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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第一部 目覚めの灯火

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9/116

灯火の消える街

 最初に異変が起きたのは、村の中央広場だった。


 昼過ぎだというのに、広場の魔力灯が突然、青白い光を放った。


 次の瞬間、通りに並ぶ灯りが次々と点滅を始める。


「何だ、これ!?」


「また故障か!」


 人々が足を止めた。


 北通りの事故を知る者たちは、慌てて魔力灯から離れる。


 だが、異変は灯りだけでは終わらなかった。


 広場の共同井戸から、突然、水が噴き上がった。


 魔力で水を汲み上げる装置が暴走したのだ。


「きゃあっ!」


 水桶を持っていた女性が転び、周囲に水が飛び散る。


 近くにいた男たちが駆け寄り、女性を助け起こした。


 幸い、大きな怪我はなかった。


 しかし、井戸の装置は激しい音を立て続けていた。


 ゴゴゴゴ……!


「止めろ! 誰か止めてくれ!」


 管理人が制御盤に駆け寄ろうとする。


 だが、近くにいた老人が腕を掴んだ。


「近づくな! 北通りの灯りと同じことになるぞ!」


 その判断が、後に多くの人を救うことになる。


     ◇


「村の設備が一斉に異常を起こしている?」


 屋敷の執務室で、エドガーは報告を聞いていた。


「はい! 広場の井戸が暴走し、東通りでは魔力灯が二基破損しました!」


 使者は息を切らしていた。


「採石場からも連絡が来ています。アルベルト様が、設備の停止を急ぐようにと!」


 エドガーはすぐに立ち上がった。


「マリア、住民の避難場所を確保してくれ。エリシアは手伝いを」


「分かりました」


「フィリップは倉庫の油灯と水を確認。使えるものを広場へ運んでくれ」


「うん!」


「私は村へ向かう。シオンは屋敷に残りなさい」


「父上!」


 シオンが呼び止めた。


「何だ?」


「古い導管につながってる設備だけが、おかしくなってるの?」


 エドガーは一瞬考えた。


「まだ分からない」


「じゃあ、図面を見れば、次に危ない場所が分かるかもしれない」


 その言葉に、エドガーの表情が変わった。


 机には、古い導管の図面が広げられている。


 シオンは指を動かした。


「広場の井戸、東通りの灯り、水車小屋……全部、この線の近くにある」


「……確かに」


「だったら、まだ壊れてない設備も危ないかもしれない」


 エドガーは頷いた。


「フィリップ!」


「何?」


「図面を持っていけ。古い導管につながる設備を優先して確認するよう、村の者たちに伝えてくれ」


「分かった!」


 フィリップは図面を抱え、走り出した。


 シオンはその背中を見送った。


 自分にできることは、ここまでだ。


 けれど、少なくとも一つ、役に立てた。


     ◇


 村の広場は、混乱していた。


 井戸から噴き上がる水。


 点滅を続ける魔力灯。


 不安そうに集まる人々。


 エドガーが到着すると、住民たちが一斉に駆け寄った。


「領主様! どうなってるんですか!」


「灯りが壊れるんじゃないか!」


「井戸の水は使えるのか!」


 エドガーは大きな声で告げた。


「落ち着いてくれ! 原因は調査中だが、古い設備に異常が起きている。魔力装置には近づかないでほしい!」


 人々がざわめく。


「では、水はどうするんですか!」


「手汲みの井戸を使う。必要な家には、こちらから水を届ける!」


 エドガーは続けた。


「今から、古い導管につながる設備を順次停止する。夜は油灯を使ってほしい。火の扱いには十分注意してくれ!」


 不満の声も上がった。


 当然だった。


 魔力灯がなければ、夜道は暗い。


 井戸が使えなければ、水を運ばなければならない。


 だが、今は安全が最優先だった。


 エドガーは一人ひとりの声を聞きながら、対応を指示していった。


     ◇


 その頃、採石場では、アルベルトとダリオが必死に状況を確認していた。


「魔力の流れは?」


「まだ上昇しています!」


 ダリオは測定板を見つめた。


 針は、危険域の手前で震えている。


「止められないのか!」


「制御装置が古すぎます。下手に触れば、さらに悪化する可能性があります!」


 アルベルトは歯を食いしばった。


 村では、すでに異常が起きている。


 このままでは、被害が広がる。


「……他に方法は?」


 ダリオは巨大な星晶石を見上げた。


「供給を遮断する方法はあります。ただし、装置の構造が分からない以上、確実ではありません」


「危険は?」


「逆流が起きれば、採石場の設備そのものが破損するかもしれません」


 アルベルトは考えた。


 何もしなければ、村が危険にさらされる。


 だが、操作すれば、ここにいる者たちが危険にさらされる。


 どちらを選ぶべきか。


「……一度、全員を外へ出そう」


 アルベルトは決断した。


「まずは人を守る。それから、できることを考える」


 ダリオは頷いた。


「分かりました」


 作業員たちは、急いで地下から退避した。


 アルベルトとダリオも、最後に外へ出る。


 採石場の入口には、冷たい風が吹いていた。


 その奥から、低い振動音が響いている。


 ゴウン……。


 ゴウン……。


 まるで、巨大な何かが目を覚まそうとしているようだった。


     ◇


 夕方。


 村では、設備の停止作業が進められていた。


 ダリオの指示を受けた職人たちが、危険の少ない場所から順番に制御を切っていく。


 だが、問題があった。


「止めても、反応が残る?」


 エドガーは報告を聞き、眉をひそめた。


「はい。魔力灯の制御を切っても、内部に魔力が流れ続けているようです」


「では、停止しても安全とは限らないのか」


「その可能性があります」


 エドガーは地図を見つめた。


 古い導管。


 採石場の巨大な装置。


 そして、村の設備。


 すべてがつながっている。


 少なくとも、その可能性は高かった。


「……避難範囲を広げよう」


 エドガーは決めた。


「古い導管の近くにある家には、今夜だけでも別の場所へ移ってもらう」


 職人が頷き、走り出した。


 そのとき、広場の向こうから叫び声が聞こえた。


「領主様!」


 若い男が駆け寄ってきた。


「西通りの倉庫で、火が出ました!」


 エドガーの表情が変わった。


「何だと!」


「魔力灯が破裂して、積んであった布に火が移ったそうです!」


「怪我人は?」


「一人、腕を火傷しています!」


 エドガーは即座に指示した。


「水を運べ! 周囲の建物から人を離せ! 負傷者は屋敷へ!」


 男が走り出す。


 エドガーも後を追った。


 村の混乱は、さらに大きくなっていた。


     ◇


 屋敷では、マリアとエリシアが避難してきた人々を迎えていた。


「こちらへどうぞ。小さなお子さんのいる方は、奥の部屋を使ってください」


 マリアが声をかける。


 エリシアは毛布を運びながら、住民の名前を確認していた。


「おばあさんは、どちらに?」


「まだ家にいるはずです」


「分かりました。迎えに行く人を手配します」


 シオンも、できる範囲で手伝っていた。


 水を運び、毛布を並べ、子どもたちを案内する。


「シオン兄さま」


 ミリアが、小さな手で袖を引いた。


「どうしたの?」


「みんな、こわいの?」


 シオンは少し考えた。


「……うん。怖いと思う」


「兄さまも?」


「僕も、ちょっと怖いよ」


 ミリアは俯いた。


「じゃあ、どうしたらいいの?」


 シオンは妹の手を握った。


「今は、できることをしよう。困ってる人がいたら、手伝ってあげるんだ」


「……うん」


 ミリアは小さく頷いた。


 そのとき、玄関から大きな声が響いた。


「火傷した人を運んできました!」


 シオンが振り向く。


 担架に乗せられた若い男が、苦しそうに顔を歪めていた。


 腕には布が巻かれている。


 マリアがすぐに駆け寄った。


「こちらへ!」


 エリシアも後に続く。


 シオンは、その光景を見つめていた。


 今まで、魔力灯の異常は図面や測定板の上の問題だった。


 けれど、目の前には、実際に怪我をした人がいる。


 胸の奥が、冷たくなった。


 自分たちが調べていたものは、最初から誰かの暮らしとつながっていたのだ。


     ◇


 夜。


 クレイヴェル領の村は、いつもとは違う姿になっていた。


 魔力灯の多くが消え、代わりに油灯の小さな光が揺れている。


 広場には避難してきた人々が集まり、屋敷にも多くの住民が身を寄せていた。


 エドガーは、疲れた表情で執務室へ戻った。


 そこには、アルベルトとダリオが待っていた。


「採石場は?」


 エドガーが尋ねる。


「装置の反応は、まだ上昇しています」


 ダリオが答えた。


「ただ、今すぐ破損するほどではありません。少なくとも、現時点では」


「止める方法は?」


「一つ、可能性があります」


 ダリオは古い図面を広げた。


「採石場の装置には、魔力を外へ逃がすための排出路があるようです」


「排出路?」


「はい。これを開けば、村へ流れる魔力を減らせるかもしれません」


「危険は?」


「排出先が分かりません。もし人のいる場所へ流れれば、別の事故になります」


 エドガーは図面を見つめた。


 排出路は、採石場のさらに北へ伸びている。


 その先には、古い谷があった。


 現在は、ほとんど人が立ち入らない場所だ。


「……明日の朝、現地を確認しよう」


 エドガーは決めた。


「安全が確認できれば、排出路を使う」


 アルベルトが頷いた。


「分かりました」


 ダリオも、静かに頭を下げた。


 だが、その表情は晴れなかった。


 古い装置は、今も動き続けている。


 そして、魔力の流れは少しずつ強くなっていた。


     ◇


 同じ頃。


 シオンは、屋敷の廊下を歩いていた。


 避難してきた人々の寝息が、部屋の向こうから聞こえる。


 窓の外には、暗い村が広がっていた。


 いつもなら、たくさんの灯りが見える。


 けれど、今夜はほとんど消えている。


 シオンは、胸の奥に小さな痛みを感じた。


 自分は、異常に気づいていた。


 けれど、何が起きるのかまでは分からなかった。


 もっと早く何かできたのではないか。


 そんな考えが浮かぶ。


 だが、すぐに首を振った。


 後悔するだけでは、何も変わらない。


 今、必要なのは、次に何をするかだ。


 シオンは窓から離れた。


 明日も、できることを探そう。


 そう決めて、廊下を歩き出した。


 そのとき。


 遠くの採石場の方角で、青白い光が一瞬、空を照らした。


 シオンは足を止めた。


「……え?」


 光は、すぐに消えた。


 けれど、確かに見えた。


 採石場のある北の山。


 その上空で、何かが光った。


 シオンは窓に駆け寄った。


 もう一度、光る。


 一度。


 少し間を置いて、もう一度。


 そして、夜空は再び暗くなった。


 シオンは息を呑んだ。


 あの二回の揺れ。


 魔力灯の中で見えたものと、同じ間隔だった。


 ただし、今度は違う。


 それは、村の小さな魔力灯ではなく。


 山の向こうから、夜空を照らすほどの光だった。

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