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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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消された記録

 王都の南区画には、古い建物が多い。


 石畳はところどころ擦り減り、通りに並ぶ家々も、何度か修繕を重ねているようだった。


 その一角にある小さな家の前で、ガルド・ヴァレンシュタインは足を止めた。


「……ここか」


「はい」


 隣に立つユリウス・フォン・エーデルが、手元の書類を確認する。


「元王立保管局管理官、ヘルマン・ローデル。七年前に退職しています」


「例の検査装置を管理してた男だな?」


「正確には、管理責任者の一人です」


 ユリウスは書類を閉じた。


「当時の記録に、彼の署名が残っていました」


「なら、何か知ってるだろ」


 ガルドが扉を叩いた。


 しばらくして、中から足音が聞こえた。


「……どなたですかな?」


 扉が開き、白髪の老人が顔を覗かせた。


 細い眼鏡。


 深い皺。


 だが、その目には鋭さが残っていた。


「王都騎士団だ」


 ガルドが名乗る。


「古い検査装置について、話を聞きたい」


 老人の表情が変わった。


 ほんの一瞬。


 だが、ユリウスは見逃さなかった。


「……検査装置?」


 老人は、ゆっくりと聞き返した。


「ええ」


 ユリウスが答えた。


「西門保管庫で管理されていた、識別系統・第七種の装置です」


 老人の手が、扉の縁を強く握った。


「……その名前を、どこで?」


「保管局の記録です」


 ユリウスは、静かに続けた。


「お話を伺えますか?」


 老人は、しばらく二人を見つめた。


 そして、深く息を吐いた。


「……中へどうぞ」


     ◇


 家の中には、古い書物が並んでいた。


 壁際の棚には、帳簿や資料がぎっしりと詰め込まれている。


 ヘルマンは三人分の茶を用意すると、向かいの椅子へ腰を下ろした。


「……七年も前の話です」


 老人は、ゆっくりと口を開いた。


「今さら、何を調べているのですかな?」


 ユリウスは、持参した書類を机に置いた。


「こちらをご覧ください」


 そこには、古い検査装置の管理記録が写されていた。


 保管場所。


 管理番号。


 そして、除却処理を示す印。


 ヘルマンは、書類を見つめた。


「……懐かしいものですな」


「この記録には、装置が王立魔導技術院へ貸し出された後、除却されたと記されています」


 ユリウスが言った。


「ですが、別の記録では、管理責任だけが移管されたことになっています」


「……そうでしょうな」


 ヘルマンは、静かに答えた。


 ガルドが眉をひそめる。


「どういうことだ?」


「……記録が、書き換えられたのです」


 部屋が静まり返った。


 ユリウスは、すぐに問い返した。


「誰が、何のために?」


 ヘルマンは、しばらく沈黙した。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「……装置の所在を、一般の管理記録から消すためです」


「……所在を?」


「ええ」


 老人は頷いた。


「当時、あの装置は通常の保管品として扱われていました。しかし、ある日突然、管理区分を変更するよう指示があった」


「誰からだ?」


 ガルドが尋ねる。


「……王立保管局の上層部です」


「名前は?」


「正式な命令書には、局長の署名がありました」


 ユリウスが顔を上げた。


「その命令書は、今も残っていますか?」


「……恐らく、残っていないでしょう」


 ヘルマンは、苦い表情を浮かべた。


「少なくとも、私が退職する頃には閲覧できなくなっていました」


 ガルドは腕を組んだ。


「……ずいぶん都合がいい話だな」


「そう思われても仕方ありません」


 老人は、静かに答えた。


「ですが、私は命令に従うしかありませんでした」


 ユリウスは、少し考えた。


「……装置そのものは、どうなったのですか?」


 ヘルマンは、顔を上げた。


「……廃棄されていません」


 ガルドとユリウスの表情が変わった。


「……確かか?」


「ええ」


 老人は頷いた。


「少なくとも、私が管理していた時点では、装置は正常に稼働していました」


「では、どこへ?」


 ユリウスが尋ねた。


 ヘルマンは、静かに答えた。


「……西門保管庫から、別の施設へ運ばれました」


「どこだ?」


「分かりません」


 老人は首を振った。


「搬出の際、行き先は記録されませんでした」


 ガルドが舌打ちした。


「……徹底してやがるな」


 ユリウスは、書類を見つめた。


「……その搬出を指示した人物について、何か覚えていませんか?」


 ヘルマンは、しばらく考えた。


「……一つだけ」


 老人は、ゆっくりと口を開いた。


「搬出の前日、王立魔導技術院から技術者が来ていました」


「技術者?」


「ええ。装置の状態を確認するためだと」


 ユリウスが身を乗り出した。


「名前は?」


 ヘルマンは、首を振った。


「申し訳ありません。覚えていません」


 だが、すぐに付け加えた。


「ただ、その人物は、装置を見て妙なことを言っていました」


「……何だ?」


 ガルドが尋ねる。


 ヘルマンは、ゆっくりと言った。


「……『まだ、記録を続けている』と」


 ユリウスの目が細くなった。


「……記録?」


「ええ」


 老人は頷いた。


「装置は、誰も操作していない状態でも、一定の間隔で反応していました」


 ヘルマンは、遠い記憶を辿るように続けた。


「その技術者は、しばらく装置を調べた後、そう呟いたのです」


 ガルドは、低い声で言った。


「……何を記録してたんだ?」


 ヘルマンは、首を振った。


「それは、私にも分かりません」


 そして、静かに続けた。


「ただ、あの装置は、普通の検査器具ではありませんでした」


     ◇


 王立魔導技術院。


「……何これ」


 研究室に、呆れたような声が響いた。


 赤い髪の女性が、机の上に並んだ金属板と金属片を見つめている。


 レティシア・ヴァイン。


 王立魔導技術院に所属する魔導技術者であり、以前シオンたちの指導にも関わった人物だ。


「フィオナ」


「……はい」


「あなた、これを一人で調べてたの?」


 フィオナは、少し困ったように笑った。


「……最初は、そうでした」


「最初は?」


「今は、騎士団のアイリスさんにも協力していただいています」


 レティシアは、金属板を手に取った。


「……ふうん」


 表面の刻印を眺める。


 そして、裏返した。


「……なるほどね」


 フィオナが顔を上げた。


「何か分かりましたか?」


「分かったっていうか……」


 レティシアは、金属板の端を指した。


「ここ、見て」


 フィオナが近づく。


 そこには、小さな溝があった。


「……接続部分、でしょうか?」


「そう」


 レティシアは頷いた。


「これ、単独で使う道具じゃないわ」


 フィオナの目が見開かれた。


「……やはり、そう思いますか?」


「ええ」


 レティシアは、金属板を机に置いた。


「この溝、固定用の爪を引っかける形になってる。つまり、どこかに組み込まれていた部品ってこと」


 フィオナは、金属片を見た。


「……こちらも、同じでしょうか?」


「見せて」


 レティシアは、金属片を手に取った。


 表面を確認する。


 裏返す。


 そして、眉をひそめた。


「……こっちは違うわね」


「……違う?」


「固定用の爪がない。代わりに、ここ」


 レティシアは、金属片の端を指した。


「細い溝があるでしょ?」


「……はい」


「これ、何かに差し込むための形よ」


 フィオナは、息を呑んだ。


「……差し込む?」


「ええ」


 レティシアは、二つの金属を並べた。


「こっちの金属板は、装置に固定される部品」


 次に、金属片を指した。


「こっちは、持ち運んで別の装置に接続するための部品」


 フィオナは、ゆっくりと頷いた。


「……つまり、役割が違う」


「そういうこと」


 レティシアは、にやりと笑った。


「同じような刻印があるからって、同じものとは限らないでしょ?」


「……はい」


 フィオナは、少しだけ頬を赤くした。


「……勉強になります」


「素直でよろしい」


 レティシアは、楽しそうに笑った。


 だが、すぐに真剣な表情へ戻った。


「……それで、これが反応したっていう石柱は?」


「昨日、現地調査を行いました」


 フィオナは、記録を取り出した。


「刻印の一部が、古い文字で『観測』を意味している可能性があります」


 レティシアは、資料を受け取った。


「……観測ねえ」


 石柱の図面を眺める。


 そして、ある部分で手を止めた。


「……あれ?」


「どうしました?」


「この石柱、変じゃない?」


 フィオナは首を傾げた。


「……どこがでしょうか?」


「ここよ」


 レティシアは、石柱の下部を指した。


「表面に刻印があるのは分かる。でも、これだけの仕組みを動かすなら、内部に魔力を通す構造が必要なはず」


「……はい」


「なのに、外から見える部分には、それがない」


 フィオナは、図面を見つめた。


「……確かに」


 レティシアは、腕を組んだ。


「これ、石柱そのものが装置じゃない可能性があるわ」


「……え?」


「石柱は、地上に出ている一部分だけ」


 レティシアは、図面の下を指した。


「本体は、地面の下にあるのかもしれない」


 フィオナは、息を呑んだ。


「……地下に?」


「可能性の話だけどね」


 レティシアは、にやりと笑った。


「でも、調べる価値はあるでしょ?」


 フィオナは、力強く頷いた。


「……はい!」


     ◇


 夕方。


 王都騎士団本部。


 ガルドとユリウスが戻ると、アイリスが待っていた。


「団長、副団長」


「おう。何か分かったか?」


「はい。フィオナさんから、追加の報告がありました」


 アイリスは、書類を差し出した。


「石柱の刻印は、観測に関係する可能性があります。また、技術院のレティシアさんが、石柱の地下に装置本体が存在する可能性を指摘しています」


 ユリウスは、書類を受け取った。


「……地下に?」


「はい」


 ガルドが腕を組んだ。


「……なるほどな」


 ユリウスは、しばらく考えた。


 そして、静かに言った。


「……こちらも、重要な証言を得ました」


 アイリスが顔を上げる。


「……何でしょうか?」


「古い検査装置は、廃棄されていませんでした」


 アイリスの目が見開かれた。


「……本当ですか?」


「はい」


 ユリウスは頷いた。


「しかも、誰も操作していない状態でも、記録を続けていたそうです」


 アイリスは、息を呑んだ。


「……記録を?」


「ええ」


 ユリウスは、フィオナたちの報告書へ視線を落とした。


「石柱も、今なお反応している」


 ガルドが、低く呟いた。


「……つまり、昔の装置が、まだどこかで動いてるってことか」


 ユリウスは、静かに答えた。


「その可能性があります」


 部屋が静まり返った。


 やがて、アイリスが口を開いた。


「……では、次に何を調べますか?」


 ユリウスは、机の上に二つの資料を並べた。


 一つは、元管理担当者の証言。


 もう一つは、石柱の調査報告。


「……まず、石柱の地下構造を確認します」


 そして、続けた。


「同時に、七年前に装置を搬出した人物と、その後の行き先を調べましょう」


 ガルドが頷いた。


「よし。必要な人員は出す」


 アイリスも頷いた。


「承知しました」


 ユリウスは、窓の外へ目を向けた。


 王都の夕暮れ。


 古い記録。


 消された装置。


 今も反応する石柱。


 そして、逃走した男。


 それぞれ別々に見えていたものが、少しずつつながり始めている。


 だが、まだ一つだけ、大きな疑問が残っていた。


 ――誰が、何のために、記録を隠したのか。


     ◇


 その夜。


 王都のどこか。


 薄暗い部屋で、一人の男が机に向かっていた。


 エミリアを連れ去り、騎士団から逃走した男だった。


 机の上には、古い書類が広げられている。


 男は、その一枚を見つめていた。


 そこには、古い検査装置の構造図が描かれていた。


「……まさか、まだ動いていたとは」


 男は、小さく呟いた。


 そして、図面の一部分を指でなぞった。


 石柱。


 金属片。


 そして、装置の中心に描かれた複雑な回路。


「……あの少女が反応した理由も、これで説明がつくかもしれない」


 男は、椅子にもたれかかった。


「……だが、問題は別にある」


 その視線が、図面の隅へ向けられる。


 そこには、小さな文字で、一つの項目が記されていた。


 ――観測対象。


 男は、しばらくその文字を見つめた。


 そして、静かに呟いた。


「……本命は、まだ見つかっていない」


 窓の外では、王都の夜が静かに更けていった。

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