遺跡に潜む刃
岩甲獣が研究都市を襲撃した翌朝。
俺たちは北部遺跡へ向かうため、研究院の中庭に集まっていた。
昨日の戦闘で破壊された街区には、今も瓦礫が残っている。復旧作業は夜通し続けられていたらしく、遠くから槌を振るう音が聞こえてきた。
人的被害は、幸いにも重傷者数名にとどまったという。
だが、それで済ませられる事件ではなかった。
魔物が市街地で暴れている間に、研究院の保管庫から古代の金属片が盗まれている。
しかも、魔物の身体には、古代技術に似た構造を持つ装置が埋め込まれていた。
誰かが岩甲獣を操り、警備を引きつけた。
そう考えるのが自然だった。
「シオン君、準備はできた?」
レティシアが声をかけてきた。
「ああ。いつでも行けるよ」
「今日は第一調査区画まで。危険な場所には入らない。何か異常があったら、すぐに引き返すからね」
「分かった」
彼女は俺たち六人を見回した。
「特にカイル君。昨日の傷は大丈夫?」
「問題ないって!」
カイルは右肩を軽く回してみせた。
しかし、包帯の上からでも、動きが少し硬いことは分かる。
「無理をしないことが条件ですよ」
フィオナが念を押した。
「傷が開いたら、その場で調査から外れてもらいます」
「分かってるよ」
「本当に分かっていますか?」
「……分かってます」
カイルが肩を落とす。
ディーンが隣で笑った。
「昨日も同じこと言ってたな」
「うるせえ」
いつものやり取りだった。
だが、俺は少し気になっていた。
昨日、カイルが口にした言葉。
何かを思い出しそうになった。
あれは、単なる戦闘中の興奮だったのだろうか。
今のところ、確かめる方法はない。
俺はその疑問を胸の奥へしまい、馬車へ乗り込んだ。
◇
北部遺跡は、研究都市から北へ一時間ほど進んだ山中にあった。
街道を外れると、周囲の景色は一変した。
切り立った岩壁。
深い谷。
斜面に張りつくように生えた針葉樹。
その奥に、巨大な石造りの入口が姿を現した。
「……でけえな」
カイルが見上げる。
入口の高さは十メートル近い。
左右には太い石柱が立ち、表面には複雑な紋様が刻まれていた。
長い年月を経ているはずなのに、石柱の一部は不自然なほど滑らかだった。
「今の建築技術でも、これを造るのは大変そうだな」
ディーンが言った。
「継ぎ目がほとんど見えない」
エリオットが石柱を観察する。
「石を積み上げたんじゃなくて、最初から一つの塊として加工したみたいだ」
「そんなことができるのか?」
「今の技術じゃ難しいと思う」
エリオットの目が輝いている。
研究対象を前にすると、彼はいつもこうだ。
「皆さん、こちらへ」
研究院の調査主任、マティアス・ベルクが地図を広げた。
「現在、安全が確認されているのは入口から第一調査区画までです」
地図には、一本の通路と、その先にある円形の広間が描かれていた。
「その奥は?」
俺が尋ねる。
「崩落によって封鎖されています。ただし、別の坑道から地下深くへ続く経路があると考えられています」
「昨日、岩甲獣が出てきた坑道か」
「ええ」
マティアスはうなずいた。
「地形的には、つながっていても不思議ではありません」
俺は地図を見つめた。
岩甲獣が現れた場所。
盗まれた金属片。
そして、目の前の遺跡。
敵が古代技術を狙っているなら、ここにも何かを仕掛けている可能性がある。
「警備は?」
レティシアが尋ねた。
「入口と第一調査区画に配置しています。さらに、王国警備隊から増援が来ています」
「分かった。じゃあ、行こうか」
俺たちは魔導灯を手に、遺跡へ足を踏み入れた。
◇
内部は、驚くほど静かだった。
天井は高く、壁には細い溝が等間隔で走っている。
床には金属製の板が埋め込まれ、その一部が淡い青色に輝いていた。
「……まだ動いているのか?」
俺は足元を見た。
「弱いけど、魔力反応があるよ」
エリオットが測定器を取り出す。
「しかも、一定の間隔で流れてる。完全に停止した施設じゃないみたいだ」
「何百年も前のものなのに?」
ヴィオレッタが驚いたように尋ねる。
「そこがすごいんだよ」
エリオットは興奮気味に答えた。
「普通の魔導設備なら、とっくに魔力が尽きてるはずなのに」
「つまり、今もどこかから供給されてるってこと?」
リシアが尋ねた。
「その可能性が高い」
俺は壁の溝を見つめた。
魔力の通り道。
それが、遺跡全体に張り巡らされている。
時計塔の装置とは規模が違う。
ここは、一つの装置というより、施設全体が巨大な魔導設備なのかもしれない。
やがて、俺たちは円形の広間へ到着した。
中央には低い石台。
その周囲には六本の柱が立っている。
天井には円形の窪みがあり、そこから細い線が壁へ伸びていた。
「……似ている」
俺は思わずつぶやいた。
時計塔で見た装置。
そして、昨日研究院で確認した金属板。
構造は違うが、共通する特徴があった。
「シオン君もそう思う?」
レティシアが隣に立つ。
「ああ。でも、同じ装置とは限らない」
「そうだね。用途が違う可能性もある」
俺たちは石台へ近づいた。
中央には、四角い窪みがある。
何かを固定していたような跡だった。
「ここに、何かがあったんだな」
ディーンが言った。
「発見時から空だったそうです」
マティアスが答える。
「何が収められていたのかは、まだ分かっていません」
エリオットが測定器を向けた。
「……変だな」
「どうした?」
「魔力が、この石台を避けるように流れてる」
「避ける?」
「うん。本来は中央へ集まるはずなのに、途中で分岐してるんだ」
俺は床の溝を見た。
六本の柱から伸びる線。
それらは中央へ向かっている。
だが、石台の手前で途切れていた。
「装置が取り外された影響かもしれないな」
「そう思う」
エリオットはうなずいた。
そのときだった。
――カチリ。
小さな音が響いた。
俺は顔を上げた。
「……今の音は?」
次の瞬間。
六本の柱に、青白い光が走った。
「え?」
エリオットが測定器を見る。
「待ってくれ! 魔力の流れが変わった!」
「全員、下がって!」
レティシアが叫んだ。
俺たちは石台から距離を取る。
だが、光は止まらない。
床の溝が次々と輝き、中央へ魔力が集まり始めた。
「誰か、装置に触れたのか!」
マティアスが叫ぶ。
「誰も触ってない!」
エリオットが答えた。
俺は魔力の流れを観察した。
確かに、俺たちは何もしていない。
にもかかわらず、装置が動き始めている。
外部から起動された?
そう考えた瞬間。
広間の奥にある壁が、ゆっくりと動き始めた。
――ゴゴゴゴ……。
重い石が擦れる音。
壁の中央に亀裂が走る。
その亀裂が左右へ広がり、巨大な扉が姿を現した。
「……隠し通路?」
リシアがつぶやく。
扉の向こうには、暗い通路が続いていた。
その奥から、金属が擦れるような音が聞こえる。
――ギギギ……。
俺は杖を構えた。
「全員、警戒!」
暗闇の奥で、赤い光が二つ灯った。
続いて、もう二つ。
さらに、その奥にも。
「……何だ、あれ」
カイルが剣を抜く。
闇の中から、何かが歩いてきた。
人間に似た形。
だが、その身体は金属と石で構成されていた。
腕には鋭い刃。
胸部には赤く光る結晶。
そして、顔にあたる部分には、感情のない二つの光がある。
「自動人形……?」
エリオットが息をのんだ。
「古代の守衛装置かもしれない!」
現れたのは三体。
いずれも、人間より一回り大きかった。
そのうち一体が、ゆっくりと腕を持ち上げる。
刃の先端に、赤い光が集まった。
「伏せろ!」
俺は叫んだ。
――ズドォン!
赤い光弾が放たれた。
壁に命中し、石材が爆ぜる。
「くそっ!」
カイルが飛び退く。
俺たちは柱の陰へ身を隠した。
光弾が次々と飛来する。
――ドン! ドン! ドン!
床が砕け、石片が飛び散った。
「全員、入口へ!」
レティシアが叫ぶ。
だが、その瞬間。
広間の入口側でも、石の扉が動き始めた。
――ゴゴゴゴ……。
「まずい!」
ディーンが叫ぶ。
「閉じ込められるぞ!」
俺は地面へ魔力を流した。
扉の下へ石の柱を突き上げる。
――ガァン!
柱が扉を押し返した。
だが、完全には止まらない。
「レティシアさん! みんなを外へ!」
「シオン君は?」
「俺たちが時間を稼ぐ!」
「無茶はしないで!」
レティシアは警備兵へ指示を飛ばした。
マティアスとフィオナが、研究員たちを出口へ誘導する。
俺たちは広間に残った。
カイル。
ディーン。
ヴィオレッタ。
リシア。
エリオット。
そして俺。
六人が、それぞれ武器を構える。
「さて……」
カイルが笑った。
「今度は石の人形かよ」
「笑ってる場合か」
ディーンが言う。
「昨日より面倒そうだぞ」
「だから面白いんだろ!」
「お前だけだ」
俺は二人のやり取りを聞きながら、敵を観察した。
三体の自動人形。
それぞれの動きは、完全に同じではない。
中央の一体は光弾を放ち、左右の二体は近接攻撃を主体としている。
ならば、役割を分ければ対処できる。
「カイル、ディーン! 左右の二体を頼む!」
「おう!」
「了解!」
「ヴィオレッタは防御! リシアは動きを妨害してくれ!」
「はい!」
「任せて!」
「エリオット、装置の弱点を探して!」
「分かった!」
俺は杖を掲げた。
中央の自動人形が、再び光弾を放つ。
俺は床を隆起させ、石壁を作った。
――ドォン!
光弾が石壁を砕く。
破片が飛び散る。
その隙に、カイルとディーンが左右へ駆けた。
「行くぞ!」
カイルの剣が、右側の自動人形へ振り下ろされる。
――ギィン!
刃が金属の腕とぶつかった。
火花が散る。
「硬え!」
自動人形が反撃する。
鋭い刃が、カイルの胸元を狙った。
カイルは身体をひねり、ぎりぎりでかわす。
そのまま足元へ斬り込む。
だが、敵は予想以上に速かった。
金属の脚が跳ね上がり、カイルの剣を弾いた。
「うおっ!」
カイルが後退する。
一方、ディーンは左側の自動人形と斬り結んでいた。
剣と刃が激しくぶつかる。
――ガキン! ギィン!
火花が散り、金属音が広間に響く。
「こいつ……!」
ディーンが歯を食いしばった。
「動きが読めない!」
自動人形は、まるで疲れを知らない。
一定の速度で攻撃を繰り返し、隙を見せない。
俺は中央の一体へ魔法を放った。
圧縮した風の刃が、敵の胸部を直撃する。
――ガァン!
金属の装甲がわずかにへこんだ。
だが、敵は止まらない。
「……やっぱり硬いな」
俺は舌打ちした。
通常の魔法では、決定打にならない。
ならば、動きを止めて内部を狙うしかない。
「リシア!」
「分かってる!」
リシアが両手を広げた。
強烈な風が、中央の自動人形を包み込む。
その足元に渦が生まれ、動きを妨害した。
俺は地面へ魔力を流す。
石の鎖が伸び、敵の脚へ絡みついた。
「エリオット!」
「今、見てる!」
エリオットは柱の陰から測定器を向けていた。
「胸の結晶が魔力の中心だ! でも、そこを壊すだけじゃ止まらないかもしれない!」
「どういうことだ!」
「周囲の柱から魔力が供給されてる!」
俺は顔を上げた。
六本の柱。
そこから伸びる光の線。
確かに、中央の自動人形へ魔力が流れている。
「なら、供給を断てばいい!」
俺は杖を掲げた。
柱の一つへ向け、魔力の槍を放つ。
――ドォン!
柱の表面が砕けた。
だが、内部には金属の芯が通っていた。
魔力の流れは止まらない。
「くそっ!」
俺は歯を食いしばった。
そのとき。
「シオン!」
ヴィオレッタが叫んだ。
中央の自動人形が、石の鎖を引きちぎった。
胸部の結晶が赤く輝く。
次の瞬間。
――轟ッ!
巨大な光弾が放たれた。
俺は咄嗟に防御魔法を展開した。
だが、威力が強すぎる。
障壁が一瞬で砕けた。
「っ……!」
衝撃が身体を襲う。
俺は後方へ吹き飛ばされた。
「シオン!」
ヴィオレッタが駆け寄る。
俺は床を転がりながら、何とか身体を起こした。
「大丈夫……!」
口の中に、鉄の味が広がる。
唇を切ったらしい。
だが、まだ動ける。
「ヴィオレッタ、俺はいい! ほかを守ってくれ!」
「……分かりました!」
彼女はうなずき、再び障壁を展開した。
俺は立ち上がり、周囲を見回した。
カイルとディーンは、それぞれ自動人形と戦っている。
リシアは風で敵の動きを妨害しているが、長くは続かない。
エリオットは必死に測定器を操作していた。
このままでは、いずれ押し切られる。
何か方法はないのか。
俺は広間全体を見回した。
六本の柱。
中央の石台。
そして、床に走る魔力の線。
そのとき、気づいた。
「……待てよ」
魔力は柱から中央へ流れている。
だが、中央の石台には、何もない。
つまり、本来そこにあるはずの装置が失われている。
その状態で、無理やり起動しているのではないか?
「エリオット!」
俺は叫んだ。
「中央の石台を調べろ!」
「え?」
「魔力の流れが、そこで途切れているはずだ!」
エリオットが測定器を向ける。
「……本当だ!」
彼の声が上ずった。
「柱からの魔力が、中央で行き場を失ってる! それが自動人形へ流れ込んでるんだ!」
「なら、中央の流れを止めれば……!」
「たぶん、全部止まる!」
俺は決断した。
「みんな、中央の石台を守ってくれ!」
カイルが叫ぶ。
「何する気だ!」
「装置を止める!」
「分かった!」
カイルが自動人形の攻撃を受け流し、敵を引きつける。
ディーンも反対側から斬り込んだ。
リシアの風が二体の動きを鈍らせる。
ヴィオレッタが障壁を展開し、中央の光弾を防ぐ。
俺は石台へ駆け寄った。
中央の窪み。
その周囲には、細かな溝が刻まれている。
俺は杖を構え、魔力の流れを探った。
直接魔力を流し込むのは危険だ。
ならば、外側から干渉する。
俺は床の一部を隆起させ、魔力の通り道を物理的に断とうとした。
――バチッ!
青白い火花が散った。
石台の周囲に、強い反発が生まれる。
「くっ……!」
魔力が押し返される。
だが、完全には拒絶されていない。
俺は慎重に力を調整した。
少しずつ。
少しずつ。
魔力の流れをずらしていく。
そのとき。
背後で、カイルの叫び声が響いた。
「ディーン!」
俺は振り返った。
左側の自動人形が、ディーンの剣を弾き飛ばしていた。
鋭い刃が、彼の胸元へ迫る。
「くそっ!」
カイルが駆け出した。
だが、距離がある。
間に合わない。
俺は杖を向けた。
しかし、石台への干渉を止めれば、装置が再び暴走するかもしれない。
その一瞬の迷い。
――ギィン!
金属音が響いた。
カイルが、ディーンの前に飛び込んでいた。
剣で自動人形の刃を受け止めている。
「カイル!」
ディーンが叫ぶ。
「ぼさっとすんな!」
カイルが歯を食いしばった。
自動人形の力が強い。
剣が押し込まれる。
カイルの足元の石畳が砕けた。
「ぐっ……!」
右肩の傷が開いたのか、包帯に赤い染みが広がる。
それでも、カイルは退かなかった。
「……今度は」
彼が小さくつぶやいた。
「今度は、間に合わせる……!」
その瞬間。
俺は、カイルの足元で小さな火花が散るのを見た。
青白い光。
ほんの一瞬。
だが、確かに見えた。
カイルの剣が、わずかに押し返される。
自動人形の体勢が崩れた。
「ディーン!」
「分かってる!」
ディーンが床の剣を拾い、敵の脚へ斬り込んだ。
金属の関節が砕ける。
自動人形が膝をついた。
その隙に、カイルが後退する。
「シオン!」
ヴィオレッタが叫ぶ。
「今です!」
俺は石台へ視線を戻した。
魔力の流れが、わずかに乱れている。
今なら。
「……止まれ!」
俺は杖を振り下ろした。
石台の周囲に、複数の石柱が突き上がる。
魔力の通り道が断たれた。
――バキィィン!
青白い光が弾ける。
六本の柱から伸びていた線が、一斉に消えた。
自動人形たちの動きが止まる。
胸部の赤い結晶が、ゆっくりと暗くなっていく。
――ガシャン。
一体が倒れた。
続いて、もう一体。
最後の一体も、膝をついたまま動かなくなった。
広間に、静寂が戻った。
◇
「……終わった?」
リシアが息を吐いた。
「たぶん」
俺は杖を下ろした。
全身が重い。
魔力を使いすぎたらしい。
カイルがその場に座り込んだ。
「はあ……はあ……」
ディーンが隣にしゃがむ。
「お前、無茶しすぎだ」
「……お前を助けたんだろ」
「それは分かってる」
ディーンは苦笑した。
「だから、ありがとな」
「……おう」
カイルは照れくさそうに笑った。
俺は二人へ近づいた。
「カイル、肩を見せろ」
「大丈夫だって」
「大丈夫じゃないだろ」
包帯には、はっきりと血がにじんでいる。
「フィオナさんを呼ぶ。ここで待ってろ」
「……分かったよ」
カイルは観念したようにうなずいた。
そのとき、レティシアたちが広間へ戻ってきた。
「シオン君!」
彼女は俺たちの姿を確認し、ほっと息を吐いた。
「全員、無事?」
「大きな怪我はない。でも、カイルの肩を診てもらいたい」
「分かった。フィオナ、お願い」
「はい」
フィオナがすぐにカイルの手当てを始めた。
レティシアは停止した自動人形を見つめた。
「……これが、古代の守衛装置」
「そうみたい」
俺は答えた。
「中央の石台への魔力供給を断ったら、全部止まった」
「なるほど……」
彼女は石台へ近づいた。
「でも、妙だね」
「何が?」
「この装置、本来は誰かが近づいただけで起動するものじゃないはずなんだ」
俺は眉をひそめた。
「外部から起動された可能性がある?」
「あると思う」
レティシアは床の紋様を見つめた。
「少なくとも、自然に動き始めたとは考えにくい」
俺も同感だった。
昨日の岩甲獣。
そして、今日の自動人形。
どちらも、誰かが意図的に動かしている可能性がある。
敵は、俺たちが遺跡へ来ることを知っていたのかもしれない。
「シオン君」
レティシアが声を落とした。
「今日はここまでにしよう」
「……うん」
俺はうなずいた。
無理に奥へ進めば、また同じような危険に遭うかもしれない。
今は、得られた情報を整理するべきだ。
そう考えたときだった。
「……待ってくれ」
エリオットが声を上げた。
彼は停止した自動人形の胸部を調べていた。
「どうした?」
「これ……見てくれ」
俺たちは近づいた。
自動人形の胸部。
赤い結晶の下に、小さな金属板が埋め込まれていた。
そこには、細かな文字が刻まれている。
エリオットが慎重に汚れを拭き取った。
「……数字?」
ディーンがつぶやく。
俺は目を凝らした。
摩耗した文字列。
その一部だけが、はっきりと残っている。
――06。
俺の背筋に、冷たいものが走った。
時計塔で見た記録。
リューデンの地下で確認されたという、未完成の記録。
そして、目の前の自動人形。
また、同じ数字が現れた。
「……六」
俺は小さくつぶやいた。
だが、それが何を意味するのかは分からない。
ただの製造番号かもしれない。
それとも、別の意味があるのか。
レティシアが金属板を見つめた。
「シオン君、これ……」
「うん。前に見た記録にも、同じ数字があった」
「偶然かもしれないけど、調べる価値はあるね」
俺はうなずいた。
そのとき。
広間の奥。
先ほど開いた隠し通路の向こうから、微かな音が聞こえた。
――カツン。
何かが、石の床を踏んだような音。
俺は顔を上げた。
「……誰かいる?」
全員が通路へ視線を向ける。
暗闇の奥には、何も見えない。
だが、確かに気配があった。
俺は杖を構えた。
すると。
闇の向こうから、低い声が響いた。
「……なるほど」
男の声だった。
「ここまで動けるとは、予想以上だ」
カイルが剣を握り直す。
「誰だ!」
返事はなかった。
代わりに、暗闇の奥で小さな光が灯った。
青白い光。
それは、壁に刻まれた紋様を一瞬だけ照らした。
「シオン君、下がって!」
レティシアが叫ぶ。
次の瞬間。
――ドォォン!
通路の奥で爆発が起きた。
天井から石片が降り注ぐ。
俺は咄嗟に防御魔法を展開した。
轟音とともに、隠し通路の入口が崩れ落ちる。
土煙が広間を包んだ。
「くそっ!」
カイルが叫ぶ。
「逃げられた!」
俺は崩れた通路を見つめた。
あの男は、最初から俺たちを見ていた。
そして、戦いが終わるのを待っていた。
何のために?
俺たちの実力を確かめるためか。
それとも、別の目的があったのか。
答えは分からなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
敵は、この遺跡の内部にいる。
そして、俺たちの動きを把握している。
俺は杖を握り直した。
リューデンの古代遺跡。
その地下には、まだ多くの秘密が眠っている。
だが、俺たちがそれを解き明かす前に――。
何者かが、先に動き始めていた。




