、目の前の状況を冷静に見極めている。
「ここは俺が引き受ける」
「ヴァルターさん!」
「お前たちは装置を止めろ。敵の相手は任せておけ」
ヴァルターは静かに剣を抜いた。
その瞬間。
黒衣の男たちが一斉に彼へ向かって突進した。
だが。
――ギィン!
一人目の短剣が弾かれる。
――ガァン!
二人目の魔導具が砕かれる。
――ドン!
三人目が地面へ倒れ込む。
すべて、ほとんど一瞬の出来事だった。
ヴァルターは無駄な動きを一切見せない。
ただ必要な場所へ剣を運ぶだけで、敵を次々と制圧していく。
「……相変わらず、とんでもねえな」
ディーンがつぶやいた。
俺も同感だった。
だが、今は見とれている場合ではない。
「エリオット! ほかに方法は!」
「柱の内部に、魔力の接続部がある!」
「どこだ!」
「根元だ! そこを切り離せばいい!」
俺は杖を構えた。
地面へ魔力を流し、石柱の根元を隆起させる。
――ゴゴゴゴ……。
床が盛り上がり、金属の接続部が露出した。
「ディーン!」
「任せろ!」
ディーンが駆け出す。
剣に魔力をまとわせ、接続部へ斬り込んだ。
――ギィン!
火花が散る。
だが、金属は切れない。
「くそっ!」
「リシア!」
「分かってる!」
リシアの風が、ディーンの剣を後押しする。
ディーンがもう一度、剣を振り下ろした。
――バキィン!
接続部が砕けた。
石柱の光が消える。
「よし!」
俺は叫んだ。
続いて、残る三本。
俺たちは同じ方法で、次々と接続部を破壊していった。
一本。
二本。
三本。
最後の石柱の光が消えた瞬間。
――ゴォォン!
扉の振動が止まった。
青白い光が、ゆっくりと薄れていく。
「……止まった?」
ヴィオレッタが息を吐いた。
「たぶん」
エリオットが測定器を確認する。
「魔力供給が途切れた! 少なくとも、今は起動できないはずだ!」
俺は安堵した。
だが、その直後。
「……なるほど」
灰色の上着の男が、静かに口を開いた。
「予想以上だな」
俺は男を睨んだ。
「もう終わりだ」
「そう思うか?」
男は薄く笑った。
「我々の目的は、扉を開くことだけではない」
「……何?」
男は手にした金属片を見つめた。
その表面に、青白い光が走る。
「必要なものは、すでに手に入った」
俺は息をのんだ。
その瞬間。
男の足元に、小さな魔法陣が現れた。
「逃がすか!」
俺は杖を掲げた。
だが、男は素早く金属片を床へ押し当てた。
――バチッ!
青白い光が弾ける。
次の瞬間、男の姿が揺らいだ。
「転移……?」
エリオットが叫ぶ。
俺は咄嗟に魔力の槍を放った。
だが、光は男の身体をすり抜けた。
「……また会おう」
男は静かに言った。
そして、光の中へ消えた。
俺は歯を食いしばった。
「……くそっ!」
男が立っていた場所には、焦げたような紋様だけが残っていた。
◇
戦闘は終わった。
黒衣の男たちは全員が拘束され、古代の扉の起動も停止した。
だが、灰色の上着の男だけは逃亡した。
俺たちは扉の前に集まり、残された装置を調べていた。
「……これを見て」
エリオットが声を上げた。
彼が指さしたのは、扉の中央にある円形の窪みだった。
そこには、細かな文字が浮かび上がっていた。
俺は目を凝らした。
古代文字。
その一部に、見覚えのある記号がある。
そして、その下に――。
数字が刻まれていた。
――06。
「……また六か」
俺はつぶやいた。
レティシアが隣に立った。
「シオン君、何か分かる?」
「まだ分からない。でも、前に見た記録にも同じ数字があった」
俺は扉を見上げた。
巨大な石の表面。
そこに刻まれた、複雑な紋様。
古代文明は、何を残そうとしたのか。
そして、なぜ今になって、それを利用しようとする者たちが現れたのか。
答えは、まだ見えない。
だが、少なくとも一つ分かったことがある。
敵は、この扉を開こうとしていた。
そして、俺たちはそれを阻止した。
「シオン」
ヴァルターが声をかけてきた。
「よくやったな」
「……ありがとうございます」
「お前たちが装置を止めなければ、どうなっていたか分からなかった」
俺は小さくうなずいた。
ヴァルターは続けた。
「だが、これで終わったとは思わない方がいい」
「ええ。俺もそう思います」
俺は扉を見つめた。
灰色の上着の男。
黒衣の襲撃者たち。
そして、古代技術を利用した魔物。
それらを動かしているのは、一人ではない。
もっと大きな組織が存在している。
俺はそう確信していた。
◇
同じ頃。
研究都市の北側にある古い屋敷。
灰色の上着の男が、薄暗い部屋へ姿を現した。
「……戻られましたか」
部下が頭を下げる。
「ああ」
男は椅子へ腰を下ろした。
「扉の起動は阻止されました」
「問題ない」
男は静かに答えた。
「必要な情報は得られた」
部下が顔を上げる。
「情報、ですか?」
「そうだ」
男は机の上に、小さな金属片を置いた。
その表面には、青白い光が走っている。
「扉は、まだ完全には開かない」
「では……」
「だが、反応は確認できた」
男は薄く笑った。
「これで、次に必要なものが分かった」
部下が息をのむ。
「……それは?」
男は窓の外を見た。
遠くには、北部遺跡のある山脈が広がっている。
「扉が求めているのは、単なる魔力ではない」
男はゆっくりと言った。
「特定の存在を識別するための、記録だ」
そして、机の上の金属片へ視線を戻した。
「……探す相手は、もう絞られた」
男の口元に、静かな笑みが浮かんだ。
その視線の先には、アルセリアから来た調査団の名簿が置かれていた。




