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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第一部 目覚めの灯火

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谷へ続く道

 北の山が二度光った翌朝、クレイヴェル家の食堂には、家族全員が揃っていた。


 ただし、食卓に並ぶのは温かな朝食ではない。


 領地図と、昨夜の被害報告だった。


「西通りの火災は鎮火した。負傷者は一名、命に別状はない」


 エドガーが告げる。


「避難している住民は?」


 マリアの問いに、アルベルトが答えた。


「屋敷に二十七名、教会に三十一名です。その他、親戚の家へ移った者もいます」


「食料は三日分なら確保できるわ」


 マリアは頷いた。


「それ以上になるなら、追加の手配が必要ね」


「市場の商人に頼んでみるよ」


 フィリップが言った。


「東の街道が使えるなら、二日で物資を運べるはずだから」


 エドガーは息子を見た。


「頼めるか?」


「もちろん」


 十二歳の少年は、迷わず頷いた。


 シオンは、そのやり取りを聞いていた。


 昨日まで、村の灯りが消えることばかり考えていた。


 けれど、灯りが消えれば、人々は避難する。


 避難すれば、食料や水が必要になる。


 問題は、次々につながっていく。


「父上」


 シオンは口を開いた。


「昨夜、北の山が光ったんだ」


 食卓が静かになった。


「山が?」


「うん。二回、青白く光った。魔力灯の中で見えた揺れと、同じ間隔だった」


 エドガーは眉を寄せた。


「他に見た者は?」


「まだ分からない」


「分かった。採石場の調査隊に確認させよう」


 父はすぐにメモを取った。


 シオンは少しだけ安心した。


 今の自分にできるのは、気づいたことを伝えること。


 その役割を、少しずつ理解し始めていた。


     ◇


 昼前。


 採石場へ向かう調査隊が、屋敷の前に集まっていた。


 アルベルト、ダリオ、作業員四名。


 さらに、村の猟師が二人加わっている。


 目的は、採石場の北にある古い谷の確認だった。


「谷に人がいないか調べる。排出路の出口も探す」


 アルベルトが説明する。


「危険が確認された場合は、無理に進まない。必ず戻ること」


 全員が頷いた。


 シオンは、少し離れた場所から見送っていた。


 今回は、同行を申し出なかった。


 危険な場所に行くことだけが、役に立つ方法ではない。


 そのことを、昨日の避難所で学んだからだ。


「シオン兄さま」


 ミリアが隣に立った。


「アルベルト兄さま、どこに行くの?」


「北の谷を調べに行くんだよ」


「こわいところ?」


「……少し危ないかもしれない」


 ミリアは兄の手を握った。


「ちゃんと帰ってくる?」


「うん。きっと帰ってくるよ」


 シオンはそう答えた。


 けれど、その言葉に絶対の保証がないことも、分かっていた。


     ◇


 北の谷へ続く道は、長い間使われていなかった。


 倒木を避け、草をかき分けながら、調査隊は山道を進んでいく。


「昔は、この辺りにも人が住んでいたんです」


 猟師の一人が言った。


「採石場が閉じてから、ほとんど誰も来なくなりましたがね」


「排出路の出口を見たことは?」


 ダリオが尋ねる。


「いや。ただ、谷の奥に古い石造りの建物があるとは聞いたことがあります」


 アルベルトは頷いた。


「そこを目指そう」


 しばらく歩くと、木々の間に崩れかけた石壁が見えてきた。


 その奥には、小さな広場があった。


 広場の中央には、巨大な金属の輪が地面に埋め込まれている。


「……これか」


 ダリオが呟いた。


 輪の内側には、複雑な模様が刻まれていた。


 周囲には、古い導管が何本も伸びている。


「排出路の出口でしょうか?」


 作業員が尋ねる。


「その可能性は高いですね」


 ダリオは測定板を取り出した。


 針が、ゆっくりと動き始める。


「……魔力反応があります」


 アルベルトは周囲を見回した。


 谷は深く、近くに民家はない。


 ここなら、魔力を逃がしても住民への影響は少ないかもしれない。


 だが、問題があった。


「この輪は、何のためにある?」


 アルベルトが尋ねる。


 ダリオは首を振った。


「分かりません。排出装置にしては、構造が複雑すぎます」


 そのとき、猟師の一人が声を上げた。


「おい、見ろ!」


 広場の端。


 草に埋もれた石碑があった。


 表面には、古い文字が刻まれている。


 ダリオが埃を払った。


「……読めますか?」


 アルベルトが尋ねる。


「一部だけなら」


 ダリオはゆっくりと文字を追った。


「『流れを……整え……門を……』」


「門?」


「それ以上は、文字が欠けています」


 アルベルトは金属の輪を見つめた。


 排出路。


 魔力を逃がすための装置。


 そう考えていたものが、別の用途を持っている可能性がある。


「……これは、勝手に動かすべきではないな」


 アルベルトは判断した。


「記録を取り、父上に報告しよう」


 ダリオは頷いた。


 だが、その瞬間。


 金属の輪の内側に、淡い光が走った。


「下がれ!」


 アルベルトが叫ぶ。


 全員が後退した。


 輪の中央に、青白い光が集まっていく。


 そして、空気が震えた。


 ゴウン……。


 谷全体に、低い音が響いた。


 光は数秒で消えた。


 しかし、地面には新しい亀裂が走っていた。


「……今のは」


 作業員が呟く。


 ダリオは測定板を見つめた。


「採石場と、反応が同期しています」


 アルベルトは歯を食いしばった。


 この装置は、ただの排出路ではない。


 何か別の目的で作られている。


 そして、今も動いている。


     ◇


 夕方。


 調査隊が戻ると、エドガーはすぐに報告を受けた。


「排出路ではない可能性がある?」


「はい。少なくとも、単純な魔力放出装置ではありません」


 ダリオは図面を広げた。


「谷の装置は、採石場の魔力反応と同期していました。もし不用意に操作すれば、何が起きるか分かりません」


 エドガーは頷いた。


「では、排出路を使う案は保留だ」


「それが賢明かと」


 アルベルトが続けた。


「谷には古い文字が刻まれた石碑がありました。『流れを整え、門を……』という部分だけ読めたそうです」


「門?」


 エドガーは眉を寄せた。


「何の門だ?」


「分かりません」


 部屋が静かになった。


 そのとき、フィリップが口を開いた。


「父上、ちょっといい?」


「何だ?」


「今日、商人に話を聞いてきたんだけど、気になることがあったんだ」


 フィリップは一枚の紙を差し出した。


「昔、この領地の北には、もっと大きな街道があったらしい」


「街道?」


「うん。今の東街道じゃなくて、山を越えて北へ抜ける道」


 アルベルトが首を傾げた。


「そんな道があったのか?」


「商人の古い記録に残ってた。採石場が閉じるより前から使われなくなってるみたいだけど」


 フィリップは続けた。


「しかも、その道の終点に、今は地図に載っていない集落があったらしいんだ」


 エドガーは紙を受け取った。


 古い街道。


 廃採石場。


 谷の装置。


 そして、消えた集落。


 偶然にしては、気になることが多すぎた。


「……詳しく調べてみよう」


 エドガーは静かに言った。


     ◇


 その夜。


 シオンはフィリップの部屋を訪ねていた。


 机には、古い商人の記録が広げられている。


「兄さん、これが昔の街道?」


「そう。今の地図にはないけど、昔は結構使われてたみたい」


 フィリップは指を動かした。


「この道を通れば、北の山を越えて、別の地方へ出られるんだ」


「どうして使われなくなったの?」


「それが分からないんだよね」


 フィリップは肩をすくめた。


「でも、道がなくなったわけじゃない。使う人がいなくなっただけなら、まだ残ってるかもしれない」


 シオンは地図を見つめた。


 北の谷。


 古い街道。


 消えた集落。


 何かが、少しずつ形になり始めている。


「……兄さんは、この道を調べたいの?」


「もちろん」


 フィリップは笑った。


「もし使えるようになったら、商人が増えるかもしれないだろ? そうすれば、領地も少しは豊かになる」


 シオンは思わず笑った。


 こんな状況でも、兄は未来のことを考えている。


 それが、少し頼もしかった。


「でも、今は危ないよ」


「分かってるって」


 フィリップは頷いた。


「だから、まずは記録を集める。道を歩くのは、その後だよ」


 シオンは頷いた。


 前世の知識がなくても、できることはある。


 兄は、それを当たり前のように実践していた。


     ◇


 同じ頃。


 北の谷では、誰もいない広場に淡い光が浮かんでいた。


 巨大な金属の輪。


 その表面に刻まれた模様が、ゆっくりと明滅している。


 一度。


 少し間を置いて、もう一度。


 やがて、輪の中央に薄い光の膜が現れた。


 膜の向こうには、何も見えない。


 ただ、暗闇が広がっているだけだった。


 しばらくして、光は消えた。


 広場は、再び静かになった。


 だが、石碑の下に刻まれた古い文字だけが、ほんの一瞬、青白く輝いた。


『流れを整え、門を閉ざせ』


 その言葉を、今のクレイヴェル領で読める者は、まだ誰もいなかった。挿絵(By みてみん)

シオン クレイヴェルのイメージ添付してます。

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