地下に眠るもの
古い導管の存在が判明してから、三日が過ぎた。
その間に、クレイヴェル領では七基の魔力灯が使用停止となった。
北通りの破損事故に続き、東通りでは二基が突然消灯。西通りでは、点検中の設備から異常な魔力反応が検出された。
幸い、負傷者は出ていない。
だが、村の夜道は日に日に暗くなっていた。
「これ以上止めれば、今度は夜道で事故が起きる」
執務室で、エドガーは苦い表情を浮かべていた。
机には領地図と古い設備図面が広げられている。
「だからといって、危険な灯りを使い続けるわけにもいきません」
アルベルトが答えた。
「分かっている」
父は短く息を吐いた。
そこへ、扉が勢いよく開いた。
「父上! 見つけた!」
飛び込んできたのはフィリップだった。
腕には、埃まみれの帳簿を抱えている。
「古い導管の工事記録だよ!」
エドガーの表情が変わった。
「どこにあった?」
「倉庫の奥。祖父上の時代の書類と一緒に!」
フィリップは帳簿を開いた。
「二十八年前、村の魔力灯をまとめて改修した記録があるんだ。そのとき古い導管は使わなくなったって書いてある」
「なら、今は機能していないはずでは?」
アルベルトが尋ねる。
「そこなんだよ」
フィリップは別のページを指差した。
「廃止工事の費用が、最初の見積もりよりずっと少ない」
エドガーが身を乗り出した。
「どういうことだ?」
「導管を撤去したんじゃない。入口を閉じて、そのまま残したらしい」
部屋が静かになった。
古い導管は、村の地下に残っている。
そして、今も魔力を伝えている可能性がある。
「閉じた場所は分かるか?」
「水車小屋の裏にある、古い管理室だって」
その名前を聞いて、シオンは顔を上げた。
水車小屋。
最初に停止後の発光が確認された場所だった。
◇
その日の午後、エドガーは水車小屋周辺の立ち入りを制限した。
現場へ向かったのは、アルベルト、ダリオ、二人の作業員。
そして、シオンだった。
ただし、シオンが許されたのは安全を確認した場所からの見学だけである。
「絶対に柵を越えるなよ」
アルベルトが念を押した。
「分かってる」
水車小屋の裏には、雑草に覆われた石造りの小さな建物があった。
扉には錆びた鉄の鍵が掛かっている。
「ここが管理室か」
ダリオが古い図面と見比べた。
作業員が扉の周囲を確認し、鍵を外す。
重い扉が開くと、湿った空気が流れ出した。
中には、地下へ続く石段があった。
「まず私が確認します」
ダリオは測定板を手に、入口へ近づいた。
針はわずかに揺れている。
「魔力反応があります。ただ、今のところ危険な数値ではありません」
アルベルトは頷いた。
「無理はするな」
ダリオと作業員が、油灯を持って階段を下りていった。
しばらくして、地下から声が響いた。
「アルベルト様! 見つけました!」
◇
地下室には、太い金属管が何本も走っていた。
壁には古い制御盤が埋め込まれ、その中央に、灰色の石が据えられている。
ダリオは制御盤を見つめた。
「……これは」
古い設備図面に描かれていた、導管の分配装置だった。
村の各所へ魔力を送るための設備。
本来なら、二十八年前に停止しているはずのものだ。
だが、制御盤の一部には淡い光が残っていた。
「まだ動いているのか?」
アルベルトが尋ねる。
「少なくとも、魔力が流れています」
ダリオは慎重に測定板を近づけた。
針が二度、小さく跳ねた。
一度。
間を置いて、もう一度。
「……同じ反応だ」
ダリオの声が低くなる。
水車小屋。
北通り。
そして、この地下室。
これまで別々に見えていた異常が、一本の線で結ばれた。
「止められるか?」
「制御盤には遮断装置があります。ただし、長年使われていないので正常に動く保証はありません」
「操作した場合の危険は?」
「魔力が一時的に逆流する可能性があります」
アルベルトは考えた。
その場で操作するには、危険が大きすぎる。
「一度戻ろう。父上と相談してからだ」
ダリオは頷いた。
彼らは装置に触れず、地下室を後にした。
◇
夕方、屋敷で緊急の話し合いが開かれた。
「古い分配装置が、今も動いていた?」
エドガーは驚きを隠せなかった。
「はい。少なくとも魔力反応がありました」
ダリオは測定結果を示した。
「問題は、どこから魔力が供給されているか分からないことです」
「止めれば解決するのでは?」
フィリップが尋ねる。
「そう簡単ではありません。古い設備ですから、遮断した瞬間に別の場所へ負荷がかかる可能性があります」
エドガーは地図を見つめた。
古い導管は、村の地下に広がっている。
その先には、魔力灯だけでなく、井戸の揚水装置や倉庫の設備もあった。
「……停止すれば、生活に影響が出るか」
「可能性があります」
ダリオは頷いた。
シオンは、机の端に置かれた古い図面を見つめていた。
そこには、太い線が一本描かれている。
村の中心から水車小屋へ。
そして、さらに北へ。
「……あれ?」
シオンは思わず声を漏らした。
「どうした?」
エドガーが尋ねる。
「この線、途中で終わってない」
シオンは図面を指差した。
「水車小屋の先にも続いてる」
ダリオが図面を覗き込んだ。
「……確かに」
古い図面の端。
薄くなった線が、領地の北側へ伸びている。
「この先には何がある?」
アルベルトが尋ねる。
フィリップが別の地図を広げた。
「今は、ほとんど使われていない土地だよ。昔は採石場があったらしいけど」
「採石場?」
エドガーが眉を寄せる。
「閉鎖されたのは、私が子どもの頃だ」
ダリオはしばらく考え込んだ。
「もし採石場に古い魔力設備が残っているなら、そこが供給源かもしれません」
エドガーは頷いた。
「明日、調査隊を出そう」
◇
翌朝。
採石場へ向かったのは、アルベルト、ダリオ、作業員三人。
シオンは屋敷で待機することになった。
「僕も行きたい」
そう言ったが、父に却下された。
「今回は危険がある。お前は屋敷で待ちなさい」
シオンは不満だったが、反論しなかった。
自分が行っても、できることは少ない。
むしろ、足手まといになる可能性の方が高い。
そのことは、理解していた。
昼過ぎ。
屋敷に、早馬が到着した。
使者は息を切らしていた。
「エドガー様! 採石場で異常が確認されました!」
「何があった?」
「地下の古い設備が、まだ稼働しています!」
エドガーの表情が変わった。
「詳しく話せ」
「採石場の奥に、大きな星晶石がありました。周囲の装置が動いていて、魔力が流れています!」
「止められないのか?」
「ダリオ殿が調べていますが、構造が分からないそうです!」
エドガーは立ち上がった。
「……馬を用意してくれ」
使者が頷き、部屋を出ていった。
シオンは父を見上げた。
「父上……」
「大丈夫だ。まずは状況を確認する」
エドガーはそう言った。
けれど、その表情は厳しかった。
◇
採石場の地下。
アルベルトは、目の前の光景に言葉を失っていた。
巨大な空洞。
その中央に、淡い青色の光を放つ星晶石があった。
周囲には、古い金属の装置が幾重にも組み合わされている。
壁には、村へ続く太い導管が伸びていた。
「……こんなものが、領内に残っていたとは」
アルベルトが呟いた。
ダリオは装置を調べていた。
「これは、普通の魔力供給装置ではありません」
「どういうことだ?」
「分かりません。ただ、魔力を送るだけでなく、何かを調整しているように見えます」
ダリオは測定板を確認した。
針が不規則に揺れている。
「……反応が強くなっている」
そのとき。
装置の奥から、低い音が響いた。
ゴウン……。
空洞全体が、わずかに震えた。
「何だ!?」
作業員が声を上げた。
巨大な星晶石の表面に、細い光の筋が走る。
一本。
二本。
三本。
それらは、まるで何かの脈動のように広がっていった。
ダリオが叫ぶ。
「全員、下がってください!」
次の瞬間。
装置の一部が、激しく発光した。
青白い光が空洞を満たす。
アルベルトは反射的に腕で顔を覆った。
耳をつんざくような音。
地面が揺れる。
そして――。
突然、光が消えた。
静寂が戻った。
「……全員、無事か?」
アルベルトが声をかける。
作業員たちは、互いの無事を確認していた。
幸い、怪我人はいない。
ダリオは測定板を見つめていた。
その顔から、血の気が引いていた。
「……まずい」
「何が起きた?」
アルベルトが尋ねる。
ダリオは震える声で答えた。
「魔力の流れが……変わりました」
「変わった?」
「今まで村へ流れていた魔力が、一度止まりました。でも、今は……」
測定板の針が、大きく振れた。
「……以前より、強く流れています」
アルベルトは、巨大な星晶石を見上げた。
装置は再び静かになっていた。
けれど、その奥では、確かに何かが動いている。
村へ続く導管。
その先には、数十の魔力灯がある。
井戸も、倉庫も、人々の暮らしも。
「……すぐに屋敷へ知らせろ」
アルベルトは命じた。
「村の設備を、可能な限り停止させるように」
作業員が駆け出した。
ダリオは、なおも測定板を見つめていた。
針は、止まらない。
ゆっくりと。
しかし、確実に。
危険な領域へと近づいていた。




