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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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82/116

記録が選ぶもの

 古代の記録に、日本語ではなく英語が残されていた。


 それも、一つや二つではない。


 ORIGIN。


 OBSERVATION。


 RECORD。


 STATUS。


 この世界には存在しないはずの言葉が、数百年前の文献に並んでいた。


 そして、その一部は、俺たちが調べている地下装置に刻まれた言葉と一致している。


 偶然だと片づけるには、重なりすぎていた。


「……やっぱり、気になるよな」


 翌朝。


 俺は机に広げた紙を眺めながら呟いた。


 アレンさんから受け取った写しだ。


 その中でも、特に気になっている一文がある。


 ――記録は、見つけるものではない。見つけられるものだ。


 何度読んでも、意味が分からない。


 普通、記録というものは誰かが残し、それを別の誰かが発見するものだ。


 だが、この文章では逆になっている。


 まるで、記録そのものに意思があるような書き方だった。


「……考えても仕方ないか」


 俺は紙を折りたたみ、鞄へしまった。


 今日は授業が終わったら、王立魔導技術院へ向かうつもりだ。


 フィオナさんとレティシアさんなら、何か分かるかもしれない。


 もっとも、アレンさんのことをどこまで話すかは慎重に考える必要がある。


 日本の記憶を持っていること。


 それは、俺たち二人だけの秘密だ。


 少なくとも、今は。


     ◇


「シオン!」


 学園の門をくぐったところで、元気な声が飛んできた。


 カイルだった。


 隣にはディーンもいる。


「おはよう」


「おう! 聞いてくれよ!」


「何を?」


「昨日、ディーンから一本取った!」


「……正確には、最後の一本だけだ」


 ディーンが訂正する。


「一本は一本だろ!」


「その前に何本取られたかも考えた方がいい」


「細かいこと気にすんなって!」


 俺は笑った。


「でも、すごいじゃないか」


「だろ!?」


 カイルは嬉しそうに胸を張った。


「ヴァルターさんに言われたこと、ちょっと分かってきた気がするんだ」


「相手の動きを読むって話?」


「そうそう! 剣を見るんじゃなくて、足とか肩とか、そういうところを見ろって」


 ディーンが頷いた。


「ただ、まだ考えてから動いている。実戦では間に合わない場面も多い」


「お前はいつも厳しいな……」


「次にヴァルターさんと手合わせするとき、また何もできずに終わりたいのか?」


「それは嫌だ!」


 カイルが即答した。


 俺は二人を見ながら思う。


 あのヴァルターさんを相手にするなら、どれだけ強くなっても簡単には勝てないだろう。


 けれど、二人は本気で挑もうとしている。


 その姿勢は、素直にすごいと思う。


「シオンは今日、放課後どうするんだ?」


 カイルが尋ねた。


「技術院に行く予定なんだ」


「また研究か?」


「まあね」


「最近、忙しそうだな」


「ちょっと調べたいことがあって」


 ディーンが俺を見る。


「危険なことではないんだろうな?」


「……今のところは」


「その言い方が一番不安なんだが」


 俺は苦笑した。


「無茶はしないよ」


「本当か?」


「本当だって」


 カイルは少し考えてから、にやりと笑った。


「まあ、何かあったら呼べよ!」


「ありがとう」


「俺たちも、いつまでも守られる側じゃないからな!」


 ディーンも静かに頷いた。


 その言葉が、少し嬉しかった。


     ◇


 午前の授業が終わり、昼休みになった。


 俺は食堂へ向かう途中、ヴィオレッタと出会った。


「シオン」


「ヴィオレッタ。これから昼食?」


「ええ。よかったら一緒にどう?」


「もちろん」


 俺たちは並んで食堂へ向かった。


 以前なら、彼女が廊下を歩くだけで周囲の視線が集まっていた。


 今も注目されることはある。


 けれど、あからさまに距離を取る生徒は減っていた。


 正式な説明会の告知が出た影響だろう。


「……少し、変わったね」


 俺が言うと、ヴィオレッタは頷いた。


「そうね」


 彼女は周囲を見渡した。


「でも、まだ噂を信じている人もいると思うわ」


「……うん」


「仕方のないことよ。最初に広まった話の方が、人の記憶には残りやすいもの」


 その言葉は落ち着いていた。


 けれど、彼女が何も感じていないわけではない。


「来週、きちんと説明されれば変わるよ」


「そう願っているわ」


 席に着くと、ヴィオレッタは少しだけ表情を和らげた。


「それより、シオン」


「ん?」


「説明会が終わったあとの約束、覚えている?」


「もちろん」


「……本当に?」


「昨日も聞かれた気がするけど」


「そうだったかしら」


 ヴィオレッタは涼しい顔をしている。


 ただ、耳が少し赤い。


「どこか行きたい場所はある?」


 俺が尋ねると、彼女は考え込んだ。


「そうね……」


 そして、少し悪戯っぽく笑った。


「それは、シオンに考えてもらおうかしら」


「えっ、俺が?」


「ええ。誘ってくれるのでしょう?」


「……分かった。考えておく」


「楽しみにしているわ」


 そう言って微笑む彼女を見て、俺は少しだけ困った。


 これは、下手な場所を選べないな。


     ◇


 午後の授業が終わると、俺は王立魔導技術院へ向かった。


 研究室の扉を叩く。


「失礼します」


「おや、シオン君」


 レティシアさんが顔を上げた。


「今日はどうした?」


「少し見ていただきたいものがありまして」


「ほう?」


 フィオナさんも研究机から立ち上がった。


「シオン君、こんにちは」


「こんにちは、フィオナさん」


「何か新しいことが分かったんですか?」


「まだ分かったとは言えないんですけど……」


 俺は鞄から紙を取り出した。


「古い文献の一部を、写したものです」


 レティシアさんが興味深そうに受け取る。


「どこで見つけた?」


「古書を扱っている知人から、見せてもらいました」


「原本は?」


「今は所在が分からないそうです。これは、その人が以前に写していた記録を、さらに書き写したものです」


「なるほど。転写が重なっているなら、誤記の可能性も考えなければならないな」


「はい」


 レティシアさんは紙に目を落とした。


 そして、眉を上げる。


「……これは」


 フィオナさんが隣から覗き込んだ。


「どうしました?」


「この文字列だ」


 レティシアさんが指さす。


 ――ORIGIN / 07


 ――OBSERVATION


 ――STATUS : UNKNOWN


 フィオナさんの目が大きくなった。


「OBSERVATION……」


「はい。観測という意味です」


「シオン君が以前教えてくれた文字と、同じ形式ですね」


「そうなんです」


 レティシアさんは別の紙を見た。


 ――ORIGIN / 11


 ――RECORD


 ――STATUS : INCOMPLETE


「こちらは?」


「RECORDは記録、INCOMPLETEは不完全という意味です」


「ふむ……」


 レティシアさんは椅子に座り直した。


「ORIGINという単語は?」


「起源、あるいは始まりという意味があります」


「装置の名前か?」


「それは分かりません。ただ、番号が付いているので、記録の見出しとして使われている可能性はあると思います」


 レティシアさんは頷いた。


「安易に装置の名称と結びつけるべきではないな」


「はい」


 フィオナさんが、机の上から別の資料を持ってきた。


「シオン君。これを見てください」


 それは、オスカーさんの検査表だった。


「六つ目の反応が記録された部分です」


「……はい」


「昨日、ここに小さな記号があることに気づいたんです」


 フィオナさんは欄外を指さした。


 そこには、円弧と直線を組み合わせたような印があった。


「この記号、地下装置の外装にも似たものが刻まれていました」


「……本当ですか?」


「はい。ただし、完全に同じではありません」


 俺は二つの図を見比べた。


 確かに似ている。


 だが、線の一本が違っていた。


「……何かを区別しているんでしょうか」


「その可能性はあります」


 フィオナさんが頷く。


「例えば、観測された反応と、保存された記録を区別するための印かもしれません」


 俺は紙に目を落とした。


 OBSERVATION。


 RECORD。


 そして、六つ目の反応。


「……もしかして」


 思わず呟いた。


「何か思いついたか?」


 レティシアさんが尋ねる。


「いえ、まだ仮説なんですけど」


 俺は言葉を選んだ。


「オスカーさんの検査表にある六つ目の反応は、必ずしも六人目の人間を示しているわけじゃないんですよね?」


「そうだ」


「なら、装置が過去の記録を読み出して、それを新しい反応として表示した可能性はありませんか?」


 フィオナさんが目を見開いた。


「……記録の再現、ですか」


「はい」


 レティシアさんはしばらく考えた。


「理屈としてはあり得る。だが、記録された魔力反応を、実際の観測結果と区別できない形で表示する理由が分からない」


「……そうですよね」


「それに、単なる保存記録なら、供給停止後も反応が続いた理由を説明しきれない」


 俺は頷いた。


 まだ、決定的な何かが足りない。


 フィオナさんが静かに言った。


「でも、調べる価値はあると思います」


「フィオナさん?」


「もし装置が、現在の反応だけでなく、過去に観測した情報も扱えるのなら……」


 彼女は地下装置の図面を広げた。


「この球体の役割について、考え直す必要があります」


 透明な球体。


 その周囲を取り囲む輪。


 観測、識別、記録。


 装置に刻まれていた三つの言葉。


「……単なる測定器ではないのかもしれないな」


 レティシアさんが呟いた。


 俺は図面を見つめた。


 もしそうなら。


 あの装置は、何を記録していたのだろう。


 そして、どうして俺の魔力に反応したのだろう。


     ◇


「シオン君」


 資料をまとめていると、フィオナさんが声をかけてきた。


「はい?」


「この文献の写し、しばらくお借りしてもいいですか?」


「もちろんです」


「ありがとうございます。慎重に扱いますね」


 彼女は嬉しそうに紙を受け取った。


 レティシアさんが言う。


「こちらでも古い文献を当たってみよう。ただし、地下装置はまだ動かさない」


「はい」


「携行型の断片についても同様だ。安全性が確認できるまでは、接続実験はしない」


「分かりました」


 俺は頷いた。


 焦る必要はない。


 むしろ、焦って何かを壊してしまえば、取り返しがつかなくなる。


 そのとき、研究室の扉が叩かれた。


「失礼します」


 入ってきたのはアイリスさんだった。


「あ、シオン君も来てたんだ」


「こんにちは、アイリスさん」


「こんにちは」


 アイリスさんは俺に微笑んでから、フィオナさんへ視線を向けた。


「フィオナ、もう少しかかりそう?」


「いえ。ちょうど一区切りついたところです」


「そっか。じゃあ、待ってるね」


「はい」


 二人は自然に微笑み合った。


 何というか、以前よりも雰囲気が柔らかい。


 気のせいだろうか。


 レティシアさんが書類を閉じた。


「フィオナ、今日はここまでにしよう」


「はい」


 アイリスさんがフィオナさんの荷物を持とうとする。


「持つよ」


「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」


「じゃあ、半分だけ」


「ふふっ。それならお願いします」


 二人が並んで扉へ向かう。


 レティシアさんはその背中を見送った。


「……ふむ」


「どうかしましたか?」


 俺が尋ねると、レティシアさんは何でもないように首を振った。


「いや。何でもない」


 そして、少しだけ笑った。


「さて、我々も片づけるとしよう」


「はい」


 俺には、その笑みの意味がよく分からなかった。


     ◇


 同じ頃。


 騎士団本部では、ユリウスが古い搬送記録を確認していた。


 地下装置が現在の保管場所へ移された際の資料だ。


 当時の責任者。


 搬送経路。


 立ち会った技術者。


 記録に残された名前を、一つずつ確認していく。


「……やはり、ここが不自然ですね」


 ユリウスは小さく呟いた。


 搬送記録の一部に、日付の空白があった。


 前後の書類には連続した管理番号が振られている。


 しかし、その間の一枚だけが存在しない。


 単なる紛失かもしれない。


 だが、王家の管理下にあった古代装置の記録だ。


 簡単に見過ごすわけにはいかなかった。


「ユリウス」


 背後から声がした。


 振り返ると、ガルドが立っていた。


「団長」


「何か見つかったか?」


「はい。搬送記録の一部が欠けています」


「欠けてる?」


「正確には、管理番号が一つ飛んでいます」


 ユリウスは資料を差し出した。


 ガルドはしばらく眺めたあと、眉をひそめた。


「……確かに妙だな」


「当時の担当部署に照会しようと思います」


「頼む」


 ガルドは頷いた。


「しかし、お前はよくこういう細かいところに気づくな」


「仕事ですから」


「俺だったら、番号が一つ飛んでるくらいじゃ気づかなかったかもしれねえ」


「団長は、書類を読むより現場で判断する方がお得意ですから」


「おい。それ、褒めてるのか?」


「もちろんです」


 ユリウスは真面目に答えた。


 ガルドは豪快に笑った。


「ははっ! なら、そういうことにしとくか!」


 その笑顔に、ユリウスも小さく微笑む。


「そういえば」


 ガルドが思い出したように言った。


「昨日の店、なかなかよかったな」


「ええ。料理も美味しかったです」


「特に肉がな!」


「……やはり、そこですか」


「何だよ、その顔は」


「いえ。予想どおりだと思いまして」


「お前なあ……」


 ガルドは苦笑した。


 そして、ふとユリウスの肩を軽く叩いた。


「まあ、また行こうぜ」


「……はい」


 たった、それだけの言葉。


 けれど、ユリウスの胸は小さく跳ねた。


 ガルドにとっては、気心の知れた部下との何気ない約束なのだろう。


 それでも、自分にとっては違う。


「……団長」


「ん?」


「私は……」


 言いかけて、止まる。


 ガルドが不思議そうに首を傾げた。


「どうした?」


「……いえ。何でもありません」


「そうか?」


「はい」


 ユリウスは微笑んだ。


 まだ、言えない。


 この人の隣に立てるようになった今だからこそ。


 その関係が変わってしまうことが、怖かった。


     ◇


 夕方。


 技術院を出た俺は、王都の通りを歩いていた。


 今日の話し合いで、少しだけ考えが整理された。


 ORIGINという記録。


 観測と記録。


 そして、六つ目の反応。


 どれも、まだ結論には至っていない。


 けれど、何も分からなかった頃とは違う。


「……あとは、あの印か」


 アレンさんの手帳にあった蔵書印。


 円の中に、三本の線が交差する印。


 あれが何を意味するのか。


 もし同じ印が別の文献にも残っていれば、記録の出どころを追えるかもしれない。


 そう考えながら歩いていると、不意に背後から声がした。


「……シオン君?」


 振り返る。


 そこに立っていたのは、見覚えのある青年だった。


「アレンさん?」


 昨日会ったばかりのアレンさんが、少し驚いた顔をしている。


「偶然だね。こんなところで会うなんて」


「そうですね。買い物ですか?」


「うん。ちょっと調べ物のついでにね」


 アレンさんは手にした紙袋を軽く持ち上げた。


 その中には、何冊かの古い本が入っているようだった。


「そういえば、昨日の資料なんだけど」


「はい」


「少し気になることを思い出したんだ」


 俺は足を止めた。


「何ですか?」


「例の蔵書印だよ」


「円の中に三本の線がある印ですか?」


「そう」


 アレンさんは周囲を一度見回した。


 それから、声を落とした。


「昔、あの印とよく似たものを、別の場所で見た気がするんだ」


「……どこですか?」


「王都の古い資料館だよ」


「資料館?」


「ああ。今は一般公開されていない区画に、古い寄贈品の目録が残っているはずなんだ」


 俺は眉をひそめた。


「一般公開されていないんですか?」


「うん。だから、すぐに確認できるとは限らない」


 アレンさんは少し困ったように笑った。


「ただ、僕には昔、そこで働いていた知人がいる。連絡を取ってみようと思ってるんだ」


「……ありがとうございます」


「まだ何も分かったわけじゃないよ」


 アレンさんは肩をすくめた。


「でも、手がかりにはなるかもしれない」


 俺は頷いた。


 少しずつ。


 本当に少しずつだが、道が見え始めている。


 そのときだった。


 アレンさんが、不意に表情を変えた。


「……シオン君」


「はい?」


「今日は、まっすぐ帰った方がいい」


「……え?」


 彼の視線は、俺の背後へ向けられていた。


 俺も振り返る。


 夕暮れの通り。


 行き交う人々。


 特に変わった様子はない。


「何かあったんですか?」


 アレンさんは少し考えてから答えた。


「……気のせいかもしれない」


 けれど、その声はどこか硬かった。


「昨日から、誰かに見られているような気がするんだ」


 俺の背筋に、冷たいものが走った。


「……誰に?」


「分からない」


 アレンさんは静かに言った。


「でも、例の記録を調べ始めてからだ」


 俺はもう一度、通りを見渡した。


 夕暮れの人混み。


 誰も、こちらを見ていない。


 少なくとも、そう見えた。


「……気をつけます」


「うん」


 アレンさんは頷いた。


「それと、資料館の件は僕の方で調べておくよ。君は無理をしないで」


「分かりました」


 俺たちはそこで別れた。


 歩き出してからも、俺は何度か振り返った。


 誰かがついてくる気配はない。


 けれど。


 昨日の言葉が、頭から離れなかった。


 ――記録は、見つけるものではない。


 ――見つけられるものだ。


 もし、その言葉が単なる比喩ではないとしたら。


 俺たちは今、何に見つけられようとしているのだろう。


     ◇


 その夜。


 王都の外れにある、古びた建物。


 薄暗い部屋の中で、一人の男が小さな金属板を机に置いた。


 表面には、細かな線が刻まれている。


 男はしばらく、それを見つめていた。


「……記録の断片が、まだ残っている」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 机の上には、古い地図が広げられていた。


 王都。


 学園。


 そして、いくつかの古い施設。


 そのうちの一か所に、印が付けられている。


「だが、まだ足りない」


 男は金属板を持ち上げた。


 薄い光が、その表面を一瞬だけ走る。


「……本来の対象を見つけなければ」


 光は、すぐに消えた。


 男は静かに笑った。


「今度こそ、間違えない」


 窓の外では、夜の風が吹いていた。


 誰も知らない場所で。


 止まっていた何かが、再び動き始めようとしていた。

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