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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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失われた記憶の断片

 日本語が通じる相手がいる。


 それだけで、世界の見え方が少し変わるものらしい。


 アレンと出会ってから三日。


 俺は授業中、何度も窓の外を見てしまっていた。


 王立総合学園の魔法理論の授業。


 今日の内容は、魔力回路における干渉と残留魔力の関係についてだった。


 普段なら興味を引かれる話だ。


 けれど、今の俺の頭は別のことでいっぱいだった。


「……シオン」


「ん?」


「そこ、さっき先生が説明していたところだよ」


 隣の席からエリオットに小声で注意される。


「あ、悪い」


「珍しいね。シオンが授業に集中していないなんて」


「ちょっと考え事をしてた」


「また古代魔導技術のこと?」


「……まあ、そんなところ」


 嘘ではない。


 ただ、考えていたのは魔導技術だけではなかった。


 アレンが覚えている日本。


 俺が覚えている日本。


 同じ国の記憶を持つ二人が、どうしてこの世界で生きているのか。


 それを知る手がかりが、数百年前の文献にあるかもしれない。


 そう考えると、どうしても落ち着かなかった。


「……シオン」


 今度は反対側から声がした。


 リシアだ。


「考え事をするのはいいけれど、先生がこちらを見ているわ」


「えっ?」


 慌てて前を向く。


 教壇に立つ教師と、ばっちり目が合った。


「シオン君。今説明した魔力回路の特性について、答えてもらえますか?」


「……はい」


 まずい。


 完全に聞いていなかった。


 俺が立ち上がると、隣でエリオットが小さくため息をついた。


 リシアは涼しい顔で教科書に目を落としている。


 どうやら、助け舟は期待できそうにない。


「……魔力回路に残留した魔力は、供給を停止したあとも一定時間、干渉を引き起こす場合があります」


 とりあえず、覚えている知識を口にする。


 教師は頷いた。


「そのとおりです。では、その干渉を観測した場合、必ずしも現在進行形の魔力供給が存在するとは限らない、ということですね」


「……はい」


「よろしい。座ってください」


 俺は内心で安堵しながら腰を下ろした。


 エリオットが小声で言う。


「よく答えられたね」


「偶然だよ」


「偶然にしては、ずいぶん的確だったけど」


 リシアが静かに微笑む。


「シオンは、興味のあることだけはよく覚えているもの」


「……否定できないな」


 俺は苦笑した。


 ただ、今の説明は妙に引っかかった。


 供給が止まったあとも、残留した魔力が反応を引き起こす。


 オスカーさんの検査表にあった、六つ目の反応。


 あれも、同じような現象なのだろうか。


 だが、単なる残留魔力なら、どうして「所在不明の観測対象」と記録されたのか。


 やはり、まだ分からないことが多すぎる。


     ◇


 授業が終わると、エリオットが教科書を閉じながら声をかけてきた。


「シオン、最近ずいぶん古代の記録について調べているよね」


「そうだな」


「何か面白い資料でも見つけたの?」


 少し迷う。


 エリオットは魔力回路の研究に詳しい。


 相談すれば、役に立つことがあるかもしれない。


 けれど、地下装置のことを勝手に話すわけにはいかない。


「……まだ、はっきりしたことは分かってないんだ」


「そっか」


 エリオットは少し残念そうにしながらも、すぐに笑った。


「もし魔力回路について調べたいことがあったら、いつでも聞いてよ」


「ありがとう。助かるよ」


 リシアが横から口を開いた。


「ただし、エリオットに質問すると長くなるわよ」


「リシア、それはどういう意味かな?」


「先週、私が結晶回路のことを一つ尋ねたら、説明が終わるまで昼休みがなくなったでしょう?」


「それは途中から重要な話になったからだよ!」


「そうね。途中から私の質問とは違う話になっていたわ」


「……うっ」


 エリオットが言葉に詰まる。


 俺は思わず笑ってしまった。


「じゃあ、質問するときは時間に余裕を持つよ」


「シオンまで!」


 エリオットの抗議に、リシアが小さく笑った。


 こんな時間が、今の俺の日常だ。


 日本の記憶を持つ人間と出会ったからといって、この世界で積み重ねてきたものが消えるわけじゃない。


 そのことだけは、忘れないでいたかった。


     ◇


 昼休み。


 学園の廊下を歩いていると、掲示板の前に人だかりができていた。


「何かあったのか?」


 近くにいた生徒に尋ねる。


「ああ。来週の説明会の案内だよ」


「説明会?」


「ほら、ヴィオレッタ様の件」


 俺は足を止めた。


 掲示板には、学園の印が押された告知が貼られていた。


 内容は簡潔だった。


 来週、学園関係者および関係生徒を対象として、過去の申し立てに関する正式な説明が行われる。


 当日は王家からの出席者も予定されている。


 具体的な名前こそ書かれていないが、何の件なのかは誰の目にも明らかだった。


「今さら説明するのか」


「でも、噂が広がったときは大騒ぎだっただろ」


「そういえば、エミリアが話を撤回したって聞いたけど……」


「本当なのかな」


 周囲から、そんな声が聞こえてくる。


 俺は告知を見つめた。


 ようやく、ここまで来た。


 だが、これで終わりというわけではない。


 ヴィオレッタが失ったものを、どこまで取り戻せるのか。


 それは、来週の説明次第でもある。


「シオン」


 振り返ると、ヴィオレッタが立っていた。


「ヴィオレッタ」


「見ていたのね」


「うん。今、知ったところ」


 彼女も掲示板へ目を向けた。


 金色の髪が、窓から差し込む光を受けて輝いている。


「正式に告知されたのね」


「……大丈夫?」


 俺が尋ねると、ヴィオレッタは少し考えてから答えた。


「正直に言えば、まだ緊張しているわ」


「そっか」


「でも、逃げたくはないの」


 その声には、静かな強さがあった。


「私がしていないことを、していないと認めてもらう。それだけのことに、随分と時間がかかってしまったけれど」


「……うん」


「ようやく、前に進める気がするの」


 俺は頷いた。


「当日は、俺もいるよ」


 ヴィオレッタがこちらを見る。


「……ありがとう、シオン」


 彼女は微笑んだ。


「その言葉だけで、十分心強いわ」


 そして、少しだけ声を落とす。


「終わったら、約束どおり……一緒に過ごしてくれる?」


「もちろん。覚えてるよ」


「よかった」


 ヴィオレッタは嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見て、俺は改めて思う。


 来週の説明が、彼女にとって本当の意味での区切りになればいい。


     ◇


 放課後。


 学園の訓練場では、カイルとディーンが木剣を交えていた。


「はあっ!」


 カイルが踏み込む。


 勢いのある一撃。


 しかし、ディーンは正面から受けず、身体を半歩ずらした。


 木剣が空を切る。


「くそっ!」


 カイルはすぐに体勢を立て直した。


「今のは読まれていたな」


 ディーンが言う。


「分かってる!」


「なら、次はどうする?」


「こうする!」


 カイルは再び踏み込んだ。


 今度は剣を振る直前に足を止める。


 ディーンが反応した瞬間、逆方向へ回り込んだ。


「……っ!」


 木剣がディーンの肩へ向かう。


 だが、寸前で受け止められた。


 乾いた音が響く。


「……惜しい!」


 カイルが悔しそうに叫んだ。


 ディーンは少し驚いたように笑った。


「今のは悪くなかった」


「だろ!?」


「ただ、最後に目線が動いた」


「そこまで見てたのかよ!」


「ヴァルターさんに教わったことだ」


 カイルは口を尖らせた。


「……あの人、本当に何でも見抜くよな」


「だからこそ、学ぶことが多い」


 二人は再び剣を構えた。


 前回の手合わせから、訓練の内容が変わっていた。


 ただ速く振る。


 ただ強く打つ。


 それだけではなく、相手がどう動くかを考えるようになっていた。


「次こそ一本取る!」


「簡単には取らせない」


 木剣の音が、夕方の訓練場に響いた。


     ◇


 同じ日の午後。


 王立魔導技術院では、フィオナが研究机に向かっていた。


 机の上には、オスカー・ベルンの検査表の写しと、古代文字の対応表が広げられている。


「……やっぱり、似ていますね」


 フィオナが呟いた。


 レティシアが顔を上げる。


「何がだ?」


「この記号です」


 フィオナは検査表の一角を指さした。


 六つ目の反応が記録された欄。


 その端に、小さな印が付けられていた。


「昨日までは、単なる欄外記号だと思っていたのですが……」


 彼女は別の紙を取り出した。


 地下装置の外装に刻まれていた記号の写しだ。


「形が似ています」


 レティシアが身を乗り出した。


「……確かに」


 二つの記号は、完全に同じではなかった。


 片方は線が一本欠けている。


 しかし、全体の構造はよく似ていた。


「識別記号か?」


「可能性はあります。ただ、意味までは分かりません」


「欠けた線が、単なる損傷とも限らないな」


「はい。意図的な区別かもしれません」


 レティシアは腕を組んだ。


「記録と観測対象を区別する印、という可能性もあるか」


「それも考えられます」


 フィオナは慎重に答えた。


「ただし、現時点では断定できません」


「分かっている」


 レティシアは頷いた。


「だからこそ、装置を動かす前に調べるんだ」


 そのとき、研究室の扉が叩かれた。


「失礼します」


 入ってきたのはアイリスだった。


「アイリスさん!」


 フィオナの表情が、ぱっと明るくなる。


「お疲れさま、フィオナ」


 アイリスは微笑みながら近づいた。


「研究は順調?」


「はい。少しだけ進展がありました」


「そう。よかった」


 アイリスはフィオナの隣に立った。


 その距離は、以前とほとんど変わらない。


 けれど、フィオナが顔を上げると、アイリスは自然に微笑み返した。


 それだけの、何気ないやり取りだった。


「アイリス、今日は巡回の帰りか?」


 レティシアが尋ねる。


「はい。近くまで来たので、少し顔を出そうと思って」


「そうか」


 レティシアは頷き、再び資料へ視線を落とした。


「フィオナ、今日はこの辺りで切り上げていいぞ」


「えっ? でも、まだ比較したい箇所が……」


「急いで結論を出す必要はない。明日、続きを確認しよう」


「……分かりました」


 フィオナは資料を丁寧にまとめ始めた。


 アイリスも、その隣で紙を揃えるのを手伝う。


「ありがとう、アイリスさん」


「これくらい、いいよ」


 二人の指先が、同じ紙の端に触れた。


 フィオナが顔を上げる。


 アイリスは少し照れくさそうに笑った。


 フィオナも、つられるように微笑む。


 レティシアはその様子を横目で見ていた。


 以前から仲のいい二人だった。


 けれど、今日はどこか雰囲気が違う。


 何が変わったのか、はっきりとは分からない。


 ただ、二人とも幸せそうだった。


「それでは、レティシアさん。お先に失礼します」


「ああ。お疲れさま」


「失礼します」


 アイリスも軽く頭を下げた。


 二人が研究室を出ていく。


 扉が閉まる直前、廊下からフィオナの楽しそうな笑い声が聞こえた。


 レティシアは手元の資料を見つめたまま、小さく笑った。


「……ふむ」


 それ以上は何も言わず、再び記号の比較作業に戻った。


     ◇


 夕方。


 俺は学園を出て、古書店へ向かっていた。


 アレンとの約束の日だ。


 街の通りには、仕事を終えた人々が行き交っている。


 露店からは焼き菓子の甘い匂いが漂い、少し離れた場所では商人が客を呼び込んでいた。


 何度も歩いた道なのに、今日は妙に長く感じる。


 やがて、目的の店が見えてきた。


 古びた木製の看板。


 窓際に積まれた本。


 扉を開けると、小さな鈴が鳴った。


「いらっしゃいませ」


 店主が顔を上げる。


「あの、アレンさんは……」


「奥にいるよ。話は聞いている」


「ありがとうございます」


 俺は店の奥へ進んだ。


 前回と同じ小部屋。


 そこに、アレンが座っていた。


「やあ、シオン君」


「こんにちは、アレンさん」


「約束どおり来てくれたね」


 アレンは穏やかに笑った。


 机の上には、一冊の薄い手帳が置かれている。


「それが……?」


「ああ。見つかったよ」


 彼は手帳を軽く叩いた。


「昔、文献の写しを読んだときの覚え書きだ」


 俺は思わず身を乗り出した。


「見せてもらってもいいですか?」


「もちろん。そのために呼んだんだから」


 アレンは手帳を開いた。


 紙は少し黄ばんでいる。


 細かな文字が、何ページにもわたって書き込まれていた。


 この世界の文字。


 そして、その間に混じる見覚えのあるアルファベット。


 俺は息を止めた。


「……本当に、書いてある」


「うん」


 アレンは頷いた。


「最初に見たときは、何かの偶然だと思った。でも、何度も同じ単語が出てきたんだ」


 彼は一つのページを指さした。


 そこには、こう書かれていた。


 ――ORIGIN / 04


 ――ORIGIN / 07


 ――ORIGIN / 11


「……番号が飛んでる」


「そうなんだ」


 アレンは頷いた。


「僕が見た写しにも、すべての記録が揃っていたわけじゃない。少なくとも、四番、七番、十一番はあった」


「他には?」


「見出しの後ろに、短い文章があった。ただ、ほとんどが読めなかった」


 彼はページをめくった。


「これは、そのとき写し取れた部分だよ」


 俺は手帳を覗き込んだ。


 そこには、途切れ途切れの文字列が並んでいた。


 ――ORIGIN / 07


 ――OBSERVATION


 ――STATUS : UNKNOWN


「……英語だ」


 思わず呟く。


 アレンが頷いた。


「僕にも、そう見えた」


「OBSERVATION……観測」


「そう。STATUSは状態、UNKNOWNは不明」


 俺の背筋に、冷たいものが走った。


 観測。


 その言葉は、地下装置にも刻まれていた。


 偶然だろうか。


 だが、ここでアレンに装置のことを話すわけにはいかない。


「……この文章は、全部同じ記録にあったんですか?」


「いや。そこが重要なんだ」


 アレンは別のページを開いた。


「見出しは同じ形式だったけど、内容は少しずつ違っていた」


 彼が指さしたのは、別の文字列だった。


 ――ORIGIN / 11


 ――RECORD


 ――STATUS : INCOMPLETE


「……不完全な記録?」


「そう読めるね」


 俺は手帳を見つめた。


 観測。


 記録。


 不明。


 不完全。


 どれも、地下装置に関わる言葉と重なっている。


「アレンさん」


「何だい?」


「この文献は、どこで見たんですか?」


 アレンは少し考えた。


「古い個人蔵書の整理を手伝ったときだよ。持ち主は、地方の旧家だった」


「場所は?」


「王都から北西に数日ほどのところ。今はその家もなくなっているはずだ」


「……そうですか」


「ただ、文献そのものの来歴については、少し記録が残っていた」


 アレンは手帳の後ろの方を開いた。


「写しの表紙に、古い蔵書印が押されていたんだ」


「蔵書印?」


「ああ。僕は当時、意味が分からなくて形だけ写した」


 そこには、円の中に三本の線が交差するような印が描かれていた。


 俺は眉をひそめた。


 見覚えがある気もする。


 けれど、どこで見たのか思い出せない。


「……これ、何の印なんでしょう」


「分からない。ただ、普通の家紋とは少し違う気がする」


 アレンは手帳を閉じかけて、ふと思い出したように言った。


「それと、もう一つ」


「何ですか?」


「当時の僕は、文章の意味ばかり気にしていた。でも、今考えると妙なことがある」


 アレンは俺を見た。


「この記録には、人の名前らしいものが一つもなかった」


「……名前が?」


「ああ。少なくとも、僕が読めた範囲にはね」


 俺は黙って続きを待った。


「代わりに、番号と状態が並んでいた」


 アレンは指先で手帳を叩いた。


「まるで、人間ではなく、何かの対象を管理するための記録みたいだった」


 俺の胸が、強く脈打った。


 対象。


 識別。


 観測。


 地下装置の言葉が、頭の中でつながりかける。


 けれど、まだ足りない。


 重要な何かが欠けている。


「……シオン君」


 アレンが静かに声をかけた。


「君、何か知っているんじゃないか?」


 俺は顔を上げた。


 彼の表情は穏やかだった。


 だが、その目は真剣だった。


「どうして、そう思うんですか?」


「さっきから、君は驚いているけど……知らない言葉を見た人の驚き方じゃない」


 アレンは少し笑った。


「何かと照らし合わせているように見える」


 鋭い。


 俺は返答に迷った。


 アレンは続ける。


「無理に話さなくてもいいよ」


「……え?」


「君にも事情があるだろうから」


 彼は手帳を閉じた。


「僕だって、日本の記憶を誰にでも話してきたわけじゃない」


 その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。


「……ありがとうございます」


「ただ、一つだけ約束してほしい」


「何ですか?」


「もし、この記録に関係するものを見つけても、一人で調べないこと」


 アレンの声が、少し低くなった。


「理由は?」


「古い文献を扱っていると、時々あるんだ」


 彼は視線を落とした。


「読むべきではないものを、読んでしまうことが」


 俺は息を呑んだ。


「……何かあったんですか?」


「昔、同じ文献を調べていた人がいた」


「その人は?」


 アレンはすぐには答えなかった。


「詳しいことは分からない。ただ、その人は調査を途中でやめたらしい」


「やめた?」


「ああ。残された手紙には、短い一文だけがあった」


 彼は手帳の最後のページを開いた。


 そこには、この世界の文字で一文が記されていた。


 アレンが静かに読み上げる。


「――記録は、見つけるものではない。見つけられるものだ」


 部屋が、急に静かになった気がした。


 俺は、その言葉を頭の中で繰り返した。


 記録は、見つけられるもの。


 誰に?


 何によって?


 そして、何のために?


「……意味が分かりませんね」


 俺が言うと、アレンは頷いた。


「僕にも分からない」


 それから、少しだけ笑った。


「だから、ずっと気になっているんだ」


     ◇


 同じ頃。


 騎士団本部では、ガルドとユリウスが新たな資料を確認していた。


「技術院からの報告か」


 ガルドが言った。


「はい」


 ユリウスは書類を差し出した。


「オスカー氏の検査表に記された欄外記号が、地下装置の外装に刻まれた記号と類似しているそうです」


「同じものなのか?」


「まだ断定はできません」


「そうか」


 ガルドは書類を眺めた。


「相変わらず、分からねえことだらけだな」


「ええ。ただ、調査の方向性は少しずつ見えてきています」


「なら、次はどうする?」


「技術院には記号の比較を続けてもらいます。我々は、過去の搬送記録をもう一度確認すべきかと」


「理由は?」


「装置の移送時に六つ目の反応が記録されています。もし、その反応が単なる残留魔力ではなかった場合、搬送に関わった人物や経路に手がかりが残っている可能性があります」


 ガルドは頷いた。


「なるほどな。じゃあ、その調査はお前に任せる」


「承知しました」


「必要な人員は好きに使え。俺からも話を通しておく」


「ありがとうございます」


 ユリウスが書類をまとめようとすると、ガルドが口を開いた。


「それにしても、お前は本当に仕事が早いな」


「……そうでしょうか」


「そうだろ。俺が一つ考えている間に、お前は三つくらい先まで考えてやがる」


「団長は、判断が早いですから」


「お、褒めてるのか?」


「もちろんです」


 ユリウスは真面目な顔で答えた。


 ガルドは豪快に笑った。


「ははっ! お前にそう言われると悪い気はしねえな!」


 その笑顔を見て、ユリウスも小さく微笑んだ。


「……私も、団長にそう言っていただけると嬉しいです」


「ん?」


「いえ。何でもありません」


 ガルドは首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。


「よし。今日はここまでにするか」


 そう言って立ち上がる。


「そうだ、ユリウス。飯でも食いに行かねえか?」


「今からですか?」


「おう。最近できた店があるらしい。評判がいいんだと」


「団長が新しい店に興味を持たれるとは珍しいですね」


「お前、俺を何だと思ってる?」


「……肉料理以外には、あまり関心がない方かと」


「おい!」


 ユリウスは思わず笑った。


「冗談です」


「まったく……。お前も言うようになったな」


 ガルドは苦笑しながら扉へ向かう。


「で、どうする?」


「もちろん、ご一緒します」


「よし、決まりだ!」


 先を歩くガルドの背中を、ユリウスは追いかけた。


 かつては、少しでもその背中に近づきたくて必死だった。


 今は、同じ騎士団を率いる立場にいる。


 隣に立つことも、こうして食事に誘われることも、当たり前になった。


 それでも。


 何気ない一言に胸が高鳴ることだけは、昔から変わらない。


 ユリウスは誰にも気づかれないよう、小さく息を吐いた。


 そして、ガルドの隣に並んだ。


     ◇


 古書店を出る頃には、空が茜色に染まっていた。


 俺はアレンから借りた手帳の写しを、大切に鞄へしまった。


 もちろん、原本ではない。


 必要な部分だけを、アレンが新しい紙に書き写してくれたものだ。


 ――ORIGIN / 07。


 ――OBSERVATION。


 ――STATUS : UNKNOWN。


 そして。


 ――記録は、見つけるものではない。見つけられるものだ。


 意味は、まだ分からない。


 だが、これまで別々に存在していた情報が、少しずつ重なり始めている。


 古代の文献。


 地下の装置。


 そして、日本の記憶を持つ人間。


 俺は空を見上げた。


 夕暮れの向こうに、一番星が輝き始めている。


「……偶然、なのか?」


 誰に聞かせるでもなく呟く。


 答えは返ってこない。


 けれど、一つだけ確かなことがあった。


 俺はもう、この謎を見なかったことにはできない。


 ただし、一人で抱え込むつもりもなかった。


 フィオナさんたちには、今回見つかった記録のことを伝えよう。


 アレンの前世については、本人の了承なく話すべきではない。


 それでも、文献に残された文字の情報なら、相談できるはずだ。


 俺は歩き出した。


 明日、技術院へ行こう。


 そう決めたときだった。


 鞄の中で、紙がかすかに擦れる音がした。


 俺は足を止めた。


 風だろうか。


 それとも、鞄の留め具が緩んだだけか。


 確認してみたが、特に変わった様子はない。


「……気のせいか」


 俺は鞄を閉じた。


 そして、再び歩き出す。


 背後の街路には、人々の足音と話し声が満ちていた。


 その中に紛れて、一人の男が古書店の前で足を止めた。


 地味な外套をまとい、深く帽子をかぶった男だった。


 男は店の看板を見上げる。


 そして、小さく呟いた。


「……ここにも、記録が残っていたか」


 その手には、小さな金属板が握られていた。


 表面には、細かな線が刻まれている。


 男はしばらく店を見つめたあと、静かに踵を返した。


 夕暮れの人混みの中へ、その姿が消えていった。

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