閉ざされた門
北の谷から戻った翌朝、ダリオは領主の執務室に飛び込んできた。
「エドガー様! 谷の装置について、分かったことがあります!」
机に広げられたのは、古い管理記録と、昨夜までの測定結果だった。
「結論から申し上げます。あれは魔力の排出装置ではありません」
エドガーが顔を上げる。
「では、何だ?」
「魔力を利用して、何かを封じていた装置です」
部屋が静まり返った。
「封じていた?」
「石碑の文字を、古文書と照合しました。欠けていた部分は、おそらくこうです」
ダリオは紙に文字を書いた。
『流れを整え、門を閉ざせ』
「門……」
アルベルトが呟いた。
「谷にあった金属の輪のことか?」
「その可能性が高いです。採石場の装置は、村へ魔力を供給するためだけのものではなかったのでしょう」
ダリオは図面を指差した。
「本来は、谷の装置へ魔力を送り、一定の状態を保つ仕組みだったのではないかと」
「なら、村の魔力灯は?」
「後から導管に接続された設備かもしれません」
エドガーは眉を寄せた。
二十八年前の改修。
古い導管の廃止。
しかし、実際には撤去されず、地下に残されていた。
その結果、古い装置と新しい設備が、意図せずつながった。
「……つまり、村の設備に異常が起きているのは」
「採石場の装置が、本来とは違う形で魔力を流しているからかもしれません」
ダリオは頷いた。
「ただし、これはまだ仮説です」
エドガーはしばらく考えた。
そして、決断した。
「王都へ使者を出す」
「王都へ?」
「我々だけで扱える問題ではない。魔導技術に詳しい者を派遣してもらう」
アルベルトが頷いた。
「到着まで、数日はかかりますね」
「ああ。だから、それまでに被害を抑えなければならない」
◇
その日の昼。
村の広場には、住民たちが集められていた。
エドガーは壇上に立ち、現状を説明した。
「古い魔力設備に異常が確認された。原因は調査中だが、村の魔力灯や井戸に影響が出ている」
人々がざわめく。
「いつ直るんですか!」
「水が足りません!」
「店を開けられないんです!」
不満の声が次々に上がった。
エドガーは逃げずに答えた。
「復旧時期は、まだ約束できない。だが、水と食料の確保を最優先する」
マリアとエリシアが、住民の要望を記録していく。
フィリップは商人たちと話し合い、物資の運搬経路を確認していた。
アルベルトは、危険な設備の周囲に立入禁止区域を設けている。
シオンも、避難所で子どもたちの世話を手伝っていた。
だが、そのとき。
村の北側から、鐘の音が響いた。
カン、カン、カン!
火災を知らせる鐘ではない。
緊急避難の合図だった。
「何があった!?」
エドガーが叫ぶ。
駆け込んできた使者が、息を切らして答えた。
「北の谷で、地面が崩れています!」
◇
北の谷。
昨日まで静かだった広場は、まるで別の場所になっていた。
地面には亀裂が走り、古い金属の輪が半分ほど露出している。
周囲の石壁は崩れ、土煙が舞っていた。
調査に来ていた作業員たちは、既に安全な場所へ退避していた。
「……ひどいな」
アルベルトが呟く。
ダリオは測定板を取り出した。
針が激しく揺れている。
「魔力の流れが、さらに不安定になっています」
「門は開くのか?」
「分かりません。ただ、このままでは装置が破損する可能性があります」
アルベルトは周囲を見回した。
谷の奥には、古い石造りの建物が残っている。
その一部が崩れ、内部の装置が露出していた。
「……あそこに制御盤があるのか?」
「おそらく」
ダリオは頷いた。
「ですが、近づくのは危険です」
そのとき、金属の輪が青白く光った。
ゴウン……!
空気が震える。
輪の中央に、薄い光の膜が現れた。
昨日よりも、はっきりと。
その向こうには、暗い空間が広がっていた。
「……何だ、あれは」
作業員が呟く。
誰も答えられなかった。
やがて、光の膜は消えた。
だが、地面の亀裂はさらに広がっていた。
「……撤退する」
アルベルトは即座に判断した。
「ここは、もう人が近づいていい場所じゃない」
◇
夕方。
屋敷に戻ったアルベルトは、父に状況を報告した。
「谷の装置は、今にも破損しそうです」
エドガーは厳しい表情で頷いた。
「村への影響は?」
「今のところ、新たな被害は確認されていません。ただ、魔力の流れは不安定なままです」
ダリオが続けた。
「一つ、提案があります」
「何だ?」
「採石場の装置から、村へ向かう導管を切り離す方法です」
エドガーは顔を上げた。
「可能なのか?」
「技術的には。ただし、切り離した瞬間、魔力がどこへ流れるかは分かりません」
「谷へ集中する可能性がある?」
「はい」
アルベルトが眉を寄せた。
「それでは、門の装置がさらに不安定になるかもしれない」
「その通りです」
部屋に沈黙が落ちた。
村を守るために導管を切れば、谷が危険になる。
谷を守るために導管を残せば、村の設備が危険にさらされる。
どちらも、簡単には選べない。
そのとき、シオンが口を開いた。
「……二つに分けることはできないの?」
エドガーが顔を上げた。
「二つ?」
「魔力を全部止めるんじゃなくて、少しずつ減らすとか」
ダリオは考え込んだ。
「……調整弁があれば、可能かもしれません」
「調整弁?」
「古い導管には、魔力の流量を調整するための弁が設けられていたはずです」
ダリオは図面を広げた。
そして、ある場所を指差した。
「……ありました」
採石場と村の間。
古い管理室の近くに、小さな記号が描かれていた。
「ここに調整弁があります」
エドガーは身を乗り出した。
「使えるのか?」
「状態を確認しなければ分かりません。ですが、完全に切り離すよりは危険を抑えられる可能性があります」
エドガーは頷いた。
「明日の朝、確認しよう」
◇
翌朝。
ダリオと作業員たちは、古い管理室の地下へ向かった。
そこには、長年使われていない調整弁が残されていた。
金属の表面は錆びつき、周囲には埃が積もっている。
「……動くでしょうか」
作業員が尋ねる。
「分かりません。ただ、試す価値はあります」
ダリオは慎重に点検を始めた。
弁の周囲には、微弱な魔力反応がある。
完全に壊れているわけではなさそうだった。
「……少しだけ動かしてみます」
ダリオは作業員たちを後退させた。
そして、ゆっくりと弁を回した。
ギギギ……。
重い音が響く。
弁が、わずかに動いた。
測定板の針が揺れる。
「……流量が下がっています!」
作業員が声を上げた。
ダリオは慎重に、もう少しだけ弁を回した。
針が、さらに下がる。
「……成功か?」
その瞬間。
地下室の奥から、低い音が響いた。
ゴウン……。
ダリオの表情が変わった。
「……待ってください」
測定板の針が、突然、大きく跳ねた。
「何だ!?」
作業員が叫ぶ。
ダリオは弁から手を離した。
「全員、退避!」
次の瞬間、地下室の壁に埋め込まれた古い導管が、青白く発光した。
バチッ!
火花が散る。
金属管が震え、壁の石が崩れ落ちた。
「急げ!」
ダリオたちは階段を駆け上がった。
背後で、鈍い破裂音が響いた。
ドンッ!
地面が揺れる。
全員が外へ飛び出した直後、地下室の入口から土煙が噴き上がった。
ダリオは膝をつき、荒い息を吐いた。
「……危なかった」
作業員たちは、互いの無事を確認していた。
幸い、怪我人はいない。
だが、地下室からは、今も低い振動音が響いている。
ダリオは測定板を見つめた。
針は、先ほどよりも低い位置で止まっていた。
「……流量は、下がっています」
作業員が顔を上げた。
「では、成功したんですか?」
ダリオは首を振った。
「分かりません。装置が破損した以上、何が起きたか確認する必要があります」
そのとき、遠くの村から鐘の音が響いた。
カン、カン、カン!
緊急避難の鐘だった。
ダリオは顔を上げた。
「……まさか」
採石場の方角で、青白い光が空へ伸びていた。
そして、その光の下で。
村の魔力灯が、一斉に消えた。




