王都から届いた知らせ
冬が過ぎ、クレイヴェル領に春が訪れた。
シオン・クレイヴェルは十二歳になっていた。
「シオン兄さま! 王都からお手紙です!」
朝食の席に、ミリアが勢いよく飛び込んできた。
その手には、青い封蝋の押された封筒が握られている。
「ミリア、食堂では走らないの」
母マリアが注意する。
「でも、王都からです!」
「王都からでも同じよ」
ミリアは足を止めたが、目だけはきらきらと輝いていた。
シオンは封筒を受け取った。
差出人は、レティシア・ヴァイン。
王立魔導技術院で世話になった魔導技術者だった。
「……何だろう?」
封を開くと、見慣れた勢いのある文字が並んでいた。
『シオン君へ。
元気にしてる?
送ってくれた魔導回路の劣化警告装置、フィオナと一緒に確認したわ。
率直に言うと、面白い!
ただし、改善点が山ほどあるわ!
特に、警告が出る条件の設定が甘い。星晶石の品質が違うだけで誤作動する可能性があるし、振動への対策も足りない。
というわけで、王都で開かれる地方魔導技術交流会に、試作品を持ってきてみない?
参加費は技術院側で負担する予定よ。
もちろん、家族の許可が必要だから、まずは相談してね。
追伸。壊れるかもしれないから、予備は二つ作っておくこと!』
シオンは最後の一文を読んで苦笑した。
「……相変わらずだなあ」
「何が書いてあったの?」
エリシア姉さんが尋ねた。
「王都の交流会に、僕たちの作った装置を持ってこないかって」
「まあ!」
マリアが驚いた。
フィリップ兄さんも身を乗り出す。
「それって、王都の技術者たちに見てもらえるってこと?」
「うん。そうみたい」
父エドガーは、静かに手紙を受け取った。
内容を確認し、少し考える。
「……面白い話だな」
シオンは顔を上げた。
「行ってもいいですか?」
「すぐには決められん。旅費もあるし、領地の仕事も調整しなければならない」
「……はい」
「だが、お前一人の勉強では終わらないかもしれない」
エドガーは、手紙を机に置いた。
「この装置が本当に役立つなら、村の人たちにも利益がある」
シオンは力強く頷いた。
◇
翌日。
シオンは村の鍛冶場を訪れていた。
「王都の交流会?」
鍛冶職人のグレンが目を丸くした。
「はい。試作品を見てもらえるそうです」
「そいつはすごいな!」
グレンは大きく笑った。
「じゃあ、もっとまともなものを作らんとな」
「……ですよね」
二人は、作業台に置かれた警告装置を見つめた。
小さな金属製の箱。
中央には赤い星晶石。
回路の魔力が一定以下になると、警告灯が点灯する仕組みだ。
しかし、実際に荷車へ取り付けてみると、いくつか問題が見つかっていた。
石畳の道を走ると、振動で接点がずれる。
寒い朝には、警告灯が点滅することがある。
さらに、安価な星晶石を使うと、感度が大きく変わってしまう。
「……このままじゃ、売り物にはならないですね」
シオンが呟いた。
「まあな」
グレンは工具を手に取った。
「でも、使えないわけじゃない」
「……はい」
「直せばいいだけだ」
その言葉に、シオンは笑った。
「……そうですね!」
◇
それから二週間。
シオンとグレンは、試作品の改良に取り組んだ。
振動に耐えるため、内部の固定方法を変更する。
星晶石の品質による差を減らすため、調整用の回路を追加する。
さらに、警告灯が点灯したとき、どの程度の劣化なのかを判断できるようにした。
だが、問題は次々と現れた。
「……また誤作動した」
シオンが肩を落とす。
グレンは装置を軽く叩いた。
「ここが緩んでるな」
「……昨日、直したところなのに」
「直したから、別の場所に負担がかかったんだろ」
シオンは思わず笑ってしまった。
「……王都でも、同じことを言われました」
「そうか?」
「はい。回路は全部つながってるから、一か所だけ見てもだめだって」
グレンは満足そうに頷いた。
「魔導装置も、荷車も、似たようなもんだな」
◇
交流会の一週間前。
ついに、改良型の警告装置が完成した。
以前より少し大きくなったが、耐久性は改善している。
グレンが試験用の荷車を引いた。
石畳。
土道。
小さな段差。
装置は正常に動作していた。
「……よし!」
シオンは思わず拳を握った。
グレンも笑った。
「これなら、見せても恥ずかしくないだろう」
「はい!」
ただし、まだ長期間の試験は終わっていない。
実用化には、もう少し時間が必要だった。
それでも、シオンは嬉しかった。
自分たちが作ったものが、少しずつ形になっている。
その実感があった。
◇
王都への出発が決まったのは、その翌日だった。
エドガーは書斎でシオンに告げた。
「交流会には、私も同行しよう」
「……父上も?」
「ああ。領地の設備に関係する話だ。領主としても確認しておきたい」
シオンは頷いた。
「ありがとうございます!」
「それから、グレンにも同行してもらう」
「……えっ?」
シオンは驚いた。
エドガーは微笑んだ。
「装置を作ったのは、お前一人ではないだろう?」
シオンは少し考えた。
そして、力強く頷いた。
「……はい!」
◇
王都への旅は、以前より賑やかだった。
馬車の中には、シオン、エドガー、グレンの三人。
グレンは、王都へ行くのが十数年ぶりだという。
「……あのころは、まだ若かったな」
グレンが懐かしそうに言った。
「王都の鍛冶場で働いてたんですか?」
「ああ。短い間だけな」
「どうして戻ってきたんですか?」
グレンは少し笑った。
「村の鍛冶場を継ぐためだ」
シオンは頷いた。
「……そうだったんですね」
「王都は確かにすごい。技術も、人も、道具も揃ってる」
グレンは窓の外を見た。
「でも、村にだって必要な仕事はある」
シオンは、その言葉を静かに聞いていた。
王都で学ぶこと。
故郷で働くこと。
どちらが上というわけではない。
それぞれに、大切な役割があるのだ。
◇
五日後。
三人は王都へ到着した。
大きな城壁。
賑やかな市場。
遠くに見える王城。
久しぶりの王都だった。
「……懐かしい」
シオンが呟く。
グレンは周囲を見回していた。
「……ずいぶん変わったな」
エドガーが笑った。
「王都は、いつも変わっていくからな」
シオンは胸の奥が少し高鳴るのを感じた。
また、ここへ戻ってきた。
そして、今回は研修生としてではない。
自分たちが作った装置を、見てもらうために。
◇
王立魔導技術院の正門前。
「シオン君!」
聞き慣れた声が響いた。
振り向くと、赤い髪を揺らしながらレティシアが駆け寄ってきた。
「久しぶり!」
「レティシアさん!」
「元気そうね!」
「はい!」
その後ろには、フィオナ・リュミエールも立っていた。
「お久しぶりです、シオン君」
「フィオナさん!」
フィオナは穏やかに微笑んだ。
「手紙で読んでいましたが、本当に装置を作ったんですね」
「はい。でも、グレンさんにたくさん助けてもらいました」
シオンは隣のグレンを紹介した。
「こちらが、鍛冶職人のグレンさんです」
グレンは少し緊張した様子で頭を下げた。
「……どうも」
レティシアは満面の笑みを浮かべた。
「よろしく! ぜひ、詳しく話を聞かせてください!」
グレンは少し驚いた。
だが、すぐに笑った。
「……こちらこそ」
◇
交流会の前日。
シオンは技術院の中庭を歩いていた。
懐かしい場所だった。
ここで、カイルと何度も剣術の練習をした。
最初はまったく歯が立たなかった。
今でも、勝てる自信はない。
だが、少しは強くなったはずだ。
「……カイル、元気かな」
シオンが呟いた、そのとき。
「おい」
背後から声がした。
振り向くと、深い紺色の髪をした少年が立っていた。
鋭い灰色の瞳。
少し背が伸びた姿。
だが、笑い方は変わっていなかった。
「……カイル!」
「久しぶりだな、シオン」
カイル・レインフォードは、にやりと笑った。
「お前が王都に来てるって聞いて、探してたんだ」
「そうだったんだ!」
「ああ。それで、当然やるよな?」
カイルは、木剣を一本投げてよこした。
シオンは慌てて受け取った。
「……いきなり?」
「当たり前だろ」
カイルは、もう一本の木剣を構えた。
「お前がどれだけ強くなったか、確かめてやる」
シオンは思わず笑った。
「……分かった!」
木剣を構える。
王都で出会った友人。
久しぶりの再会。
だが、二人の間に遠慮はなかった。
「……行くぞ!」
カイルが踏み込んだ。
シオンは、その動きを見た。
以前より速い。
だが、今の自分なら。
「……っ!」
木剣がぶつかり、乾いた音が響いた。
カイルが少し驚いた顔をした。
「……おっ?」
シオンは笑った。
「……少しは、強くなったでしょ?」
カイルは嬉しそうに笑い返した。
「ああ!」
そして、もう一度剣を構えた。
「……面白くなってきたな!」
夕暮れの中庭に、二人の笑い声と木剣の音が響いていた。




