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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第一部 目覚めの灯火

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それぞれが選ぶ道

 王都での交流会から三日後。


 シオン・クレイヴェルは、父エドガーとグレンとともに帰路についていた。


 馬車の荷台には、展示に使用した魔導回路の劣化警告装置が収められている。


 ただし、王都へ持ってきた三台のうち、一台はそこになかった。


 王立魔導技術院に預けてきたのだ。


「まさか、技術院で試験してもらえるとはな」


 グレンが感慨深そうに言った。


「レティシアさん、かなり乗り気でしたね」


「あの人、最後には装置を分解し始めそうだったぞ」


「実際、分解してもいいか聞かれました」


「何だと?」


「もちろん、図面を残してからって条件ですけど」


 グレンは豪快に笑った。


 交流会の翌日、レティシアとフィオナから正式な提案があった。


 技術院の設備を使って、長期間の耐久試験を行いたいというのだ。


 ただし、研究成果の取り扱いについては、クレイヴェル家とグレンの同意を得る。


 エドガーは、その条件を書面に残すよう求めた。


 レティシアは少し驚いた顔をしたが、すぐに承諾した。


『当然よ。作った人の権利を守れない技術院なんて、信用されなくなるもの』


 シオンは、あの言葉をよく覚えていた。


「しかし、シオン」


 エドガーが口を開いた。


「お前は、ずいぶん悔しそうだったな」


「……何がですか?」


「交流会で、価格を聞かれたときだ」


 シオンは苦笑した。


「……分かりました?」


「顔に出ていた」


 グレンが横から口を挟む。


「材料費を計算したら、もっと悔しがるだろうな」


「そうなんですよね……」


 装置に使う星晶石は、決して安くない。


 魔導回路を刻むための金属も、精度の高いものが必要だった。


 さらに、グレンの加工技術がなければ、耐久性を確保できない。


 量産できたとしても、一般の農家が気軽に買える価格にはならないだろう。


「必要な人ほど、買えないかもしれません」


 シオンが言うと、エドガーは窓の外を見た。


「ならば、誰が費用を負担するべきかを考えなければならん」


「……誰が?」


「使う本人だけとは限らない。運送組合かもしれんし、領主かもしれん。事故が減れば利益を得る者はほかにもいる」


 シオンは考え込んだ。


 装置を作る技術と、それを社会に広める仕組み。


 必要なのは、両方なのだ。


     ◇


 クレイヴェル領へ戻ると、シオンを待っていたのは家族だけではなかった。


「シオン様!」


 屋敷の門の前で、若い男が駆け寄ってきた。


 村の荷運びを手伝っているトーマだった。


 以前、橋の崩落事故で負傷した少年だ。


「トーマ! もう足は大丈夫なの?」


「はい! もう走れます!」


「走らなくていいから!」


 シオンが慌てると、トーマは笑った。


「聞きましたよ。王都で装置を見せたんでしょう?」


「うん。まだ試作品だけどね」


「俺、あれが完成したら使ってみたいです」


「……トーマが?」


「はい。今は親父の荷車を手伝ってるんですけど、古い魔導装置って、いつ壊れるか分からないじゃないですか」


 トーマは、少しだけ真面目な顔になった。


「事故が起きてからじゃ遅いって、俺は知ってますから」


 シオンは返す言葉を探した。


 トーマの足に残る傷は、以前より目立たなくなっている。


 だが、あの日の出来事まで消えたわけではない。


「……完成したら、最初に見てもらうよ」


「約束ですよ!」


 トーマは嬉しそうに笑った。


     ◇


 それから一年が過ぎた。


 シオンは十三歳になった。


 王都からは、定期的に試験結果が届いていた。


 高温下では警告の感度が変化すること。


 振動を受け続けると、特定の接点が摩耗すること。


 星晶石の品質差を補正する回路にも、限界があること。


 試験報告には、容赦のない数字が並んでいた。


 だが、グレンはそれを見て喜んだ。


「壊れる場所が分かったなら、直せる」


 そう言って、作業台に向かった。


 シオンも図面を広げる。


 改良は順調とは言えなかった。


 金属の固定方法を変えると、今度は内部の熱が逃げにくくなる。


 星晶石を小さくすると価格は下がるが、警告灯が暗くなる。


 それでも、二人は諦めなかった。


 やがてグレンは、薄い金属板を重ねて振動を逃がす構造を考案した。


 王都の技術者が使う精密な部品ではない。


 村の鍛冶場でも修理できるよう、ありふれた金属を加工したものだった。


「これなら、壊れても板を交換すれば済む」


 グレンが言った。


 シオンは装置を手に取り、何度か振ってみた。


「……接点がずれない」


「だろ?」


「すごいです、グレンさん!」


「そういうのは、実際に荷車へ付けてから言え」


 口ではそう言いながら、グレンは満更でもなさそうだった。


 数週間後、試験用の装置はトーマの父親が使う荷車に取り付けられた。


 ただし、警告灯を過信しないこと。


 従来どおりの点検を続けること。


 異常があれば、すぐに使用を中止すること。


 その三つを条件にした。


 シオンは、装置の横に小さな札を取り付けた。


『試験運用中。警告が出なくても、安全を保証するものではありません』


 トーマは、その札を見て首を傾げた。


「何だか、あんまり自信がなさそうですね」


「自信がないわけじゃないよ」


 シオンは答えた。


「でも、これを信じすぎて事故が起きたら、作った意味がなくなるから」


 トーマはしばらく考え、それから頷いた。


「分かりました。親父にも言っておきます」


     ◇


 同じころ。


 王都の訓練場では、カイル・レインフォードが一人の騎士と向かい合っていた。


「始め!」


 合図とともに、カイルが踏み込む。


 鋭い突き。


 続けて、足元を狙う斬撃。


 しかし、相手の騎士は盾で受け流した。


「力任せだ!」


 騎士が叫ぶ。


「分かってる!」


 カイルは身体をひねり、剣を振り抜いた。


 次の瞬間、騎士の剣がカイルの喉元で止まった。


「……負けだ」


 カイルは舌打ちした。


 騎士は剣を下ろす。


「剣筋はいい。だが、相手が自分より強いと分かった瞬間、攻め急ぐ癖がある」


「……はい」


「冒険者になりたいんだろう?」


 カイルは顔を上げた。


「はい」


「なら、勝つことだけを考えるな。仲間を連れて生きて帰ることも覚えろ」


 その言葉に、カイルは黙り込んだ。


 冒険者。


 世界中を旅し、未知の場所へ踏み込む者たち。


 幼いころから憧れていた生き方だった。


 だが、憧れだけでは生き残れない。


 カイルは剣を握り直した。


「……もう一本、お願いします」


 騎士は呆れたように笑った。


「少しは休め」


「まだ動けます」


「そういうところだと言ってるんだがな」


 それでも騎士は、再び剣を構えた。


     ◇


 ローゼンベルク公爵家。


 ヴィオレッタは、父の書斎で一冊の報告書を読んでいた。


 地方領地における魔導設備の普及状況。


 その数字は、彼女の予想以上に偏っていた。


 王都周辺では新しい設備が導入されている一方、遠方の農村では古い装置を修理しながら使い続けている。


「……これほど差があるのね」


 ヴィオレッタが呟くと、父が顔を上げた。


「興味があるのか?」


「はい、お父様」


「珍しいな。以前は歴史書ばかり読んでいたのに」


「歴史も好きです。でも、今の王国のことも知りたくなりました」


 父は報告書を閉じた。


「では、一つ聞こう。地方の設備を改善するには、何が必要だと思う?」


「……お金でしょうか」


「それも必要だ」


「技術者も」


「そうだな」


 ヴィオレッタは、少し考えた。


「それから……地方の人たちが、本当に何を必要としているのかを知ることです」


 父は、娘を見つめた。


「なぜ、そう思う?」


「王都で便利なものが、地方でも同じように便利とは限らないからです」


 彼女の脳裏には、交流会で見たシオンの姿があった。


 装置の説明をする少年。


 その隣で、職人のグレンが修理方法を説明していた。


 技術は、作る人だけで完成するわけではない。


 使う人の生活があって、初めて意味を持つ。


「……よい答えだ」


 父は微笑んだ。


「ならば、次の領地視察に同行してみるか?」


 ヴィオレッタは驚いた。


「よろしいのですか?」


「ただし、遊びではないぞ。見たことを報告書にまとめてもらう」


「もちろんです!」


 ヴィオレッタは、すぐに答えた。


 その夜。


 彼女は自室で、秘密のノートを開いた。


 かつて知っていた物語では、ヴィオレッタ・ローゼンベルクという少女は、王立総合学園で多くの人々と対立し、やがて破滅する。


 だが、その物語に描かれていなかった出来事が、今の世界では次々に起きている。


 シオンとの出会い。


 カイルとの友情。


 そして、地方の暮らしへの関心。


 彼女はノートに、新しい一文を書き加えた。


『物語の結末を避けるだけでは、私自身の人生にはならない』


 ヴィオレッタはペンを置いた。


 破滅しないこと。


 それだけを目標にしてきた。


 けれど、今は違う。


 自分が何をしたいのか。


 その答えを、少しずつ見つけ始めていた。


     ◇


 さらに季節が巡った。


 クレイヴェル領では、魔導回路の劣化警告装置が十台まで増えていた。


 すべて試験用であり、一般販売はまだ行っていない。


 だが、村の荷車や水車設備に取り付けられ、実際の使用記録が集まり始めていた。


 警告が出たことで、傷んだ回路が見つかった例もある。


 一方で、誤作動もあった。


 装置が壊れたこともあった。


 それでも、使う人たちからは意見が寄せられた。


『もっと遠くからでも警告灯が見えるようにしてほしい』


『雨の日に確認しにくい』


『交換部品を安くしてほしい』


 グレンは、その一つ一つに目を通した。


「……注文が多いな」


 シオンが笑う。


「使ってもらえてる証拠ですよ」


「それはそうだが、全部直すのは骨が折れるぞ」


「一つずつやりましょう」


 グレンは鼻を鳴らした。


「簡単に言ってくれる」


 それでも、手はすでに次の部品を削り始めていた。


     ◇


 十四歳になったシオンは、以前より背が伸びていた。


 声も少し低くなり、父エドガーから領地の帳簿を見せてもらう機会が増えていた。


 領地の収入。


 橋や道路の修繕費。


 農作物の収穫量。


 魔導設備の維持費。


 数字を追っていると、一つのことが分かった。


 新しい設備を導入したくても、予算には限りがある。


 事故を防ぐための装置であっても、ほかの必要な支出を削ってまで購入できるとは限らない。


「……父上」


 ある夜、シオンは書斎で尋ねた。


「もし領地にお金があったら、何を優先しますか?」


 エドガーは少し考えた。


「難しい質問だな」


「橋の修理ですか? 道路ですか? それとも、魔導設備でしょうか?」


「どれも必要だ」


「……ですよね」


「だから、順番を決める」


 エドガーは帳簿を閉じた。


「今すぐ必要なもの。少し待てるもの。将来のために準備するもの。その区別を間違えると、領地の人々が困る」


 シオンは頷いた。


「……僕、もっと勉強したいです」


「王立総合学園のことか?」


「はい」


 エドガーは息子を見つめた。


 以前から、話していたことだった。


 十五歳になったら、王立総合学園を受験する。


 魔導技術だけでなく、経済や領地運営も学べる場所。


 しかし、入学できる保証はない。


 学費の問題も残っている。


「……覚悟はできているか?」


 エドガーが尋ねた。


「はい」


「学園には、お前より優秀な者が大勢いるだろう」


「分かっています」


「貴族の子弟も多い。クレイヴェル家のような小さな男爵家では、肩身の狭い思いをするかもしれん」


 シオンは、少し考えた。


 そして、答えた。


「……それでも、行きたいです」


 エドガーは、しばらく息子を見つめていた。


 やがて、机の引き出しから一通の封筒を取り出した。


「ならば、これを読んでみなさい」


「……?」


 封筒には、王立総合学園の紋章が刻まれていた。


 シオンは目を見開いた。


「……これって」


「来年度の入学試験案内だ」


 エドガーは微笑んだ。


「レティシア殿からの推薦状についても、受理されたと連絡があった」


「……本当ですか!?」


「ああ。ただし、推薦があっても試験は受けなければならん」


「もちろんです!」


 シオンは封筒を大切に抱えた。


 ずっと目指してきた場所。


 王立総合学園。


 そこへ続く道が、ようやく見え始めていた。


     ◇


 そのころ、王都。


 カイル・レインフォードのもとにも、一通の案内が届いていた。


 王立総合学園。


 剣術、魔法、戦術。


 多くの分野を学べる王国最高峰の教育機関。


 カイルは案内を読み終えると、にやりと笑った。


「……シオンも受けるんだろうな」


 以前、手紙でそんな話をしていた。


 ならば、答えは決まっている。


「……負けてられないな」


 カイルは、剣を手に取った。


     ◇


 ローゼンベルク公爵家。


 ヴィオレッタもまた、学園の案内を机に置いていた。


 王立総合学園。


 かつての記憶では、彼女の運命が大きく変わる場所。


 多くの出会い。


 対立。


 そして、破滅へと続く物語の始まり。


 だが、ヴィオレッタは以前のように怯えてはいなかった。


「……逃げないわ」


 彼女は、小さく呟いた。


 未来が決まっているのなら、変えてみせる。


 そして、もし変えられたのなら。


 その先にある人生は、自分で選ぶ。


 ヴィオレッタは、学園の案内を開いた。


     ◇


 クレイヴェル領。


 夜の屋敷で、シオンは机に向かっていた。


 目の前には、王立総合学園の入学試験案内。


 その隣には、使い込まれた魔導回路の図面。


 そして、家族から借りた領地の帳簿。


 学びたいことは、山ほどあった。


 魔法。


 技術。


 剣術。


 経済。


 歴史。


 世界には、まだ知らないことがたくさんある。


 シオンは窓の外を見た。


 村の魔導灯が、夜道を照らしている。


 あの灯りを守るために、始めた勉強だった。


 だが、今はそれだけではない。


 もっと広い世界を見てみたい。


 もっと多くの人と出会いたい。


 そして、自分に何ができるのかを知りたい。


 シオンは、試験案内の最初のページを開いた。


 十五歳になるまで、あと一年。


 その一年を、無駄にはできない。


 遠く離れた場所で、カイルも、ヴィオレッタも、それぞれの未来へ向かって歩き始めていた。


 三人の道が再び交わる日は、もう遠くなかった。

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