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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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裏門に残る証言

 朝の教室に入ると、いつもより少し静かな気がした。


 実際には、普段と変わらない。


 窓際では生徒たちが談笑し、廊下からは慌ただしい足音が聞こえてくる。


 それでも、俺――シオン・クレイヴェルには、どこか落ち着かない空気が漂っているように感じられた。


 エミリアが姿を消してから、三日目。


 学園側の調査は続いているものの、本人の所在はまだ確認されていない。


「……シオン」


 声をかけられて振り返ると、ヴィオレッタ・ローゼンベルクが立っていた。


 長い金髪が、朝の光を受けて柔らかく輝いている。


「ヴィオレッタ。おはよう」


「おはようございます」


 彼女は微笑んだ。


 だが、その表情には少し疲れが見えた。


「……大丈夫か?」


 俺が尋ねると、ヴィオレッタは少し驚いたように目を瞬かせた。


「……何がでしょう?」


「いや、少し元気がないように見えたから」


 ヴィオレッタは、しばらく黙っていた。


 そして、小さく息を吐いた。


「……エミリアさんのことが、気になっているのです」


「……そうか」


 俺は頷いた。


 彼女は、エミリアから身に覚えのない非難を受けた。


 その結果、第二王子ルシアンから公の場で責められることになった。


 学園側の調査によって、ヴィオレッタの関与を示す証拠は確認されず、ルシアンも謝罪した。


 それでも、すべてが元どおりになったわけではない。


「……私が何かを言う立場ではないのかもしれません」


 ヴィオレッタは、静かに続けた。


「ですが、彼女が無事でいてくれればと思っています」


 俺は、少しだけ彼女を見つめた。


「……そう思うのは、自然なことだろ」


「……そうでしょうか」


「ああ」


 俺は頷いた。


「エミリアが何をしたのか、ちゃんと確認する必要はある。でも、だからって危険な目に遭っていいわけじゃない」


 ヴィオレッタは、少しだけ目を伏せた。


 そして、微笑んだ。


「……シオンは、やはり優しいですね」


「……そうかな」


「ええ」


 彼女は、静かに頷いた。


 そのとき。


「……お二人とも、おはようございます」


 セシリアが教室へ入ってきた。


「おはよう、セシリア」


 俺が答える。


 セシリアは、ヴィオレッタへ視線を向けた。


「ヴィオレッタ様。教務棟から、お知らせが届いております」


「……私に?」


「はい」


 セシリアは、小さな封書を差し出した。


 ヴィオレッタは受け取り、封を開けた。


 中には、短い文章が記されていた。


「……事情確認?」


 彼女が、小さく呟く。


 俺は、顔を上げた。


「……エミリアの件か?」


「そのようです」


 ヴィオレッタは、静かに頷いた。


「本日の放課後、教務担当者からお話を伺いたいとのことです」


 俺は、少し考えた。


「……何か分かったのかもしれないな」


「……そうだとよいのですが」


 ヴィオレッタは、封書を丁寧に折りたたんだ。


     ◇


 昼休み。


 俺たちは、食堂の一角に集まっていた。


 エリオット、リシア、カイル、ディーン。


 いつもの顔ぶれだ。


「……でさ!」


 カイルが、勢いよくパンをかじりながら言った。


「昨日の訓練で、やっと先生の剣を一回だけ受けられたんだ!」


「受けたというより、弾き飛ばされなかっただけだろ」


 ディーンが、冷静に訂正する。


「……細かいな!」


「事実だ」


 エリオットが、思わず笑った。


「でも、すごいじゃないか。グレイグ先生の剣を受けられるなんて」


「だろ?」


 カイルは、得意そうに胸を張った。


 ディーンは、少しだけ苦笑した。


「……まあ、前よりは良くなってる」


「お前もだろ!」


「……俺は、まだまだだ」


 ディーンは、真面目な表情で答えた。


「騎士団の訓練を見学するなら、恥ずかしくない動きをしたい」


 リシアが、少しだけ首を傾げた。


「……見学なんでしょう?」


「実技もあるかもしれないんだ」


 カイルが答えた。


「だから、準備してる!」


 俺は、二人を見て笑った。


「……頑張ってるな」


「当たり前だろ!」


 カイルは、にやりと笑った。


「シオン、お前も来ればいいのに」


「……俺?」


「ああ! お前も剣を使えるだろ?」


 俺は、少し考えた。


「……でも、武術科の選抜だろ?」


「そうなんだよなあ」


 カイルは、少し残念そうに肩を落とした。


 ディーンが、静かに口を開いた。


「シオンには、別のことがあるだろ」


「……別のこと?」


「魔導理論の研究とか」


 エリオットが、目を輝かせた。


「そうだよ! 昨日の授業でも、シオンの魔力の流し方がすごく安定してたんだ!」


「……エリオット」


「普通なら、あの条件であんなふうに制御できないよ!」


 エリオットは、楽しそうに説明を始めた。


 俺は、少しだけ苦笑した。


 リシアが、呆れたように笑う。


「……また始まったわね」


「……止めてくれないか?」


「無理ね」


 俺たちは、思わず笑った。


 そのとき。


 食堂の入口に、見覚えのある人物が現れた。


 アーネスト・フェルグ先生だった。


 先生は、食堂を見渡すと、俺たちの方へ歩いてきた。


「……クレイヴェル君」


「はい?」


「少し、お時間をいただけますか?」


 俺は、顔を上げた。


「……何でしょう?」


 先生は、カイルとディーンへ視線を向けた。


「お二人にも、確認したいことがあります」


 カイルが、パンを持ったまま固まった。


「……俺たちも?」


「はい」


 先生は頷いた。


「エミリアさんの件です」


     ◇


 午後。


 教務棟の小さな会議室。


 俺、カイル、ディーンの三人は、アーネスト先生と教務担当者の前に座っていた。


 机の上には、学園の敷地図が広げられている。


「……まず、確認したいのは、目撃した場所です」


 担当者が言った。


 カイルは、地図を覗き込んだ。


「……ここです」


 指差したのは、武術訓練場から裏門へ続く通路だった。


「交流会の片づけで、木剣を戻した帰りでした」


「時刻は?」


「……夕方です」


 カイルは、少し考えた。


「正確な時間は覚えてません」


「構いません」


 担当者は、静かに頷いた。


「では、目撃した人物は、どちらへ向かっていましたか?」


「……裏門の方です」


 カイルは答えた。


「でも、門を出たところまでは見てません」


「……分かりました」


 担当者は、記録を取った。


 アーネスト先生が、口を開いた。


「実は、裏門の管理担当者から、当日の出入りについて話を聞いています」


 俺は、顔を上げた。


「……何か分かったんですか?」


「はい」


 先生は、慎重に答えた。


「交流会の終了後、裏門付近で二人連れを見かけたという証言がありました」


 カイルが、目を見開いた。


「……二人連れ?」


「ただし、エミリアさんたちだったかどうかは、確認できていません」


 先生は続けた。


「管理担当者は、遠くから見ただけだったそうです」


 ディーンが、静かに尋ねた。


「……服装は?」


「一人は、学園の制服に似た服装。もう一人は、暗い色の上着だったとのことです」


 カイルは、少しだけ身を乗り出した。


「……俺が見たのと似てる」


「そうですね」


 先生は頷いた。


「ただし、似ているというだけで、同じ人物とは限りません」


 俺は、地図へ視線を落とした。


 裏門。


 交流会の夕方。


 二人連れ。


 少しずつ情報は増えている。


 だが、まだ決定的なものはない。


「……門の外に出たんですか?」


 俺が尋ねると、担当者は首を振った。


「そこまでは確認できていません」


「……そうですか」


「ただ、裏門付近に停車していた車両についても、確認を進めています」


 カイルが、顔を上げた。


「……馬車ですか?」


「その可能性があります」


 担当者は答えた。


「ただし、どの車両だったかは、まだ特定できていません」


 ディーンは、少しだけ眉をひそめた。


「……つまり、まだエミリアが学園の外へ出たと確定したわけではないんですね」


「そのとおりです」


 担当者は頷いた。


 俺は、静かに息を吐いた。


 学園側は、確実に調査を進めている。


 だが、まだ先は長そうだった。


     ◇


 同じ頃。


 王都騎士団の本部。


 ユリウス・フォン・エーデルは、新たに届いた書類を確認していた。


 西門保管庫から移された古い検査装置。


 その管理記録に関する追加資料だった。


「……これは」


 ユリウスは、少しだけ眉をひそめた。


 書類には、当時の物品管理担当者の名前と、引継ぎ先の部署が記されている。


 ただし、装置そのものの移動先を示すものではない。


 あくまで、管理責任がどの部署へ移されたかを示す記録だった。


「……管理部署の変更と、実物の移動は別」


 ユリウスは、小さく呟いた。


 そして、書類を整理した。


 そこへ、扉が叩かれた。


「失礼します」


 アイリスが入ってきた。


「副団長。追加資料が届いたそうですね」


「はい」


 ユリウスは頷いた。


「ただ、期待していたものとは少し違いました」


「……どういうことでしょう?」


「装置の管理責任が、ある時期に別の部署へ移されていたことが分かりました」


「……それなら、装置も移動したのでは?」


「そうとは限りません」


 ユリウスは、静かに答えた。


「帳簿上の管理部署だけが変わった可能性もあります」


 アイリスは、少し考えた。


「……なるほど」


「ですから、次は実物の移動記録を確認する必要があります」


 そのとき。


「……何だ、まだやってるのか」


 ガルドが入ってきた。


「団長」


 ユリウスが立ち上がろうとする。


「いい、座ってろ」


 ガルドは、机の上の書類を見た。


「……進展は?」


「管理部署の変更記録が見つかりました」


 ユリウスが答えた。


「ただし、装置の所在を特定するには至っていません」


「……そうか」


 ガルドは、腕を組んだ。


「なら、当時の担当者に話を聞くしかねえな」


「その予定です」


 ユリウスは頷いた。


「ただ、すでに異動している者もいますので、所在の確認からになります」


「……面倒だな」


「必要な手続きです」


「……分かってるって」


 ガルドは、苦笑した。


 アイリスが、小さく笑った。


 ユリウスは、書類を閉じた。


「……それと、団長」


「何だ?」


「来週の学園見学について、参加予定者の名簿が届いています」


「……おう」


 ガルドは、少しだけ表情を明るくした。


「見せてみろ」


 ユリウスは、名簿を差し出した。


 そこには、武術科の学生たちの名前が並んでいる。


 その中に、カイルとディーンの名前もあった。


「……ほう」


 ガルドは、にやりと笑った。


「楽しみだな」


 ユリウスは、少しだけ眉をひそめた。


「……団長」


「何だ?」


「くれぐれも、学生相手に無茶な訓練をしないでください」


「……まだ何もしてねえだろ!」


 アイリスが、思わず笑った。


     ◇


 夕方。


 王立総合学園の中庭。


 俺は、ヴィオレッタと並んで歩いていた。


 放課後の事情確認を終えた彼女と、偶然廊下で会ったのだ。


「……どうだった?」


 俺が尋ねると、ヴィオレッタは少しだけ考えた。


「以前の出来事について、改めて確認されました」


「……教材の件か?」


「はい。それと、教科書の件や階段での出来事についても」


 彼女は、静かに続けた。


「私が何を見て、どこにいたのか。覚えている範囲でお答えしました」


「……そうか」


「新しい事実が分かったわけではないようです」


 俺は頷いた。


「……それでも、必要な確認なんだろうな」


「ええ」


 ヴィオレッタは、少しだけ微笑んだ。


 そして、ふと足を止めた。


「……シオン」


「ん?」


「先日は、本当にありがとうございました」


 俺は、少し驚いた。


「……また?」


 ヴィオレッタは、小さく笑った。


「何度でも、お礼を申し上げたいのです」


「……そんな大したことしてないよ」


「いいえ」


 彼女は、静かに首を振った。


「私にとっては、とても大きなことでした」


 その青い瞳が、まっすぐ俺を見つめる。


「……あのとき、シオンが声を上げてくださらなければ、私はどうなっていたか分かりません」


 俺は、少しだけ視線を逸らした。


「……放っておけなかっただけだよ」


「……それでも、嬉しかったのです」


 ヴィオレッタは、柔らかく微笑んだ。


 夕陽が、彼女の金髪を赤く染めている。


 俺は、何を言えばいいのか分からなくなった。


 しばらく、沈黙が続いた。


 やがて、ヴィオレッタが小さく笑った。


「……シオン」


「……何?」


「今度、お時間があるときに、お茶をご一緒しませんか?」


 俺は、少し驚いた。


「……お茶?」


「はい」


 ヴィオレッタは、少しだけ頬を赤らめた。


「ゆっくり、お話ししてみたいのです」


 俺は、思わず笑った。


「……もちろん」


 その答えに、ヴィオレッタの表情が明るくなった。


「……ありがとうございます」


 俺たちは、再び歩き始めた。


     ◇


 夜。


 王都の外れにある古い石造りの建物。


 エミリアは、机の上に置かれた紙を見つめていた。


 見慣れない文字。


 意味の分からない記号。


 教師は、何度もそれを読めるかと尋ねてきた。


 だが、彼女には何も分からない。


「……どうして、こんなものを……」


 エミリアは、小さく呟いた。


 そのとき。


 廊下から、足音が聞こえた。


 扉の前で、誰かが立ち止まる。


 鍵が回る音。


 扉が開いた。


 そこには、あの教師が立っていた。


「……エミリアさん」


 穏やかな声だった。


「今日は、少し違うものを見ていただきます」


 教師は、小さな箱を机の上に置いた。


 箱の中には、薄い金属片が入っていた。


 表面には、細い線と点のような刻印が並んでいる。


 エミリアは、眉をひそめた。


「……これは?」


「古い魔導技術に関係するものです」


 教師は、静かに答えた。


「ただ、あなたに分かるかどうかを確認したいだけです」


「……何が分かるんですか?」


「それは、まだお話しできません」


 エミリアは、唇を噛んだ。


「……私、帰りたいんです」


「分かっています」


「……分かってない!」


 エミリアは、思わず声を上げた。


「帰りたいって、何度も言ってるじゃないですか!」


 教師は、しばらく黙っていた。


 そして、静かに言った。


「……では、これだけ確認させてください」


 金属片を、エミリアの前へ置く。


「この模様を見て、何か感じますか?」


 エミリアは、恐る恐る金属片を見つめた。


 細い線。


 点のような刻印。


 何の意味も分からない。


 だが。


「……あれ?」


 エミリアは、思わず声を漏らした。


 ほんの一瞬。


 刻印の一部が、淡く光ったように見えた。


「……今」


 教師の表情が変わった。


「……何か見えましたか?」


 エミリアは、少しだけ迷った。


 そして、首を振った。


「……いいえ」


 教師は、しばらく彼女を見つめていた。


「……そうですか」


 静かな声だった。


 だが、その瞳には、先ほどまでとは違う何かが浮かんでいた。


 エミリアは、金属片から目を逸らした。


 今の光は、何だったのか。


 自分の見間違いだったのか。


 それとも。


 彼女には、分からなかった。


 ただ、ひとつだけ確かなことがあった。


 この場所で、何かが起ころうとしている。


 そして、自分はその中心に置かれているのかもしれない。


 エミリアは、震える手を握り締めた。


 窓の外では、夜の闇が静かに広がっていた。

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