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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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異郷の言葉

 共鳴。


 昨日、フィオナさんから教えられた言葉を、俺は何度も頭の中で繰り返していた。


 異なる魔力が互いに影響し、一方がもう一方の変化に合わせて動く現象。


 古い魔導資料に記されていた名称らしい。


 ただし、俺の身に起きていることが、それと完全に同じなのかは分からない。


 それでも、名前がついただけで少し安心した。


 正体不明の感覚を、いつまでも「胸の奥が変な感じになる」と説明するのは難しかったからだ。


「……シオン、聞いてる?」


「ん?」


 顔を上げると、エリオットが呆れたようにこちらを見ていた。


「だから、昨日の地下装置の話!」


「ああ。聞いてるよ」


「絶対聞いてなかったでしょ」


「……半分くらいは」


「半分!?」


 エリオットが大げさに肩を落とす。


 向かいに座っていたリシアが、小さく笑った。


 昼休みの食堂。


 俺たちは、いつものように昼食を取っていた。


「それで、地下にあった装置って、どんな形だったの?」


 リシアが尋ねる。


「金属の輪がいくつも重なってて、真ん中に透明な球が浮かんでた」


「浮かんでた?」


「ああ。支えもなしに」


 エリオットの目が輝いた。


「魔力浮遊機構だ! しかも長期間維持されてたなら、相当高度な技術だよ!」


「……お前、見たかっただろ」


「当たり前だよ!」


 即答だった。


 俺は思わず笑った。


 ただ、笑いながらも、あの光景を思い出していた。


 球体の中に浮かんでいた無数の光点。


 そして、俺が近づいたときに輝いた、一つの光。


 あれは、何だったのだろう。


「……シオン?」


 リシアが俺を見た。


「また考え込んでる」


「……ちょっとな」


「昨日のこと?」


「ああ」


 俺は、少し迷ってから続けた。


「俺が近づいたら、装置が反応したんだ」


 エリオットの表情が変わった。


「……本当に?」


「フィオナさんたちも確認してた。ただ、俺に反応したのかどうかは、まだ分からないって」


「……なるほど」


 リシアは、しばらく考えた。


「だったら、あまり一人で抱え込まない方がいいわ」


「……そうだな」


「何か分かったら、私たちにも教えて」


 俺は、二人を見た。


 エリオットは期待に満ちた顔をしている。


 リシアは、いつもどおり落ち着いていた。


「……ありがとう」


 そう言うと、エリオットが笑った。


「もちろん!」


     ◇


 王立魔導技術院。


「……これ、どう思う?」


 レティシアが、机の上に金属片を置いた。


 エミリアが持たされていた、小さな部品だ。


 隣には、時計塔地下の装置を写し取った図面が広げられている。


 フィオナは、差込口の寸法を確認した。


「形状は一致しています」


「でしょうね」


「ただ、接続部分の摩耗を見る限り、長い間使われていたようです」


 レティシアは頷いた。


「問題は、どこで使われていたかよ」


 彼女は、図面の一部を指した。


「時計塔の装置には、この部品を差し込めそうな場所があった。でも、同じ規格の装置が他にも存在するなら、話は変わってくる」


「……観測点が複数ある可能性ですね」


「そう」


 レティシアは、王都の地図を広げた。


 西区画。


 中央区画。


 東区画。


 魔導具の異常が発生した場所には、赤い印がつけられている。


「昨日の装置から、地下へ配線が伸びてたでしょ」


「はい」


「そのうち何本かは、時計塔の外へ続いてた」


 フィオナは、顔を上げた。


「……王都の別の場所へ?」


「まだ分からない。でも、地下の構造を調べれば、行き先を絞れるかもしれない」


 レティシアは、指で地図をなぞった。


「少なくとも、時計塔だけで完結する装置じゃなさそうね」


 フィオナは、机の上の古い資料へ目を向けた。


 そこには、昨日確認した文字が記されている。


 ――外来性反応。


「……レティシアさん」


「何?」


「この分類について、何か心当たりはありますか?」


 レティシアは文字を覗き込んだ。


「外来性……ね」


 少し考える。


「普通なら、外部から持ち込まれた魔力のことだと思うけど」


「私も、最初はそう考えました」


「違うの?」


「断定はできません。ただ……」


 フィオナは、別の記録を取り出した。


「この装置は、魔力そのものだけでなく、対象の反応を識別する構造になっています」


「……つまり?」


「単に外部から流れ込んだ魔力を測るだけなら、対象を識別する必要がありません」


 レティシアは、腕を組んだ。


「……人を区別してる可能性があるってことね」


「はい」


「何を基準に?」


 フィオナは首を振った。


「それが、分からないんです」


 研究室に、短い沈黙が落ちた。


     ◇


 午後。


 王都騎士団本部では、ガルドとユリウスが古い保管記録を調べていた。


「……やっぱり、記録が足りねえな」


 ガルドが、分厚い書類を机へ置いた。


 ユリウスは頷いた。


「意図的に削除された部分が多すぎます」


 王立保管局が管理していた検査装置。


 識別系統・第七種。


 その装置がどこへ移されたのか。


 誰が管理していたのか。


 肝心な部分が、ほとんど残されていない。


「ヘルマンの話じゃ、記録を書き換えるよう指示したのは保管局の上層部だったな」


「はい」


 ユリウスは、別の書類を取り出した。


「ただ、当時の保管局長は、すでに亡くなっています」


「……そうか」


「ですが、決裁に関わった職員が全員亡くなったわけではありません」


 ガルドが顔を上げた。


「……誰か見つかったのか?」


「一人、名前が残っていました」


 ユリウスは、書類を差し出した。


 そこには、古い移送許可証の写しがあった。


 責任者の署名は消されている。


 しかし、その下に記された立会人の名前だけが、かろうじて読めた。


「……オスカー・ベルン?」


「当時、保管局の技術監査官だった人物です」


「今は?」


「王都を離れているようですが、所在は確認できそうです」


 ガルドは、少し考えた。


「……会いに行くか」


「はい」


 ユリウスは頷いた。


 そのとき、ガルドが椅子から立ち上がった。


「よし。今日はここまでだ」


「……団長?」


「続きは明日だ」


「ですが、まだ資料が……」


「お前、昨日も遅かっただろ」


 ユリウスは、言葉を止めた。


 ガルドは、机の上の書類をまとめ始めた。


「急ぐのは分かる。でも、倒れられたら困る」


「……ご心配をおかけして、申し訳ありません」


「謝ることじゃねえよ」


 ガルドは、少し笑った。


「お前がいないと、俺が困るんだ」


 ユリウスの胸が、どきりとした。


「……団長」


「何だ?」


「……いえ」


 ユリウスは、静かに微笑んだ。


「ありがとうございます」


 ガルドは、少し不思議そうな顔をした。


 だが、それ以上は何も聞かなかった。


     ◇


 放課後。


 俺は、学園の図書館にいた。


 目的は、古い魔導技術について調べること。


 フィオナさんから聞いた「共鳴」という言葉が気になっていたからだ。


 ただ、一般向けの魔導書には、ほとんど記述がなかった。


「……難しいな」


 俺は、本を閉じた。


 古代魔導技術。


 失われた術式。


 魔力の干渉現象。


 似たような言葉は出てくる。


 けれど、俺の身に起きていることを説明できるものは見つからない。


「……シオン?」


 顔を上げると、ヴィオレッタが立っていた。


「こんなところで、何を調べているのですか?」


「ちょっと魔導技術の本を」


 彼女は、机の上に積まれた本を見た。


「……ずいぶん難しそうですね」


「読んでも、あんまり分からないけどな」


 俺が苦笑すると、ヴィオレッタも小さく笑った。


「お隣、よろしいですか?」


「もちろん」


 彼女は、俺の隣に座った。


 しばらく、二人で本を読んでいた。


 やがて、ヴィオレッタが口を開いた。


「……シオン」


「ん?」


「最近、何かを隠していませんか?」


 俺の手が止まった。


「……どうして?」


「以前より、考え込んでいることが多い気がして」


 ヴィオレッタは、俺を見た。


「もちろん、無理に聞くつもりはありません」


 俺は、少し迷った。


 隠していること。


 それなら、確かにある。


 俺が、この世界で生まれる前の記憶を持っていること。


 別の世界で生きていたこと。


 そして、今になって、その秘密に関係しているかもしれない装置が見つかったこと。


 けれど、そんな話を突然して、信じてもらえるだろうか。


「……実は」


 俺は、ゆっくりと口を開いた。


「最近、自分のことがよく分からなくなってきたんだ」


 ヴィオレッタは、黙って聞いていた。


「今まで普通だと思ってたことが、そうじゃないかもしれなくて」


「……はい」


「それが何なのか、まだ分からない」


 俺は、机の上の本を見た。


「だから、調べてる」


 ヴィオレッタは、少し考えた。


 そして、静かに言った。


「……分からないことがあるのは、怖いですね」


「……ああ」


「でも」


 彼女は、俺を見た。


「シオンが何を知ったとしても、私は、今のシオンを知っています」


 俺は、顔を上げた。


「……ヴィオレッタ?」


「誰かを助けようとして、無茶をしてしまうところも」


 彼女は、少しだけ微笑んだ。


「困っている人を放っておけないところも」


「……それ、褒めてる?」


「もちろんです」


 ヴィオレッタは、くすりと笑った。


 俺も、つられて笑った。


 胸の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなった気がした。


「……ありがとう」


「どういたしまして」


 彼女は、また本へ視線を戻した。


 俺も、ページを開く。


 けれど、文字を追いながら、別のことを考えていた。


 いつか。


 俺は、彼女に本当のことを話せるのだろうか。


     ◇


 その夜。


 王立魔導技術院。


 フィオナは、時計塔地下の装置から採取した記録を調べていた。


 透明な球体の内部に浮かんでいた光点。


 その一つが、シオンの接近によって強く輝いた。


 だが、他の光点については、まだ何も分かっていない。


「……数が多すぎる」


 フィオナは、小さく呟いた。


 記録上の光点は、数十どころではなかった。


 数百。


 あるいは、それ以上。


 ただし、すべてが現在も反応しているわけではない。


 ほとんどは、長い間変化していなかった。


「……過去の記録?」


 彼女は、記録を拡大した。


 光点の一部には、古い識別番号が付けられている。


 しかし、番号の規則性が分からない。


 そのとき。


 一つの光点に、見慣れない文字列が表示された。


「……え?」


 フィオナは、目を凝らした。


 古い魔導文字ではない。


 少なくとも、彼女が知るどの言語とも異なっていた。


 短い文字列。


 意味は分からない。


 ただ、その形は奇妙だった。


 直線と曲線を組み合わせた、見慣れない記号。


 フィオナは、慎重に紙へ写し取った。


 そして、しばらく考えた。


「……これは、何の文字?」


 その疑問に答える者は、いなかった。


     ◇


 翌朝。


 俺は、フィオナさんから連絡を受けた。


 時計塔地下の装置について、確認したいことがあるらしい。


 授業が終わった後、技術院の研究室へ向かうことになった。


 研究室に入ると、フィオナさんとレティシアさんが待っていた。


「クレイヴェルさん、お忙しいところありがとうございます」


「いえ。大丈夫です」


 レティシアさんが、机の上の紙を指した。


「ちょっと、これを見てほしいの」


「……何ですか?」


「古い装置の記録に残っていた文字よ」


 俺は、紙を覗き込んだ。


 そこには、見慣れない記号が並んでいた。


 いや。


 見慣れないはずだった。


 この世界では。


「……え?」


 俺は、思わず声を漏らした。


 フィオナさんが、俺の顔を見た。


「……何か分かりますか?」


 俺は、紙から目を離せなかった。


 そこに書かれていたのは。


 漢字でも、ひらがなでもない。


 けれど、間違いなく見覚えのある文字だった。


 アルファベット。


 俺が前の世界で、当たり前のように使っていた文字。


 そこには、短い単語が記されていた。


 ――ORIGIN


 俺は、息を呑んだ。


 意味は、分かる。


 起源。


 出自。


 始まり。


 けれど。


 どうして、この世界の古い魔導装置に。


 前の世界の言葉が残っている?


「……クレイヴェルさん?」


 フィオナさんが、心配そうに尋ねた。


「顔色が……」


 俺は、慌てて表情を整えた。


「……すみません」


「……何か、心当たりが?」


 俺は、もう一度紙を見た。


 ORIGIN。


 その六文字が、頭から離れなかった。


 今まで、誰にも話してこなかった秘密。


 俺が別の世界の記憶を持っていること。


 その秘密に、初めて外側から触れられた気がした。


「……少しだけ」


 俺は、慎重に答えた。


「……見覚えが、あるかもしれません」


 フィオナさんとレティシアさんが、顔を見合わせた。


 俺は、紙を見つめたまま考えていた。


 この世界には。


 俺以外にも、前の世界を知る人間がいるのだろうか。


 そして。


 あの装置は、いったい何を記録していたのだろう。


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