止まらない灯火
王都西区の夜は、いつもなら穏やかだった。
南区のような大きな商店街は少なく、住宅と小さな工房が入り交じる地区である。日が沈めば通りの人影は減り、軒先に吊るされた魔力灯が、石畳を柔らかく照らす。
だが、その夜。
西区第七街路の魔力灯が、一斉に明滅した。
「……何だ?」
パン屋の主人が、閉店作業の手を止める。
店先の灯りが消えたかと思うと、次の瞬間には昼間のような明るさで輝いた。
その光が、再び弱まる。
明るくなる。
弱まる。
まるで何かの合図を送っているようだった。
「お父さん、怖い」
店の奥から、小さな女の子が顔を出した。
「大丈夫だ。ちょっと調子が悪いだけだろう」
主人は笑ってみせた。
しかし、頭上の魔力灯から聞こえてきた音に、その笑みが消える。
きぃん。
金属を細い刃で擦ったような音。
続いて、灯りを覆う硝子の内側に、小さな亀裂が走った。
「……おいおい」
主人は娘を抱き上げた。
その瞬間。
ぱんっ!
通りの向こうで、別の魔力灯が破裂した。
硝子片が石畳に散らばる。
「きゃあっ!」
「何だ、今の!」
「灯りから離れろ!」
窓が開き、住民たちの声が飛び交った。
主人は娘を抱えたまま、店の奥へ駆け込んだ。
その背後で。
通りに並ぶ魔力灯が、一つ、また一つと異様な光を放ち始めていた。
◇
王都南区第三魔力分配所。
事故のあった建物には、まだ騎士団の灯りが残っていた。
「西区から応答がない?」
ガルド・ヴァレンシュタインが眉をひそめた。
「はい。公共設備管理所からの緊急連絡です」
報告した騎士は、息を切らしていた。
「第七街路の設備交換作業が完了したか確認できず、現地との通信も途絶えているそうです」
「南区と同じ部品か?」
「同じ納入業者を経由した星晶石が使用されている可能性があります。ただし、製造番号の照合はまだです」
「……可能性、か」
ガルドは短く唸った。
隣では、ユリウス・フォン・エーデルが書類を確認していた。
雪のように白い長髪が、夜風に静かに揺れる。
紫水晶色の瞳は、いつになく鋭かった。
「団長。西区へ部隊を向かわせましょう」
「ああ。俺も行く」
「今回は、私が行きます」
「何?」
「南区の現場指揮は、まだ必要です。こちらの結晶が再び反応する可能性もあります」
ガルドは、背後に置かれた破損装置へ視線を向けた。
装置の外装は吹き飛び、内部の配線も焼け焦げている。
それでも、取り外した星晶石は隔離容器の中で、かすかな明滅を続けていた。
「……確かにな」
「西区の状況を確認次第、報告します」
「待て、ユリウス」
「はい」
ガルドは真剣な顔で言った。
「無茶はするなよ」
ユリウスは一瞬、言葉を失った。
そして、わずかに目を伏せる。
「……それは、私の台詞です」
「ははっ! そうだったか!」
「ええ。いつも私が言っている台詞です」
ユリウスは苦笑した。
だが、次の瞬間には表情を引き締める。
「アイリス!」
「はい、副団長!」
呼ばれて駆け寄ってきたのは、魔導騎士団の女性騎士、アイリス・フェルディアだった。
「西区へ向かいます。機動班を編成してください。魔導設備の専門家も同行させます」
「了解しました!」
「住民の避難を最優先に。装置の破壊は、構造を確認するまで禁止です」
「はい!」
アイリスが駆け去る。
ユリウスは馬へ向かいながら、もう一度振り返った。
「団長」
「何だ?」
「どうか、こちらでも無茶はなさらないでください」
「分かってるって!」
その返事を聞き、ユリウスは小さくため息をついた。
(……まったく信用できませんね)
もっとも。
そんな団長だからこそ、自分は隣に立ち続けたいのだが。
その思いを口にすることなく、ユリウスは馬に跨った。
「出発!」
夜の王都へ、騎士たちの蹄音が響いた。
◇
翌朝。
王立総合学園の会議室には、普段とは違う緊張が漂っていた。
シオン・クレイヴェルは、机の上に並べられた書類を見つめていた。
隣には、エリオット・ベルンとリシア・エルフォード。
向かい側には学園の担当教員と、魔導騎士団から派遣された調査官が座っている。
「……それでは、確認を始めます」
調査官は、三十代ほどの落ち着いた男性だった。
「昨日、君たちが行った実験について、順を追って説明してほしい」
「分かりました」
シオンは頷いた。
まず、三つの星晶石を比較したこと。
そのうち一つだけ、魔力の流れに微細な乱れが見られたこと。
異なる測定器を使っても、似た傾向が確認されたこと。
そして。
「魔力の供給を止めたあと、測定値が一度ゼロになったんです」
シオンは記録用紙を指さした。
「ですが、そのあとに、もう一度針が動きました」
調査官が眉を動かした。
「供給を止めたあとに?」
「はい」
「測定器の故障では?」
「その可能性を考えて、別の測定器でも確認しました」
エリオットが答えた。
「測定器を替えても、同じような反応が出たんです」
「外部から魔力が流れ込んだ可能性は?」
今度はリシアが口を開いた。
「完全な遮断を証明できたわけではありません。ただ、簡易隔離箱の中でも反応を確認しています」
調査官は記録を取りながら頷いた。
「なるほど。慎重な説明だ」
「まだ原因は分かっていませんから」
リシアはきっぱりと言った。
「分からないものを、分かったことにはできません」
調査官はわずかに笑った。
「その姿勢は大切だ」
シオンは、そこで一つ気になっていたことを尋ねた。
「南区の事故でも、同じような反応があったんですか?」
調査官は少し考えた。
「現時点で公表できる範囲では、魔力供給を遮断したあとも装置の内部で反応が続いていた」
「……やっぱり」
「ただし、君たちの実験と同じ原因かどうかは不明だ」
「はい」
シオンは頷いた。
そのとき、エリオットが手を上げた。
「あの、もう一ついいですか?」
「どうぞ」
「南区の装置って、どんな構造だったんでしょうか?」
調査官は首を傾げた。
「なぜ、それを?」
「供給を止めたあとに魔力が出てくるなら、結晶だけじゃなくて、周囲の回路がどう反応するかも重要だと思うんです」
エリオットは机の上の紙を引き寄せ、簡単な図を描き始めた。
「例えば、ここが供給回路で、こっちが分配回路だとして……」
彼の手は、話し始めると急に速くなる。
「普通なら供給を止めれば、分配側の魔力も減っていきますよね。でも、結晶があとから魔力を放出するなら、回路のどこかに逆向きの流れができるかもしれない」
「逆流か」
「はい。もちろん、実際の装置を見ていないので推測ですけど」
シオンは図を覗き込んだ。
供給回路。
分配回路。
遮断機構。
そして、中心に置かれた星晶石。
(……待てよ)
何かが引っかかった。
昨日の実験。
測定器の針がゼロを示したあと、再び動いた。
あのとき、シオンたちは結晶そのものの反応に注目していた。
だが、もし。
「エリオット」
「ん?」
「回路に逆向きの流れが起きたら、遮断装置はどうなる?」
「設計によるけど……」
エリオットは考え込んだ。
「普通の遮断装置って、供給元からの流れを止めるように作られてるよね。逆方向からの圧力まで想定していないものもあると思う」
リシアの表情が変わった。
「……それなら、遮断しても安全とは限らない」
「そういうことだ」
シオンは顔を上げた。
「もし、供給を止めたあとに結晶が魔力を放出するなら、装置を止めたつもりでも、内部には圧力が残る」
調査官が黙って耳を傾ける。
「その状態で、作業員が点検のために外装を開けたら……」
シオンは言葉を止めた。
エリオットも黙り込む。
リシアが静かに続きを口にした。
「内部の魔力が、一気に放出される可能性がある」
会議室に沈黙が落ちた。
やがて、調査官が立ち上がった。
「……その指摘は、すぐに現場へ伝えよう」
担当教員も頷く。
「確証はありませんが、注意喚起としては十分な理由があります」
調査官は書類をまとめた。
「君たちには、引き続き実験記録の整理をお願いしたい。ただし、問題の結晶を使った追加実験は許可が出るまで禁止する」
「分かりました」
三人は揃って頷いた。
調査官が部屋を出ていく。
扉が閉まると、エリオットが長く息を吐いた。
「……緊張したあ」
「さっきまで楽しそうに回路の説明をしていたじゃない」
リシアが呆れたように言う。
「だって、回路の話は楽しいだろ?」
「騎士団の調査官の前でも、そこだけ普段どおりなのね」
「褒めてる?」
「褒めていないわ」
シオンは思わず笑った。
だが、すぐに表情を戻す。
自分たちの考えが正しければ、南区の事故は単なる一度きりの故障ではないかもしれない。
そして、昨日の夜から王都西区でも設備の異常が起きているという噂が広がっていた。
(……まだ、終わってない)
シオンは机の上の図を見つめた。
◇
王都西区。
ユリウスたちが到着した頃には、夜が明け始めていた。
通りには砕けた硝子が散らばり、複数の魔力灯が焼け焦げていた。
騎士たちが住民を誘導し、設備管理の作業員が通りの端で待機している。
「負傷者は?」
ユリウスが尋ねる。
「硝子片による軽傷者が三名。重傷者はいません」
アイリスが答えた。
「ただし、第七街路の分配装置は、現在も不安定な状態です」
「供給は?」
「停止済みです」
「それでも反応が続いている?」
「はい」
ユリウスは目を細めた。
南区と同じだ。
だが、今回はまだ装置そのものが破損していない。
「現場へ案内してください」
「了解しました」
二人は、騎士たちに囲まれた小さな建物へ向かった。
内部には、円筒形の魔力分配装置が設置されている。
中央の観測窓から、青白い光が見えた。
その光は、一定の間隔で強くなったり弱くなったりしている。
「……南区の結晶と似ていますね」
アイリスが呟く。
「ええ」
ユリウスは装置を観察した。
魔力の供給管は閉じられている。
外部からの流入は、少なくとも通常の経路では確認できない。
それなのに、内部の反応は続いていた。
「作業員はどこに?」
「別室で待機しています」
「呼んでください。装置の構造を確認したい」
数分後。
現場の整備主任が、図面を持って現れた。
「こちらが第七街路の分配装置です」
ユリウスは図面を受け取った。
複数の供給管。
内部の星晶石。
分配回路。
遮断弁。
そして、異常時に魔力を逃がすための排出経路。
「……排出経路は機能していますか?」
「それが……」
整備主任は顔を曇らせた。
「内部の圧力が不安定で、正常に作動しているか確認できません」
「無理に開けるのは危険ですね」
「はい。ですが、このままでは周辺設備への影響が……」
そのとき。
通信担当の騎士が駆け込んできた。
「副団長! 南区の調査班から緊急連絡です!」
「内容は?」
「王立総合学園の研究結果を踏まえた注意喚起です。魔力遮断後の再放出により、内部回路へ逆向きの圧力が生じる可能性があるとのこと!」
ユリウスの表情が変わった。
「……逆向きの圧力?」
「はい! 点検のための開放操作も危険だと!」
ユリウスは図面を見直した。
排出経路。
遮断弁。
内部の星晶石。
そして、通常とは逆方向から圧力がかかった場合の流れ。
「……なるほど」
ユリウスは整備主任へ尋ねた。
「この排出経路には、逆流防止の仕組みがありますか?」
「あります。ただし、外部からの逆流を防ぐためのもので……」
整備主任の声が止まった。
図面を覗き込んだ彼の顔から、血の気が引いていく。
「……まさか」
「どうしました?」
「内部から逆方向に圧力がかかると、排出弁が閉じたままになる可能性があります」
アイリスが息を呑んだ。
「それでは、魔力を逃がせないのでは?」
「……はい」
ユリウスは即座に判断した。
「装置には触れないでください。まず周辺設備との接続を確認し、独立した排出経路を確保します」
「ですが、副団長」
整備主任が不安そうに言う。
「この装置には、緊急排出用の補助管がありません」
「ならば、作ります」
「……え?」
ユリウスは静かに答えた。
「既存の装置を無理に動かすより、安全な場所へ魔力を逃がす方法を考えた方がいい」
アイリスが頷く。
「魔導技術班を呼びます!」
「お願いします」
ユリウスは、もう一度装置を見つめた。
淡青色の光が、ゆっくりと明滅している。
まるで、内部で何かが呼吸しているようだった。
◇
昼前。
王立総合学園の中庭では、シオンたちが昼食を取っていた。
カイル・レインフォードとディーン・アシュベルクも一緒だった。
「……つまり、魔力を止めても止まらないってことか?」
カイルがパンを片手に尋ねる。
「かなり大雑把に言えば、そうだな」
シオンが答えた。
「でも、魔力って使えば減るんだろ?」
「普通はな」
「じゃあ、何で増えるんだ?」
「それが分かれば苦労しない」
シオンはため息をついた。
カイルはしばらく考え込んだ。
そして、真剣な顔で言った。
「……つまり、食べても減らないパンみたいなものか?」
エリオットが吹き出した。
「何でパンなのさ!」
「いや、分かりやすいだろ?」
「分かりやすいけど、全然違う!」
リシアは呆れた顔をした。
「カイル。魔力が新しく生まれていると決まったわけではないの。内部に残っていたものが、遅れて放出されているだけかもしれないわ」
「……なるほど」
カイルは頷いた。
「つまり、パンを隠しておいて、あとから出してくる感じか」
「どうしてパンから離れられないのよ!」
今度はシオンも笑ってしまった。
ディーンが肩をすくめる。
「こいつは腹が減っているだけだ」
「おい、ディーン。お前だって昼飯を食べてるだろ!」
「俺は魔力をパンに例えたりしない」
「例えが分かりやすいのは大事だぞ!」
「分かりやすさ以前の問題だ」
そんなやり取りに、少しだけ空気が和らいだ。
だが、シオンはふと、南区の方角へ目を向けた。
昨日の煙は、もう見えない。
街はいつもどおりに動いているように見える。
それでも、どこか落ち着かなかった。
「……シオン」
カイルが声をかける。
「ん?」
「気になるなら、ちゃんと調べろよ」
「……え?」
「お前、こういうの放っておけないだろ」
カイルは笑った。
「俺は難しいこと分かんねえけどさ。お前たちが調べたことが、誰かの役に立つかもしれないんだろ?」
シオンは少し驚いた。
ディーンも頷く。
「もちろん、危険なことはするな。だが、できる範囲で調べるのは悪くないと思う」
「……そうだな」
シオンは静かに頷いた。
自分たちにできること。
それは、事故現場へ飛び込むことではない。
分からない現象を、一つずつ確かめること。
その結果を、必要としている人へ届けること。
今は、それでいい。
いや。
今は、それをするべきなのだ。
◇
午後。
王都西区第七街路。
魔導技術班による応急処置が始まっていた。
装置の周囲には防護結界が張られ、住民は安全な場所へ避難している。
新たに設置された仮設の魔力排出管が、装置の側面へ接続されていた。
「接続完了!」
「圧力計、正常!」
「排出先の安全確認、完了!」
作業員たちの声が響く。
ユリウスは装置の前に立った。
「慎重に進めてください。少しでも異常があれば、すぐに中止を」
「了解!」
整備主任が操作盤へ手を伸ばす。
ゆっくりと、排出弁が開かれた。
しゅううう……。
淡青色の光が、仮設管の内部を流れ始める。
排出先の吸収装置が、静かに輝いた。
「……圧力、低下しています!」
作業員が叫ぶ。
「よし!」
アイリスが小さく拳を握った。
装置内部の明滅が、少しずつ弱くなる。
ユリウスは慎重に見守った。
一分。
二分。
三分。
やがて。
観測窓の光が、完全に消えた。
「……反応停止を確認!」
整備主任が声を上げる。
周囲に、安堵の息が広がった。
「やりましたね、副団長!」
アイリスが笑顔を見せる。
「ええ」
ユリウスも静かに頷いた。
「ただし、完全に安全だと判断するには、まだ早いでしょう」
「……そうですね」
アイリスは気を引き締めた。
南区の事故。
西区の異常。
そして、学園から届いた研究結果。
すべてが偶然なのか。
それとも、何らかの共通した原因があるのか。
まだ、答えは出ていない。
だが、一つだけ確かなことがあった。
今回、西区では大きな被害を防ぐことができた。
それは、学園の学生たちが記録した小さな異常が、現場の判断に役立ったからだった。
「……シオン・クレイヴェル、ですか」
ユリウスが呟く。
「副団長?」
「いえ。少し、興味が湧いただけです」
ユリウスは微笑んだ。
「近いうちに、直接話を聞いてみたいですね」
◇
夕方。
王立総合学園の研究棟。
シオンたちは、昨日までの実験記録を整理していた。
問題の星晶石は、すでに学園の管理下で厳重に保管されている。
追加実験の許可は、まだ下りていない。
「……結局、何も分からないままか」
エリオットが机に突っ伏した。
「分からないことが分かっただけでも、進歩よ」
リシアが答える。
「それ、慰めになってる?」
「事実を言っているだけ」
「厳しいなあ……」
シオンは苦笑しながら、記録用紙をめくった。
測定値。
反応の間隔。
魔力供給の停止時刻。
そして、再び針が動いた時刻。
何度見ても、不思議な現象だった。
(……どうして、供給を止めたあとに反応するんだ?)
シオンは、記録の一部分に目を留めた。
反応が起きた時刻。
その直前に、測定値がわずかに揺れている。
小さすぎて、昨日は見落としていた変化だ。
「……ん?」
「どうしたの?」
リシアが顔を上げる。
「この部分なんだけど」
シオンは記録用紙を指さした。
「再反応が起きる直前に、ほんの少しだけ数値が変わってる」
エリオットが身を乗り出す。
「……本当だ」
「これ、偶然かな?」
「分からない。でも……」
リシアは別の記録用紙を取り出した。
「こっちの実験でも、似た変化があるわ」
三人は顔を見合わせた。
同じ結晶。
異なる測定器。
異なる条件。
それでも、反応の直前に小さな変化が起きている。
「……何かの前兆かもしれない」
シオンが呟いた。
リシアは慎重に頷く。
「そう考えることはできる。でも、まだ断定できないわ」
「分かってる」
シオンは記録用紙を見つめた。
その小さな変化。
もし、これが本当に前兆なら。
異常が大きくなる前に、気づくことができるかもしれない。
事故を防ぐ手がかりになるかもしれない。
そう考えたとき。
研究室の扉が叩かれた。
「失礼します」
担当教員が入ってくる。
「三人とも、少しいいかな」
「はい」
シオンたちは顔を上げた。
教員の手には、一通の封書があった。
「魔導騎士団から連絡があった」
シオンの胸が、わずかに高鳴る。
「西区の異常について、君たちの研究結果が参考になったそうだ」
「……本当ですか?」
エリオットが目を丸くする。
「ああ。現場では、大きな被害を防ぐことができたと聞いている」
リシアが静かに息を吐いた。
「……よかった」
シオンも、胸の奥にあった重さが少しだけ軽くなるのを感じた。
自分たちの研究が、誰かの役に立った。
それは、素直に嬉しかった。
だが。
「それで、もう一つ」
教員が続ける。
「魔導騎士団から、正式な協力依頼が届いている」
「……協力依頼?」
シオンが聞き返す。
「ああ」
教員は封書を開いた。
「事故に使用されていた星晶石と、君たちが調べていた結晶について、比較調査を行いたいそうだ」
エリオットが思わず立ち上がる。
「じゃあ、実際の事故の結晶を調べられるんですか!?」
「落ち着きなさい」
リシアが即座に言った。
「まだ、そう決まったわけじゃないでしょう」
「……そうだった」
教員は苦笑した。
「現時点では、学園側との調整が必要だ。ただ、君たちにも意見を聞きたいとのことだ」
シオンは封書を見つめた。
そこには、魔導騎士団の紋章が押されている。
研究室で見つけた、小さな違和感。
それが、王都の事故につながり始めている。
まだ原因は分からない。
危険な現象であることも、確定していない。
それでも。
(……ここまで来たら、確かめたい)
シオンは顔を上げた。
「先生」
「何だい?」
「俺たちにできることがあるなら、協力したいです」
教員は静かに頷いた。
「分かった。だが、安全と学業を優先すること。それが条件だ」
「はい」
エリオットとリシアも頷いた。
こうして、三人の研究は新たな段階へ進むことになった。
◇
その夜。
王都の公共設備管理所では、南区と西区の事故記録が並べられていた。
交換された星晶石。
発生した異常。
供給遮断後の反応。
そして、使用されていた部品の製造番号。
調査担当者は、二つの帳簿を見比べていた。
「……おかしいな」
隣の職員が顔を上げる。
「何がですか?」
「南区と西区の結晶なんだが……」
担当者は帳簿を指さした。
「納入業者は同じだ。だが、製造元の記録が一致しない」
「……別の工房で加工されたんじゃないですか?」
「それなら、加工記録が残るはずだ」
担当者は別の書類を取り出した。
納入日。
加工番号。
検査印。
すべて揃っている。
ただし。
「……この検査印」
「はい?」
「二つとも、同じ番号なんだ」
職員は首を傾げた。
「同じ検査所を通ったということでは?」
「いや。これは検査所の番号じゃない」
担当者は、声を低くした。
「検査を行った装置の識別番号だ」
短い沈黙。
職員が、もう一度帳簿を見直す。
「……でも、南区と西区の結晶は、別の日に検査されたことになっていますよね」
「ああ」
「それなら、同じ装置を使っても不思議じゃないのでは?」
「普通ならな」
担当者は、古い設備台帳を開いた。
そして、一つの記録を指さした。
「……この検査装置は、三か月前に廃棄されている」
職員の顔から、笑みが消えた。
「……え?」
担当者は、帳簿を閉じた。
王都南区。
王都西区。
二つの事故。
偶然の故障だと思われていた異常の背後に、少なくとも一つ、説明のつかない記録が存在していた。
そして。
その検査印が押された書類は、まだほかにも残されていた。




