灯火の消える街
最初に異変が起きたのは、村の中央広場だった。
昼過ぎだというのに、広場の魔力灯が突然、青白い光を放った。
次の瞬間、通りに並ぶ灯りが次々と点滅を始める。
「何だ、これ!?」
「また故障か!」
人々が足を止めた。
北通りの事故を知る者たちは、慌てて魔力灯から離れる。
だが、異変は灯りだけでは終わらなかった。
広場の共同井戸から、突然、水が噴き上がった。
魔力で水を汲み上げる装置が暴走したのだ。
「きゃあっ!」
水桶を持っていた女性が転び、周囲に水が飛び散る。
近くにいた男たちが駆け寄り、女性を助け起こした。
幸い、大きな怪我はなかった。
しかし、井戸の装置は激しい音を立て続けていた。
ゴゴゴゴ……!
「止めろ! 誰か止めてくれ!」
管理人が制御盤に駆け寄ろうとする。
だが、近くにいた老人が腕を掴んだ。
「近づくな! 北通りの灯りと同じことになるぞ!」
その判断が、後に多くの人を救うことになる。
◇
「村の設備が一斉に異常を起こしている?」
屋敷の執務室で、エドガーは報告を聞いていた。
「はい! 広場の井戸が暴走し、東通りでは魔力灯が二基破損しました!」
使者は息を切らしていた。
「採石場からも連絡が来ています。アルベルト様が、設備の停止を急ぐようにと!」
エドガーはすぐに立ち上がった。
「マリア、住民の避難場所を確保してくれ。エリシアは手伝いを」
「分かりました」
「フィリップは倉庫の油灯と水を確認。使えるものを広場へ運んでくれ」
「うん!」
「私は村へ向かう。シオンは屋敷に残りなさい」
「父上!」
シオンが呼び止めた。
「何だ?」
「古い導管につながってる設備だけが、おかしくなってるの?」
エドガーは一瞬考えた。
「まだ分からない」
「じゃあ、図面を見れば、次に危ない場所が分かるかもしれない」
その言葉に、エドガーの表情が変わった。
机には、古い導管の図面が広げられている。
シオンは指を動かした。
「広場の井戸、東通りの灯り、水車小屋……全部、この線の近くにある」
「……確かに」
「だったら、まだ壊れてない設備も危ないかもしれない」
エドガーは頷いた。
「フィリップ!」
「何?」
「図面を持っていけ。古い導管につながる設備を優先して確認するよう、村の者たちに伝えてくれ」
「分かった!」
フィリップは図面を抱え、走り出した。
シオンはその背中を見送った。
自分にできることは、ここまでだ。
けれど、少なくとも一つ、役に立てた。
◇
村の広場は、混乱していた。
井戸から噴き上がる水。
点滅を続ける魔力灯。
不安そうに集まる人々。
エドガーが到着すると、住民たちが一斉に駆け寄った。
「領主様! どうなってるんですか!」
「灯りが壊れるんじゃないか!」
「井戸の水は使えるのか!」
エドガーは大きな声で告げた。
「落ち着いてくれ! 原因は調査中だが、古い設備に異常が起きている。魔力装置には近づかないでほしい!」
人々がざわめく。
「では、水はどうするんですか!」
「手汲みの井戸を使う。必要な家には、こちらから水を届ける!」
エドガーは続けた。
「今から、古い導管につながる設備を順次停止する。夜は油灯を使ってほしい。火の扱いには十分注意してくれ!」
不満の声も上がった。
当然だった。
魔力灯がなければ、夜道は暗い。
井戸が使えなければ、水を運ばなければならない。
だが、今は安全が最優先だった。
エドガーは一人ひとりの声を聞きながら、対応を指示していった。
◇
その頃、採石場では、アルベルトとダリオが必死に状況を確認していた。
「魔力の流れは?」
「まだ上昇しています!」
ダリオは測定板を見つめた。
針は、危険域の手前で震えている。
「止められないのか!」
「制御装置が古すぎます。下手に触れば、さらに悪化する可能性があります!」
アルベルトは歯を食いしばった。
村では、すでに異常が起きている。
このままでは、被害が広がる。
「……他に方法は?」
ダリオは巨大な星晶石を見上げた。
「供給を遮断する方法はあります。ただし、装置の構造が分からない以上、確実ではありません」
「危険は?」
「逆流が起きれば、採石場の設備そのものが破損するかもしれません」
アルベルトは考えた。
何もしなければ、村が危険にさらされる。
だが、操作すれば、ここにいる者たちが危険にさらされる。
どちらを選ぶべきか。
「……一度、全員を外へ出そう」
アルベルトは決断した。
「まずは人を守る。それから、できることを考える」
ダリオは頷いた。
「分かりました」
作業員たちは、急いで地下から退避した。
アルベルトとダリオも、最後に外へ出る。
採石場の入口には、冷たい風が吹いていた。
その奥から、低い振動音が響いている。
ゴウン……。
ゴウン……。
まるで、巨大な何かが目を覚まそうとしているようだった。
◇
夕方。
村では、設備の停止作業が進められていた。
ダリオの指示を受けた職人たちが、危険の少ない場所から順番に制御を切っていく。
だが、問題があった。
「止めても、反応が残る?」
エドガーは報告を聞き、眉をひそめた。
「はい。魔力灯の制御を切っても、内部に魔力が流れ続けているようです」
「では、停止しても安全とは限らないのか」
「その可能性があります」
エドガーは地図を見つめた。
古い導管。
採石場の巨大な装置。
そして、村の設備。
すべてがつながっている。
少なくとも、その可能性は高かった。
「……避難範囲を広げよう」
エドガーは決めた。
「古い導管の近くにある家には、今夜だけでも別の場所へ移ってもらう」
職人が頷き、走り出した。
そのとき、広場の向こうから叫び声が聞こえた。
「領主様!」
若い男が駆け寄ってきた。
「西通りの倉庫で、火が出ました!」
エドガーの表情が変わった。
「何だと!」
「魔力灯が破裂して、積んであった布に火が移ったそうです!」
「怪我人は?」
「一人、腕を火傷しています!」
エドガーは即座に指示した。
「水を運べ! 周囲の建物から人を離せ! 負傷者は屋敷へ!」
男が走り出す。
エドガーも後を追った。
村の混乱は、さらに大きくなっていた。
◇
屋敷では、マリアとエリシアが避難してきた人々を迎えていた。
「こちらへどうぞ。小さなお子さんのいる方は、奥の部屋を使ってください」
マリアが声をかける。
エリシアは毛布を運びながら、住民の名前を確認していた。
「おばあさんは、どちらに?」
「まだ家にいるはずです」
「分かりました。迎えに行く人を手配します」
シオンも、できる範囲で手伝っていた。
水を運び、毛布を並べ、子どもたちを案内する。
「シオン兄さま」
ミリアが、小さな手で袖を引いた。
「どうしたの?」
「みんな、こわいの?」
シオンは少し考えた。
「……うん。怖いと思う」
「兄さまも?」
「僕も、ちょっと怖いよ」
ミリアは俯いた。
「じゃあ、どうしたらいいの?」
シオンは妹の手を握った。
「今は、できることをしよう。困ってる人がいたら、手伝ってあげるんだ」
「……うん」
ミリアは小さく頷いた。
そのとき、玄関から大きな声が響いた。
「火傷した人を運んできました!」
シオンが振り向く。
担架に乗せられた若い男が、苦しそうに顔を歪めていた。
腕には布が巻かれている。
マリアがすぐに駆け寄った。
「こちらへ!」
エリシアも後に続く。
シオンは、その光景を見つめていた。
今まで、魔力灯の異常は図面や測定板の上の問題だった。
けれど、目の前には、実際に怪我をした人がいる。
胸の奥が、冷たくなった。
自分たちが調べていたものは、最初から誰かの暮らしとつながっていたのだ。
◇
夜。
クレイヴェル領の村は、いつもとは違う姿になっていた。
魔力灯の多くが消え、代わりに油灯の小さな光が揺れている。
広場には避難してきた人々が集まり、屋敷にも多くの住民が身を寄せていた。
エドガーは、疲れた表情で執務室へ戻った。
そこには、アルベルトとダリオが待っていた。
「採石場は?」
エドガーが尋ねる。
「装置の反応は、まだ上昇しています」
ダリオが答えた。
「ただ、今すぐ破損するほどではありません。少なくとも、現時点では」
「止める方法は?」
「一つ、可能性があります」
ダリオは古い図面を広げた。
「採石場の装置には、魔力を外へ逃がすための排出路があるようです」
「排出路?」
「はい。これを開けば、村へ流れる魔力を減らせるかもしれません」
「危険は?」
「排出先が分かりません。もし人のいる場所へ流れれば、別の事故になります」
エドガーは図面を見つめた。
排出路は、採石場のさらに北へ伸びている。
その先には、古い谷があった。
現在は、ほとんど人が立ち入らない場所だ。
「……明日の朝、現地を確認しよう」
エドガーは決めた。
「安全が確認できれば、排出路を使う」
アルベルトが頷いた。
「分かりました」
ダリオも、静かに頭を下げた。
だが、その表情は晴れなかった。
古い装置は、今も動き続けている。
そして、魔力の流れは少しずつ強くなっていた。
◇
同じ頃。
シオンは、屋敷の廊下を歩いていた。
避難してきた人々の寝息が、部屋の向こうから聞こえる。
窓の外には、暗い村が広がっていた。
いつもなら、たくさんの灯りが見える。
けれど、今夜はほとんど消えている。
シオンは、胸の奥に小さな痛みを感じた。
自分は、異常に気づいていた。
けれど、何が起きるのかまでは分からなかった。
もっと早く何かできたのではないか。
そんな考えが浮かぶ。
だが、すぐに首を振った。
後悔するだけでは、何も変わらない。
今、必要なのは、次に何をするかだ。
シオンは窓から離れた。
明日も、できることを探そう。
そう決めて、廊下を歩き出した。
そのとき。
遠くの採石場の方角で、青白い光が一瞬、空を照らした。
シオンは足を止めた。
「……え?」
光は、すぐに消えた。
けれど、確かに見えた。
採石場のある北の山。
その上空で、何かが光った。
シオンは窓に駆け寄った。
もう一度、光る。
一度。
少し間を置いて、もう一度。
そして、夜空は再び暗くなった。
シオンは息を呑んだ。
あの二回の揺れ。
魔力灯の中で見えたものと、同じ間隔だった。
ただし、今度は違う。
それは、村の小さな魔力灯ではなく。
山の向こうから、夜空を照らすほどの光だった。




