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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第一部 目覚めの灯火

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28/117

王都への挑戦

 春を迎える少し前。


 クレイヴェル男爵家の食堂には、朝から落ち着かない空気が漂っていた。


「教科書は?」


「入れたよ」


「着替えは?」


「それも入れた」


「測定器は?」


「グレンさんにもらったやつ? もちろん」


「お守りは?」


「……お守り?」


 シオンが首を傾げると、ミリアは得意げに小さな布袋を差し出した。


 青い布に、黄色い糸で星の模様が縫い付けられている。


「わたしが作ったの!」


「ミリアが?」


「うん! エリシア姉さまに教えてもらったの」


 縫い目は少し曲がっていたが、丁寧に作られている。


 シオンは布袋を受け取った。


「ありがとう。大事にするよ」


「絶対、試験に受かってね!」


「うん。頑張る」


 すると、背後からフィリップ兄さんの声がした。


「おいおい。そんな約束をして大丈夫か?」


「フィリップ兄さん!」


「王立総合学園だぞ。簡単には受からないんだからな」


「分かってるよ」


「なら、落ちても泣くなよ」


「兄さんこそ、僕が受かったら驚かないでよ」


「言うようになったじゃないか」


 二人が笑っていると、アルベルト兄さんが食堂へ入ってきた。


「そろそろ出発だぞ」


 シオンは窓の外を見た。


 屋敷の前には、王都へ向かう馬車が待っている。


 今回同行するのは、父エドガーとフィリップ兄さんだった。


 以前の研修と違い、今回は入学試験を受けるための旅だ。


 合格すれば、長い学園生活が始まる。


 不合格なら、故郷へ戻って別の道を考えることになる。


 どちらにしても、人生の節目だった。


     ◇


 屋敷の玄関では、母マリアが待っていた。


「シオン」


「はい、母上」


「試験のことばかり考えないで、ちゃんと食事を取るのよ」


「分かっています」


「夜更かしも駄目」


「……はい」


「それから、無理に魔力を使いすぎないこと」


 シオンは苦笑した。


「母上、それはレティシアさんにも言われました」


「なら、二人分の忠告だと思いなさい」


 マリアは微笑んだ。


 その笑顔を見て、シオンは胸の奥が温かくなった。


 エリシア姉さんが近づいてくる。


「王都で面白い本を見つけたら、教えてね」


「うん。手紙を書くよ」


「約束よ」


 アルベルト兄さんは、シオンの肩を軽く叩いた。


「試験で困ったら、今までやってきたことを思い出せ」


「……うん」


「お前は、机の上だけで勉強してきたわけじゃないんだからな」


 シオンは頷いた。


 水車小屋。


 地下の魔導回路。


 王都での研修。


 グレンと作った警告装置。


 そのすべてが、今の自分につながっている。


「行ってきます!」


 シオンは家族に向かって頭を下げた。


 馬車が動き始める。


 ミリアが、屋敷の前で大きく手を振っていた。


「シオン兄さまー!」


 シオンも窓から手を振り返した。


 故郷の景色が、ゆっくりと遠ざかっていった。


     ◇


 王都までの五日間。


 シオンは馬車の中でも勉強を続けていた。


 数学。


 王国史。


 魔導理論。


 そして、基礎的な領地経営。


 王立総合学園の入学試験は、専門分野だけでなく幅広い知識を問われる。


 推薦状があっても、試験で一定の成績を収めなければ合格できない。


「……シオン」


 フィリップ兄さんが声をかけた。


「はい?」


「少しは休め」


「あと一問だけ」


「それ、さっきも言ってたぞ」


 シオンは顔を上げた。


 確かに、気づけばかなりの時間が経っていた。


 エドガーが笑う。


「勉強したことを試験で使えなければ意味がない。疲れを残さないことも準備のうちだ」


「……はい」


 シオンは本を閉じた。


 馬車の窓からは、広い平原が見えていた。


 春を待つ畑。


 遠くに続く街道。


 そして、行き交う荷馬車。


 そのうちの一台には、見覚えのある赤い警告灯が取り付けられていた。


「あっ!」


 シオンは思わず身を乗り出した。


「どうした?」


 フィリップが尋ねる。


「あの荷車、僕たちの装置を使ってる!」


 赤い警告灯は、まだ光っていない。


 装置は正常に作動しているようだった。


 エドガーは窓の外を見た。


「運送組合が試験導入しているものだろう」


「……本当に、使ってもらえてるんだ」


 シオンは嬉しくなった。


 自分たちが作ったものが、故郷の外でも役立ち始めている。


 その事実が、何より励みになった。


     ◇


 五日後。


 王都アルセリア。


 巨大な城壁をくぐった馬車は、賑やかな大通りへ入った。


 シオンは、窓の外を見つめた。


 何度か訪れた場所だが、今回はいつもと違って見える。


 ここで、試験を受ける。


 そして、合格すれば、この街で暮らすことになる。


「……緊張してきた」


 シオンが呟くと、フィリップ兄さんが笑った。


「今さらか?」


「今さらだよ」


「まあ、緊張するくらいでちょうどいいだろ」


 エドガーが口を開いた。


「今日は宿で休む。明日、試験会場を確認しよう」


「はい、父上」


     ◇


 翌朝。


 シオンは王立総合学園の正門前に立っていた。


 高い石造りの門。


 その奥には、広大な敷地が広がっている。


 講義棟。


 訓練場。


 図書館。


 研究施設。


 そして、遠くに見える学生寮。


 王立総合学園。


 王国内だけでなく、周辺諸国からも学生が集まる教育機関。


 魔法、剣術、政治、経済、歴史、技術。


 多くの分野を学ぶことができる場所だった。


「……すごい」


 シオンは思わず呟いた。


「お前、王都に来るたびに同じことを言ってないか?」


 フィリップ兄さんが笑った。


「だって、すごいんだから仕方ないよ」


 そのとき。


「おーい!」


 聞き慣れた声が響いた。


 振り向くと、深い紺色の髪をした少年が手を振っていた。


「……カイル!」


 カイル・レインフォードだった。


 以前より背が伸び、肩幅も広くなっている。


 灰色の瞳には、相変わらず負けん気の強い光が宿っていた。


「久しぶりだな!」


「うん!」


 カイルは、シオンの肩を軽く叩いた。


「準備はできてるか?」


「一応ね」


「一応?」


「緊張してるんだよ」


 カイルは笑った。


「お前でも緊張するんだな」


「するよ!」


 フィリップ兄さんが横から口を挟んだ。


「こいつ、馬車の中でもずっと勉強してたんだぞ」


「へえ」


 カイルがにやりと笑う。


「なら、筆記試験は期待できそうだな」


「カイルは?」


「俺は実技で勝負する」


「……筆記もあるよ?」


「分かってる!」


 その返事が少し早すぎて、シオンは笑ってしまった。


     ◇


 試験当日。


 王立総合学園の大講堂には、大勢の受験生が集まっていた。


 貴族の子弟。


 商家の子供。


 地方から来た少年少女。


 中には、外国の貴族らしい服装の受験生もいる。


 シオンは周囲を見回した。


 自分と同じように緊張している者。


 余裕のある表情を浮かべる者。


 友人と話している者。


 誰もが、それぞれの思いを抱えてここへ来ているのだろう。


「……シオン」


 隣から声がした。


 カイルだった。


「どうしたの?」


「……筆記って、何時間あるんだ?」


「案内に書いてあったでしょ」


「読んだんだけどな」


「……本当に?」


「読んだ!」


 シオンは思わず笑った。


 そのとき、試験官が壇上へ上がった。


「これより、王立総合学園入学試験を開始する!」


 講堂が静まり返る。


 シオンは、ゆっくりと息を吐いた。


 いよいよだ。


     ◇


 筆記試験は、想像以上に難しかった。


 数学では、複雑な計算問題。


 王国史では、過去の戦争と外交に関する設問。


 魔導理論では、複数の回路を組み合わせた場合の魔力変化。


 そして、最後の問題。


『ある地方領において、老朽化した魔導設備の更新が必要となった。


 ただし、領地の財政には限りがあり、すべての設備を一度に更新することはできない。


 あなたなら、どのような基準で優先順位を決定するか。理由とともに述べよ』


 シオンは、思わず目を見開いた。


 父エドガーと話した内容に似ている。


 だが、簡単ではなかった。


 何を優先するべきか。


 安全性。


 費用。


 利用者の数。


 設備が止まった場合の影響。


 そして、修理できる人材がいるかどうか。


 シオンは、慎重に答案を書き始めた。


『まず、設備が故障した場合に、人命や生活へ与える影響を確認する必要がある』


 書き進めながら、故郷の景色が浮かんだ。


 壊れた水車。


 崩れた橋。


 事故を起こしかけた荷車。


 そして、夜道を照らす魔導灯。


 机の上の知識だけではない。


 自分が見てきたもの。


 経験したこと。


 それらを、一つずつ言葉にしていった。


     ◇


 午後。


 魔導実技試験が始まった。


 受験生は、複数の試験場へ振り分けられる。


 シオンの試験は、魔力制御と回路解析だった。


 試験官が説明する。


「目の前の装置には、三つの魔導回路が組み込まれている。制限時間内に、魔力の流れを確認し、異常箇所を特定せよ」


 シオンは装置を見つめた。


 小さな金属製の箱。


 複数の星晶石。


 そして、複雑に刻まれた回路。


 見たことのない構造だった。


「……始め!」


 試験官の合図が響いた。


 シオンは、ゆっくりと魔力を流した。


 視界の奥に、淡い光の筋が浮かび上がる。


 共鳴。


 魔力の流れを、通常より細かく感じ取る能力。


 だが、見えるからといって、すべてが分かるわけではない。


 回路の構造を理解しなければ、異常の原因は判断できない。


 シオンは、慎重に魔力の流れを追った。


 一つ目の回路。


 正常。


 二つ目。


 わずかな乱れ。


 三つ目。


 ……流れが不自然に戻っている。


「……ここか?」


 シオンは、図面を確認した。


 だが、すぐには答えを書かなかった。


 異常に見える場所が、必ずしも原因とは限らない。


 王都での研修中、レティシアに何度も注意されたことだった。


 シオンは、もう一度装置を調べた。


 そして、気づいた。


「……二つ目の回路が原因だ」


 三つ目の乱れは、二つ目の回路から流れ込んだ余分な魔力によるものだった。


 シオンは答案に記入した。


 その瞬間、こめかみに鈍い痛みが走った。


「……っ」


 共鳴を使いすぎた。


 シオンは、すぐに魔力の流入を止めた。


 無理をすれば、頭痛がひどくなる。


 まだ試験は終わっていない。


 残りの確認は、通常の測定方法で行うことにした。


     ◇


 一方、別の試験場。


 カイルは、魔力制御の試験に挑んでいた。


 目の前には、複数の魔導球が並んでいる。


 試験内容は、一定の魔力を流し続けること。


 単純に見えるが、難しい。


 魔力が強すぎれば球が破損する。


 弱すぎれば光が消える。


 カイルは、ゆっくりと魔力を流した。


 一つ目。


 二つ目。


 三つ目。


 魔導球が、順番に光り始める。


 試験官が目を細めた。


「……ほう」


 カイルの魔力量は、決して突出しているわけではない。


 だが、流れる魔力が非常に安定していた。


 強すぎず、弱すぎず。


 必要な量を、正確に送り続けている。


 それは、派手さのない技術だった。


 しかし、長年の訓練で磨かれたものだった。


「……終了!」


 合図とともに、カイルは魔力を止めた。


 試験官が記録用紙に何かを書き込む。


 カイルは、少しだけ息を吐いた。


「……よし」


 剣だけではない。


 自分には、ほかにもできることがある。


 その手応えを感じていた。


     ◇


 夕方。


 試験を終えたシオンは、学園の中庭でカイルと合流した。


「……疲れた」


 シオンが呟く。


「俺もだ」


 カイルは、珍しく真面目な顔をしていた。


「筆記、どうだった?」


「……聞くな」


「……そんなに?」


「歴史の問題が、予想より細かかった」


 シオンは苦笑した。


「僕も、全部は自信ないよ」


「お前がそう言うなら、相当難しかったんだな」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 そのとき。


「二人とも、お疲れさま」


 背後から、澄んだ声がした。


 振り向くと、金色の髪を青いリボンで結んだ少女が立っていた。


「……ヴィオレッタ!」


 ヴィオレッタ・ローゼンベルクだった。


 以前より少し大人びた雰囲気になっている。


 落ち着いた青い瞳。


 上品な服装。


 だが、微笑み方は変わっていなかった。


「久しぶりね、シオン」


「うん! ヴィオレッタも試験を受けたの?」


「ええ。筆記と面接を受けてきたところよ」


「そうなんだ!」


 カイルが笑った。


「これで三人とも受験したわけだな」


「そうね」


 ヴィオレッタは微笑んだ。


「合格できれば、また一緒に学べるわ」


 シオンは、少し嬉しくなった。


 王都で出会った二人。


 研修を終えてからも、手紙で交流を続けてきた。


 それぞれが違う場所で、違う経験を積んできた。


 そして、再び同じ場所を目指している。


「……三人とも受かるといいね」


 シオンが言うと、カイルは笑った。


「俺は受かるつもりだぞ」


「相変わらず自信満々だね」


「当然だろ」


 ヴィオレッタも、くすりと笑った。


「私も、できる限りのことはしたつもりよ」


 シオンは頷いた。


「……僕も」


     ◇


 その夜。


 ローゼンベルク公爵家。


 ヴィオレッタは、自室の机に向かっていた。


 目の前には、王立総合学園の入学試験案内。


 そして、誰にも見せていない一冊のノート。


 彼女は、ゆっくりとページを開いた。


 かつての記憶。


 そこには、王立総合学園で起こる出来事が記されている。


 王族との出会い。


 貴族同士の対立。


 そして、ヴィオレッタ・ローゼンベルクという少女の破滅。


 だが、今の世界は、彼女の知っている物語とは少しずつ違っていた。


 シオン・クレイヴェル。


 カイル・レインフォード。


 少なくとも、彼女が覚えている物語では、二人がこれほど重要な存在になることはなかった。


「……未来は、変わっている」


 ヴィオレッタは、静かに呟いた。


 それが良いことなのか、悪いことなのか。


 まだ、分からない。


 だが、もう逃げるつもりはなかった。


 彼女はノートを閉じた。


「……私も、自分の道を進むわ」


     ◇


 数日後。


 王立総合学園の試験結果発表の日。


 正門前には、大勢の受験生が集まっていた。


 掲示板には、合格者の受験番号が並んでいる。


 シオンは、人混みの中で自分の番号を探していた。


 心臓が、いつもより速く鼓動している。


「……どこだ?」


 カイルも隣で掲示板を見上げていた。


 ヴィオレッタは、少し離れた場所で番号を確認している。


 シオンは、ゆっくりと視線を動かした。


 一列目。


 二列目。


 三列目。


 そして。


「……あった」


 思わず、声が漏れた。


 自分の受験番号。


 確かに、そこに記されていた。


「……合格、した」


 シオンは、しばらく動けなかった。


 その隣で、カイルが大きな声を上げた。


「よっしゃあ!」


 周囲の受験生が振り向く。


 だが、カイルは気にしていなかった。


「シオン! 俺も受かったぞ!」


「本当!?」


「ああ!」


 二人は、思わず拳を合わせた。


 そのとき、ヴィオレッタが近づいてきた。


「二人とも、おめでとう」


「ヴィオレッタは?」


 シオンが尋ねる。


 彼女は、嬉しそうに微笑んだ。


「私も合格したわ」


「……やった!」


 シオンは、思わず声を上げた。


 三人とも、合格。


 王立総合学園。


 これから、同じ場所で学ぶことになる。


 カイルが、にやりと笑った。


「これで、また勝負できるな」


「……また剣術?」


「それもある」


 カイルは、学園の奥を見た。


「でも、今度はもっといろんなことで勝負しようぜ」


 シオンは笑った。


「……うん!」


 ヴィオレッタも、二人を見て微笑んだ。


 春の風が、学園の門を吹き抜ける。


 シオンは、ゆっくりと空を見上げた。


 十五歳。


 新しい世界への扉が、今、開かれようとしていた。挿絵(By みてみん)

シオン、カイル、ヴィオレッタの三人のイメージ添付してます。

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