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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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白銀の剣と不器用な想い

 王都北区の旧工業区画に、朝靄が漂っていた。


 かつて職人たちの槌音が響いていた通りは、今では人影もまばらだ。閉ざされた工房の窓には埃が積もり、石畳の隙間から伸びた雑草が風に揺れている。


 その一角に、魔導騎士団の一隊が集結していた。


「……団長」


 ユリウス・フォン・エーデルは、隣に立つ大男を見上げた。


「なぜ、こちらにいらっしゃるのですか?」


「何でって、捜査だからだろ?」


 ガルド・ヴァレンシュタインは当然のように答えた。


 その背には、巨大な剣が収まっている。


「北区の捜査は、私が指揮すると申し上げたはずですが」


「ああ。だから、お前が指揮しろ」


「では、団長は?」


「俺はついていく」


「……」


 ユリウスは目を閉じた。


 雪のように白い長髪が、朝風に揺れる。


「団長。指揮官が二人いては、現場が混乱します」


「だから、お前が指揮しろって言ってるだろ」


「では、団長は私の指示に従ってくださるのですね?」


「もちろんだ!」


 あまりにも力強い返事だった。


 ユリウスは、わずかに目を細める。


「……本当に?」


「おう!」


「危険だから待機してくださいと申し上げても?」


「状況によるな!」


「……今、何と?」


「状況による!」


 ユリウスは深いため息をついた。


「……やはり、信用できません」


「何でだ!?」


 少し離れた場所で、アイリス・フェルディアがそのやり取りを聞いていた。


 隣にいた若い騎士が、小声で尋ねる。


「……副団長、朝から大変そうですね」


「いつものことよ」


 アイリスは苦笑した。


「でも、団長が来ると少し安心するでしょう?」


「それは、まあ……」


「私もよ」


 彼女は二人へ視線を向けた。


 王国屈指の実力を持つ魔導騎士団長。


 そして、その隣で冷静に全体を支える副団長。


 性格は正反対に見えるが、戦場での連携は見事なものだった。


 ただし。


(……副団長の苦労は、もう少し減ってもいいと思うけど)


 アイリスは心の中で付け加えた。


     ◇


 捜査対象の建物は、古い煉瓦造りの工房だった。


 公共設備管理所の記録では、星晶石の納入先となっていた場所である。


 しかし、工房としての営業記録はなく、建物の使用契約には二年前に死亡した人物の名前が使われていた。


 魔導騎士団は、関係機関と調整したうえで正式な立ち入り調査に踏み切っていた。


「周辺の確認は?」


 ユリウスが尋ねる。


「完了しています」


 アイリスが報告した。


「裏手に荷車の通れる道があります。最近使われたと思われる車輪の跡も確認しました」


「足跡は?」


「複数あります。ただし、古いものとの区別は難しい状況です」


「分かりました」


 ユリウスは建物を見上げた。


 窓は板で塞がれている。


 正面の扉には錆びた鎖が巻かれていた。


「まず、外周を確認します。内部に人がいる可能性も考慮してください」


「了解!」


 騎士たちが配置につく。


 そのとき。


「よし、俺が扉を開けるか!」


 ガルドが一歩前に出た。


「団長」


「ん?」


「お待ちください」


「何だ?」


「まだ内部の安全確認が済んでいません」


「だから、俺が先に入って確認するんだろ?」


「……」


 ユリウスは額に手を当てた。


「団長」


「おう」


「先ほど、私の指示に従うとおっしゃいましたね?」


「言ったな」


「では、ここで待機してください」


「……」


 ガルドはしばらく考え込んだ。


 そして。


「分かった!」


 意外にも、あっさり頷いた。


 ユリウスは少し驚いた。


「……よろしいのですか?」


「お前がそう言うならな」


「……」


「何だ、その顔は」


「いえ……」


 ユリウスは視線を逸らした。


「……ありがとうございます」


「礼を言われるようなことか?」


「私にとっては、十分です」


 ガルドは不思議そうに首を傾げた。


 アイリスは、その様子を見て小さく笑った。


     ◇


 工房の扉が開かれた。


 内部には、古い加工台と棚が並んでいた。


 床には埃が積もっている。


 だが、すべてが長年放置されていたわけではなかった。


「……ここだけ、埃が少ないですね」


 アイリスが床を指さす。


 奥の作業台の周囲には、最近人が出入りしたような跡が残っていた。


「荷物を置いていたのでしょうか」


 ユリウスが呟く。


 騎士たちは慎重に室内を調べた。


 棚の中には、古い工具。


 使いかけの研磨剤。


 破損した魔導器具の部品。


 そして、作業台の下から、一枚の布に包まれた木箱が見つかった。


「副団長!」


 アイリスが呼ぶ。


「こちらを」


 ユリウスは木箱を確認した。


 蓋には、古い工房の印が刻まれている。


 だが、印の一部が削られていた。


「……開けられますか?」


「封印の有無を確認します」


 技術担当の騎士が慎重に調べる。


「魔力反応はありません。機械式の錠前です」


「では、開封してください」


 鍵を外す音が響いた。


 蓋が開く。


 中に入っていたのは、数枚の金属板だった。


「……これは?」


 アイリスが首を傾げる。


 ユリウスは一枚を手に取った。


 表面には細かな溝が刻まれている。


 魔導回路の一部に見えた。


「……検査装置の部品でしょうか」


「可能性はあります」


 技術担当の騎士が答える。


「ただし、これだけでは用途を特定できません」


 ユリウスは頷いた。


「本部へ持ち帰り、専門家に確認してもらいましょう」


 そのときだった。


 奥の壁際から、かすかな音が聞こえた。


 かちり。


 何かが動く音。


 ユリウスの表情が変わった。


「……全員、下がってください」


 騎士たちが一斉に動く。


 次の瞬間。


 壁際の床に刻まれていた魔導回路が、淡い赤色に輝いた。


「……罠か!」


 アイリスが叫ぶ。


 床の一部が沈み、壁の隙間から細い光が走った。


 それは、室内を横切るように広がっていく。


「防護結界!」


 ユリウスが即座に魔法を発動した。


 半透明の障壁が騎士たちの前に展開される。


 光が結界に衝突した。


 甲高い音が響く。


 だが、結界は破られない。


「……くっ!」


 ユリウスは歯を食いしばった。


 光の圧力が、予想以上に強い。


 しかも、攻撃は一度では終わらなかった。


 二度。


 三度。


 床の回路が、次々と輝く。


「副団長!」


 アイリスが叫ぶ。


「このままでは……!」


「分かっています!」


 ユリウスは結界を維持しながら、周囲の騎士へ指示を出した。


「全員、出口へ! 技術班は装置に触れないでください!」


 騎士たちが後退する。


 そのとき。


 背後から、豪快な声が響いた。


「ユリウス!」


 ガルドだった。


「団長!? 待機していたはずでは!」


「お前が危ねえんだから、待ってられるか!」


「……っ!」


 ガルドは巨大な剣を抜いた。


 刃に、濃密な戦気が宿る。


「どこを斬ればいい!」


 ユリウスは一瞬、言葉を失った。


 だが、すぐに状況を判断する。


「右奥の床です! 赤く光っている回路の外側、石板の継ぎ目を!」


「分かった!」


 ガルドが踏み込んだ。


 巨体からは想像できない速度だった。


 大剣が振り下ろされる。


 轟音。


 石床が砕け、回路の一部が断ち切られた。


 赤い光が、一瞬だけ弱まる。


「……まだです!」


 ユリウスが叫ぶ。


「左側にも回路があります!」


「任せろ!」


 ガルドは剣を返した。


 二撃目。


 今度は壁際の石板が砕け散る。


 光が途切れた。


 床の魔導回路が、ゆっくりと暗くなっていく。


 やがて。


 室内に静寂が戻った。


「……停止しました」


 アイリスが呟いた。


 ユリウスは結界を解除した。


 そして、深く息を吐く。


「……団長」


「おう!」


「……なぜ、入ってきたのですか」


「お前が危なかったからだ」


「私が待機を命じたことは?」


「覚えてるぞ」


「では、なぜ……」


 ガルドは不思議そうに首を傾げた。


「お前が危ないのに、黙って見てろってのか?」


「……」


 ユリウスは言葉を失った。


 ガルドは続けた。


「俺は団長だ。部下が危険なら助ける。それだけだろ」


 その言葉に、ユリウスは少しだけ目を伏せた。


 部下。


 その一言が、胸の奥に小さく刺さる。


 だが。


 自分が危険なとき、迷わず飛び込んできてくれた。


 その事実が、何よりも嬉しかった。


「……ありがとうございます」


 ユリウスは静かに言った。


 ガルドは笑った。


「おう! 無事でよかったな!」


 ユリウスは微笑んだ。


「……ええ」


 ただし。


「ですが、団長」


「ん?」


「命令違反については、あとでお話があります」


「……何?」


「覚悟しておいてください」


「おいおい! 助けたんだぞ!?」


「それとこれとは別です」


 アイリスは、二人のやり取りを聞きながら肩を震わせていた。


     ◇


 同じ頃。


 王立総合学園の研究棟では、シオンたちが試作品の改良を進めていた。


「……これで、記録回路の誤差は少し減ったかな」


 エリオットが装置を覗き込む。


「前回よりは安定しているわね」


 リシアが記録を確認した。


 シオンは図面に目を落とした。


 故郷でグレンと作った劣化警告装置。


 その考え方を応用し、測定値の小さな変化を記録する補助回路。


 まだ完成には程遠い。


 だが、少しずつ形になっていた。


「……一つ、気になることがあるんだ」


 シオンが言った。


「何?」


 リシアが顔を上げる。


「俺たち、異常が起きる前の変化を調べてるだろ?」


「ええ」


「でも、その変化が本当に危険な兆候なのか、まだ分からない」


 エリオットが頷く。


「うん。だから、今は記録を集めてる」


「そうなんだけど……」


 シオンは言葉を止めた。


 自分たちの装置が、いつか騎士団の現場で使われるかもしれない。


 もし、そのとき。


 警告が出なかったら。


 あるいは、誤った警告を出したら。


 誰かが危険な目に遭うかもしれない。


「……シオン」


 リシアが声をかけた。


「また、考えすぎているんじゃない?」


「……そうかもしれない」


 シオンは苦笑した。


 だが、今回は以前とは少し違った。


 不安があるからといって、何もしないわけではない。


「……だから、今のうちにできるだけ確かめたい」


 シオンは顔を上げた。


「完成していないものを完成したと言うつもりはない。でも、どこまで信用できるかは、自分たちで調べたいんだ」


 リシアは頷いた。


「それなら、賛成よ」


「僕も!」


 エリオットが笑った。


「それに、失敗するなら今のうちだよ。安全な結晶で試しているんだから」


「……そうだな」


 シオンは頷いた。


 そして、再び図面へ向き直った。


     ◇


 夕方。


 北区の工房では、罠の解除後も調査が続けられていた。


 ガルドとユリウスは、建物の外で報告を受けていた。


「……つまり、あの回路は侵入者を排除するためのものだった可能性が高いのか」


 ガルドが尋ねる。


「はい」


 技術担当の騎士が答えた。


「ただし、致命的な攻撃を目的としていたかどうかは不明です。警告装置として設置された可能性もあります」


「警告にしちゃ、ずいぶん物騒だな」


 ガルドが眉をひそめる。


「ええ」


 ユリウスは頷いた。


「少なくとも、一般的な倉庫の防犯設備とは異なります」


 アイリスが報告書を差し出した。


「回収した金属板についても、専門家の確認が必要です」


「分かりました」


 ユリウスは書類を受け取った。


「本部へ持ち帰りましょう」


 そのとき。


「ユリウス」


 ガルドが声をかけた。


「はい?」


「お前、腕は大丈夫か?」


「……腕?」


「さっき、結界を張ってたときに無理してただろ」


 ユリウスは少し驚いた。


 確かに、結界を維持した際に右腕へ負担がかかっていた。


 だが、外から見て分かるほどではないと思っていた。


「……問題ありません」


「本当か?」


「はい」


 ガルドは、じっとユリウスを見つめた。


「……嘘だな」


「……」


「見せてみろ」


「団長、ここはまだ現場です」


「いいから」


 ガルドはユリウスの右腕を取った。


 大きな手が、手首を包む。


 ユリウスの身体が、わずかに強張った。


「……っ」


「ほら、やっぱり痛むんじゃねえか」


「……少しだけです」


「少しでも痛むなら、ちゃんと言え」


 ガルドは真剣な顔で言った。


「お前が無理して倒れたら、俺が困る」


 ユリウスは、言葉を失った。


 胸の奥が、急に熱くなる。


「……団長」


「何だ?」


「……そのようなことを、簡単におっしゃらないでください」


「何でだ?」


「……」


 ユリウスは視線を逸らした。


「……いえ。何でもありません」


 ガルドは首を傾げた。


「変な奴だな」


「……よく言われます」


「誰に?」


「主に、団長にです」


「そうだったか?」


 ガルドは豪快に笑った。


 ユリウスは、ため息をついた。


 だが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。


     ◇


 騎士団本部へ戻った頃には、日が暮れていた。


 ユリウスは報告書をまとめ、ガルドの執務室へ向かった。


 扉を叩く。


「団長、報告書をお持ちしました」


「おう、入れ!」


 扉を開けると、ガルドは机の上に大量の書類を積み上げていた。


「……団長」


「何だ?」


「その書類は?」


「今日の報告書だ」


「……なぜ、すべて団長の机に?」


「お前が忙しそうだったからな。俺がやっとこうと思って」


 ユリウスは目を瞬かせた。


「……団長が?」


「おう!」


「……書類仕事を?」


「何だ、その反応は!」


「いえ……」


 ユリウスは、そっと机の上の書類を確認した。


 内容は、意外にも丁寧に整理されていた。


 誤字は少ない。


 必要な項目も揃っている。


「……きちんと書けている」


「当たり前だろ!」


「……失礼しました」


 ユリウスは微笑んだ。


 ガルドは少し得意げだった。


「俺だって、やるときゃやるんだ」


「ええ。存じています」


「……本当か?」


「もちろんです」


 ユリウスは静かに答えた。


「団長が、誰よりも責任感の強い方だということは」


 ガルドは少し驚いたように目を見開いた。


「……何だ、急に」


「事実を申し上げただけです」


「……そうか」


 ガルドは照れくさそうに頭をかいた。


 ユリウスは、その様子を見て微笑んだ。


 そして、書類を机に置いた。


「……団長」


「ん?」


「今日は、ありがとうございました」


「さっきも聞いたぞ」


「何度でも申し上げます」


 ユリウスは、まっすぐにガルドを見つめた。


「……あなたが来てくださって、本当によかった」


 ガルドは、しばらく黙っていた。


 そして。


「……おう」


 少しだけ、声を落として答えた。


「俺も、お前が無事でよかった」


 ユリウスの胸が、小さく跳ねた。


 その言葉に、特別な意味があるのかは分からない。


 きっと、団長にとっては部下を気遣う、ごく自然な言葉なのだろう。


 それでも。


 今は、それで十分だった。


「……では、失礼します」


 ユリウスは一礼した。


 扉へ向かう。


 その背中に、ガルドの声がかかった。


「ユリウス」


「はい?」


「明日は休めよ」


「……え?」


「腕、痛むんだろ。無理すんな」


 ユリウスは、少し困ったように笑った。


「……団長こそ、お休みになってください」


「俺は大丈夫だ!」


「……でしょうね」


 ユリウスは、もう一度ため息をついた。


 そして。


「……おやすみなさい、団長」


「おう! おやすみ!」


 扉が閉まる。


 廊下に出たユリウスは、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 右手を、そっと胸元へ当てる。


 まだ、ガルドに掴まれた手首の感触が残っているような気がした。


「……本当に」


 ユリウスは、小さく呟いた。


「……ずるい方です」


 誰もいない廊下に、その声は静かに消えていった。


     ◇


 一方、王都北区の工房から回収された金属板は、騎士団の技術部門へ運ばれていた。


 夜遅く。


 一人の技術者が、金属板を光にかざしていた。


「……妙だな」


 表面に刻まれた溝。


 その配置は、一般的な魔導回路とは少し異なっていた。


 魔力を流すための回路というよりも。


 何かを測定するための回路に近い。


「……検査装置の部品か?」


 技術者は、別の資料を取り出した。


 廃棄されたはずの検査装置の設計記録。


 そこに描かれていた回路の一部と、目の前の金属板。


 形状は似ている。


 だが、完全には一致しない。


「……改造されている?」


 技術者は眉をひそめた。


 金属板の端には、小さな刻印があった。


 それは、通常の製造番号ではなかった。


 数字でも、工房の印でもない。


 ただ、短い線と点を組み合わせた、不思議な模様。


 技術者は、その模様を紙に写し取った。


「……何の印だ、これは」


 答える者はいない。


 窓の外では、王都の夜が静かに更けていた。


 だが、北区の工房で見つかった金属板は、南区と西区の事故を調べるうえで、新たな手がかりとなりつつあった。

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