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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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届かぬ剣の先に

 木剣を握る手に、じっとりと汗が滲んでいた。


 カイル・レインフォードは、目の前に立つ男を見据えていた。


 ヴァルター。


 リューデン王国の王女エレノア・リューデンに仕える護衛であり、世界最強格の剣士の一人。


 黒に近い濃い茶色の髪には、わずかに年齢を感じさせる落ち着きがあり、その眼差しは静かだった。


 だが、カイルが感じているのは、単なる威圧感ではない。


 恐ろしいほどの自然さだった。


 ヴァルターは木剣を片手に下げ、ただ立っている。


 足を大きく開いているわけでも、剣先をこちらへ向けているわけでもない。


 隙だらけに見える。


 それなのに、踏み込む場所が見つからなかった。


「……行くぞ、ディーン」


「ああ」


 隣のディーン・アシュベルクが短く答えた。


 二人は同時に地面を蹴った。


 カイルが正面から踏み込み、ディーンが斜めに回り込む。


 昨日までの訓練で、何度も試してきた連携だった。


 一人が相手の注意を引き、もう一人が死角を突く。


 単純だが、相手が一人なら有効なはずだ。


「はあっ!」


 カイルの木剣が振り下ろされた。


 その瞬間。


 ヴァルターの姿が、わずかに横へずれた。


 たった半歩。


 それだけで、カイルの剣は空を切った。


「えっ――」


 直後、木剣の先端がカイルの肩に軽く触れた。


「一本」


 ヴァルターの声が響く。


 だが、ディーンは止まらなかった。


 横から鋭く踏み込み、ヴァルターの胴を狙う。


 その剣も、届かなかった。


 ヴァルターは木剣を振り回すことなく、ディーンの剣をわずかに押し流した。


 体勢が崩れる。


「っ!」


 ディーンが踏みとどまろうとした瞬間、木剣が胸元へ向けられていた。


「二本」


 静寂。


 カイルは、自分の肩を見た。


 ディーンは胸元の木剣を見つめている。


 何が起きたのか。


 理解するまで、少し時間が必要だった。


「……もう一度、お願いします!」


 カイルが叫んだ。


 ヴァルターは頷いた。


「よいだろう」


     ◇


 訓練場の周囲には、いつの間にか学生たちが集まっていた。


 リューデン王国の使節団が訪問していることは、すでに学園中に知れ渡っている。


 その護衛であるヴァルターが、学生相手に剣を取っている。


 噂が広がらないはずがなかった。


「……すごいな」


 シオン・クレイヴェルは、訓練場を見つめながら呟いた。


 隣では、エリオット・ベルンが眼鏡を押し上げている。


「すごいっていうか……何が起きてるのか分からないよ」


「俺も」


 ヴァルターの動きは、決して目で追えないほど速いわけではなかった。


 少なくとも、今は。


 だが、動き始める瞬間が分からない。


 カイルが剣を振るう。


 その前に、ヴァルターはすでに攻撃の届かない位置へ移動している。


 ディーンが横から斬り込む。


 その瞬間には、剣を受け流す角度が出来上がっている。


「まるで、相手が何をするのか分かっているみたいだ」


 シオンの言葉に、リシア・エルフォードが腕を組んだ。


「予知してるわけじゃないでしょうね」


「うん。たぶん違う」


「なら、相手の動きを読む技術?」


「それもあると思う。でも……」


 シオンはヴァルターの足元を見つめた。


「二人が動く前から、立つ位置を少しずつ変えてる気がする」


 リシアが目を細める。


「つまり、攻撃されてから避けているんじゃなくて、相手が攻撃しやすい方向そのものを誘導している?」


「……そうかもしれない」


 エリオットが感心したように息を吐いた。


「剣術って、そんなことまで考えるんだ……」


「考えてるだけでできるなら、俺たちも今すぐできるんだけどな」


 シオンは苦笑した。


 少し離れた場所では、エレノア王女が静かに訓練を見守っていた。


 陽光を受けた銀髪が、柔らかく輝いている。


 まだ十四歳の少女だが、その立ち姿には王族としての落ち着きがあった。


 ただし、今は少しだけ楽しそうだった。


「ヴァルターがあのように剣を教えるのは、珍しいのですよ」


 エレノアが言った。


 シオンが振り返る。


「そうなんですか?」


「ええ。普段はあまり自分から教えようとはしません」


「どうしてですか?」


「本人に聞くと、いつも同じ答えが返ってきます」


 エレノアは微笑んだ。


「剣は、教えられたことをなぞるだけでは身につかない、と」


 シオンは再び訓練場を見た。


 ヴァルターの木剣が、カイルの剣を軽く弾く。


 カイルは悔しそうに顔をしかめた。


 だが、その目は輝いている。


「……カイルには、いい経験になりそうです」


「カイルさん、というのですね」


「はい。俺の友人です。冒険者を目指しています」


「冒険者に」


 エレノアは興味深そうに頷いた。


「それなら、きっと忘れられない経験になるでしょうね」


     ◇


「……十一本目」


「くそっ!」


 カイルは地面に片膝をついた。


 隣では、ディーンが荒い息を整えている。


 二人が何度挑んでも、ヴァルターの身体に木剣は触れなかった。


 それどころか、相手はほとんど動いていない。


「……どうして当たらないんだ」


 カイルが呟く。


 ヴァルターは木剣を下ろした。


「なぜだと思う?」


「……速さが違いすぎるから、ですか?」


「それもある」


 ヴァルターは頷いた。


「だが、今の私が君たちより圧倒的に速く動いていたと思うか?」


 カイルは首を横に振った。


「……いえ」


「ならば、何が違う?」


 ディーンが答えた。


「攻撃の方向を読まれています」


「そうだ」


 ヴァルターは二人の足元を指した。


「君たちは剣を振る前に、身体で次の動きを教えている」


「身体で?」


「視線。肩。腰。足の向き。重心の移動」


 ヴァルターは一つずつ挙げた。


「人間は、剣だけで戦っているわけではない。全身で動いている。そして、その動きには必ず前触れがある」


 カイルは自分の足を見た。


 ディーンも静かに考え込んでいる。


「君たちは攻撃を当てることに集中しすぎている。相手が何を見ているのか、考えていない」


「……なるほど」


 カイルは唇を噛んだ。


 確かに、剣を振ることばかり考えていた。


 どこを狙うか。


 どれだけ速く振るか。


 どうすれば届くか。


 そればかりだった。


「それと、もう一つ」


 ヴァルターは続けた。


「君たちは、戦気を使おうとしすぎている」


「……え?」


 カイルは顔を上げた。


「昨日、教官から戦気の基礎を教わったばかりなんです」


「そうだろうな」


 ヴァルターは静かに頷いた。


「だからこそ、今は無理に使おうとするな」


「でも、戦気を使えれば、もっと強くなれるんじゃ……」


「強くはなる」


 ヴァルターは即答した。


「だが、戦気は未熟な剣を完成させるものではない」


 その言葉に、カイルは口を閉じた。


「戦気で身体を強化すれば、踏み込みは速くなる。剣の威力も増す。だが、動きに無駄があれば、その無駄まで大きくなる」


 ヴァルターは木剣を軽く振った。


 風を切る小さな音が響く。


「剣の軌道が読まれていれば、どれほど強い一撃でも避けられる」


 ディーンが深く頷いた。


「……まず、剣そのものを磨くべきだと」


「そういうことだ」


 カイルは木剣を握り直した。


「……分かりました」


 そして、顔を上げる。


「もう一度、お願いします!」


 ヴァルターの口元が、わずかに緩んだ。


「よい目だ」


     ◇


 それから、訓練の内容が変わった。


 ヴァルターは二人に、攻撃を当てることを求めなかった。


「私の木剣を見ていなさい」


 そう言って、ゆっくりと木剣を動かす。


「次に、どちらへ動くと思う?」


 カイルは剣先を見つめた。


「……右?」


 ヴァルターの木剣は左へ動いた。


「違う」


「くっ……!」


 ディーンが答える。


「今度は、下から上へ」


 木剣は動かなかった。


「違う」


「……」


 カイルは思わず笑った。


「難しすぎるだろ、これ!」


「難しいから、学ぶ意味がある」


 ヴァルターは平然と答えた。


 周囲の学生たちから、小さな笑い声が漏れる。


 訓練場の端では、グレイグ・ハルバート教官が腕を組んで見守っていた。


 元王国騎士である彼も、ヴァルターの指導に興味を示しているようだった。


「……なるほどな」


 グレイグが呟く。


「剣を振る前に、相手を見ることを覚えさせるか」


 その隣で、シオンが尋ねた。


「教官、あれって戦気とは関係ないんですか?」


「関係がないわけじゃない」


 グレイグは答えた。


「だが、戦気を扱う以前の問題でもある」


「以前の問題?」


「戦気は力だ。だが、力をどう使うかを決めるのは、結局その人間自身だからな」


 シオンは頷いた。


 魔導技術にも似たところがある。


 どれほど高性能な星晶石を使っても、回路の設計が悪ければ十分な性能は発揮できない。


 強い力があることと、それを正しく使えることは別だ。


(……剣も、魔導技術も、根本は同じなのかもしれない)


 シオンは少しだけ面白くなった。


 ヴァルターの指導は、剣術を知らない自分にも学ぶところがある。


     ◇


 しばらくして。


 ヴァルターは木剣を下ろした。


「今日はここまでにしよう」


「……ありがとうございました!」


 カイルとディーンは、揃って頭を下げた。


 二人とも汗だくだった。


 ヴァルターはほとんど息を乱していない。


 その差が、何よりも雄弁に実力の違いを物語っていた。


「最後に、一つだけ」


 ヴァルターは二人へ言った。


「君たちは、なぜ剣を握る?」


 カイルとディーンは顔を見合わせた。


 先に答えたのは、ディーンだった。


「私は、騎士になりたいと考えています」


「騎士か」


「はい。剣を磨き、誰かを守れる人間になりたいのです」


 ヴァルターは頷いた。


「よい目標だ」


 次に、カイルを見る。


「君は?」


「俺は……冒険者になりたいです」


「冒険者」


「はい!」


 カイルは胸を張った。


「いろんな場所へ行って、いろんなものを見て……強い魔物とも戦えるようになりたい。まだ知らない世界を、自分の足で歩いてみたいんです」


 ヴァルターは、しばらくカイルを見つめていた。


「……そうか」


 短く答える。


 だが、その眼差しは少しだけ柔らかくなっていた。


「ならば、二人とも覚えておくといい」


 ヴァルターは木剣を静かに置いた。


「剣を握る理由を、見失うな」


 カイルは真剣な表情になった。


「強くなることだけを目的にすれば、いつか自分より強い者に出会ったとき、進む理由を失う」


 ディーンも静かに聞いていた。


「何のために強くなるのか。それを忘れなければ、敗北にも意味が生まれる」


 カイルは、ゆっくりと頷いた。


「……はい」


 その言葉は、胸の奥へ深く沈んでいった。


     ◇


 訓練が終わると、エレノアがヴァルターのもとへ歩み寄った。


「お疲れさまでした」


「殿下こそ、長くお待たせしました」


「いいえ。とても興味深かったです」


 エレノアは楽しそうに微笑んだ。


「それに、あなたがあんなに丁寧に教えるなんて、少し意外でした」


「……そうでしょうか」


「ええ」


 エレノアは頷いた。


「普段は『自分で考えなさい』としか言わないことも多いのに」


 ヴァルターは少しだけ目を細めた。


「殿下には、すでに何度も説明しております」


「……それは、そうですけれど」


 エレノアはわずかに頬を膨らませた。


 その様子を見ていたシオンは、思わず笑いそうになった。


 外交の場では落ち着いた王女として振る舞っていたエレノアも、こうしていると年相応の少女に見える。


 ヴァルターは、そんな彼女を静かに見守っていた。


 そのとき。


「殿下」


 使節団の外交官が近づいてきた。


「そろそろ午後の意見交換のお時間でございます」


「分かりました」


 エレノアは頷いた。


 そして、シオンたちへ視線を向ける。


「皆さん。本日は、ありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございました!」


 シオンが答える。


 エレノアは微笑んだ。


「研究のお話、とても興味深かったです」


「俺たちも、リューデン王国の技術についてもっと知りたいです」


「そうですね」


 エレノアは少し考えた。


「正式な技術交流が実現すれば、またお話しできる機会があるかもしれません」


「ぜひ!」


 シオンは思わず答えた。


 エレノアは小さく笑った。


「楽しみにしています」


 そして、使節団は訓練場を後にした。


     ◇


 午後。


 学園の会議室では、リューデン王国の使節団と学園関係者による意見交換が行われていた。


 議題は、星晶石を利用した魔導技術の研究と、その応用についてだった。


 エレノアは、学園側の説明を熱心に聞いていた。


「……つまり、星晶石の品質が一定であれば、魔導装置の性能も安定しやすくなるのですね」


「はい。もちろん、回路の設計や使用環境にも左右されますが」


 研究担当の教員が答える。


「特に、長時間稼働する設備では、結晶の品質が重要になります」


「なるほど……」


 エレノアは頷いた。


 王都の魔力灯。


 公共施設の魔導設備。


 輸送に利用される魔導機器。


 それらの多くに、星晶石が使われている。


 リューデン王国の星晶石が、アルセリア王国の生活を支えている。


 その事実は、エレノアにとって誇らしいものだった。


 だが、同時に不安もあった。


 ヴァルディス帝国。


 国境の鉱山に対する圧力。


 共同管理という名目で求められている採掘権。


 もし、リューデンが星晶石の供給を自由に決められなくなれば、他国との関係にも影響が出る。


(……だからこそ、協力関係を築かなければ)


 エレノアは、静かに拳を握った。


 リューデンが単なる資源供給国として扱われるのではなく、技術を持つ国として対等に協力できる未来。


 それが、彼女の目指す道だった。


「一つ、質問してもよろしいでしょうか」


 エレノアが口を開いた。


「もちろんです」


「星晶石の加工技術と、魔導回路の設計技術を共同で研究することは可能でしょうか?」


 会議室が静かになった。


 研究担当の教員が、少し驚いたように顔を上げる。


「共同研究、でございますか」


「はい」


 エレノアは頷いた。


「リューデンには星晶石の加工技術があります。一方、アルセリアには優れた魔導技術の研究があります」


 彼女は落ち着いた声で続けた。


「双方の技術を組み合わせれば、これまで以上に効率的な魔導装置を開発できるかもしれません」


 教員たちは顔を見合わせた。


 技術交流そのものは、珍しい話ではない。


 だが、王女自らが共同研究を提案することには、大きな意味があった。


「……非常に興味深いご提案です」


 学園長が答えた。


「ただし、国家間の協議も必要となりますので、この場でお約束することはできません」


「もちろん、承知しています」


 エレノアは微笑んだ。


「今日は、可能性についてお話しできれば十分です」


 学園長は深く頷いた。


「ぜひ、前向きに検討させていただきます」


 その言葉に、エレノアは小さく息を吐いた。


 一歩。


 ほんの小さな一歩かもしれない。


 それでも、前へ進んだ。


     ◇


 夕方。


 学園の訓練場には、再び木剣の音が響いていた。


「……はあっ!」


 カイルが剣を振るう。


 ディーンが受け止める。


 乾いた音が響いた。


「……さっきより、少し良くなったな」


 ディーンが言った。


「だろ?」


 カイルは笑った。


 だが、すぐに真剣な表情へ戻る。


「……でも、まだ全然だ」


「ああ」


 二人は、昼間の訓練を思い出していた。


 ヴァルターの剣。


 あの自然な動き。


 そして、何度挑んでも届かなかった木剣。


「……世界って、広いな」


 カイルが呟いた。


 ディーンは頷いた。


「そうだな」


「俺、もっと強くなりたい」


「俺もだ」


 カイルは木剣を握り直した。


「でも、ただ強くなるだけじゃ駄目なんだよな」


 ディーンが顔を上げる。


「……何のために強くなるか、か」


「ああ」


 カイルは笑った。


「俺は冒険者になる。だから、どんな場所でも生き残れるようになりたい」


「私は騎士になる」


 ディーンも木剣を構えた。


「守るべきものを守れるようにな」


 二人は、再び向かい合った。


 今度は、ただ剣を振るうだけではない。


 相手の視線。


 足の向き。


 重心の移動。


 そして、自分自身の動き。


 少しずつ、意識するものが増えていく。


 まだ、戦気を自在に扱うことはできない。


 ヴァルターのような剣を振るうには、あまりにも遠い。


 それでも。


 カイルは、確かに一歩を踏み出していた。


     ◇


 同じ頃。


 王都の一角にある宿舎で、ヴァルターは静かに剣の手入れをしていた。


 窓の外には、夕暮れの王都が広がっている。


 エレノアは、隣の部屋で外交官たちと今日の視察について話し合っていた。


 ヴァルターは、磨き終えた剣を静かに鞘へ収めた。


「……若いな」


 小さく呟く。


 昼間の二人の少年。


 冒険者を目指すカイル。


 騎士を目指すディーン。


 まだ未熟だった。


 剣の技術も、戦気の扱いも、これから学ぶことばかりだろう。


 だが。


 あの二人の目には、確かな光があった。


「……悪くない」


 ヴァルターは、わずかに口元を緩めた。


 そのとき。


 扉が静かに叩かれた。


「ヴァルター」


 エレノアの声だった。


「どうぞ」


 扉が開く。


 銀髪の王女が顔を覗かせた。


「少し、お話ししてもよろしいですか?」


「もちろんです」


 エレノアは部屋へ入ると、窓の外を見つめた。


「今日の学園視察、とても有意義でした」


「それは何よりです」


「共同研究についても、前向きに検討していただけそうです」


「よい進展ですな」


 エレノアは頷いた。


 だが、その表情には少しだけ不安が混じっていた。


「……ただ」


 ヴァルターは黙って続きを待った。


「アルセリアとの協力が進めば、帝国はどう動くでしょうか」


 静かな問いだった。


 ヴァルターは、少し考えた。


「……快くは思わないでしょう」


「やはり、そうですよね」


「ですが、殿下」


 ヴァルターは静かに言った。


「相手が不快に思うからといって、何もしないわけにはいきません」


 エレノアは顔を上げた。


「リューデンが進む道を決めるのは、リューデン自身です」


 その言葉に、エレノアはゆっくりと頷いた。


「……はい」


 ヴァルターは続けた。


「外交も、剣と同じです」


「剣と?」


「相手の動きを見て、考え、必要なときに踏み込む」


 エレノアは小さく笑った。


「今日の学生たちへの指導と、同じですね」


「……そうかもしれません」


 ヴァルターも、わずかに笑った。


 エレノアは窓の外へ目を向けた。


 王都には、無数の魔力灯が灯り始めている。


 その光の一つひとつに、リューデンの星晶石が使われているかもしれない。


 遠い祖国と、この王都。


 二つの国は、すでに見えない糸で結ばれている。


(……このつながりを、もっと強くできれば)


 エレノアは静かに思った。


 だが、彼女はまだ知らなかった。


 その光の裏側で、誰かが別の目的のために動き始めていることを。


     ◇


 王立総合学園。


 夜の研究棟。


 昼間の賑わいが嘘のように、廊下は静まり返っていた。


 一つの研究室で、灯りが消える。


 教員の一人が、書類を手に廊下へ出た。


 机の上には、今日の視察に関する記録が残されていた。


 星晶石の加工技術。


 魔導回路の研究。


 そして、共同研究の可能性。


 教員は、書類の一枚へ視線を落とした。


「……リューデンとの共同研究、か」


 小さく呟く。


 その表情からは、何を考えているのか読み取れなかった。


 やがて、教員は書類を閉じた。


 廊下の奥へ歩いていく。


 足音が、静かな研究棟に響いた。


 窓の外では、王都の魔力灯が穏やかに輝いていた。


 その光は、今夜も変わらず街を照らしている。


 だが。


 その光を支える技術が、これから何を引き起こすのか。


 まだ、誰も知らなかった。


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