最初の警告
異変が起きたのは、朝の鐘が鳴る少し前だった。
クレイヴェル領の北通りで、一基の魔力灯が突然、激しい光を放った。
「うわっ!」
荷車を引いていた男が、思わず手綱を離す。
白い光が一瞬、通りを照らした。
次の瞬間、乾いた破裂音が響いた。
パキンッ!
魔力灯を覆う透明な板が割れ、細かな破片が石畳に散らばる。
近くにいた人々が悲鳴を上げた。
「何だ!?」
「灯りが割れたぞ!」
幸い、通行人に怪我はなかった。
だが、灯りの支柱からは、細い煙が立ち上っていた。
知らせを受けた設備職人ダリオが駆けつけたときには、通りの一角が騒然としていた。
「下がってください! まだ触らないで!」
ダリオは人々を遠ざけ、測定板を取り出した。
針が大きく振れた。
「……何だ、これは」
通常なら、魔力灯が破損すれば反応は弱まる。
しかし、目の前の設備では、反応が不規則に増減していた。
ダリオはすぐに作業を中断した。
「誰か、屋敷へ知らせを! それから、この通りを一時通行止めにしてください!」
今までの不具合とは違う。
これは、明らかな事故だった。
◇
「北通りで魔力灯が破損した?」
父エドガーの声が、執務室に響いた。
報告に来たダリオは、額の汗を拭った。
「はい。幸い怪我人は出ていません。ただ、通常とは異なる魔力反応が確認されました」
「原因は?」
「現時点では不明です。外側の板が破損していますが、内部の星晶石は取り外せていません」
エドガーは机の上に広げた領地図を見つめた。
北通り。
西通り。
屋敷周辺。
そして、水車小屋。
これまで異常が報告された場所に、小さな印がつけられている。
「同じ原因なのか?」
「断定はできません。ただ、無関係として扱うのも危険です」
ダリオは慎重に答えた。
エドガーは頷いた。
「アルベルト。北通りの安全確保を頼む」
「承知しました」
「フィリップは倉庫の予備部品を再確認。使えるものと、使えないものを分けてくれ」
「分かりました」
「マリア。通行止めで困る家がないか確認してほしい」
「ええ。エリシアにも手伝ってもらいます」
家族が次々に動き出す。
シオンは、部屋の隅でその様子を見ていた。
北通りの魔力灯。
破損。
異常な魔力反応。
自分が感じた、あの二回の揺れ。
何かがつながっている気がした。
だが、証拠はない。
今度こそ、何か言うべきだろうか。
そう考えた瞬間、父がこちらを向いた。
「シオン」
「……はい」
「お前が見たという魔力の流れについて、もう一度教えてくれ」
シオンは息を呑んだ。
自分の話を、父は覚えていた。
「……細い糸みたいなものが、何本も重なっていた。そのうちの一本だけが、二回震えたんだ」
「北通りでも同じものを見たのか?」
「北通りでは見てない。でも、他の灯りでは似た揺れを感じた」
エドガーは頷いた。
「分かった。ありがとう」
「……それだけ?」
「十分だ。お前の話も、調査の手がかりになる」
シオンは父を見つめた。
父は、自分に解決を求めていない。
ただ、知っていることを聞いてくれた。
それだけで、胸の奥にあった緊張が少し和らいだ。
◇
昼過ぎ。
北通りでは、アルベルトが人々の誘導を行っていた。
通行止めになった道の両側には、木の柵が置かれている。
ダリオは、破損した魔力灯の周囲を慎重に調べていた。
「どうだ?」
アルベルトが尋ねる。
「外側の板は完全に割れています。ただ、星晶石そのものには大きな損傷がありません」
「なら、何が破裂したんだ?」
「内部の圧力が上がった可能性はあります。ですが、普通はこんな壊れ方をしません」
ダリオは眉をひそめた。
「それと、もう一つ気になることが」
「何だ?」
「水車小屋の魔力灯と、似た反応が出ています」
アルベルトの表情が変わった。
「停止後にも?」
「はい。こちらも、制御を止めた後に微弱な反応が残っています」
「……偶然とは思えないな」
「私もそう考え始めています」
ダリオは測定板を見つめた。
「ただ、何がつながっているのかが分からない」
アルベルトはしばらく考えた。
「父上に報告しよう。それと、北通りだけでなく、同じ型の設備を優先して調べてくれ」
「承知しました」
ダリオは頷いた。
そのとき、通りの向こうから一人の女性が駆け寄ってきた。
「アルベルト様!」
「どうしました?」
「うちの店の灯りも、今朝からおかしいんです!」
女性は息を切らしていた。
「何度も明るくなったり暗くなったりして……さっき、急に消えました」
アルベルトとダリオは顔を見合わせた。
「場所は?」
「東通りのパン屋です!」
東通り。
これまで異常が報告されていなかった場所だった。
アルベルトはすぐに判断した。
「ダリオ、そちらも確認してくれ。北通りは私が見ておく」
「分かりました!」
異常は、確実に広がっていた。
◇
夕方。
屋敷の執務室には、領地図を囲む家族の姿があった。
北通り。
西通り。
東通り。
屋敷周辺。
水車小屋。
赤い印が、少しずつ増えている。
「今日だけで、二か所増えたのか」
エドガーが低く呟いた。
アルベルトが頷く。
「はい。東通りのパン屋では、灯りが完全に消えました。怪我人はいませんが、営業に支障が出ています」
「原因は?」
「ダリオの見立てでは、星晶石の劣化だけでは説明しきれないそうです」
フィリップが紙を差し出した。
「父上、倉庫の在庫も確認しました。使える交換用の石は三個だけです」
「全部の交換は不可能だな」
「はい。しかも、型が違うので、そのまま使えないものもあります」
エドガーは深く息を吐いた。
「……分かった」
しばらく沈黙が続いた。
そのとき、シオンが口を開いた。
「父上」
「何だ?」
「同じ型の魔力灯だけが、おかしくなってるの?」
エドガーはアルベルトを見た。
「ダリオの報告では、古い型が多い。ただし、まだ全部は調べられていない」
「じゃあ、古い型だけが原因かどうかは分からないんだね」
「そうだ」
シオンは地図を見つめた。
異常が起きた場所は、村のあちこちに散らばっている。
けれど、何か共通点があるのではないか。
例えば、設置された時期。
使われている星晶石。
修理を担当した職人。
それとも――。
「……魔力灯って、全部別々に動いてるの?」
何気なく口にした質問だった。
エドガーが顔を上げた。
「どういう意味だ?」
「一つずつ石が入ってるけど、何かでつながってたりしないのかなって」
アルベルトが考え込んだ。
「ダリオに確認してみよう」
エドガーは頷いた。
「そうだな」
シオンは少し驚いた。
自分でも、思いつきに近い質問だった。
けれど、父たちはそれを笑わなかった。
前世の自分なら、きっと口にしなかっただろう。
そんなことは専門家が考えているはずだ。
そう思って、飲み込んでいた。
けれど、今回は違った。
分からないことを、分からないままにしない。
そのために、まず聞いてみる。
たったそれだけのことだった。
◇
翌朝。
ダリオは屋敷の執務室に呼ばれていた。
「魔力灯同士がつながっているか、ですか?」
エドガーの質問に、ダリオは少し驚いた顔をした。
「通常の魔力灯は、それぞれ独立して動きます。ただし、古い設備には例外もあります」
「例外?」
「昔の設備には、魔力を補助するための共通の導管を使っていたものがあるんです」
ダリオは古い図面を広げた。
「この領地にも、以前はそうした設備があったと聞いています。ただ、今も使われているかどうかは分かりません」
シオンは図面を覗き込んだ。
そこには、村の中心から外れへ向かって、細い線が何本も伸びていた。
「……これって」
シオンは思わず声を漏らした。
図面の線。
魔力灯の中で見えた細い糸。
似ている。
もちろん、図面は設備の配置を示しているだけだ。
同じものだとは限らない。
それでも、胸の奥がざわついた。
「ダリオさん」
「はい?」
「この線の先に、水車小屋もある?」
ダリオは図面を見直した。
そして、指を止めた。
「……ありますね」
執務室が静かになった。
「北通りも?」
シオンが続ける。
「……あります」
「東通りは?」
ダリオの指が、別の線を辿る。
「……ここもです」
アルベルトが低く呟いた。
「まさか」
エドガーは図面を見つめた。
古い設備。
複数の場所で起きた異常。
停止後にも残る魔力反応。
そして、かつて使われていた共通の導管。
もし、それらが今もつながっているのだとしたら。
「ダリオ」
エドガーの声が変わった。
「この導管が現在も機能している可能性は?」
「……否定できません」
「確認する方法は?」
「古い記録を調べる必要があります。それと、実際の設備も」
エドガーは頷いた。
「すぐに調査を始めてくれ」
「承知しました」
ダリオは図面を畳みかけた。
そのとき、シオンがもう一度口を開いた。
「父上」
「何だ?」
「もし、この線が本当につながってるなら……」
シオンは図面を見つめた。
「一つの灯りを止めても、別の場所から魔力が流れてくることって、あるのかな」
ダリオの手が止まった。
アルベルトも、エドガーも、何も言わなかった。
しばらくして、ダリオがゆっくりと口を開いた。
「……あり得ます」
その声は、先ほどまでより低かった。
「もし古い導管が生きていて、どこかから魔力が供給され続けているなら……停止した設備にも、反応が残る可能性があります」
シオンは息を呑んだ。
水車小屋の魔力灯。
停止しても消えなかった光。
北通りの破損した設備。
それらが、一本の線でつながっているかもしれない。
エドガーは図面の上に手を置いた。
「……これは、単なる設備の老朽化ではないかもしれないな」
誰も答えなかった。
窓の外では、いつもと変わらない朝の光が村を照らしている。
けれど、その地下に何が残されているのか。
今の彼らには、まだ分からなかった。




