閉ざされた道の先
朝の王立総合学園。
俺――シオン・クレイヴェルが教室へ入ると、窓際に集まっていた生徒たちが、何やら話し込んでいた。
「……まだ見つかってないんだって」
「寮にも戻ってないらしいよ」
「でも、自分から出ていったんじゃないの?」
聞こえてきたのは、エミリアの話だった。
彼女が姿を消してから、四日目。
学園側は調査を続けているが、本人の所在は確認できていない。
教室の空気が、少しずつ変わり始めていた。
最初は、単なる欠席だと思っていた生徒も多かった。
だが、四日も連絡が取れないとなれば、話は別だ。
「……シオン」
声をかけられて振り返ると、リシアが立っていた。
「おはよう」
「……おはよう」
リシアは、教室の奥へ視線を向けた。
「……エミリアのこと、みんな話してるわね」
「……ああ」
俺は、静かに頷いた。
「何か分かったのかな」
「……どうだろう」
リシアは、少しだけ考えた。
「少なくとも、学園側から新しい発表はないわ」
そのとき。
「……シオン!」
教室の入口から、カイルが顔を出した。
隣には、ディーンもいる。
「ちょっといいか?」
「……どうした?」
俺が尋ねると、カイルは少しだけ声を落とした。
「……昨日の件で、また教務棟に呼ばれた」
「……また?」
「ああ」
ディーンが頷いた。
「今度は、裏門の管理担当者と話をするらしい」
俺は、少しだけ眉をひそめた。
「……直接?」
「そうだ」
ディーンは答えた。
「俺たちが見た人物と、管理担当者が見た二人連れが同じかどうか、確認するためだと思う」
リシアが、静かに口を開いた。
「……それなら、何か分かるかもしれないわね」
「だといいんだけどな」
カイルは、少しだけ肩をすくめた。
「……まあ、行ってくる!」
ディーンが、軽く頷いた。
「授業には間に合うように戻る」
「……分かった」
俺は、二人を見送った。
◇
午前。
教務棟の会議室。
カイルとディーンは、裏門の管理担当者と向かい合っていた。
年配の男性だった。
制服の上に、簡素な外套を羽織っている。
「……では、もう一度確認します」
教務担当者が言った。
「交流会の終了後、裏門付近で二人連れを見かけたのですね?」
「はい」
管理担当者は頷いた。
「夕方でした。ちょうど、門の周辺を見回っていたときです」
「……どのような二人でしたか?」
「一人は、学園の制服を着た生徒のように見えました」
男性は、少し考えた。
「もう一人は、暗い色の上着を着た大人だったと思います」
カイルが、顔を上げた。
「……俺が見たのと似てる」
教務担当者は、静かに頷いた。
「ただし、同じ人物だったとは限りません」
「……はい」
ディーンが答えた。
管理担当者は、続けた。
「二人は、裏門の方へ歩いていました」
「門を出たところは見ましたか?」
「……いいえ」
男性は、首を振った。
「途中で別の用事がありましたので」
カイルは、少しだけ肩を落とした。
「……そうですか」
そのとき、ディーンが口を開いた。
「……一つ、聞いてもいいでしょうか?」
「何でしょう?」
「その二人は、何か話していましたか?」
管理担当者は、少し考えた。
「……声は聞こえましたが、内容までは」
「……そうですか」
ディーンは頷いた。
教務担当者は、記録用紙へ視線を落とした。
「では、次に……」
そのとき。
管理担当者が、ふと思い出したように顔を上げた。
「……そういえば」
全員の視線が集まった。
「二人が歩いていた少し先に、馬車が停まっていたような気がします」
カイルが、目を見開いた。
「……馬車?」
「はい」
男性は頷いた。
「ただ、交流会の日は出入りが多かったので、特別なこととは思いませんでした」
教務担当者が、少しだけ身を乗り出した。
「……どのような馬車でしたか?」
「……屋根のある、普通の馬車だったと思います」
「色は?」
「……暗い色だったような」
男性は、少しだけ首を振った。
「申し訳ありません。はっきりとは覚えていません」
教務担当者は、静かに頷いた。
「構いません」
そして、記録用紙へ書き込んだ。
ディーンは、少しだけ眉をひそめた。
「……その馬車に、二人が乗ったところは?」
「見ていません」
管理担当者は、首を振った。
「そこまでは分かりません」
カイルは、静かに息を吐いた。
馬車。
裏門。
そして、二人連れ。
少しずつ情報は増えている。
だが、まだ確かなことは少なかった。
◇
同じ頃。
王立魔導技術院。
フィオナ・リュミエールは、机の上に置かれた金属板を見つめていた。
細い線と点のような刻印。
そして、魔力を別の経路へ流す回路。
昨日の実験では、魔力の量によって分岐の割合が変化することが確認された。
ただし、それがどのような目的で設計されたものなのかは、まだ分からない。
「……もう一度、条件を変えてみましょう」
フィオナは、小型の測定器を調整した。
今度は、魔力の量ではなく、流す間隔を変える。
一定の間隔で魔力を流した場合。
不規則な間隔で流した場合。
そして、短い間隔で連続して流した場合。
それぞれの反応を記録する。
しばらくして。
「……あれ?」
フィオナは、測定器の表示を見つめた。
同じ量の魔力を流しているにもかかわらず、分岐の割合が変化していた。
「……量だけじゃない?」
彼女は、もう一度測定を行った。
結果は、ほぼ同じだった。
魔力の量。
流す間隔。
その両方が、分岐の状態に影響しているらしい。
「……これは」
フィオナは、少しだけ眉をひそめた。
単純な安全装置なら、魔力の量だけで反応してもおかしくない。
だが、この回路は、流れ方そのものにも反応している。
「……何かを識別している?」
彼女は、小さく呟いた。
ただし、それも仮説にすぎない。
魔力の流れを安定させるための仕組みかもしれない。
特定の条件で別の回路を作動させるためのものかもしれない。
あるいは、まったく別の用途かもしれない。
「……まだ、断定はできませんね」
フィオナは、実験を止めた。
そして、記録用紙へ結果を書き込んだ。
そのとき、扉が叩かれた。
「……フィオナさん」
アイリスが顔を出した。
「少し、お時間よろしいでしょうか?」
「もちろんです」
フィオナは、顔を上げた。
「ちょうど、報告したいことがありました」
◇
午後。
王都騎士団の本部。
ガルド・ヴァレンシュタインは、机の上に置かれた書類を眺めていた。
「……で、どうなんだ?」
ユリウスが、静かに答えた。
「古い検査装置について、当時の管理担当者の所在を確認しました」
「……おう」
「現在も王都にいる者が、一名います」
ガルドは、顔を上げた。
「……なら、話を聞けるな」
「はい」
ユリウスは頷いた。
「ただし、その人物が装置の移動を直接担当していたかどうかは、まだ分かりません」
「……それでも、何か知ってるかもしれねえ」
「その可能性はあります」
ユリウスは、書類を閉じた。
「正式に面会を申し込みました」
「……いつだ?」
「明後日です」
ガルドは、少しだけ考えた。
「……俺も行く」
ユリウスが、顔を上げた。
「……団長も?」
「ああ」
ガルドは、腕を組んだ。
「現場の話なら、俺にも分かることがあるかもしれねえ」
「……承知しました」
ユリウスは、静かに頷いた。
そのとき、アイリスが入ってきた。
「失礼します」
「おう」
ガルドが答えた。
「フィオナさんから、追加の分析結果を預かってきました」
アイリスは、書類を差し出した。
ユリウスが内容を確認する。
「……魔力の量だけでなく、流す間隔によっても反応が変化する?」
「はい」
アイリスは頷いた。
「フィオナさんは、何らかの条件を識別する回路である可能性を考えているそうです」
ガルドは、少しだけ眉をひそめた。
「……条件を識別?」
「ただし、まだ仮説の段階です」
ユリウスが補足した。
「実際の用途は不明です」
ガルドは、静かに頷いた。
「……なるほどな」
そして、少しだけ考えた。
「……装置の行方が分かれば、もっと調べられるんだろ?」
「はい」
ユリウスが答えた。
「少なくとも、金属板がその装置に関係しているかどうかを確認する手掛かりにはなります」
ガルドは、にやりと笑った。
「……なら、やることは決まってるな」
ユリウスも、小さく頷いた。
「……そうですね」
◇
放課後。
王立総合学園の中庭。
俺は、エリオットとリシアと一緒に歩いていた。
「……結局、教材の件はどうなるんだろうね」
エリオットが言った。
「エミリア本人に話を聞けないから、調査も止まってるみたいだし」
リシアが、静かに答えた。
「……教材に破損が確認されていない以上、少なくともヴィオレッタが壊したという話を裏づけるものはないわ」
「……そうだな」
俺は頷いた。
だが、エミリアが何を見たのか。
何を考えていたのか。
それは、まだ分からない。
そのとき。
「……シオン!」
後ろから、カイルの声が響いた。
振り返ると、カイルとディーンが走ってきた。
「……どうした?」
「ちょっと聞いてくれ!」
カイルは、息を整えながら言った。
「裏門の管理担当者が、馬車を見たかもしれないって!」
俺は、少しだけ目を見開いた。
「……馬車?」
「ああ」
ディーンが頷いた。
「ただし、エミリアたちが乗ったところを見たわけじゃない」
「……なるほど」
俺は、少し考えた。
裏門。
二人連れ。
馬車。
これまでの情報が、少しずつつながってきたようにも見える。
だが。
「……まだ、同じ人物だったとは限らないんだよな」
俺が言うと、ディーンは頷いた。
「そうだ」
リシアが、静かに口を開いた。
「でも、調べる価値はあるわね」
「……ああ」
俺は頷いた。
そのとき。
「……シオン」
柔らかな声が聞こえた。
振り返ると、ヴィオレッタが立っていた。
隣には、セシリアもいる。
「ヴィオレッタ」
「皆さん、お揃いでしたのね」
ヴィオレッタは、少しだけ微笑んだ。
「……エミリアさんのことで、お話しされていたのですか?」
「……ああ」
俺は頷いた。
「少し、新しい情報があったみたいで」
ヴィオレッタは、静かに話を聞いた。
そして、小さく息を吐いた。
「……そうですか」
彼女は、少しだけ空を見上げた。
「……どうか、無事でいてほしいですね」
俺は、静かに頷いた。
「……そうだな」
◇
夕方。
王立総合学園の教務棟。
教務担当者は、裏門の出入りに関する記録を確認していた。
交流会当日。
裏門付近を通った人物。
出入りした車両。
そして、管理担当者の証言。
それぞれを照合する。
だが、交流会の日は、普段よりも出入りが多かった。
関係者の車両。
物品の搬入。
来賓の送迎。
記録だけで、すべてを特定するのは難しい。
「……これでは」
担当者は、小さく息を吐いた。
そのとき。
別の職員が、書類を持って入ってきた。
「……失礼します」
「どうしました?」
「交流会当日の搬入記録を確認していたのですが……」
職員は、少しだけ眉をひそめた。
「一件、確認が必要な記載があります」
担当者は、顔を上げた。
「……どのような?」
「裏門付近の搬入予定として、車両一台が記録されています」
「……それが?」
「搬入先の欄が、空欄なんです」
担当者は、書類を受け取った。
確かに、車両の記載はある。
だが、搬入先が記されていない。
「……記入漏れかもしれませんね」
「はい」
職員は頷いた。
「ただ、念のため確認した方がよいかと」
担当者は、静かに頷いた。
「……そうですね」
そして、書類を机へ置いた。
「担当部署へ照会してください」
「承知しました」
職員は、部屋を出ていった。
担当者は、もう一度書類へ目を落とした。
搬入先が空欄の車両。
それが、エミリアの失踪に関係しているかどうかは分からない。
だが、確認すべき事項が一つ増えたことは確かだった。
◇
夜。
王都の外れにある古い石造りの建物。
エミリアは、机の上に置かれた金属片を見つめていた。
細い線と点のような刻印。
昨日、ほんの一瞬だけ光ったように見えたものだ。
あの教師は、今朝も同じことを尋ねてきた。
何か感じるか。
何か分かるか。
だが、エミリアには何も答えられなかった。
「……分からないよ」
彼女は、小さく呟いた。
そのとき。
金属片の表面が、かすかに光った。
「……え?」
エミリアは、目を見開いた。
今度は、見間違いではなかった。
細い線の一部が、淡い光を帯びている。
彼女は、恐る恐る手を伸ばした。
だが、触れる直前。
光は消えた。
「……何なの……?」
エミリアは、震える声で呟いた。
そのとき。
扉の向こうから、足音が聞こえた。
鍵が回る音。
扉が開いた。
教師が、部屋へ入ってきた。
「……エミリアさん」
穏やかな声だった。
「少し、確認したいことがあります」
エミリアは、反射的に金属片から手を引いた。
「……何ですか?」
教師は、机の上の金属片を見た。
そして、静かに尋ねた。
「……何か、変わったことはありませんでしたか?」
エミリアは、息を呑んだ。
今の光を話すべきか。
それとも、黙っていた方がいいのか。
彼女は、しばらく迷った。
そして、首を振った。
「……いいえ」
教師は、少しだけ目を細めた。
「……そうですか」
それ以上は、何も尋ねなかった。
だが、教師が金属片へ向けた視線には、どこか確信めいたものがあった。
エミリアは、思わず目を逸らした。
自分が何に巻き込まれているのか。
まだ、分からない。
ただ。
この場所から、一刻も早く逃げ出さなければならない。
その思いだけが、少しずつ強くなっていた。
窓の外では、王都の夜が静かに更けていった。




