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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第二部 交錯する星々

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剣を握る理由

 王立総合学園の第二演習場に、乾いた音が響いた。


 木剣と木剣がぶつかり合う。


 一度、二度、三度。


 打ち込むたびに、手のひらへ衝撃が伝わってくる。


「はっ!」


 カイル・レインフォードが踏み込んだ。


 相手の肩口を狙った斜めの一撃。


 だが、その剣は届かなかった。


 赤茶色の短髪をした少年が、半歩だけ後ろへ退いたのだ。


 ディーン・アシュベルク。


 騎士を目指して王立総合学園に入学した、カイルと同じ新入生である。


「速いな」


 ディーンが言った。


「そっちこそ!」


 カイルは笑いながら答えた。


 そのまま間合いを詰めようとする。


 しかし、ディーンは正面から打ち合おうとはしなかった。


 木剣を斜めに構え、カイルの剣先を外側へ流す。


 直後、足元を狙う低い一撃。


「おっと!」


 カイルは跳ねるように後退した。


 木剣の先端が、靴のすぐ前を通り過ぎる。


「今の、危なかったな!」


「当てるつもりだった」


「だろうな!」


 周囲で見学していた学生たちから声が上がった。


「おおっ!」


「どっちも速い!」


「まだ一年生だよな、あいつら?」


 演習場の中央では、二人が再び構え直していた。


 カイルの口元には笑みがある。


 一方、ディーンの表情は真剣そのものだった。


 もっとも、その目には同じように闘志が宿っている。


     ◇


 話は、少し前に遡る。


「今日の実技では、まず諸君の現在の実力を確認する」


 演習場に集まった学生たちを前に、担当教官が告げた。


 名はグレイグ・ハルバート。


 広い肩幅と日に焼けた顔を持つ、元王国騎士の教官だった。


「剣術の経験がある者も、ない者もいるだろう。だが、ここでは過去の経歴だけで評価はしない」


 教官は木剣を一本持ち上げた。


「見るのは、今のお前たちが何をできるかだ」


 カイルは思わず笑みを浮かべた。


 こういう授業を待っていた。


 座学も必要だとは分かっている。


 魔法理論も、戦術の知識も、決して無駄にはならない。


 だが、やはり剣を握っているときが一番落ち着く。


「嬉しそうだな」


 隣から声がした。


 ディーンだった。


「そりゃあな。せっかく学園に来たんだ。強いやつと戦いたいだろ?」


「授業は勝負を楽しむためだけにあるわけじゃない」


「分かってるって」


「本当か?」


「半分くらいは!」


「……残り半分は?」


「楽しむためだ!」


 ディーンは呆れたように息を吐いた。


 だが、すぐに小さく笑った。


「なら、相手をしてやる」


「おっ、いいのか?」


「俺も実力を確かめたい」


「決まりだな!」


 カイルが手を差し出す。


 ディーンは一瞬その手を見た後、しっかりと握り返した。


「手加減はしない」


「俺もだ!」


 こうして、二人の模擬戦が決まった。


     ◇


「次、カイル・レインフォード。ディーン・アシュベルク」


 グレイグ教官に呼ばれ、二人が演習場の中央へ進み出る。


 木剣を受け取り、互いに距離を取った。


「身体強化は許可する。ただし、出力は初級の範囲に抑えろ。攻撃魔法は禁止だ」


「はい!」


 二人の返事が重なる。


「勝敗は有効打、戦闘不能、あるいは私の判断で決める。無理な追撃はするな」


 カイルは木剣を軽く振った。


 重さを確かめる。


 いつも使っている訓練用の剣とは、少しだけ重心が違う。


 だが、問題はない。


 ロイドとの訓練では、もっと扱いにくい武器を使わされたこともある。


『武器が違うから負けた、なんて言い訳はするな』


 片目に眼帯をした老冒険者の顔が浮かぶ。


 カイルは小さく笑った。


「始め!」


 教官の声が響いた。


 最初に動いたのはカイルだった。


 一気に距離を詰める。


 身体強化で踏み込みを鋭くし、右上から木剣を振り下ろした。


 ディーンが受ける。


 乾いた衝突音。


 カイルはすぐさま剣を引き、今度は横薙ぎに切り替えた。


 だが、ディーンはそれも防いだ。


「っ!」


 さらに一撃。


 もう一撃。


 カイルは手数を増やす。


 ディーンは無理に反撃せず、剣を受け流しながら距離を保った。


 そして。


「そこだ!」


 カイルの踏み込みがわずかに大きくなった瞬間、ディーンが前へ出た。


 木剣が下から跳ね上がる。


 カイルは反射的に身体をひねった。


 剣先が制服の袖をかすめる。


「危ねえ!」


 思わず声が出た。


 あと少し遅れていれば、有効打を取られていた。


 カイルは後退し、改めて相手を見た。


 ディーンは追いかけてこない。


 木剣を構え、こちらの出方を待っている。


(なるほどな)


 カイルは口元を緩めた。


(こいつ、守りが上手い)


 ただ受けているわけではない。


 こちらの攻撃を見ながら、次の動きを読んでいる。


 剣を振る角度。


 踏み込む足。


 重心の移動。


 そのすべてを観察しているのだろう。


「今度はこっちから行くぞ」


 ディーンが言った。


「来い!」


 直後、ディーンが踏み込んだ。


 鋭い突き。


 カイルは剣を横へ払う。


 だが、ディーンはその動きに合わせて手首を返した。


 突きが斜めの打ち込みに変わる。


「くっ!」


 カイルは辛うじて受け止めた。


 衝撃が腕に伝わる。


 そのまま押し返そうとするが、ディーンはすでに離れていた。


(速いだけじゃない)


 カイルは息を整えた。


(剣の使い方が上手いんだ)


 正面からの打ち合いなら、自分にも自信がある。


 だが、ディーンは必要以上に力を使わない。


 こちらの勢いを利用し、最小限の動きで反撃してくる。


 騎士を目指す者らしい、整った剣術だった。


 もっとも。


(それなら、こっちはこっちの戦い方だ!)


 カイルは地面を蹴った。


     ◇


 模擬戦が始まってから、数分が経過していた。


 演習場の周囲には、いつの間にか見学する学生が増えている。


 カイルは攻め続けていた。


 だが、最初のように力任せではない。


 打ち込む。


 相手が受ける。


 すぐに距離を取る。


 角度を変えて、再び踏み込む。


 その動きは、次第に変化していた。


(……読みにくい)


 ディーンは眉を寄せた。


 最初は分かりやすかった。


 カイルの剣は速く、力もある。


 だが、踏み込みが大きく、攻撃の方向も読みやすかった。


 ところが今は違う。


 同じ構えから、違う角度の攻撃が飛んでくる。


 剣を振ると見せかけて、足を止める。


 逆に、距離があると思った瞬間、一気に間合いへ入ってくる。


(戦いながら、変えているのか)


 ディーンは気づいた。


 カイルは、自分の動きを修正している。


 相手の反応を見て、その場で戦い方を組み替えているのだ。


 決して洗練された剣術ではない。


 だが、実戦的だった。


「面白いな」


 ディーンが呟いた。


「だろ?」


 カイルが笑う。


「俺もそう思ってた!」


 二人が同時に踏み込んだ。


 木剣が激しくぶつかる。


 カイルが上から押し込む。


 ディーンは受け流そうとする。


 だが、今度のカイルは簡単に体勢を崩さなかった。


 足を踏ん張り、剣を引く。


 その反動で、逆方向へ打ち込む。


「っ!」


 ディーンが後退する。


 木剣の先端が胸元へ迫った。


 しかし、ディーンも反応した。


 剣を立てて防ぎ、身体を回転させる。


 カイルの剣が外側へ流れた。


 同時に、ディーンの木剣が横から迫る。


(まずい!)


 カイルは咄嗟に剣を戻した。


 互いの木剣が交差する。


 次の瞬間。


 ぱんっ!


 大きな音が響いた。


 二人の木剣が、ほぼ同時に手から弾かれた。


「あっ」


「しまっ……!」


 木剣が地面に落ちる。


 からん、からん、と乾いた音が続いた。


 二人はその場で動きを止めた。


 周囲が静まり返る。


 そして。


「そこまで!」


 グレイグ教官の声が響いた。


「両者、武器を失った。勝負は引き分けとする」


 一瞬の沈黙。


 次いで、見学していた学生たちから歓声が上がった。


「すげえ!」


「どっちも強かった!」


「最後、何が起きたんだ?」


 カイルは地面に落ちた木剣を見た。


 それから、ディーンを見る。


 ディーンもこちらを見ていた。


 しばらくして、カイルが笑った。


「引き分けか!」


「ああ」


「次は勝つぞ!」


「それは俺の台詞だ」


 二人は再び笑い合った。


     ◇


「二人とも、前へ」


 模擬戦が終わると、グレイグ教官が二人を呼んだ。


「まず、よく戦った」


「ありがとうございます!」


「ありがとうございます」


「だが、改善点も多い」


 教官はカイルを見た。


「レインフォード。お前は攻撃への切り替えが速い。相手の動きに合わせて戦い方を変える柔軟さもある」


「はい!」


「しかし、攻めることに意識が向きすぎる。最初の反撃を受けた場面、実戦なら負傷していたぞ」


「……はい」


 カイルの表情が引き締まった。


 確かに、あの一撃は危なかった。


 木剣だからこそ、避けた後も笑っていられた。


 真剣なら、腕を斬られていたかもしれない。


「次に、アシュベルク」


「はい」


「お前は基本がよくできている。防御から反撃への移行も正確だ」


「ありがとうございます」


「だが、相手の動きを見極めようとするあまり、攻める機会を逃している。守り続ければ、いつか崩される」


 ディーンが小さく頷いた。


「はい」


「二人とも、自分の得意な戦い方だけで勝てると思うな」


 教官は二人を見比べた。


「相手によって、戦い方は変わる。場所によっても、目的によってもな」


 カイルは、その言葉を聞いていた。


 目的。


 その一言が、妙に胸に残った。


「最後に一つ、聞いておく」


 グレイグ教官が言った。


「お前たちは、何のために剣を握る?」


 最初に答えたのはディーンだった。


「騎士になるためです」


「なぜ騎士になりたい?」


「王国と、守るべき人々のために戦える人間になりたいからです」


 迷いのない答えだった。


 教官は頷いた。


「では、レインフォード」


「はい!」


「お前は?」


 カイルは口を開いた。


「俺は、冒険者になりたいです!」


「それは聞いている。なぜだ?」


「……なぜ、ですか」


 カイルは少し考えた。


 強くなりたい。


 知らない場所へ行きたい。


 世界を見て回りたい。


 危険な魔物と戦ってみたい。


 そういう気持ちは、確かにある。


 だが、それだけだろうか。


 ふと、ロイドの顔が浮かんだ。


 片目に眼帯をした、歴戦の冒険者。


 初めて本格的な訓練を受けたとき、何度も地面に転がされた。


 それでも、あの老人は剣を教えてくれた。


 強くなるための方法だけではない。


 生き残るための考え方も。


『冒険者ってのはな、敵を倒すのが仕事じゃねえ』


 以前、ロイドが言っていた。


『依頼を果たして、生きて帰るのが仕事だ』


 その言葉を、カイルは思い出した。


「……世界を見たいからです」


 ゆっくりと答える。


「まだ知らない場所へ行って、いろんなものを見てみたい。それに、困ってる人がいたら、助けられるくらい強くなりたいです」


 教官は黙って聞いていた。


「でも……」


 カイルは少し笑った。


「正直に言うと、強いやつと戦ってみたいって気持ちもあります」


 周囲から小さな笑いが起きた。


 グレイグ教官も、わずかに口元を緩めた。


「正直でよろしい」


「ありがとうございます!」


「ただし、忘れるな」


 教官の声が低くなった。


「強い相手と戦うことと、命を懸けることは違う」


 カイルは姿勢を正した。


「お前が勝負を楽しんでいる間にも、守るべき者が危険にさらされることはある」


「……はい」


「剣を握る理由を、見失うな」


 その言葉は、胸の奥に深く残った。


     ◇


 授業が終わった後も、カイルはしばらく演習場に残っていた。


 地面に落ちた木剣を拾い、何度か素振りをする。


 踏み込み。


 振り下ろし。


 切り返し。


 ディーンの反撃を思い出しながら、身体を動かした。


「まだやっていたのか」


 声をかけられ、振り返る。


 ディーンだった。


「おう。さっきの動き、もう一回試したくてな」


「授業は終わったぞ」


「分かってるって」


「……なら、少し付き合うか?」


 カイルは目を輝かせた。


「いいのか?」


「俺も確認したいことがある」


「よし!」


 カイルが木剣を構える。


 だが、ディーンはすぐには構えなかった。


「ただし、さっきみたいに全力で打ち合うのはなしだ」


「えー」


「えー、じゃない。授業の後だぞ」


「分かったよ」


 二人は、ゆっくりと剣を合わせ始めた。


 先ほどとは違う。


 勝敗を決めるためではなく、互いの動きを確かめるための練習だった。


「そこ、踏み込みが大きい」


「こうか?」


「そうだ。……今度は俺が攻める」


「おう!」


 カイルはディーンの剣を受けた。


 何度も繰り返すうちに、少しずつ感覚がつかめてくる。


 剣を受ける位置。


 相手との距離。


 力を入れるタイミング。


 同じ動きでも、意識することは山ほどあった。


「なあ、ディーン」


「何だ?」


「お前、強いな」


「……急に何だ」


「いや、そう思ったから」


 カイルは笑った。


「今日、戦えてよかった」


 ディーンは一瞬だけ黙った。


 それから、小さく頷いた。


「俺もだ」


 夕方の風が、演習場を通り抜ける。


 二人の木剣が、もう一度ぶつかった。


     ◇


 その日の夜。


 カイルは寮の自室で、椅子に腰掛けていた。


 机の上には、授業で配られた資料が広がっている。


 剣術の基本。


 身体強化の制御。


 集団戦における位置取り。


 どれも、これまでの訓練で触れてきた内容ではあった。


 だが、改めて学ぶと、知らなかったことがいくつも見つかる。


「……まだまだだな」


 カイルは小さく呟いた。


 今日の模擬戦。


 ディーンの剣。


 教官の言葉。


 そして、ロイドの教え。


 それらが頭の中で何度も繰り返されていた。


 強くなりたい。


 その気持ちは、変わらない。


 けれど。


 ただ勝てるようになるだけでは、足りないのかもしれない。


 カイルは机の端に置いていた木剣を手に取った。


 使い慣れた訓練用の剣だ。


 何度も握ってきた柄には、細かな傷がついている。


「……よし」


 剣を置き、資料を開き直す。


 今日はもう身体を動かすのをやめよう。


 代わりに、戦術の復習をする。


 ロイドなら、きっとこう言うだろう。


『珍しいな。お前が自分から本を開くとは』


「……うるさいですよ、ロイドさん」


 誰もいない部屋で呟き、カイルは笑った。


 窓の外には、王都の夜景が広がっていた。


 遠くに見える学園の中央塔。


 その先には、まだ見たことのない世界がある。


 広い森。


 険しい山脈。


 古い遺跡。


 知らない国々。


 そして、きっと想像もつかないほど強い相手たち。


 いつか、そこへ行く。


 ただし、一人で突っ走るだけでは駄目だ。


 今日、少しだけ分かった。


 強さとは、剣を振る速さだけではない。


 相手を見ること。


 状況を考えること。


 そして、何のために戦うのかを忘れないこと。


「次は勝つからな、ディーン」


 小さく呟いて、カイルは資料に目を落とした。


 新しいライバルができた。


 学ぶべきことも増えた。


 冒険者への道は、まだ遠い。


 けれど、その遠ささえも、今は楽しみだった。


 カイル・レインフォードの学園生活は、まだ始まったばかりだ。



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