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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第三部 古代遺跡と王国の影

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リューデンへの旅路

 リューデン王国から届いた一枚の拓本が、俺たちの予定を大きく変えることになった。


 円環の内側に、三本の線。


 学園の時計塔で発見された古代装置に刻まれていた紋様と、よく似ている。


 ただし、完全に同じではない。


 三本の線の配置が異なり、円環の外側には、時計塔の装置にはなかった小さな記号が並んでいた。


 それが何を意味するのかは分からない。


 けれど、古代装置の存在が意図的に隠されていた可能性を考えると、別の国で見つかった遺跡を無視することはできなかった。


 そして数日後、俺はレティシアから研究機関へ来るよう連絡を受けた。


     ◇


「シオン君、来てくれてありがとう」


 研究室へ入ると、レティシアが机の上の資料から顔を上げた。


 その隣にはフィオナがいる。


 二人とも、いつもより多くの書類に囲まれていた。


「リューデンの件?」


「そう。向こうの研究機関から正式に調査協力の依頼が届いた」


 レティシアは一枚の書類を差し出した。


 リューデン王国北部の山岳地帯で発見された古代遺跡。


 その入口付近で、未知の紋様と魔力反応が確認されたという。


 現地の研究者はすでに調査を始めているものの、文字の解読と魔力回路の解析が進んでいないらしい。


「それで、俺を呼んだの?」


「うん。今回はシオン君に、正式な調査協力をお願いしたい」


 俺は書類に目を落とした。


 そこには、調査対象の概要と、王国間の研究協力に関する取り決めが記されている。


「俺はまだ学園の生徒だけど」


「そこは分かってる。学園側には事前に相談してあるよ。正式な許可はこれからだけど、特別研修として参加できる見込み」


 フィオナが補足する。


「今回、私とレティシアさんも同行します。現地の研究者と協力して、遺跡の構造や魔力反応を調べる予定です」


「なるほど」


 俺は拓本の写しを手に取った。


 円環の下には、短い文字列が刻まれている。


 形は、前世の世界で見慣れた文字に似ていた。


 ただ、欠けている部分が多い。


 現時点では、意味のある文章として読むことはできなかった。


「現地で実物を確認できれば、何か分かるかもしれない」


「私もそう思ってる」


 レティシアはうなずいた。


「それと、もう一つ。今回の調査には、シオン君以外にも何人か生徒を連れていっていいことになってる」


「ほかの生徒も?」


「そう。現地の研究所から調査補助の人員を増やしてほしいって要請があってね。学園側も、特別研修としてなら認める方向で考えてる」


 レティシアは別の書類を取り出した。


「必要だと思う生徒がいたら、シオン君から声をかけていいよ」


「俺が選んでいいの?」


「うん。これまで一緒に調査してきたのはシオン君だから、誰が役に立つかも分かってるでしょ」


 確かにそうだった。


 魔法回路ならエリオット。


 魔力制御ならヴィオレッタ。


 山岳地帯の調査ならリシア。


 野外活動や警戒ならカイルとディーンも頼りになる。


「何人まで?」


「シオン君を含めて六人。今のところ、その人数で調整してる」


「分かった。声をかけてみる」


「ありがとう」


 レティシアはそこで表情を引き締めた。


「ただし、参加は本人の希望が前提。保護者の同意と学園の正式な許可も必要だからね」


「了解」


「それと、現地では安全が確認されていない区域には立ち入らないこと。今回の目的は研究であって、危険な遺跡の探索じゃない」


「分かってる」


「シオン君、古代装置らしいものを見つけても、勝手に触らないでね」


「……分かってるって」


「今、少し間があったよね?」


 フィオナが小さく笑った。


「私も一緒に確認します。シオン君、何か気になるものがあったら、必ず教えてくださいね」


「もちろん」


 俺は依頼書を受け取った。


 リューデン王国。


 以前、エレノア殿下と出会った国。


 そして、ヴァルターという圧倒的な実力を持つ剣士がいる国だ。


 そこで、古代装置の謎に近づけるかもしれない。


 そう考えると、胸が高鳴った。


     ◇


 その日の放課後。


 俺は学園の中庭に五人を集めた。


「リューデン王国?」


 最初に反応したのはカイルだった。


「国外に行くのか?」


「ああ。北部の古代遺跡を調査することになった」


「面白そうじゃねえか!」


「遊びじゃないぞ」


「分かってるって!」


 ディーンが腕を組んだ。


「調査期間は?」


「移動も含めて数週間の予定だ。状況によっては延びるかもしれない」


「学園の授業はどうする?」


「特別研修として扱う方向で調整してる。正式な許可は必要だけどな」


 エリオットが身を乗り出した。


「古代装置の調査なら、僕も行きたい。現地の測定器はどんな方式なんだ?」


「王都のものとは違うらしい」


「だったら比較できるな。魔力回路の構造も調べられるかもしれない」


「まだ装置があると決まったわけじゃないぞ」


「分かってる。でも、似た紋様が見つかったんだろ? 調べる価値はあるよ」


 エリオットの目は、すでに研究のことでいっぱいだった。


 リシアは少し考えてから尋ねた。


「遺跡は山の中?」


「北部の山岳地帯だ」


「なら、地形調査も必要だね。森や山なら私も役に立てると思う」


「そう思って声をかけた」


「うん。参加したい」


 カイルが胸を張る。


「俺も行くぜ!」


「即答だな」


「せっかくの国外研修だろ? 野外での訓練にもなるしな」


 ディーンもうなずいた。


「俺も参加したい。現地の護衛がいるとしても、野外での警戒は学べることが多そうだ」


「ありがとう」


 最後に、ヴィオレッタへ目を向けた。


「ヴィオレッタは?」


「もちろん、参加したいです」


 迷いのない返事だった。


「魔力制御の調査でしたら、お手伝いできると思います。それに……」


「それに?」


 ヴィオレッタは少しだけ視線を逸らした。


「シオンも行くのでしょう?」


「……ああ」


「でしたら、私も一緒に行きたいです」


 カイルがにやりと笑う。


「おー?」


「何だよ」


「いや、何でもねえ」


「絶対何か言いたそうだろ」


 ディーンが呆れたように息をついた。


「カイル、余計なことを言うな」


「まだ何も言ってねえって!」


 ヴィオレッタの頬が、わずかに赤くなっていた。


 俺も少しだけ顔が熱くなる。


 以前の俺なら、きっと話を逸らしていただろう。


 けれど、今は違う。


「一緒に来てくれるなら、心強いよ」


 そう言うと、ヴィオレッタは驚いたように目を見開いた。


 そして、嬉しそうに微笑んだ。


「はい」


 俺は改めて五人を見回した。


「じゃあ、全員参加希望でいいんだな?」


 五人がうなずいた。


 これで、俺を含めて六人。


 レティシアが示した人数に収まる。


「明日、レティシアさんに伝えておく。ただし、正式な許可が出るまでは決定じゃない。家族にも相談してくれ」


「了解!」


 カイルの声が中庭に響いた。


 こうして、リューデン王国へ向かう仲間が決まった。


     ◇


 数日後。


 学園側の許可と保護者の同意が揃い、俺たち六人の参加が正式に認められた。


 出発の日。


 学園の正門前には、二台の馬車が並んでいた。


「おい、エリオット! この箱、どこに置けばいい?」


 カイルが木箱を抱えている。


「だから、測定器は奥に固定してって言っただろ!」


「奥ってどこだよ!」


「馬車の奥!」


「それじゃ分かんねえって!」


 ディーンが二人の間に入った。


「俺がやる。カイルは水と食料を頼む」


「なんでだよ!」


「壊れにくいから」


 リシアが笑った。


「確かに、その方が安心だね」


「お前まで!」


 朝から騒がしい。


 俺は自分の鞄を積み込みながら、その様子を眺めていた。


 家族にはすでに説明してある。


 父さんは最初、国外へ行くと聞いて驚いていた。


 だが、正式な調査であることと護衛がつくことを説明すると、最後には送り出してくれた。


 母さんは何度も体調に気をつけるよう言い、兄さんたちは旅先での注意を教えてくれた。


 ミリアには、帰ってきたらお土産を買ってくると約束した。


 忘れないようにしよう。


「シオン」


 振り返ると、ヴィオレッタが立っていた。


 普段の学園での服装とは違い、動きやすい旅行服を着ている。


「準備は終わりましたか?」


「ああ。そっちは?」


「私も終わりました」


 彼女は学園の建物を見上げた。


「しばらく戻れないと思うと、不思議ですね」


「そうだな」


「でも、楽しみでもあります」


「リューデンが?」


「それもあります」


 ヴィオレッタは柔らかく微笑んだ。


「皆さんと一緒に、知らない土地へ行けることが」


「俺も同じだ」


 彼女と話していると、自然と気持ちが落ち着く。


 この関係を、いつまでも曖昧にしておくつもりはなかった。


 ただ、今はまだ、言葉にする勇気が足りなかった。


     ◇


 出発の直前、ガルド団長とユリウス副団長が見送りに来た。


「準備はできたようだな」


 ガルド団長が馬車を見回した。


「道中、何かあったら無理をするなよ」


「分かってますって!」


 カイルが答える。


「お前には特に言ってる」


「なんで俺だけなんですか!」


「自分の胸に聞いてみろ」


 ディーンが笑いをこらえている。


 ユリウス副団長は俺の前に立った。


「シオン君、現地で古代装置に関する情報が見つかった場合は、こちらにも報告してください」


「はい」


「王都でも、例の記録について調査を続けます」


「分かりました」


 時計塔の装置。


 消えた移送記録。


 そして、まだ正体の分からない人物。


 王都には、調べなければならないことが残っている。


 ガルド団長が俺の肩を軽く叩いた。


「向こうにはヴァルターもいるんだろ?」


「はい」


「何かあったら頼れ。あいつは強いからな」


「分かりました」


 御者が声を上げた。


「皆さん、出発します!」


 俺たちは馬車へ乗り込んだ。


 車輪が動き始める。


 学園の門が、ゆっくり遠ざかっていった。


     ◇


 旅は最初の二日間、順調だった。


 王都周辺の整備された街道を抜け、三日目には丘陵地帯へ入った。


 馬車の中では、エリオットが測定器を調整していた。


「また触ってるのか?」


 俺が尋ねると、彼は顔を上げた。


「移動中の振動で数値がずれるんだ。現地に着いてから直すより、今のうちに確認した方がいい」


「壊すなよ」


「僕が壊すわけないだろ」


 その直後、馬車が大きく揺れた。


「うわっ!」


 エリオットが慌てて測定器を抱える。


 カイルが笑った。


「危なかったな!」


「笑い事じゃない!」


「だからしまっとけって」


 ディーンが呆れたように言った。


 俺も笑いながら窓の外へ目を向けた。


 街道は森の手前で大きく曲がっている。


 その先で、護衛騎士が馬を止めた。


「停止!」


 御者が手綱を引く。


 馬車が止まった。


「どうした?」


 ディーンが窓から顔を出す。


 前方の街道に、一台の荷馬車が横倒しになっていた。


 木箱が散乱し、車輪が一つ外れている。


 御者の姿は見えない。


「事故か?」


 カイルが言った。


「分からない」


 俺は荷馬車を見つめた。


 何かがおかしい。


 荷馬車は、街道を完全に塞ぐ位置で倒れていた。


 それなのに、馬が逃げた跡が見当たらない。


「……人がいる」


 リシアがつぶやいた。


「どこに?」


「右の茂み。三人くらい」


 その瞬間、護衛騎士の一人が叫んだ。


「全員、馬車から出るな!」


 直後、矢が飛んできた。


 先頭の騎士が盾で受け止める。


 乾いた音が響いた。


「襲撃だ!」


 森の左右から、顔を布で覆った男たちが姿を現した。


 少なくとも六人。


 弓を持った者が三人。


 残りは短剣や片手剣を構えている。


「ヴィオレッタ、防御を!」


「はい!」


 彼女が杖を掲げる。


 馬車の周囲に淡い光が広がった。


 二本目の矢が障壁に弾かれる。


「カイル、飛び出すな!」


「分かってる!」


 カイルは剣を抜いたが、馬車のそばにとどまった。


 今回、俺たちは調査研修生だ。


 護衛騎士がいる以上、勝手に前へ出るべきではない。


 ただし、敵が馬車へ近づいてきた場合は別だ。


「右側から二人!」


 リシアが叫んだ。


 茂みから飛び出した男たちが、馬車へ向かってくる。


 護衛騎士の一人が迎え撃った。


 だが、もう一人が横を抜けようとする。


「ディーン!」


「分かってる!」


 ディーンが馬車の扉を開け、男の進路を塞いだ。


 剣同士がぶつかる。


 男は勢いを利用して押し込もうとしたが、ディーンは半歩下がって受け流した。


 その隙に、俺は地面へ魔力を流した。


 男の足元に小さな土の隆起を作る。


「なっ!」


 男が体勢を崩した。


 ディーンが剣を弾き、護衛騎士が男を取り押さえた。


「助かった!」


「まだいる!」


 俺は周囲を確認した。


 左の茂みから弓兵が姿を見せる。


 狙いは馬車の車輪だった。


「エリオット、あいつの位置を!」


「見えてる!」


 エリオットが測定器を構えた。


「左の斜面、木の根元! 魔力を集めてる!」


 単なる弓ではない。


 魔法を込めた矢を放とうとしている。


「リシア!」


「任せて!」


 リシアが風の魔法を放つ。


 弓兵の足元で突風が巻き起こった。


 男が体勢を崩し、矢が大きく逸れる。


 その間に護衛騎士が距離を詰めた。


 前方ではカイルが馬車へ近づいた敵を押し返している。


 俺たちは護衛の補助に徹し、馬車を守った。


 やがて、敵の一人が叫んだ。


「撤退しろ!」


 残った男たちが森へ逃げ込んでいく。


 護衛騎士は追撃しなかった。


 周囲に別の敵が潜んでいる可能性があったからだ。


 戦闘は短時間で終わった。


 こちらに重傷者はいない。


 敵は二人を捕らえた。


     ◇


「全員、怪我はない?」


 レティシアが馬車を降りてきた。


「大丈夫」


 俺が答えると、彼女は全員の様子を確認した。


「カイル、ディーン、無茶はしてないでしょうね」


「ちゃんと馬車の近くにいたって」


 カイルが答えた。


「俺たちは護衛の補助だけだ」


 ディーンも言う。


「そう。それならいい」


 レティシアは横倒しの荷馬車へ目を向けた。


「でも、これはただの事故じゃないね」


 護衛騎士が荷馬車を調べていた。


 車輪の固定具は外されており、荷台の木箱はほとんど空だった。


 街道を塞ぐために用意されたものらしい。


 さらに、捕らえた男の持ち物から、一枚の紙片が見つかった。


 護衛騎士がレティシアへ渡す。


「これを持っていました」


 紙片には、簡単な地図と短い文章が書かれていた。


『王都発、研究調査団。馬車二台。護衛あり』


 俺は思わず顔を上げた。


「俺たちのことか?」


「そう考えるのが自然だね」


 レティシアの表情が険しくなる。


 紙片には、さらに一文があった。


『資料の回収を優先』


 フィオナが息をのんだ。


「調査資料が目的だったのでしょうか」


「可能性は高い」


 レティシアは答えた。


「でも、私たちが持っているのは写しが中心。原本はリューデン側にあるはずなのに」


 俺も同じことを考えていた。


 なぜ、わざわざ街道で襲撃する必要がある?


 資料の写しを奪っても、現地に原本が残っているなら意味は薄い。


 それとも、俺たちが何か別のものを持っていると思われているのか。


「シオン」


 ヴィオレッタが隣に来た。


「何か心当たりがあるのですか?」


「まだ分からない」


 俺は正直に答えた。


「でも、今回の調査を快く思っていない人間がいるのは確かだ」


 護衛騎士の隊長が近づいてきた。


「このまま予定の街道を進むのは危険です。近くの宿場町で態勢を整え、リューデン側へ連絡します」


 レティシアはうなずいた。


「そうして。研修生の安全が最優先だから」


 俺たちは馬車へ戻った。


 先ほどまでの旅の雰囲気は、すっかり変わっていた。


 けれど、不思議と恐怖だけではなかった。


 何かが動き始めている。


 それを、はっきりと感じていた。


     ◇


 その夜。


 リューデン王国北部の山岳地帯。


 古い屋敷の一室で、一人の男が報告書を読んでいた。


『調査団への接触失敗。資料の回収に至らず』


 男は紙を机に置いた。


「失敗したか」


 声に怒りはなかった。


 机の上には、遺跡の見取り図が広げられている。


 円形の広間。


 封鎖された通路。


 そして、最深部に記された小さな印。


 男はその印を指でなぞった。


「第六の記録……」


 机の隅には、細い線が刻まれた金属片が置かれていた。


 その表面が、かすかに光る。


 男は目を細めた。


「王都の装置が反応したという報告は、やはり事実だったらしい」


 そのとき、扉がノックされた。


「入れ」


 若い従者が顔を出す。


「お客様がお見えです」


「誰だ?」


「王都からいらした方です。お名前は――」


 従者が告げた名前を聞き、男の表情が変わった。


「……もう来たのか」


 男は立ち上がる。


「通せ。ほかの者は近づけるな」


 従者が去ったあと、男は机の上の金属片を布で覆った。


 やがて廊下から足音が近づいてくる。


 扉の向こうで、穏やかな声がした。


「久しぶりですね」


 男は返事をしなかった。


「例の調査団について、少し話があります」


 その声は、旧知の相手を訪ねてきたように自然だった。


 しかし、男の額には薄く汗が浮かんでいた。


 やがて扉が開く。


 男は訪問者の顔を見て、静かに頭を下げた。


「お待ちしておりました」


 訪問者は微笑んだ。


「それでは、始めましょうか」


 その人物が何者なのか。


 俺たちは、まだ知らない。


 ただ一つ確かなのは、リューデン王国で発見された遺跡を巡って、すでに複数の思惑が動き始めているということだった。


 俺たちの旅は、まだ始まったばかりだった。

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