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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第一部 目覚めの灯火

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小さな発明、大きな世界

カンッ!


 乾いた音が、夕暮れの中庭に響いた。


「……くっ!」


 シオン・クレイヴェルは木剣を握り直した。


 目の前では、カイル・レインフォードが楽しそうに笑っている。


「どうした、シオン! もう終わりか?」


「……まだ!」


 シオンは踏み込んだ。


 カイルの右肩が、わずかに動く。


 次の攻撃は横薙ぎ。


 そう判断して、シオンは身体を低くした。


 木剣が頭上を通り過ぎる。


 そのまま、カイルの懐へ。


「……取った!」


 だが。


「甘い!」


 カイルは左足を引いて身体を回転させた。


 シオンの木剣が空を切る。


 次の瞬間、カイルの木剣がシオンの肩へ軽く触れた。


「……一本」


 シオンは、がっくりと肩を落とした。


「……また負けた」


「でも、前よりずっとよくなってるぞ」


 カイルは笑った。


「今のは少し危なかった」


「……本当?」


「ああ。もう少し踏み込みが速ければ、俺のほうが負けてたかもしれない」


 シオンは少し嬉しくなった。


 故郷へ戻ってから、毎日少しずつ剣術の練習を続けていた。


 その成果が、少しは出ているらしい。


「……次は勝つよ」


「おう。楽しみにしてる」


 二人は木剣を軽く合わせた。


     ◇


 翌朝。


 王立魔導技術院の大講堂には、多くの人が集まっていた。


 地方魔導技術交流会。


 王国各地から、魔導技術者や職人、領主の関係者が集まる催しだった。


 会場には、さまざまな装置が並んでいる。


 魔力を使って水を汲み上げる装置。


 農作物の保存期間を延ばす魔導箱。


 従来より少ない星晶石で長時間点灯する、省魔力型の魔導灯。


 そして、まだ実用化されていない試作品。


 シオンは目を輝かせた。


「……すごい」


 隣に立つグレンも、興味深そうに周囲を見回している。


「……こりゃ、見たことないものばかりだな」


 父エドガーは少し笑った。


「二人とも、見学はあとにしよう。まずは準備だ」


「……はい!」


 シオンとグレンは、慌てて自分たちの展示場所へ向かった。


     ◇


 展示台の上には、三つの装置が並べられていた。


 魔導回路の劣化警告装置。


 最初の試作品。


 改良型。


 そして、予備として作った三台目。


 シオンは説明用の図面を広げた。


「……これで大丈夫かな」


 グレンが笑った。


「大丈夫だろ。壊れたら直せばいい」


「……それ、今日だけは困ります」


「ははは!」


 そのとき、背後から声がした。


「準備は順調?」


 レティシアだった。


 赤い髪を後ろでまとめ、白衣の袖をまくっている。


 腰には工具入れ。


 いかにも技術者らしい姿だった。


「はい。何とか」


 シオンが答える。


 レティシアは展示台を覗き込んだ。


「……ふむ」


 改良型の装置を手に取る。


「前より、ずいぶんよくなったわね」


「ありがとうございます!」


「でも、まだ改善できるところはある」


「……ですよね」


 レティシアは笑った。


「それを見つけるための交流会なんだから、気にしなくていいのよ」


 シオンは少し安心した。


     ◇


 交流会が始まると、次々に見学者が訪れた。


 最初に来たのは、地方の商人だった。


「……これは、何をする装置ですか?」


 シオンは少し緊張しながら説明を始めた。


「魔導回路の劣化を知らせる装置です」


「劣化?」


「はい。例えば、荷車の制動補助装置が壊れかけている場合、事前に警告灯が点灯します」


 商人は興味深そうに装置を見た。


「……なるほど」


 シオンは試験用の回路を操作した。


 魔力の流れを少しずつ弱める。


 すると、装置の中央にある星晶石が赤く光った。


「……おお!」


 商人が声を上げた。


「これは便利そうですね」


 シオンは少し嬉しくなった。


 だが、次の質問で言葉に詰まった。


「……それで、一台いくらですか?」


「……えっ?」


「価格ですよ。いくらで買えるんです?」


 シオンは思わずグレンを見た。


 グレンも少し困った顔をした。


「……まだ、販売価格は決めていません」


 シオンが答える。


 商人は頷いた。


「そうですか。なら、価格が決まったら教えてください」


 そう言って、次の展示へ向かっていった。


 シオンは少し肩を落とした。


「……値段か」


 グレンが笑った。


「当たり前だろ。買う人にとっては大事なことだ」


「……ですよね」


 シオンは説明用の紙に小さく書き加えた。


『販売価格の検討』


     ◇


 次に来たのは、年配の魔導技術者だった。


 白い髭を蓄え、丸い眼鏡をかけている。


「……ほう。劣化警告装置か」


 男は装置をじっと見つめた。


「面白い発想だな」


「ありがとうございます」


 シオンが頭を下げる。


 だが、男はすぐに眉を寄せた。


「……しかし、これでは誤作動が起きるのではないか?」


 シオンは少し緊張した。


「……はい。まだ完全には防げていません」


「星晶石の品質差は?」


「調整回路で補正しています」


「温度変化は?」


「……一部だけ、対応しています」


「長期間使用した場合の耐久性は?」


「……まだ、試験中です」


 男はしばらく黙っていた。


 シオンは少し落ち込んだ。


 やはり、まだ未完成なのだ。


 だが。


「……正直でよろしい」


 男は満足そうに頷いた。


「分からないことを、分からないと言えるのは大切だ」


 シオンは顔を上げた。


「……え?」


「技術者が一番やってはいけないのは、分からないことを分かったふりをすることだ」


 男は装置を軽く叩いた。


「これは、まだ未完成だ。だが、改良する価値はある」


 シオンは胸の奥が温かくなるのを感じた。


「……ありがとうございます!」


     ◇


 昼過ぎ。


 シオンたちの展示台の前に、少し人だかりができていた。


 きっかけは、一人の女性だった。


 地方の運送組合に所属しているという女性は、装置の説明を聞くと、すぐに質問を始めた。


「……つまり、事故が起きる前に異常を知らせてくれるのね?」


「はい。完全ではありませんが」


「それでも、十分に価値があるわ」


 女性は真剣な表情だった。


「荷車の事故は珍しくないの。特に、長距離輸送では」


 シオンは静かに頷いた。


 自分がこの装置を作ろうと思ったきっかけも、荷車の事故だった。


「……もし、実用化できたら」


 女性は少し考えた。


「うちの組合で試験的に使ってみたいわ」


 シオンは目を見開いた。


「……本当ですか?」


「ええ。ただし、条件がある」


「……条件?」


「耐久性の試験をきちんと行うこと。それから、修理方法を分かりやすくすること」


 シオンは力強く頷いた。


「……はい!」


 女性は満足そうに微笑んだ。


「なら、また連絡しましょう」


     ◇


 交流会が終わったころ。


 シオンは展示台の前で大きく息を吐いた。


「……疲れた」


 グレンも椅子に座り込んだ。


「……鍛冶場で一日働くほうが楽だな」


 二人は思わず笑った。


 父エドガーが、ゆっくりと近づいてきた。


「……どうだった?」


 シオンは少し考えた。


「……勉強になりました」


「そうか」


「装置を作るだけじゃ、足りないんですね」


 エドガーは頷いた。


「そうだな」


「値段も、修理も、使う人のことも考えないと」


 シオンは展示台の装置を見つめた。


「……でも、作ってよかったです」


 エドガーは穏やかに微笑んだ。


「それなら、十分だ」


     ◇


 その日の夕方。


 シオンは、技術院の中庭へ向かった。


 カイルと、もう一人。


 金色の髪を青いリボンで結んだ少女が立っていた。


「……ヴィオレッタ!」


 シオンは驚いて声を上げた。


 ヴィオレッタ・ローゼンベルクは、嬉しそうに微笑んだ。


「久しぶりね、シオン」


「どうしてここに?」


「カイルから、あなたが王都に来ていると聞いたの。久しぶりに会いたかったから」


 カイルが得意げに笑った。


「俺が知らせたんだ。せっかく三人とも王都にいるんだから、集まらないともったいないだろ?」


「ありがとう、カイル!」


 シオンは嬉しそうに笑った。


 ヴィオレッタは、シオンを見つめた。


「交流会、評判がよかったみたいね」


「……まだまだだよ」


 シオンは少し照れた。


「でも、試験的に使ってみたいって言ってくれた人がいたんだ」


「それは、すごいことよ」


 ヴィオレッタは真剣に言った。


「自分の作ったものが、誰かの役に立つかもしれないのでしょう?」


 シオンは静かに頷いた。


「……うん」


 カイルが笑った。


「じゃあ、次はもっとすごいものを作れよ」


「……簡単に言うね」


「当たり前だろ。お前ならできる」


 シオンは少し驚いた。


 だが、すぐに笑った。


「……ありがとう」


     ◇


 夜。


 王都の宿舎で、シオンは今日の記録をまとめていた。


 装置の改善点。


 見学者からの質問。


 運送組合との試験導入の可能性。


 そして、王都で見た新しい技術。


 ノートには、書ききれないほどの情報が並んでいた。


 シオンは、ふと窓の外を見た。


 王都の夜景。


 遠くに見える王城。


 そして、満天の星。


 十二歳。


 まだ、できることは少ない。


 知らないことも、たくさんある。


 だが、今日、一つだけ分かったことがあった。


 世界は、自分が思っていたよりずっと広い。


 そして、その世界には、色々な人がいる。


 技術者。


 職人。


 商人。


 運送業者。


 領主。


 それぞれが、自分の仕事をしている。


 誰か一人が、すべてを変えるわけではない。


 けれど、誰かの小さな工夫が、別の誰かの生活を変えることはある。


 シオンは静かにペンを置いた。


「……もっと、学びたいな」


 その言葉は、誰に聞かせるでもなく、夜の部屋に溶けていった。

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