↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
76/117

星を数える装置

 王立総合学園の古い時計塔。


 その地下に空間が存在することが確認されたのは、翌日の午前中だった。


 学園側から追加調査の許可が下り、騎士団と王立魔導技術院による合同調査が始まったのである。


「よし。そっちを持って」


「はい!」


 レティシアの指示で、技術院の作業員が床板の端に器具を差し込む。


 金属の縁で囲まれた石板は、長年の埃で周囲の床と見分けがつかなくなっていた。


 慎重に持ち上げると、下から冷たい空気が流れ出した。


「……本当にあったな」


 ガルドが、開いた床を覗き込んだ。


 石段が暗闇の中へ続いている。


 ユリウスは、手元の図面と見比べた。


「学園の建築記録には、地下階について一切記載がありません」


「古い建物だから記録が失われた、という可能性は?」


 アイリスが尋ねる。


「あります。ただ……」


 ユリウスは、石段の入口を指した。


「隠す必要がなければ、わざわざ床を塞ぐでしょうか」


 その問いに、誰もすぐには答えなかった。


 レティシアが測定器を取り出す。


「魔力反応は弱いわね。でも、ゼロじゃない」


 フィオナが隣から覗き込んだ。


「地下の方が、わずかに強いようです」


「なら、行ってみましょうか」


 ガルドが先頭に立った。


「俺とユリウスが先に降りる。アイリス、後方を頼む」


「承知しました」


 調査隊は、慎重に石段を下り始めた。


     ◇


 その頃、俺は学園の別室で待機していた。


 昨日の事故について、追加の確認があると聞かされていたからだ。


 窓からは、時計塔の周囲に集まる騎士たちが見える。


「……ずいぶん大がかりだな」


 思わず呟く。


 昨日まで、ただの古い時計塔だと思っていた建物。


 その地下に何かがあるらしい。


 しかも、俺が感じた奇妙な魔力の反応と関係している可能性があるという。


 正直、落ち着かなかった。


 扉が開いた。


「シオン」


 入ってきたのは、ヴィオレッタだった。


「待たせてしまいましたか?」


「いや。俺も今来たところだよ」


 彼女は、俺の向かいに座った。


 今日は授業の合間に時間を作ってくれたらしい。


「昨日のこと、まだ心配しています」


「……魔力灯の事故?」


「はい」


 ヴィオレッタは真剣な顔で頷いた。


「助けられた方が無事だったのは、本当によかったと思います。でも、シオンまで倒れてしまったと聞いて……」


「倒れたってほどじゃないよ。ちょっと力が抜けただけだ」


「それを、無理をしたと言うのではありませんか?」


「……返す言葉もない」


 俺が肩をすくめると、ヴィオレッタは小さく笑った。


 けれど、その笑みはすぐに消えた。


「シオン」


「ん?」


「何か、怖いことが起きているのでしょうか」


 俺は、少し考えた。


「……分からない」


 正直に答える。


「でも、調べてくれてる人たちはいる。だから、今はその人たちを信じたい」


 ヴィオレッタは、静かに頷いた。


「そうですね」


 それから、少しだけ声を落とした。


「……私にも、何かできることがあればいいのですが」


「こうして話してくれるだけで、助かってるよ」


 言ってから、少し照れくさくなった。


 ヴィオレッタも、目を瞬かせる。


 そして、頬をわずかに赤くした。


「……それなら、よかったです」


 窓の外では、騎士たちが時計塔へ出入りしていた。


 俺たちは、しばらくその様子を眺めていた。


     ◇


 時計塔の地下。


 石段を下りた先には、広い空間があった。


 天井は低く、壁には古い魔導文字が刻まれている。


 中央には、円形の台座。


 そして、その上に。


「……何だ、これは」


 ガルドが足を止めた。


 そこには、巨大な金属製の装置が設置されていた。


 複数の輪が重なり合い、中心には透明な球体が浮かんでいる。


 球体は支柱に固定されているわけではない。


 何らかの魔力によって、空中に保持されているようだった。


 装置の周囲には、細い金属線が何本も伸びている。


 それらは床や壁の内部へ続いていた。


「……これは……」


 フィオナが、息を呑んだ。


 レティシアは、装置へ近づいた。


「……古いわね」


 彼女は、金属部分を慎重に調べる。


「でも、ただ古いだけじゃない」


「どういうことですか?」


 アイリスが尋ねる。


「これ、後から何度も手を加えられてる」


 レティシアは、装置の側面を指した。


「元の構造は相当古い。でも、この接続部分は比較的新しい加工よ」


 フィオナが頷いた。


「……つまり、長い間、誰かが管理していた?」


「少なくとも、一度作って放置した装置じゃないわね」


 ユリウスは、壁の文字を見つめた。


「……こちらに、何か記されています」


 フィオナが近づいた。


 古い魔導文字。


 ところどころ欠けているが、いくつかの単語は読み取れた。


「……観測」


 彼女は、ゆっくりと読み上げた。


「……識別……記録……」


 レティシアが顔を上げる。


「記録?」


「はい」


 フィオナは、さらに文字を追った。


「……対象の反応を検出し、識別結果を保存する……」


 そこで、言葉を止めた。


「……何を識別するのかしら」


 アイリスが尋ねる。


「まだ分かりません」


 フィオナは首を振った。


「ただ、装置の目的は、何かを破壊することではなく、調べて記録することだったようです」


 ガルドは、装置を見上げた。


「……人間を調べるためのものか?」


「その可能性はあります」


 フィオナが答える。


「エミリアさんが持たされていた金属片も、特定の反応を示したと聞いています」


 レティシアは、装置の側面を調べていた。


 そして、ある部分で手を止めた。


「……ちょっと待って」


「どうしました?」


「これ、見て」


 彼女が指した場所には、小さな差込口があった。


 フィオナの表情が変わった。


「……金属片の形と、似ています」


「ええ」


 レティシアは頷いた。


「寸法を測らないと断定できないけど、あの部品がここに入る可能性はあるわ」


 フィオナは、慎重に答えた。


「……ただ、今は挿入しない方がいいですね」


「当然」


 レティシアは即答した。


「何が起こるか分からない装置に、正体不明の部品を差し込むなんて危険すぎる」


 ガルドが頷く。


「まずは安全確認だな」


     ◇


 装置の調査は、慎重に進められた。


 レティシアが構造を確認し、フィオナが魔導回路を調べる。


 その結果、いくつかのことが分かった。


 装置は、外部から送られてくる魔力の変化を受信できる構造になっていた。


 さらに、受信した反応を内部に保存する機構も備えている。


 ただし、記録を読み出すための操作方法は不明だった。


「……つまり」


 アイリスが確認する。


「この装置は、王都のどこかで起きた魔力の反応を集めている可能性がある、ということですか?」


「ええ」


 フィオナが頷いた。


「ただし、王都全域を対象にしていたかどうかは分かりません」


 レティシアが補足する。


「地下の配線がどこまで続いてるか、調べないとね」


 ユリウスは、古い資料を取り出した。


「……以前、王立保管局が管理していた検査装置に、似た記述があります」


 それは、ヘルマン・ローデルから得た証言をもとに調べた資料だった。


 識別系統・第七種。


 記録から意図的に所在が消された装置。


「……同じものか?」


 ガルドが尋ねる。


「まだ断定できません」


 ユリウスは答えた。


「ただ、機能の説明が非常によく似ています」


 フィオナは、装置の中央に浮かぶ球体を見つめた。


 その内部には、小さな光の粒がいくつも見えた。


「……あれ?」


 彼女は、目を凝らした。


 光の粒は、静止しているように見える。


 だが、よく見ると、わずかに位置を変えていた。


「……レティシアさん」


「何?」


「この球体、内部で何か動いています」


 レティシアが近づいた。


「……本当ね」


 透明な球体の中。


 無数の光点が、暗い空間に浮かんでいた。


 その様子は、まるで。


「……星みたいですね」


 アイリスが呟いた。


 フィオナは、静かに頷いた。


「……はい」


 夜空に散らばる星々。


 それを、小さな球体の中へ閉じ込めたようだった。


     ◇


 午後。


 俺は、再び時計塔へ呼ばれた。


 ただし、地下へ入る前に、フィオナさんから説明を受けることになった。


「クレイヴェルさん。先にお伝えしておきたいことがあります」


「はい」


「地下で古い魔導装置が見つかりました」


 俺は、思わず聞き返した。


「……装置?」


「はい。何らかの魔力反応を観測し、記録するためのものだと考えられます」


 レティシアさんが、隣から付け加えた。


「ただし、まだ正体は分かってないわ。危険がないと確認できた範囲だけ見てもらうつもりよ」


「……俺が行って、大丈夫なんですか?」


「無理に何かをさせるつもりはないわ」


 レティシアさんは、真剣な顔で言った。


「昨日みたいに魔力を使って倒れられたら困るもの」


「……気をつけます」


 俺は頷いた。


 アイリスさんの案内で、石段を下りる。


 地下へ近づくにつれて、空気が冷たくなった。


 そして。


 ――トクン。


「……っ」


 胸の奥が震えた。


 昨日と同じ感覚。


 いや、それ以上に強い。


「……シオンさん?」


 アイリスさんが振り返る。


「……何か、感じます」


 俺は、胸元を押さえた。


 ――トクン。


 もう一度。


 まるで、地下の奥から呼ばれているようだった。


 石段を下りきる。


 その先にあったものを見て、俺は足を止めた。


「……何だ、これ」


 巨大な金属の輪。


 複雑な魔導回路。


 そして、中央に浮かぶ透明な球体。


 その内部には、無数の光が浮かんでいた。


 まるで、星空だ。


 俺は、思わず見入ってしまった。


「……綺麗ですね」


 フィオナさんが、小さく微笑んだ。


「そうですね」


 だが、次の瞬間。


 球体の中で、一つの光が強く輝いた。


「……え?」


 フィオナさんが顔を上げる。


 レティシアさんも、すぐに測定器を確認した。


「……反応が上がってる!」


 俺は、胸の奥の振動が強くなるのを感じた。


 ――トクン、トクン。


 光が、ゆっくりと動き始める。


 球体の中心へ。


 まるで、何かを示そうとしているように。


「……クレイヴェルさん」


 フィオナさんが、静かに言った。


「魔力は使わないでください」


「……はい」


 俺は、手を握りしめた。


 何もしていない。


 ただ、装置を見ているだけだ。


 それなのに。


 光は、さらに強くなった。


「……レティシアさん!」


「分かってる!」


 レティシアさんが、装置の側面にある遮断機構を操作する。


 金属の輪が、ゆっくりと停止した。


 光が弱まる。


 そして、球体の中の一点だけが、最後まで輝いていた。


 やがて、それも消えた。


 静寂が戻る。


「……今のは」


 俺は、思わず呟いた。


 フィオナさんは、装置を見つめたまま答えた。


「……あなたの存在に、反応した可能性があります」


 俺は、息を呑んだ。


「……俺に?」


「はい。ただし、まだ確証はありません」


 レティシアさんが、測定器を確認した。


「でも、反応が始まったのは、シオンが地下に入ってからよ」


 俺は、球体を見た。


 今は、何の光も浮かんでいない。


 ただの透明な球に見える。


 それなのに。


 さっきまで、確かに俺を見ていたような気がした。


     ◇


 調査を終えた後。


 俺は、フィオナさんとレティシアさんから、もう一つ説明を受けた。


「クレイヴェルさん」


 フィオナさんは、古い資料を開いた。


「以前、あなたが魔力の流れを感じ取るとき、鐘のような感覚があると話していましたね」


「はい」


「その現象に、少し似た記述が見つかりました」


 俺は、資料を覗き込んだ。


 古い魔導文字が並んでいる。


 もちろん、俺には読めない。


「……何て書いてあるんですか?」


 フィオナさんは、ゆっくりと答えた。


「異なる魔力が互いに影響し、一方がもう一方の変化に追従する現象についてです」


「……追従?」


「はい」


 フィオナさんは、二本の波線を描いた。


「普通の魔力干渉は、二つの魔力がぶつかり合ったり、打ち消し合ったりするものです」


 彼女は、一方の線を指した。


「ですが、この現象では、片方の魔力が、もう片方の変化に合わせて形を変えることがあります」


「……昨日の俺みたいに?」


「その可能性があります」


 フィオナさんは頷いた。


「古い資料では、この現象を――」


 そこで、一度言葉を区切った。


「**『共鳴』**と呼んでいます」


「……共鳴」


 俺は、その言葉を繰り返した。


 不思議と、しっくりきた。


 遠くで鳴る鐘の音。


 それに合わせて、自分の内側が震える感覚。


 確かに、そう表現するのが一番近い気がする。


「ただし」


 フィオナさんは、真剣な表情で続けた。


「あなたの反応が、資料に記された共鳴と完全に同じものなのかは、まだ分かりません」


「……そうなんですね」


「はい。だから、現時点では仮の呼び方です」


 レティシアさんが、腕を組んだ。


「でも、何も名前がないよりはいいでしょ」


 俺は、少し笑った。


「……そうですね」


 共鳴。


 俺の中にある、正体の分からない力。


 それに、初めて名前がついた。


 けれど、その名前が何を意味するのか。


 まだ、ほとんど分かっていなかった。


     ◇


 その夜。


 王都騎士団本部。


 ガルドとユリウスは、時計塔の調査結果を確認していた。


「……装置が人間に反応した?」


 ガルドが尋ねる。


「はい」


 ユリウスは頷いた。


「ただし、本人が意図的に魔力を流したわけではないそうです」


「……エミリアのときと似てるな」


「ええ」


 ユリウスは、資料をめくった。


「ただ、反応の強さと形式が異なります」


 ガルドは、腕を組んだ。


「……何を調べてる装置なんだろうな」


「それが、まだ分かりません」


 ユリウスは、少し考えた。


「ですが、古い資料には興味深い記述があります」


「……何だ?」


「識別系統・第七種」


 ユリウスは、その文字を指した。


「この装置は、特定の魔力反応を持つ対象を識別し、記録するために設計されたものだと考えられます」


「……特定の魔力反応?」


「はい」


 ユリウスは、さらに続けた。


「そして、記録には、通常の魔力とは異なる反応を示す対象について、特別な分類が存在したようです」


 ガルドが眉をひそめる。


「……特別な分類?」


 ユリウスは、資料の一行を指した。


 そこには、古い文字でこう記されていた。


 ――外来性反応。


「……外来性?」


 ガルドが呟いた。


「ええ」


 ユリウスは、静かに頷いた。


「文字どおりに解釈すれば、外から来た性質を持つ反応、という意味になります」


 ガルドは、しばらく黙っていた。


「……外ってのは、どこからだ?」


「それは、まだ分かりません」


 ユリウスは答えた。


「国外なのか、未知の魔力源なのか。それとも、まったく別の意味なのか」


 ガルドは、窓の外を見た。


 夜空には、無数の星が輝いていた。


「……妙な話だな」


「はい」


 ユリウスも、窓の外へ目を向けた。


「ただ、一つだけ確かなことがあります」


「……何だ?」


「この装置は、偶然作られたものではありません」


 ユリウスは、静かに続けた。


「何かを探すために、作られたものです」


     ◇


 王都のどこか。


 薄暗い部屋で、一人の男が机に向かっていた。


 机の上には、古い魔導装置の図面が広げられている。


 男は、報告書を読み終えると、小さく息を吐いた。


「……見つかったか」


 王立総合学園。


 古い時計塔。


 そして、地下に隠されていた観測装置。


 男は、図面の一部分を指でなぞった。


「……あそこは、まだ動いていたんだな」


 彼は、机の引き出しから小さな記録板を取り出した。


 表面には、いくつかの印が刻まれている。


 そのうちの一つが、淡く光っていた。


「……新しい反応」


 男は、目を細めた。


「しかも、これほど強いとは」


 彼は、しばらく記録板を見つめていた。


 そして、静かに呟いた。


「……ようやく、見つけたのかもしれない」


 窓の外では、王都の夜が深まっていく。


 その下で。


 長い間、誰にも知られずに動き続けていた装置が、一人の少年の存在を記録していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。