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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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王都の異変

 最初の異変が起きたのは、王都の西区画だった。


 午前十時過ぎ。


 商店や工房が立ち並ぶ通りで、一台の荷運び用魔導車が突然停止した。


「おい、どうした!」


 御者が操作盤を叩く。


 車輪を動かしていた魔導機関は、青白い光を放ったまま動かなくなっていた。


「故障か?」


「いや、昨日整備したばかりだぞ!」


 周囲の商人たちが集まってくる。


 そのときだった。


 魔導車の下部から、耳障りな高い音が響いた。


 キィィィィン――。


「……何だ?」


 操作盤に刻まれた魔導回路が、ひとりでに光り始める。


 次の瞬間。


 車輪が勢いよく回転した。


「うわっ!」


 御者が飛び退く。


 魔導車は積み荷を載せたまま急発進し、通りを横切った。


「危ない!」


 人々が悲鳴を上げる。


 進行方向には、小さな女の子が立っていた。


 突然の出来事に、動けなくなっている。


 魔導車が迫る。


 その直前。


「伏せろ!」


 一人の騎士が少女を抱え、路肩へ飛び込んだ。


 魔導車はその横を通り過ぎ、石造りの街灯に激突した。


 激しい音が響く。


 積み荷の木箱が砕け、果物が石畳に散乱した。


 魔導機関から白い煙が上がる。


 通りは、騒然となった。


     ◇


 同じ頃。


 王都の東区画では、別の異変が起きていた。


 公衆用の魔力灯が、一斉に点滅を始めたのだ。


 昼間にもかかわらず、通りに並ぶ灯具が青白い光を放っている。


 そして、ある瞬間。


 すべての灯具が消えた。


「……停電?」


 通行人が首を傾げる。


 だが、魔力灯の異常は、それだけでは終わらなかった。


 近くの時計塔から、鐘の音が響いた。


 一回。


 二回。


 三回。


 本来なら正午に鳴るはずの鐘が、まだ午前中だというのに鳴り続けている。


 時計塔の針が、逆方向へ動き始めた。


「……何だ、あれ」


 人々が足を止める。


 やがて、鐘の音は止まった。


 時計塔の針も、動かなくなった。


 ただし、異変が起きたのは、この二か所だけではなかった。


 王都の各地で、魔導具の誤作動が相次いでいた。


     ◇


 王立総合学園。


「……魔導車が暴走?」


 俺は、カイルの話を聞き返した。


「ああ!」


 カイルは興奮した様子で頷いた。


「西区画で大騒ぎになってるらしいぜ!」


「……怪我人は?」


 ディーンが尋ねる。


「何人か軽い怪我をしたって話だ。子供も巻き込まれそうになったらしいけど、騎士が助けたって」


「……それなら、よかった」


 リシアが安堵したように息を吐いた。


 俺も、少しだけ胸を撫で下ろした。


 ただ、気になることがある。


「……魔導車って、そんな簡単に暴走するものなのか?」


 エリオットが首を振った。


「普通はしないよ」


「……そうなのか?」


「うん。魔導機関には、安全装置があるから」


 エリオットは、机の上に簡単な図を描いた。


「魔力の流れが不安定になった場合、自動的に停止する仕組みになってるんだ」


「……じゃあ、どうして?」


「それが分からない」


 エリオットは、真剣な表情になった。


「安全装置まで同時に誤作動したのかもしれないけど……」


 そこで、教室の扉が開いた。


 入ってきたのは、魔導理論の教師アーネスト・フェルグだった。


「全員、席につきなさい」


 いつもより厳しい声だった。


 生徒たちが慌てて席に戻る。


「本日、王都の複数箇所で魔導具の異常が報告されています」


 教室がざわついた。


「学園内でも、先ほど一部の魔力灯に不具合が確認されました」


 俺は、天井の灯具を見上げた。


 今は、普通に点灯している。


「原因は調査中です。安全が確認されるまで、実習用魔導具の使用を一部制限します」


 生徒たちの間に、不安が広がった。


 アーネスト先生は続けた。


「また、放課後は寄り道をせず、速やかに帰宅するように」


 俺は、窓の外へ目を向けた。


 青い空。


 穏やかな風。


 いつもと変わらない景色。


 けれど。


 何かが、少しずつ変わり始めているような気がした。


     ◇


 王立魔導技術院。


「……冗談じゃないわよ!」


 レティシアの声が、研究室に響いた。


 机の上には、王都各地から届けられた報告書が積み重なっている。


 魔導車の暴走。


 魔力灯の停止。


 時計塔の異常。


 さらに、病院で使われている魔導冷却装置の一部にも、不具合が発生していた。


「……これ、全部同じ日に起きたの?」


 レティシアが尋ねる。


「はい」


 フィオナは頷いた。


「しかも、発生時刻が近いんです」


「……近い?」


「最初の報告は午前十時十二分。その後、約二十分の間に複数の異常が確認されています」


 レティシアは、資料を見つめた。


「……偶然にしては、出来すぎてるわね」


「私も、そう思います」


 フィオナは、別の資料を取り出した。


 そこには、王都の地図が描かれていた。


 異常が発生した場所には、赤い印がつけられている。


「……こちらをご覧ください」


 レティシアが地図を覗き込む。


「……何?」


「異常が発生した場所を、時刻順に並べてみました」


 フィオナは、赤い印を指した。


「最初が西区画」


 次の印。


「その後、中央区画」


 さらに次。


「そして、東区画です」


 レティシアは、眉をひそめた。


「……西から東へ移動してる?」


「そのように見えます」


 フィオナは頷いた。


「ただ、すべての報告が正確な時刻を記録しているわけではありません」


「……なるほど」


 レティシアは、腕を組んだ。


「何かが移動したのか、それとも……」


「……順番に、何かが起動したのかもしれません」


 フィオナが続けた。


 レティシアは、彼女を見た。


「……観測点?」


「まだ、分かりません」


 フィオナは首を振った。


「ですが、昨日調査した石柱も、外部からの操作なしに反応しました」


 レティシアは、しばらく考えた。


 そして、机を軽く叩いた。


「……よし」


「……?」


「現場へ行くわよ」


 フィオナが目を瞬かせた。


「……今からですか?」


「当然でしょ」


 レティシアは、上着を手に取った。


「報告書だけ眺めてても、壊れた理由なんて分からないわ」


 フィオナは、少しだけ笑った。


「……そうですね」


「まずは、魔導車の事故現場」


 レティシアは、扉へ向かった。


「実物を調べるわよ!」


     ◇


 西区画。


 事故を起こした魔導車は、騎士団によって通りの端へ移されていた。


 車体の前部は大きく破損している。


 だが、魔導機関そのものは、比較的原形を保っていた。


「……なるほどね」


 レティシアは、機関部を覗き込んだ。


 フィオナは、隣で記録を取っている。


「……安全装置は?」


「ここ」


 レティシアが指した。


 魔導回路の一部が、黒く焦げている。


「……焼き切れていますね」


「そう。でも、変なのよ」


 レティシアは、細い工具で回路を指した。


「普通、安全装置が作動したら、魔力の流れを遮断するはずなの」


「……はい」


「なのに、これは逆」


 フィオナが顔を上げた。


「……逆?」


「安全装置の回路に、外から魔力が流れ込んだ跡がある」


 フィオナは、息を呑んだ。


「……外部から?」


「ええ」


 レティシアは、真剣な表情で続けた。


「しかも、普通の魔力供給じゃない」


 彼女は、回路の焦げ跡を指した。


「短い間隔で、何度も魔力が流れ込んでる」


 フィオナの表情が変わった。


「……間隔」


「何?」


「……金属板の反応と、似ています」


 レティシアが、顔を上げた。


「……あの古い金属板?」


「はい」


 フィオナは頷いた。


「一定の間隔で魔力を流すと、金属片が反応しました」


 レティシアは、しばらく黙っていた。


 そして、低く呟いた。


「……まさか」


 彼女は、再び魔導機関を見た。


「……古い装置の信号が、今の魔導具に干渉してる?」


 フィオナは、慎重に答えた。


「……その可能性があります」


 レティシアは、眉をひそめた。


「……だとしたら、厄介ね」


「……はい」


「魔導具そのものが壊れてるんじゃない」


 レティシアは、ゆっくりと続けた。


「外から流れてくる何かが、正常な動作を邪魔してるってことになる」


 フィオナは、事故を起こした魔導車を見つめた。


 もし、それが本当なら。


 同じことが、別の魔導具にも起こるかもしれない。


     ◇


 夕方。


 王都騎士団本部。


「……外部からの魔力干渉?」


 ガルドが、報告書を見つめた。


「はい」


 アイリスが頷いた。


「技術院の調査では、その可能性が指摘されています」


 ユリウスは、別の書類を確認していた。


「……王都全域に広がる可能性は?」


「現時点では不明です」


 アイリスは答えた。


「ただ、複数箇所で同時期に異常が発生しているため、警戒が必要だと」


 ガルドは、腕を組んだ。


「……面倒なことになったな」


 ユリウスは、静かに言った。


「……団長」


「何だ?」


「王都の魔導設備の使用状況を、確認した方がよいかもしれません」


「……どういうことだ?」


「今回の異常が、外部からの干渉によるものなら」


 ユリウスは、書類を置いた。


「人が多く集まる場所や、重要施設で同じことが起きれば、被害が拡大します」


 ガルドは、すぐに頷いた。


「……分かった」


 そして、アイリスへ向き直った。


「技術院と連携して、危険な設備を洗い出せ」


「承知しました」


「必要なら、使用停止も検討する」


 ユリウスが頷いた。


「……私の方で、各区画の警備責任者へ連絡します」


 ガルドは、二人を見た。


「頼む」


 その声には、いつもの豪快さとは違う重みがあった。


     ◇


 その夜。


 王立魔導技術院の研究室。


 フィオナは、一人で記録を整理していた。


 事故現場で採取した魔力の残留反応。


 古い金属板の実験結果。


 そして、石柱の調査記録。


 三つの資料を並べる。


「……やっぱり」


 フィオナは、ある部分に目を留めた。


 魔力の流れる間隔。


 完全に同じではない。


 だが、一定の規則性があった。


 彼女は、紙に数列を書き出した。


 一つ目。


 二つ目。


 三つ目。


 そして、気づいた。


「……これ、同じ信号じゃない」


 フィオナは、顔を上げた。


「……順番がある」


 金属板の反応。


 石柱の反応。


 王都の魔導具に発生した異常。


 それぞれの魔力の間隔は、少しずつ異なっていた。


 けれど、並べると一つの規則に従っている。


「……まるで」


 フィオナは、小さく呟いた。


「……何かを、順番に呼び出しているみたい」


 そのとき。


 机の上に置かれていた金属板が、わずかに光った。


「……え?」


 フィオナは、動きを止めた。


 魔力は流していない。


 測定器も接続していない。


 それなのに。


 金属板の刻印が、ゆっくりと青白く光っていた。


 そして、数秒後。


 光が消えた。


 フィオナは、息を呑んだ。


 すぐに時計を確認する。


 午後九時十七分。


 彼女は、その時刻を記録した。


 そして、金属板を見つめた。


「……今のは……」


 窓の外では、王都の夜景が広がっている。


 無数の魔力灯が、街を照らしていた。


 そのうちの一つが、ふっと消えた。


 続いて、隣の灯具も。


 さらに、その隣も。


 まるで、何かが街を横切っていくように。


 光が、順番に消えていった。


 フィオナは、窓辺へ駆け寄った。


「……レティシアさん!」


 研究室に、彼女の声が響いた。


 そして、遠くの街角で。


 小さな爆発音が聞こえた。


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