黒衣の襲撃者
崩れた通路の奥から、最後の石片が転がり落ちた。
土煙の向こうに、男の姿はない。
俺は杖を下ろし、塞がれた通路を見つめた。
「……逃げられたな」
ディーンが悔しそうに言う。
「ああ。だが、手がかりは残ってる」
俺は足元に視線を落とした。
爆発によって飛び散った石片。
その中に、黒く光る小さな破片が混じっていた。
「エリオット、これを見てくれ」
「ん?」
エリオットがしゃがみ込む。
破片を拾い上げると、目を細めた。
「……これ、普通の金属じゃないな」
「分かるのか?」
「昨日、岩甲獣から回収した装置と似た材質だと思う」
俺は破片を見つめた。
表面には、細かな溝が刻まれている。
その一部に、見覚えのある紋様があった。
円形の印。
そこから伸びる三本の線。
「……またこれか」
俺は小さくつぶやいた。
時計塔。
研究院の金属板。
岩甲獣に埋め込まれていた装置。
そして、今度は遺跡の奥で使われた爆発物。
すべてに似た特徴がある。
偶然とは考えにくかった。
「シオン君、そろそろ戻ろう」
レティシアが声をかけてきた。
「うん」
俺はうなずいた。
これ以上、無理に奥へ進む必要はない。
敵がいることは分かった。
ならば、次は敵の居場所を突き止めればいい。
◇
研究院へ戻った俺たちは、すぐに地図を広げた。
北部遺跡。
古い採掘坑道。
昨日、岩甲獣が現れた場所。
そして、現在使われていない山道。
それらを重ね合わせると、ある特徴が見えてきた。
「……ここだ」
エリオットが指さした。
研究都市の北側。
山の斜面に、古い採掘施設がいくつも並んでいる。
「この辺りの坑道、全部が地下でつながってる可能性がある」
「つまり、敵は別の入口から遺跡へ入った?」
ヴィオレッタが尋ねる。
「そういうことだと思う」
俺はうなずいた。
リシアが地図を覗き込む。
「この道、今は使われていないの?」
「ええ」
マティアスが答えた。
「十年以上前に閉鎖された採掘道です。落石が多く、一般の立ち入りは禁止されています」
「でも、足跡が残ってるかもしれない」
リシアが言った。
「最近誰かが通っていれば、分かると思う」
俺はレティシアを見た。
「調べられるかな?」
彼女は少し考えた。
「警備隊と一緒なら、入口付近の確認はできると思う。でも、勝手に坑道へ入るのは駄目だよ」
「分かってる」
そのとき、カイルが手を上げた。
「俺も行く!」
「カイル君は休養」
フィオナが即答した。
「えっ」
「昨日の傷が開いたばかりでしょう?」
「でも、もう痛みは……」
「ありますよね?」
「……少し」
「なら、今日は休んでください」
カイルは肩を落とした。
「……分かったよ」
ディーンが笑いをこらえる。
「お前、完全に怒られてるな」
「うるせえ」
俺は苦笑した。
だが、フィオナの判断は正しい。
カイルは昨日から二度も激しい戦闘を経験している。
ここで無理をさせるわけにはいかなかった。
◇
午後。
俺たちは研究院の警備隊とともに、北側の山道へ向かった。
同行したのは、俺、ヴィオレッタ、ディーン、リシア、エリオット。
カイルは研究院に残っている。
レティシアとフィオナも研究院で調査を続けることになった。
山道を進むこと一時間。
リシアが足を止めた。
「……待って」
「どうした?」
俺が尋ねる。
「足跡がある」
彼女は地面を指さした。
湿った土の上に、複数の足跡が残っていた。
靴底の模様は、ほとんど同じ。
しかも、同じ方向へ何度も行き来した形跡がある。
「警備隊のものじゃないのか?」
ディーンが尋ねる。
「違うと思う。少なくとも、今日ついたものじゃない」
俺は周囲を見回した。
山の斜面には、古い採掘施設の残骸が点在している。
その奥に、半分崩れた石造りの小屋があった。
「あそこか?」
俺が指さすと、リシアがうなずいた。
「足跡は、あの方向へ続いてる」
警備隊長が部下へ合図した。
「周囲を確認しろ。慎重にな」
兵士たちが散開する。
俺たちは少し離れた場所から様子を見守った。
そのときだった。
――カチリ。
小さな音が聞こえた。
俺は顔を上げた。
「待て!」
次の瞬間。
石造りの小屋が爆発した。
――ドォォン!
轟音とともに屋根が吹き飛び、火柱が上がる。
「伏せろ!」
俺は咄嗟に防御魔法を展開した。
瓦礫が障壁へ叩きつけられる。
土煙が周囲を包んだ。
「全員、無事か!」
警備隊長が叫ぶ。
「こちらは無事です!」
兵士たちが応じる。
だが、その直後。
土煙の向こうから、黒い影が飛び出した。
「敵襲!」
兵士が叫ぶ。
現れたのは、黒い外套をまとった男たちだった。
顔を覆う仮面。
手には短剣と魔導具。
人数は六人。
そのうち二人が、こちらへ向けて腕を掲げた。
「来るぞ!」
俺は叫んだ。
――ズドォン!
赤い光弾が放たれた。
俺は土壁を作り、攻撃を防ぐ。
だが、敵はすぐに左右へ散開した。
「速い!」
ディーンが剣を抜く。
「普通の盗賊じゃないな!」
黒衣の男が短剣を振り下ろす。
ディーンは剣で受け止め、そのまま押し返した。
――ギィン!
火花が散る。
「シオン!」
ヴィオレッタが叫んだ。
別の男が、背後から俺へ迫っていた。
俺は身体をひねり、杖を振る。
圧縮した風の刃が、男の足元を切り裂いた。
「ぐっ!」
男が体勢を崩す。
その隙に、警備兵が飛び込み、男を取り押さえた。
「一人確保!」
だが、敵は止まらない。
残る五人が、同時に魔導具を起動した。
地面に赤い紋様が浮かび上がる。
「……まずい!」
エリオットが叫ぶ。
「これ、魔力増幅装置だ!」
次の瞬間。
五人の周囲に、巨大な魔法陣が展開された。
赤黒い光が空へ伸びる。
周囲の岩が震え、地面に亀裂が走った。
「全員、下がれ!」
警備隊長が叫ぶ。
だが、間に合わない。
――轟ッ!
魔法陣から、巨大な炎の柱が噴き上がった。
熱風が山道を駆け抜ける。
俺はヴィオレッタとともに防御障壁を展開した。
炎が障壁へ叩きつけられる。
「くっ……!」
腕がしびれる。
魔力の消費が激しい。
このままでは、長く持たない。
「リシア!」
「任せて!」
リシアが両手を広げた。
強烈な風が炎を押し返す。
だが、敵の魔法陣は止まらない。
「エリオット! 止める方法は!」
「魔法陣の中心にある装置を壊せばいい!」
「どこだ!」
「あの男の足元!」
エリオットが指さした。
五人の中央に立つ男。
その足元には、小さな黒い金属板が置かれていた。
俺は杖を構えた。
だが、敵の炎が邪魔をして狙えない。
「ディーン!」
「分かってる!」
ディーンが地面を蹴った。
剣に魔力をまとわせ、炎の隙間へ飛び込む。
――ギィン!
黒衣の男が短剣で受け止める。
二人の刃が激しくぶつかった。
「くそっ!」
ディーンが歯を食いしばる。
敵の動きは速い。
しかも、魔法陣から供給される魔力によって、身体能力が強化されているようだった。
「……これ以上は!」
ヴィオレッタが声を上げた。
障壁に亀裂が走る。
俺は決断した。
「ヴィオレッタ、少しだけ耐えてくれ!」
「はい!」
俺は防御から魔力を切り離した。
地面へ杖を突き立てる。
魔力を流し込み、敵の足元の石を隆起させた。
――ドゴォン!
巨大な石柱が、魔法陣の中央を突き上げる。
黒い金属板が宙へ跳ね上がった。
「今だ!」
俺は叫んだ。
リシアの風が、金属板をさらに押し上げる。
エリオットが魔力の流れを確認する。
「シオン! そこだ!」
俺は杖を振り抜いた。
圧縮した魔力の槍が、金属板を貫く。
――バキィィン!
金属板が砕け散った。
魔法陣が崩壊する。
炎の柱が消えた。
「よし!」
ディーンが叫ぶ。
警備兵たちが一斉に前へ出た。
黒衣の男たちは、魔力の供給を失って動きが鈍っている。
一人。
二人。
三人。
次々と取り押さえられていく。
だが、最後の一人だけは違った。
中央にいた男が、ゆっくりと仮面を外した。
現れたのは、三十代ほどの男性だった。
短い黒髪。
左頬に古い傷。
そして、冷たい灰色の瞳。
「……なるほど」
男は俺たちを見回した。
「研究院から来た学生というのは、お前たちか」
「誰だ?」
俺は杖を構えた。
男は答えなかった。
代わりに、腰から細身の剣を抜いた。
「少し、試させてもらおう」
次の瞬間。
男の姿が消えた。
「……っ!」
俺は反射的に防御魔法を展開した。
――ガァン!
強烈な衝撃。
男の剣が障壁へ叩きつけられる。
俺の身体が後方へ押し込まれた。
「速い……!」
男はすぐに距離を取った。
そして、今度はディーンへ向かう。
「来い!」
ディーンが剣を構えた。
――ギィン!
刃がぶつかる。
一撃。
二撃。
三撃。
男の剣は、無駄がなかった。
ディーンは必死に受け止めるが、徐々に押されていく。
「ぐっ……!」
男が低く踏み込んだ。
剣がディーンの脇腹を狙う。
「ディーン!」
俺は叫んだ。
だが、その瞬間。
――ガキィン!
横から、別の剣が割り込んだ。
「……何?」
男が顔を上げる。
そこにいたのは、鎧を身につけず、剣を携えた一人の男だった。
落ち着いた佇まい。
無駄のない立ち姿。
ただそこに立っているだけなのに、周囲の空気が変わったように感じられた。
「そこまでだ」
男が静かに言った。
俺は目を見開いた。
「……ヴァルターさん?」
黒衣の男は、ゆっくりと剣を引いた。
「これは……」
ヴァルターは一歩前へ出た。
「リューデン王国の領内で、好き勝手に暴れてくれたな」
黒衣の男が笑った。
「まさか、あなたが来るとは」
「私を知っているのか?」
「ええ。もちろん」
男は剣を構え直した。
「リューデン王国最強の剣士。ヴァルター殿」
その言葉に、俺たちは息をのんだ。
ヴァルターは、以前カイルとディーンが模擬戦で挑み、まったく歯が立たなかった相手だ。
その実力は、俺たちもよく知っている。
男は一歩踏み込んだ。
――轟ッ!
地面が砕ける。
黒衣の男が、恐ろしい速度で突進した。
だが。
――ギィン!
ヴァルターは、ほとんど動かなかった。
ただ剣をわずかに傾けただけで、男の攻撃を受け流した。
「……っ!」
男が体勢を崩す。
ヴァルターはその隙を逃さなかった。
一歩。
それだけだった。
次の瞬間。
――ガァン!
男の剣が宙へ舞った。
ヴァルターの剣先が、男の喉元へ突きつけられる。
「終わりだ」
男は動かなかった。
数秒の沈黙。
そして、ゆっくりと両手を上げた。
「……降参です」
警備兵たちが駆け寄り、男を拘束した。
俺は思わず息を吐いた。
強い。
以前の模擬戦でも感じたことだが、改めて見ても次元が違う。
俺たちが苦戦した相手を、ほとんど一瞬で制圧してしまった。
「シオン殿」
ヴァルターがこちらへ向き直った。
「お久しぶりです」
「ヴァルターさん……どうしてここに?」
「研究都市での事件を聞き、警備隊と連携していました」
彼は周囲を見回した。
「あなた方が北部遺跡を調査していることも把握しています」
「そうだったんですね」
「ええ。ですが、間に合ってよかった」
ヴァルターは穏やかに微笑んだ。
「皆さん、よく持ちこたえました」
◇
黒衣の男たちは、全員が拘束された。
逃亡者はいない。
警備隊はその場で所持品を確認し、武器と魔導具を押収した。
その中に、興味深いものがあった。
「……これを見てください」
警備隊長が差し出したのは、一枚の紙だった。
そこには、北部遺跡の地図が描かれていた。
しかも、研究院が持っているものより詳しい。
封鎖された通路。
古い坑道。
そして、地下深くへ続く経路。
「……こんな地図があったのか」
俺は思わずつぶやいた。
マティアスが驚いた表情で地図を見つめる。
「これは……研究院にも存在しない資料です」
「敵は、遺跡の構造を知っていたんだな」
ディーンが言った。
「そういうことだろう」
俺はうなずいた。
さらに、地図の端には小さな印があった。
円形の紋様。
そこから伸びる三本の線。
研究院で見た金属板と同じ特徴だ。
「……やっぱり、つながっている」
俺はつぶやいた。
レティシアが地図を覗き込む。
「シオン君、これ……」
「うん。古代遺跡の紋様だと思う」
「ただの目印じゃなさそうだね」
そのとき、拘束された黒衣の男が口を開いた。
「……そこへ行くつもりか?」
俺たちは振り返った。
男は、地図の赤い印を見つめていた。
「何がある?」
ヴァルターが尋ねる。
男はしばらく黙っていた。
やがて、低い声で答えた。
「扉だ」
「扉?」
「ああ。何百年も閉ざされていた、古い扉だ」
俺は息をのんだ。
男は続けた。
「だが、開けるには条件がある」
「条件?」
俺が尋ねる。
男は俺を見た。
その目に、奇妙な光が宿る。
「……お前たちの中に、いるんだろう?」
背筋が冷たくなった。
「何の話だ?」
男は答えなかった。
ただ、薄く笑った。
「いずれ分かる」
ヴァルターが男の肩を押さえた。
「これ以上、余計なことを言う必要はない」
男は黙り込んだ。
俺は地図を見つめた。
古い扉。
開くための条件。
そして、敵が探している何か。
それらが、少しずつつながり始めていた。
◇
夕方。
俺たちは研究院へ戻った。
カイルはすでに診察を終えており、食堂で待っていた。
「おかえり!」
俺たちの姿を見るなり、立ち上がる。
「どうだった?」
「いろいろあった」
ディーンが答えた。
「敵を捕まえたぞ」
「マジか!」
カイルが目を輝かせる。
「俺も行きたかった!」
「お前は休養だろ」
「分かってるけどさ!」
俺は苦笑した。
だが、今日の出来事は笑って済ませられるものではなかった。
敵は、遺跡の奥へ続く道を知っている。
そして、古い扉を開くために、何らかの条件を必要としている。
その条件が何なのか。
まだ分からない。
けれど、敵は確実に動いている。
俺たちが何もしなければ、先に目的を達成されるかもしれない。
「シオン君」
レティシアが声をかけた。
「明日、研究院と警備隊で今後の調査方針を決めるよ」
「分かった」
「ただし、無理に奥へ進むことはしない。安全が確認できる範囲から調べていこう」
「ああ」
俺はうなずいた。
慎重に進める必要がある。
だが、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
敵が古代遺跡を利用しようとしているなら、その目的を突き止めなければならない。
そして、できることなら――。
これ以上、誰も傷つけさせたくなかった。
◇
同じ頃。
研究都市の北側にある古い屋敷。
薄暗い部屋で、一人の男が報告を受けていた。
「……全員、捕らえられた?」
「はい」
部下が答える。
「ヴァルターが介入しました」
椅子に座る男は、しばらく沈黙した。
やがて、小さく笑った。
「なるほど。あの男が動いたか」
「どうなさいますか?」
「予定を早める」
男は机の上に置かれた金属片を手に取った。
その表面には、円形の紋様と三本の線が刻まれている。
「扉の準備は?」
「すでに進めています」
「ならば、問題ない」
男は窓の外を見た。
遠くには、雪をかぶった山脈が広がっている。
「彼らが来る前に、始めよう」
部下が頭を下げた。
「承知しました」
男は金属片を握りしめた。
その表面に、淡い光が走る。
「……ようやく、ここまで来た」
彼は静かにつぶやいた。
「長い時間をかけて集めたものが、ようやく役に立つ」
そして、机の上の地図へ視線を落とした。
北部遺跡。
その最深部に、赤い印がつけられている。
「古代の扉は、もうすぐ開く」
男は笑った。
その表情には、期待と確信が入り混じっていた。
だが、その笑みの奥にあるものを知る者は、まだ誰もいなかった。




