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群星のヴェルシェリア  作者: セイ
第一部 目覚めの灯火

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22/116

帰郷、そして新しい一歩

 王都を出発して五日目の午後。


 シオン・クレイヴェルを乗せた馬車が、懐かしい丘を越えた。


「見えてきたぞ、シオン」


 父エドガーの声に、シオンは窓から身を乗り出した。


 なだらかな畑。川沿いの水車。遠くに見える、古い石造りの屋敷。


 半年ぶりの故郷だった。


「……あれ?」


 シオンは目を瞬いた。


 村の入り口に、新しい建物が増えている。


 川には以前より頑丈そうな橋が架かり、水車小屋の屋根も新しくなっていた。


「随分変わったでしょう?」


 向かいに座るフィリップ兄さんが笑った。


 フィリップは父と一緒に迎えに来てくれたのだ。


「北の谷の事件のあと、王都から復旧の補助金が出たんだ。村の人たちも頑張ったからね」


「……そうなんだ」


 シオンは、少し胸が熱くなった。


 一年前。


 村は、古い魔導設備の暴走によって大きな被害を受けた。


 亡くなった人もいた。


 壊れた家もあった。


 あのとき、自分には何もできなかった。


 けれど、村は確かに前へ進んでいる。


「シオンが王都で勉強している間、こっちも遊んでいたわけじゃないからな」


 エドガーが穏やかに言った。


「……うん」


 シオンは、もう一度村を見つめた。


 帰ってきた。


 その実感が、少しずつ胸に広がっていった。


     ◇


「シオン兄さま!」


 屋敷の玄関へ到着するなり、小さな影が飛び出してきた。


「ミリア!」


 シオンは慌てて馬車を降りた。


 次の瞬間、妹のミリアが勢いよく抱きついてくる。


「おかえりなさい!」


「ただいま!」


「遅いです!」


「えっ?」


「ずっと待ってたんです!」


 ミリアは頬を膨らませた。


 シオンは思わず笑った。


「ごめんね」


「もう王都に行っちゃだめです!」


「それは……ちょっと難しいかも」


「どうしてですか!」


 ミリアの抗議に、玄関から笑い声が響いた。


「おかえり、シオン」


 母マリアだった。


 その後ろには、エリシア姉さんとアルベルト兄さんも立っている。


「母上!」


 シオンは、ミリアを抱えたまま駆け寄った。


 マリアは、シオンの顔をじっと見つめた。


「……少し大人っぽくなったわね」


「そうかな?」


「ええ。目つきが変わったわ」


 エリシア姉さんが、横から微笑んだ。


「でも、背はあんまり変わってないわね」


「……姉さん」


「冗談よ」


 アルベルト兄さんが、シオンの肩を軽く叩いた。


「よく帰ったな」


「アルベルト兄さん!」


 シオンは、兄の左腕を見た。


 一年前の事件で、骨折した腕。


 今は、もう包帯もない。


「……腕、大丈夫?」


「ああ。もう問題ない」


 アルベルトは笑った。


「ただ、昔みたいに無茶をすると、母上に怒られる」


「当たり前でしょう」


 マリアが即座に答えた。


 家族の笑い声が、玄関に広がった。


     ◇


 その夜。


 クレイヴェル家の食卓は、久しぶりに賑やかだった。


「それで、王都には本当にあんな大きな建物があるの?」


 ミリアが目を輝かせて尋ねる。


「あるよ。王立魔導技術院なんて、村の広場よりずっと大きいんだ」


「すごい!」


「それから、王城も見たよ」


「お城!」


 ミリアは椅子の上で跳ねそうになった。


「ミリア、落ち着きなさい」


 マリアが苦笑する。


 フィリップ兄さんが、シオンを見た。


「それで、友達はできた?」


「うん。二人」


「へえ」


「カイルっていう男の子と、ヴィオレッタっていう女の子」


 エリシア姉さんが、ぴくりと反応した。


「……ヴィオレッタ?」


「うん」


「もしかして、ローゼンベルク公爵家の?」


「そうだけど……」


 エリシアは、思わず口元を押さえた。


「シオン、あなた……公爵令嬢とお友達になったの?」


「……うん?」


 シオンは首を傾げた。


「普通に話してただけだよ」


「普通に……」


 エリシアは、少し呆れたように笑った。


「あなた、本当に変なところで物怖じしないわね」


 エドガーも苦笑した。


「まあ、身分の違いはある。礼儀だけは忘れないようにな」


「はい、父上」


 シオンは頷いた。


 だが、心の中では少し不思議だった。


 ヴィオレッタは確かに公爵令嬢だ。


 けれど、シオンにとっては、一緒に勉強して、一緒に笑った友達だった。


 それ以上でも、それ以下でもない。


     ◇


 帰郷して三日後。


 シオンは、久しぶりに村を歩いていた。


 目的地は、川沿いの水車小屋。


 かつて魔力の異常が発生した場所だった。


 水車は、以前より滑らかに回っている。


 新しい魔導装置も取り付けられていた。


「……ずいぶん変わったな」


 シオンは、装置を見つめた。


 魔力の流れは安定している。


 王都で学んだ知識があれば、その仕組みもある程度理解できた。


「……シオン坊ちゃん?」


 背後から声がした。


 振り向くと、水車小屋の管理人が立っていた。


「おお! 帰ってきてたのか!」


「はい。三日前に」


「そうか、そうか!」


 管理人は嬉しそうに笑った。


「王都で勉強してたんだってな!」


「はい」


「そりゃすごい!」


 シオンは少し照れた。


 管理人は、水車を見上げた。


「この装置も、王都の技術者さんが直してくれたんだ」


「……そうなんですね」


「ああ。前みたいなことは、もう起きないようにって」


 シオンは、静かに頷いた。


 あの事件を忘れたわけではない。


 だが、村の人たちは前へ進もうとしている。


 自分も、そうありたいと思った。


     ◇


 その日の午後。


 シオンは、屋敷の書斎で父エドガーと向かい合っていた。


 机の上には、一通の書類が置かれている。


 王立総合学園への推薦状だった。


「……これが、レティシアさんから?」


 エドガーが尋ねる。


「はい」


 シオンは頷いた。


「十五歳になったら、入学試験を受けられるそうです」


 エドガーは、しばらく書類を見つめていた。


「……王立総合学園か」


 静かな声だった。


 シオンは、少し緊張した。


 クレイヴェル家は、裕福ではない。


 王都での半年間の研修も、特別な支援があったからこそ実現できた。


 学園へ通うとなれば、もっとお金が必要になる。


「……難しいですか?」


 シオンが尋ねる。


 エドガーは、少し考えた。


「正直に言えば、簡単ではない」


「……はい」


「だが、不可能でもない」


 シオンは顔を上げた。


 エドガーは、穏やかに微笑んだ。


「学費の支援制度もあると聞いている。まずは調べてみよう」


「……父上」


「それに」


 エドガーは、少し笑った。


「お前が本当に学びたいのなら、父親として応援したい」


 シオンは、胸の奥が温かくなるのを感じた。


「……ありがとうございます」


     ◇


 それから、三か月が過ぎた。


 シオンは、毎日少しずつ勉強を続けていた。


 王都から持ち帰った教本。


 レティシアが渡してくれた魔導回路の資料。


 フィオナがまとめてくれた基礎理論。


 そして、ヴィオレッタからもらったリューデン王国の歴史書。


 どれも、シオンにとって大切なものだった。


 剣術の練習も続けていた。


 相手は、主にフィリップ兄さんだった。


「……甘い!」


 フィリップの木剣が、シオンの肩を軽く叩いた。


「……また負けた」


「でも、前よりずっとよくなってるよ」


 フィリップは笑った。


「王都で、いい先生に出会ったんだね」


「……うん」


 シオンは、カイルの顔を思い浮かべた。


 深い紺色の髪。


 鋭い灰色の瞳。


 そして、負けず嫌いな笑顔。


 次に会うときは、少しでも強くなっていたい。


 シオンは、もう一度木剣を構えた。


「……もう一本、お願いします!」


 フィリップは嬉しそうに笑った。


「いいよ!」


     ◇


 その夜。


 シオンは、机に向かって手紙を書いていた。


 宛先は、カイルとヴィオレッタ。


 王都での友人たちだ。


『カイルへ。


 僕は元気にしています。


 帰ってからも、剣術の練習を続けています。


 まだフィリップ兄さんには勝てないけど、少しずつ上達していると思います。


 次に会うときは、一本くらい取れるようになりたいです。』


 シオンは、少し笑った。


 カイルなら、きっとこう返すだろう。


『一本じゃなくて、勝つつもりで来い』


 そんな声が聞こえてきそうだった。


 続いて、ヴィオレッタへの手紙を書く。


『ヴィオレッタへ。


 もらった本、少しずつ読んでいます。


 リューデン王国の歴史は、とても面白いです。


 特に、山岳地帯の小さな国が、周囲の大国と渡り合ってきた話が印象に残りました。


 また会えたら、色々話したいです。』


 シオンは、ペンを置いた。


 窓の外には、満天の星が広がっている。


 王都で見た星空とは、少し違う。


 街の灯りが少ない分、星がよく見えた。


「……また会えるかな」


 シオンは、小さく呟いた。


 そして、すぐに首を振った。


「……ううん。会いに行こう」


 自分で決めた未来。


 自分で歩く道。


 まだ遠いけれど、確かにそこへ向かっている。


     ◇


 そのころ。


 王都の一角では、カイル・レインフォードが一人、剣を振っていた。


 夜の訓練場。


 周囲には、誰もいない。


 カイルは、何度も木剣を振り下ろす。


 そして、ふと手を止めた。


「……シオンのやつ、元気にしてるかな」


 小さく笑った。


「次に会うときは、もっと強くなってないとな」


 カイルは、再び剣を構えた。


 その瞳には、強い意志が宿っていた。


     ◇


 一方。


 ローゼンベルク公爵家の屋敷では、ヴィオレッタが一冊のノートを開いていた。


 前世の記憶。


 物語の中で、自分が辿るはずだった運命。


 そこには、いくつもの出来事が記されている。


 王立総合学園への入学。


 王族との出会い。


 そして、破滅へと続く未来。


 だが、ヴィオレッタは、以前ほどその文字を恐れていなかった。


 なぜなら。


 物語には登場しなかった友人たちが、今の自分にはいるからだ。


「……シオン、カイル」


 ヴィオレッタは、静かに微笑んだ。


「また、会いましょうね」


 彼女は、ノートを閉じた。


 そして、窓の外に広がる星空を見上げた。


 それぞれの場所で。


 それぞれの未来を思い描きながら。


 三人の物語は、少しずつ前へ進んでいた。

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