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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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王宮へ続く帳簿

 王宮管理区域。


 その文字を見た瞬間、ユリウス・フォン・エーデルは、書類をめくる手を止めた。


「……これは、確かな記録ですか?」


 魔導騎士団本部の執務室。


 早朝にもかかわらず、王都設備管理局から派遣された職員は、緊張した面持ちで頷いた。


「はい。旧西門の貨物集積所に保管されていた搬入台帳の原本です」


 机の上には、古びた帳簿と一枚の訂正票が置かれている。


 十数年前、廃棄予定だった魔導検査装置。


 元職人オルド・バッケンの証言によって、その装置が廃棄場ではなく旧西門の貨物集積所へ運ばれたことが判明した。


 そして、昨夜。


 当時の搬入記録から、さらに不可解な事実が見つかった。


『搬入先変更につき、別帳簿へ移管』


 訂正票に記された移管先は、王宮管理区域の物品を扱う帳簿だった。


「……王宮だと?」


 ガルド・ヴァレンシュタインが、低い声を漏らした。


「どうして古い検査装置が、そんなところへ運ばれるんだ?」


 職員は首を振った。


「申し訳ありません。そこまでは分かりません」


 ユリウスは訂正票を見つめた。


「……王宮管理区域といっても、王族の居住区だけを指すわけではありません」


 ガルドが顔を上げる。


「どういうことだ?」


「王宮が管理する倉庫や整備施設も含まれます。王都の外縁部にある保管施設が該当する場合もあります」


「つまり、王宮に運ばれたとは限らねえってことか」


「はい」


 ユリウスは頷いた。


「現時点で分かるのは、帳簿上の管理先が変更されたという事実だけです」


 そのとき、扉が叩かれた。


「失礼します」


 アイリス・フェルディアが入ってくる。


 その後ろには、フィオナ・リュミエールの姿もあった。


「副団長、お呼びでしょうか」


「ええ。昨夜、新しい記録が見つかりました」


 ユリウスは二人へ書類を示した。


 フィオナは記載された番号を見つめる。


「……王宮管理区域?」


 その紫色の瞳が、わずかに見開かれた。


「この番号、物品の移管記録ですよね?」


「分かりますか?」


「はい。技術院でも、王宮から貸与された設備を扱うことがありますから」


 フィオナは、書類を近くへ引き寄せた。


「ただ……」


 指先が、一つの数字の上で止まる。


「……少し気になります」


 アイリスが尋ねた。


「何がだ?」


「番号の末尾です」


 フィオナは、慎重に答えた。


「通常の保管品とは違う分類になっています」


「どういう分類なんだ?」


「技術評価を目的とした一時移管です」


 ユリウスが目を細める。


「……つまり、保管するためではなく、調べるために移された可能性がある?」


「はい。ただ、当時の運用が今と同じだったかは確認が必要です」


 ガルドは、腕を組んだ。


「……十数年前に、誰かが古い検査装置を調べようとした」


 フィオナは頷いた。


「その可能性があります」


 ユリウスは、静かに息を吐いた。


「……調査先が、一つ増えましたね」


     ◇


 王都の北西部。


 古い倉庫街の一角に、王宮管理局の第二保管施設があった。


 高い石壁に囲まれた敷地。


 正門には、王宮の紋章が刻まれている。


 その前で、ガルドは腕を組んでいた。


「……入れねえ?」


 門番の責任者が、申し訳なさそうに頭を下げる。


「はい。正式な閲覧許可が必要です」


「こっちは魔導騎士団だぞ」


「承知しております。しかし、王宮管理物品の保管区域ですので……」


 ガルドの眉間に皺が寄った。


 隣に立つユリウスが、静かに口を開く。


「では、管理責任者の方とお話しできますか?」


「……少々お待ちください」


 門番が奥へ引っ込んだ。


 ガルドは、深く息を吐いた。


「……どこへ行っても書類だな」


「王宮の物品ですから、仕方ありません」


「分かってるよ」


 ガルドは、門の向こうを見た。


「だが、昨日は人が死にかけた。何年も前の装置が今の事故と関係してるかもしれねえんだぞ」


「ええ」


 ユリウスは頷いた。


「だからこそ、正式な手続きを踏みます」


 ガルドは、横目で彼を見た。


「……お前、こういうの本当に得意だよな」


「必要な仕事ですから」


「俺には向いてねえ」


「存じています」


「即答するな!」


 ユリウスは、わずかに微笑んだ。


 やがて、門の奥から一人の男性が現れた。


 灰色の髪を整えた、五十代ほどの人物だった。


「お待たせいたしました。第二保管施設の管理官、ベルナールと申します」


 ユリウスが一礼する。


「魔導騎士団副団長、ユリウス・フォン・エーデルです」


「お名前は存じております」


 ベルナールは、ガルドにも頭を下げた。


「ヴァレンシュタイン団長も、ようこそお越しくださいました」


「おう」


 ガルドは頷いた。


「早速だが、十数年前にここへ運ばれた検査装置を調べたい」


 ベルナールの表情が、わずかに変わった。


「……検査装置、ですか?」


 ユリウスは訂正票の写しを差し出した。


「こちらの管理番号について、確認をお願いしたいのです」


 ベルナールは、書類を受け取った。


 そして。


「……少々、お待ちください」


 先ほどよりも硬い声で答えた。


     ◇


 同じ頃。


 王立総合学園では、俺たちがアーネスト先生に実験結果を報告していた。


「……残留魔力の量が同じでも、回路の形によって反応が変わった、か」


 アーネスト先生は、記録用紙を見つめた。


「はい」


 俺は頷いた。


「曲線の多い回路では、補助電源の再投入時に一時的な変動が見られました」


 エリオットが勢いよく続ける。


「しかも、単純な回路ではほとんど起きなかったんです!」


「……ほう」


 先生は、少し考え込んだ。


「測定器は同じものを使ったのか?」


「はい」


 リシアが答える。


「ただし、測定位置による影響を除外できていません」


「そのとおりだ」


 先生は頷いた。


「では、次に何をすべきだ?」


 俺は、少し考えた。


「……測定器を入れ替えて、同じ結果になるか確認します」


「それから?」


「回路の形を変えずに、測定位置だけを変えます」


 先生は、満足そうに頷いた。


「いいだろう」


 エリオットが、嬉しそうに拳を握る。


「よし!」


「ただし」


 先生の声が少し低くなった。


「実験の目的を見失うな」


 俺たちは、顔を上げた。


「お前たちが今調べているのは、小型回路で起きる魔力変動だ。王都の事故原因を証明したわけではない」


「……はい」


 俺は頷いた。


 先生は、記録用紙を机へ置いた。


「似た現象が起きたからといって、同じ仕組みとは限らん。そこを混同すれば、間違った対策を作ることになる」


 その言葉に、胸の奥が少し重くなった。


 間違った対策。


 もし、俺たちの考えが間違っていたら。


 それを信じた誰かが、危険な目に遭うかもしれない。


(……だからって、何もしないわけにはいかない)


 俺は、記録用紙を見つめた。


 分からないことは、分からないと伝える。


 そのうえで、確かめられることを一つずつ確かめる。


 今の俺にできるのは、それくらいだ。


「……先生」


「何だ?」


「この結果を、魔導騎士団にも報告したいです」


 先生は、少しだけ目を細めた。


「……理由は?」


「事故と同じ原因だとは言えません。でも、残留魔力の流れ方を調べる方法としては、役に立つかもしれないので」


 先生は、しばらく俺を見つめていた。


 やがて頷いた。


「いいだろう。だが、報告書には推測と確認済みの事実を分けて書け」


「はい」


 俺は、少しだけ背筋を伸ばした。


     ◇


 第二保管施設の応接室。


 ベルナールは、古い台帳を一冊抱えて戻ってきた。


「……お待たせしました」


 机の上に帳簿が置かれる。


 ユリウスは、慎重に頁をめくった。


 そこには、確かに問題の管理番号が記載されていた。


「……ありましたね」


「はい」


 ベルナールは頷いた。


「十数年前、旧西門の貨物集積所から、こちらへ移管されています」


 ガルドが身を乗り出す。


「装置は?」


 ベルナールは、少しだけ言いにくそうな表情を浮かべた。


「……現在、この施設にはありません」


「……何だと?」


「記録によれば、移管から二か月後に別の施設へ送られています」


 ユリウスが顔を上げた。


「どちらへ?」


「王立魔導技術院です」


 その言葉に、室内の空気が変わった。


 ユリウスは、静かに問い返す。


「……技術院?」


「はい」


 ベルナールは、帳簿の一行を示した。


「技術評価のため、貸与したと記載されています」


 ガルドが腕を組んだ。


「……また別の場所か」


「ただし」


 ベルナールは続けた。


「その後の記録が、少し妙なのです」


 ユリウスの視線が鋭くなる。


「……と申しますと?」


「返却記録がありません」


 ガルドが眉をひそめた。


「……借りたままってことか?」


「帳簿上は、そうなっています」


 ベルナールは、別の頁を開いた。


「ですが、十数年前の棚卸しでは、すでに管理対象から除外されています」


「……理由は?」


「老朽化による廃棄、と」


 ユリウスは、静かに目を細めた。


「……廃棄を確認した記録は?」


 ベルナールは首を振った。


「見当たりません」


 ガルドは、低く唸った。


「……どうなってやがる」


 ユリウスは、帳簿を見つめた。


 廃棄予定だった装置。


 夜間に運搬され、貨物集積所へ。


 そこから王宮管理施設へ移され、さらに技術院へ貸与。


 そして、返却されないまま廃棄扱い。


 記録だけを見れば、いくつもの手続きを経ている。


 だが、装置が実際にどこへ行ったのかは分からない。


「……ベルナールさん」


 ユリウスが尋ねた。


「この貸与手続きを承認した方は、分かりますか?」


 ベルナールは、帳簿の下部を指さした。


「こちらに署名があります」


 ユリウスは、その名前を確認した。


 そして、わずかに眉を動かした。


「……この方は」


 ガルドが覗き込む。


「知ってるのか?」


「名前だけは」


 ユリウスは答えた。


「現在、王立魔導技術院で設備管理を担当している方です」


     ◇


 王立魔導技術院。


 フィオナは、机の上に並べた金属片を見つめていた。


 北区の工房から回収されたもの。


 そして、昨日オルドが騎士団へ渡したもの。


 どちらも、表面に線と点を組み合わせた印がある。


 だが、同じ印というわけではなかった。


「……似ていますけど」


 フィオナは、拡大鏡を動かした。


「……位置が違いますね」


 隣に立つアイリスが尋ねる。


「別の部品なのか?」


「はい。少なくとも、同じ型ではありません」


 フィオナは、二つの金属片を並べた。


「こちらは接続部の近くに刻印があります。でも、オルドさんが持っていた方は、端の裏側です」


「……用途が違う?」


「その可能性があります」


 フィオナは、しばらく考え込んだ。


 そして、机の引き出しから古い技術資料を取り出した。


「……少し、試したいことがあります」


「何をするんだ?」


「刻印の位置を、部品の形ではなく、組み立て後の配置で比較します」


 アイリスは、首を傾げた。


「……どういうことだ?」


「部品ごとに印が違っていても、組み立てたときに一定の位置へ並ぶなら、何か意味があるかもしれません」


 フィオナは、紙の上に部品の輪郭を描き始めた。


 アイリスは、その手元を見つめた。


 線が増えていく。


 円。


 接続部。


 固定具。


 そして、刻印。


 しばらくして、フィオナが手を止めた。


「……あれ?」


 アイリスが顔を上げる。


「どうした?」


「……この二つ」


 フィオナは、紙の上の印を指さした。


「向きを合わせると、線の位置が繋がるんです」


 アイリスは、身を乗り出した。


 確かに、別々の部品に刻まれていた線が、一つの方向へ伸びているように見えた。


「……偶然じゃないのか?」


「まだ分かりません」


 フィオナは、慎重に答えた。


「ですが、他の部品でも同じようになるか確認する価値はあります」


 アイリスは頷いた。


「……手伝えることは?」


 フィオナは、少し考えた。


「では、こちらの図面を押さえていただけますか?」


「ああ」


 アイリスは、紙の端を押さえた。


 フィオナが、その上に透明な薄板を重ねる。


 顔が近づいた。


 アイリスは、少しだけ身体を強張らせた。


 だが、フィオナは図面に夢中で気づいていない。


「……ここです」


 フィオナが指さした。


「この位置に、もう一つ部品があったはずなんです」


 アイリスは、図面を見つめた。


「……欠けているのか?」


「はい」


 フィオナは頷いた。


「もし、この部品が見つかれば、刻印の意味をもう少し絞り込めると思います」


 アイリスは、静かに答えた。


「……分かった。回収品の一覧をもう一度確認しよう」


 フィオナが、嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます、アイリスさん」


「……どういたしまして」


 アイリスは、少しだけ視線を逸らした。


     ◇


 夕方。


 魔導騎士団本部へ戻ったユリウスとガルドは、フィオナたちを呼んだ。


「……技術院に?」


 フィオナが驚いたように聞き返す。


「はい」


 ユリウスは頷いた。


「古い検査装置が、十数年前に技術院へ貸与された記録が見つかりました」


「……そんな」


 フィオナは、しばらく黙っていた。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「……技術院には、古い設備の保管庫があります」


 ガルドが顔を上げる。


「そこにあるかもしれねえのか?」


「分かりません」


 フィオナは首を振った。


「ただ、廃棄された装置でも、研究資料として部品だけ残されることがあります」


 ユリウスが尋ねた。


「確認できますか?」


「はい」


 フィオナは頷いた。


「ですが、技術院の保管庫は、研究部門ごとに管理されています。私の権限では、すべてを確認することはできません」


「……なるほど」


 ユリウスは、少し考えた。


「では、正式に協力を依頼しましょう」


 ガルドが、腕を組む。


「また書類か」


 フィオナが、少しだけ笑った。


「……でも、今度は私も手伝えます」


 ユリウスは頷いた。


「お願いします」


 アイリスは、フィオナへ視線を向けた。


「……フィオナさん」


「はい?」


「無理はしないでくれ」


 フィオナが、少し驚いたように顔を上げた。


「……アイリスさん?」


「昨日、私に言っただろう」


 アイリスは、静かに続けた。


「ちゃんと帰ってきてほしいって」


 フィオナは、目を瞬かせた。


「……はい」


「私も同じだ」


 アイリスは、少しだけ笑った。


「フィオナさんにも、無事でいてほしい」


 フィオナは、しばらく言葉を失った。


 そして、ゆっくりと微笑んだ。


「……分かりました」


 その声は、いつもより少しだけ柔らかかった。


     ◇


 翌朝。


 王立魔導技術院の古い保管庫。


 厚い扉が、軋む音を立てて開いた。


 中には、長年使われていない魔導器具が並んでいる。


 埃を被った測定器。


 壊れた制御盤。


 古い星晶石の固定具。


 そして、奥の棚には、布を掛けられた大型の装置がいくつか置かれていた。


 フィオナは、保管庫の管理担当者とともに帳簿を確認していた。


「……この番号です」


 彼女が示したのは、十数年前の貸与記録だった。


 管理担当者は、しばらく頁をめくった。


「……ありました」


 フィオナが顔を上げる。


「本当ですか?」


「はい。ただ……」


 担当者は、少しだけ眉をひそめた。


「……装置そのものは、ここにはないようです」


 フィオナの表情が曇った。


「……廃棄されたのでしょうか?」


「記録上は、そうなっています」


 担当者は、別の帳簿を取り出した。


「ですが、部品の一部は研究資料として残されています」


 フィオナが、息を呑んだ。


「……どこに?」


 担当者は、保管庫の奥を指さした。


「あちらです」


 フィオナは、ゆっくりと歩き出した。


 古い棚の前。


 木箱が一つ置かれている。


 表面には、色褪せた管理番号。


 十数年前の検査装置と一致していた。


「……開けても?」


 フィオナが尋ねる。


 担当者は頷いた。


「はい」


 フィオナは、慎重に蓋を開けた。


 中には、いくつかの金属部品が収められていた。


 固定具。


 小さな回路板。


 そして。


「……これ」


 フィオナの手が止まった。


 木箱の底に、一枚の金属板があった。


 表面には、線と点を組み合わせた印。


 北区の工房で回収されたものと、よく似ている。


 だが、それだけではなかった。


 金属板の中央には、複雑な魔導回路が刻まれている。


 フィオナは、その形を見つめた。


「……まさか」


 回路の一部が、途中で途切れている。


 だが、その先に何が接続されていたのか。


 彼女には、見当がついた。


「……これ、検査装置の部品じゃありません」


 管理担当者が顔を上げる。


「……どういうことですか?」


 フィオナは、ゆっくりと答えた。


「少なくとも、通常の検査機能に必要な回路ではありません」


 彼女は、金属板を見つめた。


「……別の回路へ魔力を送り出すための接続部です」


 保管庫に、沈黙が落ちた。


 フィオナは、続けた。


「ただし、これだけでは用途は分かりません。装置に後から追加されたものなのかも、確認が必要です」


 それでも、一つの事実は明らかになりつつあった。


 十数年前に廃棄されたはずの検査装置。


 その部品の一部が、技術院に残されていた。


 そして、その部品には、通常の検査機能では説明できない回路が刻まれていた。


 フィオナは、静かに息を吐いた。


「……ようやく、現物が見つかりましたね」


 長く途切れていた記録の先に。


 確かな証拠が、一つ姿を現した。

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