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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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第六の記録

 嫌な予感というものは、できれば外れてほしい。


 例えば、試験の前日に勉強していない範囲が出そうだと感じたとき。


 あるいは、カイルが「今日は絶対に勝てる!」と宣言したとき。


 後者については、だいたいディーンが冷静に現実を教えてくれる。


 だが、今回ばかりは笑い話では済まなかった。


 俺を探している人物がいる。


 それも、古代の観測記録について調べている人物だ。


 そして、その人物が、俺の居場所を何らかの方法で把握しているかもしれない。


 ……。


「いや、普通に怖いんだけど」


 思わず呟いた。


 放課後。


 俺は学園の正門近くで、周囲を見回していた。


 人通りは多い。


 制服姿の生徒たちが、楽しそうに話しながら帰っていく。


 馬車が行き交い、商人たちが声を上げている。


 いつもどおりの王都。


 けれど、俺には少し違って見えた。


「シオン?」


 背後から声がした。


 振り返ると、ヴィオレッタが立っていた。


「……また、難しい顔をしているわね」


「そんなに?」


「ええ」


 ヴィオレッタは小さく息を吐いた。


「今日は、どこかへ行くの?」


「ああ。ちょっと知り合いに会いに」


「そう」


 彼女は少し考えた。


「……一人で?」


「うん」


 そう答えた瞬間、ヴィオレッタの眉が動いた。


「……本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だよ」


「その言葉、最近あまり信用できないのだけれど」


「……」


 反論できなかった。


 ヴィオレッタは俺を見つめた。


「何かあったのでしょう?」


 俺は少し迷った。


 どこまで話すべきだろう。


 前世のことは話せない。


 古代装置の調査にも、外部へ出せない情報がある。


 けれど、危険の可能性まで隠すのは違う気がした。


「……実は、ちょっと不審なことがあって」


 俺は声を落とした。


「知り合いのところに、俺を探している人が来たらしいんだ」


 ヴィオレッタの表情が変わった。


「……誰なの?」


「分からない」


「どうしてあなたを?」


「それも、まだ」


 彼女はしばらく黙っていた。


 そして、静かに言った。


「……それなら、なおさら一人で行くべきではないわ」


「でも、相手が何を知っているのか確認したくて」


「だからこそよ」


 ヴィオレッタは真剣な目で俺を見た。


「あなたが何かを調べていることは知っているわ。でも、危険なことまで一人で背負う必要はないでしょう?」


 俺は言葉に詰まった。


 ……正論だ。


 しかも、かなり強い正論だ。


「……分かった」


「本当に?」


「うん。まずは騎士団に相談する」


 ヴィオレッタは少し安心したように息を吐いた。


「それがいいと思うわ」


 そして、小さく微笑んだ。


「……気をつけてね」


「ありがとう」


 俺は頷いた。


 その笑顔を見て、改めて思った。


 何かあってからでは遅い。


 俺一人の問題で済むとは限らないのだから。


     ◇


 王都騎士団本部。


「……なるほどな」


 ガルド団長は腕を組んだ。


 俺の話を聞き終えたあと、しばらく黙って考えている。


 隣にはユリウス副団長がいた。


「灰色の外套を着た男が、古書店であなたのことを尋ねたのですね」


「はい」


 ユリウス副団長が確認する。


「その男は、古代の観測記録にも関心を示していた」


「そう聞いています」


「そして、最近あなた自身にも不自然な魔力反応が起きている、と」


「はい」


 ガルド団長は眉を寄せた。


「……偶然にしちゃ、出来すぎてるな」


「ただし、関連があるとは断定できません」


 ユリウス副団長が言った。


「現時点では、男がシオン君に危害を加えようとしている証拠もありません」


「分かってる」


 ガルド団長は頷いた。


「だが、放っておく理由にもならねえ」


 そう言って、俺を見た。


「シオン」


「はい」


「しばらく、一人で妙な場所へ行くな」


「……はい」


「古書店に行くなら、誰かと一緒に行け。必要なら騎士団から人を出す」


「ありがとうございます」


 ガルド団長は鼻を鳴らした。


「礼はいい。お前に何かあったら、こっちも面倒だからな」


 ……言い方は雑だけど、ありがたい。


 ユリウス副団長が書類をまとめた。


「古書店の店員の方には、こちらから事情を確認してもよろしいでしょうか?」


「はい。アレンさんという方です」


「承知しました」


 ユリウス副団長は頷いた。


「不審者の特徴を整理し、周辺の巡回担当にも注意を促します」


「お願いします」


 ガルド団長は机の上の資料を見た。


「……それと、例の移管記録だが」


 俺は顔を上げた。


「何か分かったんですか?」


「ああ。少しな」


 ガルド団長はユリウス副団長に視線を向けた。


「説明してやってくれ」


「はい」


 ユリウス副団長が一枚の紙を広げた。


「旧管理局から移送された資料について、記録上の不一致が確認されています」


「不一致?」


「移送側では七件。受け入れ側では六件です」


「……一件、足りない?」


「そうなります」


 ユリウス副団長は頷いた。


「ただし、問題はそれだけではありません」


 彼は別の記録を示した。


「受け入れ側の六件について、名称を確認できたのは五件だけでした」


「……え?」


「残る一件は、管理番号だけが記載されています」


 俺は紙を見つめた。


 古い管理番号。


 その隣には、空白の欄。


「……名前がないんですか?」


「はい」


 ユリウス副団長は静かに答えた。


「本来、資料名が記載される場所が空欄になっています」


 ガルド団長が低く言った。


「誰かが書き忘れたのかもしれねえ。だが……」


「意図的に削除された可能性もあります」


 ユリウス副団長が続けた。


 俺は息を呑んだ。


 七件あった資料。


 六件しか受け入れられていない記録。


 そして、名前のない一件。


 ……。


「……第七観測記録と関係があるんでしょうか」


 俺が尋ねる。


「分かりません」


 ユリウス副団長は首を振った。


「現時点では、同一の資料だと判断できる根拠がありません」


「……そうですよね」


「ですが、調べる価値はあるでしょう」


 ガルド団長が頷いた。


「おう。こっちは引き続き調べる」


 俺は小さく息を吐いた。


 少しずつ。


 本当に少しずつだが。


 何かが、つながり始めている気がした。


     ◇


 その日の夜。


 王都の古書店。


 アレンは店の奥で、古い資料を整理していた。


 昼間、騎士団の担当者が訪れた。


 灰色の外套を着た男について、詳しく事情を聞かれたのだ。


 アレンは覚えている範囲で、男の特徴を伝えた。


 ただ、顔をはっきり見たわけではない。


 名前も知らない。


 手がかりは、ほとんどなかった。


「……」


 アレンは机の上の紙を見つめた。


 そこには、以前見つけた古い記録の写しがある。


『ORIGIN / 07』


『OBSERVATION』


『STATUS : UNKNOWN』


 アレンは、しばらくその文字を見つめていた。


「……観測、か」


 日本語ではない。


 だが、意味は分かる。


 前世で覚えた言葉だからだ。


 そして、その言葉が、この世界の古代記録に残されている。


 それが何を意味するのか。


 まだ、分からない。


「……シオン君」


 アレンは小さく呟いた。


 自分と同じように、前世の記憶を持つ少年。


 彼と出会ったことで、世界の見え方が変わった。


 自分だけではない。


 ほかにも、同じような人間がいるかもしれない。


 そして。


 古代の記録が、それに関係している可能性もある。


 ……。


「……いや」


 アレンは首を振った。


「まだ、決めつけるには早いですね」


 そう呟き、資料を閉じた。


     ◇


 翌朝。


 王都魔導技術研究所。


「……リューデン王国?」


 俺は思わず聞き返した。


 レティシアさんが頷く。


「ええ」


 机の上には、一通の書簡が置かれていた。


 封蝋には、見覚えのない紋章が刻まれている。


「昨日、向こうの研究機関から連絡があったの」


「研究機関?」


「リューデン王国の王立魔導研究院よ」


 フィオナさんが説明してくれた。


「以前から、古代魔導技術に関する情報交換を行っているんです」


「そうなんですね」


 俺は頷いた。


 リューデン王国。


 以前、エレノア殿下と出会ったときに聞いた国だ。


 小国ではあるが、独自の文化と技術を持っている。


 そして、ヴァルターさんという、とんでもなく強い人物がいる。


 ……あの人のことを思い出すと、カイルとディーンが揃って倒されていた光景が浮かぶ。


 いや、今はそれどころじゃない。


「それで、何があったんですか?」


 俺が尋ねる。


 レティシアさんは書簡を広げた。


「リューデン王国の北部で、古い遺跡が見つかったそうよ」


「遺跡?」


「ええ。山間部の調査中に、地下構造物が確認されたらしいわ」


 フィオナさんが続けた。


「まだ内部の調査は始まったばかりですが、古代魔導技術に関係する可能性があるそうです」


「……なるほど」


 俺は少し身を乗り出した。


「それで、こちらに連絡が?」


「そう」


 レティシアさんは頷いた。


「向こうの研究院だけでは判断できない部分があるらしくてね」


 そして、一枚の図面を取り出した。


「これを見て」


 俺は図面を覗き込んだ。


 古い石造りの部屋。


 円形の台座。


 そして、その中央に描かれた奇妙な模様。


「……あ」


 思わず声が出た。


 円。


 その内部を交差する、三本の線。


 完全に同じではない。


 だが、見覚えがある。


「……これ」


「気づいた?」


 レティシアさんが言った。


「はい」


 俺は頷いた。


「王都歴史記録保管館の目録にあった印と、似ています」


「そうなのよ」


 フィオナさんが、以前の写しを隣に置いた。


 二つの図形。


 並べると、似ている部分がはっきり分かる。


 ただし、細部には違いがあった。


「……同じものなんでしょうか」


 俺が尋ねる。


「まだ分からないわ」


 レティシアさんは答えた。


「でも、調べる価値はありそうね」


 俺は頷いた。


 王都の古代装置。


 第七観測記録。


 そして、リューデン王国の遺跡。


 ……。


 偶然なのか。


 それとも、何かつながっているのか。


「……それで」


 レティシアさんが続けた。


「向こうから、調査協力の打診が来ているの」


「調査協力?」


「ええ。正式な手続きを踏んだうえで、研究員を派遣できないかという話よ」


 フィオナさんが少し緊張した表情になった。


「……私たちが、行く可能性もあるんですか?」


「あるわね」


 レティシアさんは頷いた。


「ただし、まだ何も決まっていない」


 俺は書簡を見つめた。


 リューデン王国。


 エレノア殿下。


 ヴァルターさん。


 そして、古代の遺跡。


 ……何だろう。


 妙な予感がする。


 ただし、今回は少し違った。


 不安だけではない。


 何か、新しいことが始まりそうな。


 そんな感覚だった。


     ◇


 その日の午後。


 リューデン王国。


 王都から遠く離れた、北部の山間地帯。


 険しい山々に囲まれた谷に、小さな調査隊が集まっていた。


 彼らの前には、古い石造りの入口がある。


 長い年月の間、土砂に埋もれていたものだ。


「……本当に、ここなのか?」


 調査員の一人が尋ねた。


「間違いありません」


 別の調査員が答える。


「地下には、人工的な構造物が広がっています」


 彼らは慎重に入口を調べていた。


 内部には、古い魔法陣が刻まれている。


 だが、そのほとんどは機能していない。


「……魔力反応は?」


「ほとんどありません」


「そうか」


 調査隊長は頷いた。


「なら、まずは安全確認を優先しよう」


 そのとき。


 奥の暗闇から、微かな音が響いた。


 ――カチリ。


「……?」


 調査員たちが顔を上げた。


「今、何か聞こえませんでしたか?」


「……気のせいじゃないか?」


 だが。


 次の瞬間。


 地下の奥で、淡い光が灯った。


「……っ!」


 調査員たちが息を呑む。


 石壁に刻まれた線が、ゆっくりと光り始めていた。


 誰も魔力を流していない。


 誰も装置に触れていない。


 それなのに。


 古代の遺跡が、静かに目を覚まし始めていた。


     ◇


 さらに奥。


 誰も足を踏み入れていない地下室。


 そこには、大きな円形の台座があった。


 台座の中央には、透明な球体。


 そして、その周囲には、古い文字が刻まれている。


 長い年月の間、沈黙していた装置。


 その表面に、淡い光が浮かび上がった。


 文字が、ゆっくりと現れる。


『OBSERVATION』


 続いて。


『RECORD』


 そして。


『06』


 しばらくして、さらに一行が浮かび上がった。


『STATUS : INCOMPLETE』


 光は、数秒で消えた。


 地下室は再び暗闇に包まれる。


 誰も、その文字を見ていない。


 誰も、その意味を知らない。


 ただ。


 遠く離れた王都で。


 一人の男が、小さな金属板を見つめていた。


 板の表面に、新たな光が浮かんでいる。


 男は目を細めた。


「……第六の記録」


 その声には、驚きが滲んでいた。


「……まだ、残っていたのか」


 男はゆっくり立ち上がった。


 窓の外には、王都の街並みが広がっている。


 だが、彼の視線は、もっと遠くを向いていた。


 山々に囲まれた、小さな王国。


 リューデン。


「……予定が変わったな」


 男は低く呟いた。


 そして、金属板を鞄にしまった。


「……先に、そちらを回収する」


 誰にも聞こえない声で、そう告げた。


 古い記録が、再び動き始める。


 それが何を意味するのか。


 まだ、誰も知らない。


 ただ一つ。


 物語の舞台が、王都の外へと広がろうとしていた。


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