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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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聞こえない呼び声

 王都の夜空に、赤い光が上がった。


 続いて、腹の底に響くような爆発音。


 俺は読んでいた本を閉じ、寮の窓へ駆け寄った。


「……何だ?」


 西の方角に、黒い煙が立ち上っている。


 昨日から続いている魔導具の異常。


 昼間には魔導車が暴走し、王都のあちこちで魔力灯が消えたらしい。


 そして、今度は爆発。


 さすがに偶然とは思えなかった。


 そのときだった。


 ――トクン。


「……っ?」


 胸の奥が、奇妙に震えた。


 心臓の鼓動とは違う。


 もっと深い場所で、何かが揺さぶられたような感覚だった。


 ――トクン。


 もう一度。


 俺は胸元に手を当てた。


「……何だよ、これ」


 以前にも、似た感覚を覚えたことはある。


 魔力を扱っているとき、周囲の流れが妙にはっきり分かったり、相手の術式の変化を直感的に感じ取れたりすることがあった。


 ただ、それを自分の能力だと断言できるほど、仕組みを理解しているわけじゃない。


 まして、こんなに遠くの出来事に反応したことはなかった。


 廊下から足音が聞こえた。


「シオン! 起きてるか!」


 カイルの声だ。


 扉を開けると、カイルとディーンが立っていた。


「西区画で爆発があったらしい!」


「ああ。音が聞こえた」


「魔力の中継施設だってさ。寮から出るなって、警備員が回ってる」


 ディーンが落ち着いた声で付け加える。


「騎士団が現場を封鎖しているそうだ。今は余計なことをしない方がいい」


「……そうだな」


 俺は頷いた。


 その瞬間、胸の奥の振動が強くなった。


「……っ」


「シオン?」


 ディーンが俺の顔を覗き込む。


「具合が悪いのか?」


「いや……ちょっと変な感じがしただけだ」


「変な感じ?」


「うまく説明できない」


 嘘ではなかった。


 自分でも、何が起きているのか分からない。


 窓の外へ目を向ける。


 煙の向こうで、王都の灯りが一つ、また一つと消えていった。


 それに合わせるように、胸の奥が震えた。


 まるで、遠くで鳴る鐘の音を、体の内側だけで聞いているようだった。


     ◇


 王都西区画。


「そっちの遮断弁、閉じた!?」


「閉じました!」


「なら次! 第三回路を切り離して!」


 レティシア・ヴァインの怒鳴り声が、魔力中継施設の内部に響いた。


 爆発によって壁の一部が崩れ、床には砕けた魔導部品が散乱している。


 幸い、施設の作業員は避難を終えていた。


 だが、装置の内部では不安定な魔力が流れ続けている。


「フィオナ! 数値!」


「供給圧、まだ上昇しています!」


「くっ……!」


 レティシアは歯を食いしばった。


 通常なら、安全装置が魔力を遮断するはずだった。


 しかし、今回はその安全装置自体が異常な動作を起こしている。


 停止命令を送るたびに、別の回路へ魔力が流れ込むのだ。


「……まるで、こっちの操作を先回りしてるみたいね」


 レティシアが呟いた。


 フィオナは測定器を見つめた。


「レティシアさん。魔力の流れに、一定の間隔があります」


「昨日の魔導車と同じ?」


「はい。ただし、こちらの方が強い反応です」


「……やっぱり外から何か来てるのね」


 レティシアは工具を握り直した。


「だったら、受け取る側を切り離す」


「でも、その回路を外すと西区画への供給が……」


「分かってる!」


 レティシアは即答した。


「停電で済むなら、爆発するよりずっとましでしょ!」


 フィオナは頷いた。


「……はい!」


 二人は協力して、損傷した回路を切り離した。


 耳障りな音が止まる。


 測定器の針が、ゆっくりと下がっていった。


「……停止、確認しました」


 フィオナが息を吐く。


 レティシアは、その場に座り込んだ。


「……ったく。徹夜確定じゃない」


 だが、フィオナは測定器から目を離さなかった。


「……レティシアさん」


「何?」


「外からの反応が、まだ続いています」


 レティシアの表情が変わった。


「……中継施設は止めたのに?」


「はい」


 フィオナは、窓の外を見た。


「発生源は、別の場所にあるようです」


     ◇


 翌朝。


 俺は、ひどく眠かった。


 夜中に何度も、あの奇妙な感覚で目が覚めたからだ。


 振動は次第に弱くなり、夜明け前には消えた。


 けれど、あれが気のせいだったとは思えない。


「……眠そうだね、シオン」


 登校途中、エリオットに声をかけられた。


「ああ。あんまり寝られなくて」


「昨日の爆発?」


「それもある」


 隣を歩いていたリシアが、俺の顔を見た。


「何かあったの?」


 俺は少し迷った。


 二人には、以前から魔力の流れを普通より敏感に感じることがある、と話したことはあった。


 だが、自分でも説明できない感覚を、どこまで伝えるべきだろう。


「……昨日、爆発が起きたときさ」


「うん」


「妙な感覚があったんだ」


 俺は、胸元を軽く叩いた。


「ここが震えるような感じで。魔力の流れを感じたときに少し似てるんだけど、もっと強くて……」


 エリオットの表情が真剣になった。


「魔力の流れ?」


「たぶんな。確信はない」


「どこから来たか分かった?」


「最初は西の方角だと思った。でも、夜中は別の場所からも感じた気がする」


 リシアが考え込む。


「……王都の魔導具の異常と関係しているのかもしれないわね」


「俺もそう思った」


「でも、決めつけない方がいい」


 リシアは続けた。


「魔力を感じ取る感覚は、体調にも左右されるもの。寝不足なら、なおさらよ」


「……そうだな」


 もっともな意見だった。


 エリオットは少し考えてから言った。


「もしまた起きたら、時刻と場所を記録してみない?」


「記録?」


「うん。技術院の測定記録と比べられたら、関係があるか確かめられるかもしれない」


「……なるほど」


 それなら、俺にもできそうだ。


 少なくとも、正体の分からない感覚に振り回されるだけよりはいい。


     ◇


 午後の魔導理論の授業。


 アーネスト先生は、黒板に安全装置の回路図を描いていた。


「現在、王都で発生している異常の原因は調査中です。ですが、皆さんにも知っておいてほしいことがあります」


 先生は、回路の一部を指した。


「魔導具は、設計された範囲の魔力を受け取ることを前提に作られています」


 チョークが黒板を叩く。


「想定外の魔力が流れ込めば、正常な装置でも誤作動する可能性があります」


 エリオットが熱心にノートを取っている。


 俺も説明を聞いていた。


 そのとき。


 ――トクン。


「……!」


 来た。


 昨日と同じ感覚。


 俺は反射的に胸元を押さえた。


 ――トクン、トクン。


 今度は、間隔が短い。


 まるで、何かが近づいてくるようだった。


「……シオン?」


 エリオットが小声で呼びかける。


「……まただ」


 俺が答えた直後。


 天井の魔力灯が、一斉に点滅した。


 教室がざわつく。


「全員、席を離れないように!」


 アーネスト先生が制御盤へ向かう。


 魔力灯は、明滅を繰り返していた。


 俺は、窓の外を見た。


 中庭。


 噴水。


 そして、その向こうにある古い時計塔。


 なぜか、あの塔が気になった。


 胸の奥の感覚が、そちらへ意識を向けるたびに強くなる。


「……あそこか?」


 俺は、小さく呟いた。


 その瞬間。


 天井から、嫌な音がした。


 パキッ。


 顔を上げる。


 魔力灯を支えていた金具の一つが、ひび割れていた。


「先生!」


 俺が叫ぶ。


 次の瞬間、灯具が落下した。


 真下には、前列に座っていた女子生徒がいる。


「危ない!」


 考えるより先に体が動いた。


 俺は机を蹴って飛び出し、女子生徒の腕を掴んだ。


 引き寄せる。


 同時に、空いた手を天井へ向けた。


 魔力を放つ。


 ただし、攻撃魔法を使うつもりはなかった。


 落ちてくる灯具を、少しでも横へ逸らせれば――。


 その瞬間。


 胸の奥で、何かが弾けた。


「……っ!」


 視界の中に、細い光の筋が見えた気がした。


 灯具の内部を流れる魔力。


 そこへ、自分の魔力が触れる。


 次の瞬間、灯具の光が消えた。


 俺の放った魔力が、灯具の側面を打つ。


 落下する方向が、わずかに変わった。


 ガシャン!


 灯具は、誰もいない通路へ落ちて砕けた。


 教室が静まり返った。


「……大丈夫か?」


 俺は、助けた女子生徒へ尋ねた。


 彼女は青ざめた顔で頷いた。


「……は、はい」


「よかった」


 俺は、ようやく息を吐いた。


 だが、安心した途端、膝から力が抜けた。


「……っ」


「シオン!」


 エリオットが駆け寄ってきた。


 リシアも、すぐに俺の腕を支える。


「無茶しすぎよ!」


「……悪い」


 俺は苦笑した。


 正直、自分でも何をしたのかよく分からない。


 ただ、落下する灯具の魔力が、ほんの一瞬だけ見えたような気がした。


 そして、それに合わせて自分の魔力を動かした。


 それだけだ。


 アーネスト先生が駆け寄ってきた。


「クレイヴェル君、怪我は?」


「……ありません」


「今の魔法は?」


 俺は、答えに詰まった。


「……咄嗟に、魔力を放ちました」


「それだけですか?」


「……はい」


 先生は、砕けた灯具を見た。


 そして、俺へ視線を戻した。


「……分かりました。まずは保健室へ行きなさい」


「でも……」


「これは指示です」


 その声に、俺は素直に頷いた。


「……はい」


     ◇


 放課後。


 保健室で診察を受けた結果、幸い怪我はなかった。


 ただ、魔力を急激に消耗したらしく、しばらく休むよう言われた。


 俺はエリオットとリシアに付き添われ、寮へ戻ることになった。


「……さっきの、本当に何だったんだろう」


 エリオットが呟いた。


「俺が聞きたいよ」


「魔力灯の光が、シオンの魔法を受けた瞬間に消えたように見えたんだ」


「……そうなのか?」


「うん。でも、普通の魔力干渉とは少し違った気がする」


 リシアが俺を見た。


「シオンは、何か感じた?」


 俺は少し考えた。


「……灯具の中を流れてる魔力が、分かった気がした」


「……分かった?」


「見えたっていうか、どこを流れてるのか、何となく理解できたっていうか」


 うまく説明できない。


 エリオットは、目を輝かせた。


「それ、すごいことだよ!」


「……そうなのか?」


「だって、魔導回路の内部を流れる魔力を、外から正確に感じ取るなんて普通は難しいから!」


 リシアが、すぐに口を挟んだ。


「エリオット。まだ正確に感じ取れたと決まったわけじゃないでしょう」


「あ……そうだね」


 エリオットは、少し照れたように笑った。


 俺も苦笑した。


「とりあえず、今日は休むよ」


「うん。それがいい」


 寮の前で二人と別れる。


 俺は、ふと学園の時計塔を振り返った。


 あの感覚。


 灯具が落ちる直前まで、確かに塔の方角から伝わってきていた。


 今は何も感じない。


 けれど、どうしても気になった。


     ◇


 同じ日の夕方。


 王都騎士団本部。


「……学園で事故?」


 ガルドが報告書を受け取った。


「はい」


 アイリスが答える。


「授業中に魔力灯が落下しました。幸い、負傷者はいません」


「……それはよかった」


 ユリウスが安堵したように息を吐く。


 アイリスは続けた。


「ただ、落下した灯具には、昨日の魔導車と似た異常が確認されています」


 ユリウスの表情が引き締まった。


「……外部からの魔力干渉ですか?」


「技術院が調査中ですが、その可能性があります」


 ガルドは腕を組んだ。


「……学園にまで影響が出たか」


「もう一つ、気になる点があります」


 アイリスは、別の書類を差し出した。


「事故が起きた教室は、学園の東棟です」


 ユリウスは見取り図を広げた。


 教室の位置。


 中庭。


 そして、古い時計塔。


「……この辺りですね」


「はい」


 アイリスは頷いた。


「学園側の報告によると、時計塔の周辺でも、ほぼ同時刻に魔力灯の異常が確認されています」


 ユリウスは、しばらく地図を見つめた。


 そして、別の資料を取り出した。


 古い王都の土地台帳だ。


「……団長」


「何だ?」


「この時計塔、現在は学園の施設として管理されていますが……」


 ユリウスは、台帳の一行を指した。


「以前は、王立保管局の管理地に含まれていたようです」


 ガルドの眉が動いた。


「……保管局?」


「はい」


「例の検査装置と関係あるのか?」


「まだ分かりません。ただ、管理区分が変更された時期が近いんです」


 ユリウスは、二つの日付を並べた。


 一つは、検査装置が保管記録から消えた年。


 もう一つは、時計塔を含む土地の管理区分が変更された年。


 同じ年だった。


「……なるほどな」


 ガルドは、低く呟いた。


「調べる価値はありそうだ」


 ユリウスは頷いた。


「学園側に正式な調査許可を求めます」


     ◇


 夜。


 王立魔導技術院の研究室では、フィオナが新たな報告書を読んでいた。


 そこには、学園で起きた魔力灯の事故について記されていた。


 事故の時刻。


 魔力の異常。


 そして、落下した灯具の動作記録。


「……あれ?」


 フィオナは、ある部分で手を止めた。


 灯具が落下した直前。


 外部からの異常な魔力が流れ込んでいる。


 だが、その直後。


 別の魔力が、ほんの一瞬だけ重なっていた。


 フィオナは、記録を拡大した。


「……これは……」


 異常な魔力の流れに、別の魔力が干渉している。


 その結果、灯具の内部で魔力の流れが変化し、発光が停止していた。


 フィオナは、しばらく記録を見つめた。


「……偶然、同じ間隔になったの?」


 彼女は、古い金属板の実験記録を取り出した。


 並べて比較する。


 似ている。


 だが、同じではない。


 金属板は、決められた間隔の信号に反応する。


 一方、学園で記録された魔力は、外部から流れ込んだ異常な魔力に合わせて、途中で変化していた。


「……相手に合わせて、変わっている……?」


 フィオナは、思わず呟いた。


 それは、普通の魔導具には難しい動きだった。


 少なくとも、彼女の知る一般的な魔力制御とは違う。


 研究室の扉が開いた。


「フィオナ、まだやってるの?」


 レティシアだった。


「……レティシアさん」


「何か見つけた?」


 フィオナは、記録を差し出した。


「はい。学園の事故で、少し気になる魔力の動きがありました」


 レティシアは資料を覗き込んだ。


 そして、眉をひそめた。


「……何これ」


「外部からの異常な魔力に、別の魔力が干渉しています」


「……誰かが魔法を使った?」


「その可能性があります」


 レティシアは、しばらく記録を見つめた。


「……ずいぶん器用なことしてるわね」


「……はい」


 フィオナは頷いた。


「ただ、本人が意図して行ったのかは分かりません」


 レティシアは、資料を机へ置いた。


「だったら、確認すればいいじゃない」


「……確認?」


「学園に問い合わせるのよ」


 レティシアは、にやりと笑った。


「事故のとき、誰が何をしていたのか」


 フィオナは、少し考えた。


 そして、頷いた。


「……そうですね」


 彼女は、もう一度記録を見た。


 異常な魔力に合わせて変化する、もう一つの魔力。


 それが何を意味するのか。


 今は、まだ分からない。


 だが、確かなことが一つあった。


 王都で起きている異変は、古い装置だけの問題ではなくなりつつある。


 そして、その中心に。


 まだ誰も正体を知らない、新しい反応が現れていた。

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