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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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床下に眠る回路

 王立総合学園の実習室には、朝から金属の触れ合う小さな音が響いていた。


「……もう一回だ」


 エリオットが測定器の目盛りを覗き込みながら言った。


「昨日も同じことを言っていたわね」


 リシアが記録用紙をめくる。


「昨日は昨日。今日は今日だよ。測定条件を変えれば、別の結果が出るかもしれないだろ?」


「条件を変えるなら、何を変えたか記録して」


「してるって!」


「今、書き忘れていたでしょう」


「……あ」


 俺は二人のやり取りを聞きながら、机の上に置かれた小さな星晶石を見つめていた。


 星晶石。


 魔力を蓄え、魔導装置を動かすための重要な資源。


 王都の街灯も、公共施設の設備も、多くがこれに依存している。


 だからこそ、最近の異常は無視できなかった。


 南区で起きた、停止後も続く魔力反応。


 西区で発生した街灯の破裂。


 そして、北区の工房で見つかった不審な回路部品。


 別々の出来事に見えていたものが、少しずつ繋がり始めている。


 ……ような気がする。


(でも、本当に繋がっているのか?)


 俺は、記録用紙へ視線を落とした。


 魔力を供給した直後、わずかに数値が下がる。


 その後、少し遅れて上昇する。


 ただし、毎回同じ結果が出るわけではない。


「……シオン?」


 エリオットが顔を覗き込んできた。


「何か気づいた?」


「いや……まだ」


「まだ、か」


「ただ、測定器と記録回路を分けたことで、前よりは比較しやすくなったと思う」


 俺は二枚の記録用紙を並べた。


「こっちは測定器が直接示した値。こっちは記録回路を通した値」


「うん」


「この差が、一定じゃない」


 リシアが紙を覗き込む。


「記録回路の遅延?」


「それも考えられる。でも、記録回路を通していない方にも、小さな変化がある」


「……つまり、測定器側の誤差か、星晶石そのものの変化」


「あるいは、その両方」


 言いながら、自分でも嫌になる。


 可能性ばかり増えて、結論が出ない。


 だが、ここで一つに決めつければ、また別のものを見落とすかもしれない。


「……同じ条件で、もう少し測ろう」


 俺が言うと、エリオットは大きく頷いた。


「よし! じゃあ次は十回!」


「五回でいいわ」


 リシアが即座に訂正する。


「ええっ、何で?」


「授業が始まるから」


「……そうだった!」


 俺は思わず笑ってしまった。


 少しだけ、肩の力が抜けた。


     ◇


 同じ頃。


 魔導騎士団本部の会議室には、北区の工房から持ち帰られた測定記録が広げられていた。


「……この変化ですね」


 ユリウス・フォン・エーデルが、記録紙の一箇所を指さす。


 長い雪白の髪が、肩の上で静かに揺れた。


 向かいに座るフィオナ・リュミエールが頷く。


「はい。最初に魔力反応が弱くなり、その後、少し遅れて強くなっています」


「前に回収した金属板の構造と、関係がありそうですか?」


「可能性はあります。ただ……」


 フィオナは言葉を切った。


 紫色の瞳が、記録紙と図面の間を行き来する。


「……同じ仕組みだと断定するには、情報が足りません」


「そうでしょうね」


 ユリウスは頷いた。


 その隣で、ガルド・ヴァレンシュタインが腕を組んでいた。


「で、結局どうする?」


「床下を調べる必要があります」


 フィオナが答える。


「ただし、直接開ける前に、残っている魔導回路の位置をできるだけ絞りたいです」


「昨日の測定だけじゃ足りねえのか?」


「はい。反応が弱く、しかも安定していません」


 フィオナは見取り図を広げた。


「床下に何かあるとしても、装置が動いているとは限りません。残留魔力を拾っているだけかもしれませんし」


「……なるほどな」


 ガルドは顎を撫でた。


「だったら、別の場所からも測ればいいんじゃねえか?」


 フィオナが顔を上げる。


「別の場所、ですか?」


「ああ。工房の中が危ねえなら、隣の建物とか、外の地面とかよ」


 フィオナは一瞬、目を丸くした。


 それから、図面に視線を戻す。


「……確かに」


 彼女は指で工房の外壁をなぞった。


「床下の通路が建物の外まで延びているなら、外側から確認できる可能性があります」


「おっ、そうか!」


 ガルドが嬉しそうに笑う。


「たまには俺も役に立つだろ!」


「団長」


 ユリウスが静かに言った。


「普段から役に立っていただいております」


「おお!」


「ただし、思いついたからといって、すぐ地面を掘り返すのはおやめください」


「まだ何も言ってねえだろ!」


「お顔に書いてあります」


 ガルドは不満そうに鼻を鳴らした。


 フィオナは二人のやり取りを見て、思わず小さく笑った。


 ユリウスは咳払いを一つすると、話を戻した。


「では、外部からの調査方法を検討しましょう。アイリスにも確認させます」


「はい」


 フィオナは頷いた。


     ◇


 その日の午後。


 アイリスは、騎士団本部の資料室でフィオナと向かい合っていた。


 机の上には、北区の古い建築記録が積まれている。


「……これが、工房の隣の建物か」


 アイリスが図面を覗き込む。


「はい。現在は倉庫として使われているようです」


「所有者は?」


「こちらの記録では、別の商会になっています」


 フィオナが書類を示した。


 アイリスは頷いた。


「なら、立ち入りには許可が必要だな」


「そうですね」


「先に所有者を確認しておく。無断で調べるわけにはいかない」


「お願いします」


 フィオナは、別の図面を広げた。


「それと、もう一つ気になることがあるんです」


「何だ?」


「工房の床下通路ですが……」


 彼女は指先で細い線をなぞった。


「この図面では、ここで終わっています」


「ああ」


「でも、建物の外壁の厚さと、通路の長さが合わないんです」


 アイリスは目を細めた。


「……どういうことだ?」


「図面の寸法が正しければ、通路の先端は壁の内側で止まっているはずです」


「……それなら、問題ないんじゃないか?」


「はい。普通なら」


 フィオナは頷いた。


「ただ、工房の改修記録を見ると、この壁は後から厚くされています」


 アイリスは顔を上げた。


「……いつ?」


「十数年前です」


「かなり前だな」


「はい。今回の事件と関係があるかは分かりません」


 フィオナは慎重に言葉を選んだ。


「ですが、もし壁の内部に古い配線が残っているなら、現在の図面だけでは位置を特定できません」


 アイリスは、二枚の図面を見比べた。


 古い図面。


 新しい図面。


 線の位置が、微妙に違う。


「……なるほど」


 アイリスは頷いた。


「だから、隣の建物からも調べたいのか」


「はい」


 フィオナは微笑んだ。


「ただ、無理に調べるつもりはありません」


「……そうか」


 アイリスは、少しだけ安心した。


 昨日のフィオナなら、興味を優先してしまうのではないかと心配していた。


 だが、彼女は危険を理解している。


 そして、慎重に進めようとしている。


「……フィオナさん」


「はい?」


「昨日より、安心して話を聞ける」


 フィオナは目を瞬かせた。


「……そうですか?」


「ああ」


 アイリスは頷いた。


「危険な場所へ行くときも、フィオナさんなら、きちんと考えて動いてくれそうだ」


 フィオナは、少しだけ嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます」


 そして、少し考えてから言った。


「……私も、アイリスさんが一緒なら安心できます」


 アイリスは、思わず顔を上げた。


「……そうか?」


「はい」


 フィオナは真剣に頷いた。


「私が見落としそうなことを、アイリスさんは気づいてくださいますから」


「……それは、仕事だからな」


「それでも、ありがたいです」


 アイリスは、少しだけ視線を逸らした。


 褒められることには慣れていないわけではない。


 だが、フィオナの言葉は、妙にまっすぐだった。


 飾り気がなく、思ったことをそのまま伝えてくる。


(……不思議な人だな)


 そう思いながら、アイリスは再び図面へ目を落とした。


     ◇


 夕方。


 王立総合学園の実習室では、俺たちが最後の測定を終えたところだった。


「……終わった!」


 エリオットが椅子にもたれかかる。


「お疲れさま」


 俺は記録紙をまとめた。


 リシアは、数値を一つずつ確認している。


「……ねえ、シオン」


「何?」


「この三回目の測定」


 彼女が指さした。


「ここだけ、変化が大きいわ」


「……本当だ」


 他の測定では、わずかな上下しか見られない。


 だが、三回目だけは、明らかに違う。


 最初に魔力が弱くなり、その後、少し遅れて強くなっている。


「……何が違ったんだ?」


 エリオットが尋ねる。


「条件は同じはずだけど……」


 俺は記録を見直した。


 供給した魔力量。


 測定時間。


 星晶石の状態。


 どれも、大きな違いはない。


 ……いや。


「……待って」


 俺は、記録紙の端を見た。


「このときだけ、記録回路の補助電源を入れ直している」


 エリオットが顔を上げた。


「ああ。そういえば、接触が悪かったから」


「……それだ」


 リシアが呟いた。


「補助電源を入れ直した直後に、変化が出ている」


 俺は、しばらく考えた。


 補助電源。


 記録回路。


 魔力の流れ。


 もし、記録回路の状態が変わることで、測定結果にも影響が出るなら……。


「……でも」


 俺は首を振った。


「それだけじゃ、説明できない」


「何が?」


「南区の設備は、停止した後も反応が続いていた」


 エリオットが頷く。


「うん」


「もし記録回路だけの問題なら、実際の星晶石に反応が残る理由が分からない」


 リシアは腕を組んだ。


「……別の回路が、魔力を戻していた?」


「可能性はある」


 俺は頷いた。


「でも、それを確かめるには、実際の設備の構造を知らないと」


 そこで、実習室の扉が開いた。


「シオン・クレイヴェル君」


 担当教員が顔を覗かせた。


「はい?」


「魔導騎士団から連絡が来ている」


 俺は、思わず背筋を伸ばした。


「……騎士団から?」


「ああ。以前の調査について、追加で確認したいことがあるそうだ」


 教員は封筒を差し出した。


「無理に引き受ける必要はないが、内容を確認しておきなさい」


「……分かりました」


 俺は封筒を受け取った。


 差出人は、ユリウス・フォン・エーデル。


 白銀の騎士。


 そして、かつてクレイヴェル領で出会った人物。


(……また、何か見つかったのか?)


 胸の奥に、小さな不安が生まれた。


     ◇


 翌日。


 魔導騎士団本部の会議室に、俺たちは再び呼ばれていた。


 俺とエリオット、リシア。


 そして、ユリウス副団長。


 さらに、見覚えのある人物がいた。


「……あれ?」


 思わず声が漏れた。


 淡い銀金色の髪。


 紫色の瞳。


 机の上の資料を熱心に見つめていた女性が、顔を上げる。


「……シオン君?」


 その声に、昔の記憶が蘇った。


 クレイヴェル領。


 古代の転送門。


 そして、あの騒動。


「……フィオナさん?」


「やっぱり!」


 フィオナ・リュミエールは、嬉しそうに立ち上がった。


「お久しぶりです!」


「お久しぶりです」


 俺は思わず笑った。


「……まさか、ここで会うとは」


「私も驚きました」


 フィオナは頷いた。


「ユリウス副団長から、学園の生徒さんが協力してくださっているとは聞いていましたが……」


「知り合いだったんですか?」


 エリオットが興味津々で尋ねる。


「ああ。昔、クレイヴェル領で」


「古代魔導技術の調査をご一緒したんです」


 フィオナが補足する。


「……へえ!」


 エリオットの目が輝いた。


「それ、詳しく聞きたい!」


「後でね」


 リシアが静かに言った。


「今は調査の話でしょう」


「……はい」


 エリオットは素直に座り直した。


 ユリウスが小さく微笑んだ。


「再会の挨拶は済んだようですね」


「はい」


 俺は頷いた。


「では、本題に入りましょう」


 ユリウスは机の上に、北区の工房で得られた記録を広げた。


「昨日、工房の床下付近で、断続的な魔力反応が確認されました」


 俺は記録紙を覗き込んだ。


 そこには、見覚えのある変化が記されていた。


 最初に、わずかに下がる。


 その後、少し遅れて上がる。


「……これ」


 思わず呟いた。


 フィオナが顔を上げる。


「何か気づきましたか?」


「……似ています」


「何に?」


「俺たちが学園で測った記録に」


 俺は鞄から、昨日の記録紙を取り出した。


 二枚の紙を並べる。


 変化の大きさは違う。


 測定条件も違う。


 だが、波形の一部が似ている。


 フィオナは、真剣な表情で見比べた。


「……確かに」


 エリオットも身を乗り出す。


「これ、似てるよね?」


 リシアは慎重に答えた。


「似ているけれど、同じ原因とは限らないわ」


「……そうだな」


 俺は頷いた。


 フィオナも、同じように頷いた。


「はい。ですが、比較する価値はあります」


 俺は、少しだけ驚いた。


 昔のフィオナさんも、こういう人だった。


 分からないことを、分からないままにしない。


 けれど、分からないことを、無理に結論づけたりもしない。


「……シオン君」


 フィオナが言った。


「この記録、もう少し詳しく見せていただけますか?」


「はい」


 俺は頷いた。


「ただ、補助電源を入れ直した直後の記録なので、装置側の影響かもしれません」


「なるほど」


 フィオナは、すぐにその条件を書き留めた。


「それは重要ですね」


 ユリウスが静かに言った。


「……何か、見えてきそうですか?」


 フィオナは少し考えた。


「まだ、はっきりとは」


 そして、机の上の二枚の記録紙を見つめた。


「ですが、もしこの変化が、記録回路だけでなく、魔力の流れそのものにも起きているなら……」


 彼女は言葉を切った。


 俺も、同じことを考えていた。


 魔力を一度別の場所へ逃がし、遅れて戻す。


 もし、そんな仕組みがあるなら。


 停止したはずの設備が、再び反応する理由の一つになるかもしれない。


 ……だが。


(……本当に、そんなことができるのか?)


 俺は、回収された金属板の図面を見つめた。


 まだ、分からない。


 分からないことばかりだ。


 それでも。


 昨日まで別々に見えていた記録が、今、同じ机の上に並んでいる。


 それだけでも、前には進んでいるのかもしれない。


     ◇


 会議が終わった後。


 フィオナは、資料を抱えて廊下へ出た。


 そこには、アイリスが待っていた。


「……終わったか、フィオナさん」


「はい」


 フィオナは微笑んだ。


「お待たせしました」


「いや。問題ない」


 アイリスは、彼女の抱える資料を見た。


「……随分多いな」


「少し増えてしまいました」


「少し、か?」


 アイリスは眉を上げた。


 フィオナは困ったように笑う。


「……思ったより、確認したいことが多くて」


「そうか」


 アイリスは、資料の半分を受け取った。


「……あ」


「持つよ」


「ありがとうございます」


 二人は、並んで歩き始めた。


 廊下の窓から、午後の光が差し込んでいる。


「……フィオナさん」


「はい?」


「今日は、朝食を食べたのか?」


 フィオナは、一瞬だけ目を瞬かせた。


 それから、少し得意げに答えた。


「はい。ちゃんと食べました」


「……そうか」


 アイリスは頷いた。


「それなら、よかった」


 フィオナは、そんな彼女を見て微笑んだ。


「……アイリスさんは、優しいですね」


「……普通だ」


「そうでしょうか?」


「そうだ」


 アイリスは、少しだけ視線を逸らした。


 フィオナは、それ以上何も言わなかった。


 ただ、隣を歩く青髪の騎士を見つめ、穏やかに微笑んでいた。


 まだ、二人の関係に特別な名前はない。


 騎士と研究者。


 互いの仕事を尊重し、協力する相手。


 それだけのはずだった。


 けれど。


 並んで歩くことが、少しずつ自然になっていた。


     ◇


 その夜。


 北区の工房から少し離れた路地裏。


 古い石壁の陰に、一人の人物が立っていた。


 手には、小さな金属片。


 その表面には、線と点を組み合わせた印が刻まれている。


 人物は、遠くに見える工房の封鎖を眺めた。


「……まだ、調べているのか」


 低い声が、夜の空気に溶ける。


 やがて、その人物は金属片を握りしめた。


「……なら、予定を変えるしかないな」


 足音が遠ざかる。


 誰もいなくなった路地裏には、冷たい風だけが残された。


 そして、王都のどこかで。


 誰にも気づかれないほど小さく、一つの魔導灯が明滅した。


 消えたはずの魔力は、まだどこかで流れ続けている。


 その流れが、何へ繋がっているのか。


 今はまだ、誰も知らなかった。

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