それぞれの旅立ち
王都での研修も、残り一か月となった。
初夏の陽射しが差し込む王立魔導技術院の実習室で、シオン・クレイヴェルは小さな金属製の装置を見つめていた。
「……これが、最後の課題?」
「そうよ」
レティシア・ヴァインは、机の上に三つの装置を並べた。
どれも手のひらほどの大きさで、中央には小さな星晶石がはめ込まれている。
「今回の課題は、魔力循環装置の調整と安定化。これまで学んだことを使って、自分たちだけで完成させてもらうわ」
フィオナが、横から補足する。
「ただし、今回は一人一台です。誰かに助けてもらうことはできません」
「……一人で?」
シオンは少し不安になった。
これまでの実習では、カイルやヴィオレッタと協力することが多かった。
自分は魔力の流れを見ることが得意だが、細かな調整は苦手だった。
カイルは魔力の制御が上手い。
ヴィオレッタは設計図を読むのが得意だ。
三人なら、できることも多い。
だが、一人となると話は別だった。
「心配しなくていいわ」
レティシアは笑った。
「失敗しても、装置が壊れるだけだから」
「……それ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫! 予備はたくさんある!」
フィオナが小さくため息をついた。
「……壊さないようにしてくださいね」
◇
課題が始まった。
カイルは、迷うことなく装置へ魔力を流した。
中央の星晶石が青く光る。
魔力の量は安定している。
だが、回路の一部がわずかに乱れていた。
「……ここか」
カイルは、調整器具を使って回路を修正した。
数分後。
装置は、安定した光を放ち始めた。
「……よし」
カイルは満足そうに笑った。
一方、ヴィオレッタは慎重だった。
最初に設計図を確認し、装置の構造を調べる。
そして、必要な部分だけを少しずつ調整していった。
時間はかかったが、失敗は少なかった。
「……できたわ」
ヴィオレッタは、小さく息を吐いた。
残るは、シオンだった。
「……うーん」
シオンは、装置を見つめていた。
魔力の流れは見える。
どこが乱れているのかも分かる。
だが、それをどう直せばいいのかが分からない。
「……右側を直すと、左側が乱れる」
シオンは、何度も調整を繰り返した。
そのたびに、別の場所で魔力が乱れる。
額に汗が浮かんだ。
頭が、少し重い。
以前なら、ここで無理をしていたかもしれない。
だが、今は違う。
シオンは、いったん手を止めた。
深く息を吸う。
目を閉じる。
そして、もう一度設計図を見た。
「……そうか」
シオンは、ようやく気づいた。
自分は、魔力の流れだけを見ていた。
だが、装置は回路全体で動いている。
一か所だけを直しても、別の場所へ負担がかかる。
ならば。
「……全部を、少しずつ」
シオンは、慎重に調整を始めた。
右側。
左側。
中央。
少しずつ、魔力の流れが揃っていく。
そして。
ブゥン。
装置が、安定した音を立てた。
「……できた!」
シオンは、思わず声を上げた。
◇
「……全員、合格ね」
レティシアは、三人の装置を確認して頷いた。
「カイル君は、魔力制御が優秀。ヴィオレッタさんは、設計図の理解と調整が正確。シオン君は、魔力の流れを読む能力が突出している」
三人は、少し照れながら頷いた。
「ただし」
レティシアは、少し真剣な表情になった。
「三人とも、まだまだ未熟よ」
「……はい」
シオンが答える。
「カイル君は、勢いで進めすぎる。ヴィオレッタさんは、慎重すぎる。シオン君は、見えるものに頼りすぎる」
カイルが苦笑した。
「……耳が痛いな」
ヴィオレッタも、小さく笑った。
「確かに、そうかもしれません」
レティシアは、満足そうに頷いた。
「でも、それでいいの。自分の弱点が分かれば、次に何を学べばいいのかも分かるから」
◇
その日の夕方。
三人は、いつもの屋上に集まっていた。
王都の街並みが、夕日に照らされている。
「……もうすぐ、終わりだね」
シオンが呟いた。
「半年なんて、あっという間だったな」
カイルが答える。
「最初は、もっと長く感じると思ってた」
ヴィオレッタは、少し寂しそうに微笑んだ。
「……私も」
シオンは、二人を見た。
「カイルは、これからどうするの?」
「俺は、しばらく王都に残る」
カイルは答えた。
「剣術と魔法の勉強を続けるつもりだ」
「冒険者になるため?」
「ああ」
カイルは頷いた。
「まだ、全然足りないからな」
シオンは、少し笑った。
「……カイルでも、そう思うんだ」
「当たり前だろ」
カイルは肩をすくめた。
「世界には、もっと強いやつがたくさんいるんだから」
ヴィオレッタが、静かに口を開いた。
「私は、家へ戻るわ」
「公爵家?」
「ええ」
ヴィオレッタは頷いた。
「これから、貴族としての勉強も増えると思う」
シオンは、少し考えた。
「……また会えるかな」
ヴィオレッタは、微笑んだ。
「きっと会えるわ」
カイルも頷いた。
「王都に来れば、俺はいるぞ」
「……ずっと?」
「少なくとも、しばらくはな」
三人は、笑い合った。
◇
翌日。
シオンは、レティシアとフィオナに呼ばれていた。
机の上には、一通の書類が置かれている。
「……これは?」
シオンが尋ねる。
「王立総合学園への推薦状よ」
レティシアが答えた。
シオンは、目を見開いた。
「……学園?」
「まだ入学できる年齢ではないけどね」
フィオナが微笑んだ。
「王立総合学園は、十五歳から入学できるの。魔法や剣術、歴史、政治など、色々なことを学べる場所よ」
シオンは、書類を見つめた。
「……僕でも、入れるの?」
「もちろん、入学試験はあるわ」
レティシアは笑った。
「でも、今のうちから準備しておけば、十分に可能性はある」
フィオナが続けた。
「それに、シオン君の能力は、技術院だけでなく、学園でも役立つと思う」
シオンは、少し考え込んだ。
十五歳。
まだ、四年以上先の話だ。
だが、今の自分には、遠い未来のようにも感じられた。
「……ありがとうございます」
シオンは、深く頭を下げた。
◇
研修が終わる日。
王立魔導技術院の正門前には、シオンの父エドガーが迎えに来ていた。
「……久しぶりだな、シオン」
「父上!」
シオンは、思わず駆け寄った。
エドガーは、少し驚いたように笑った。
「……大きくなったか?」
「半年だから、少しだけ」
「そうか」
エドガーは、シオンの頭を撫でた。
その後ろには、カイルとヴィオレッタが立っていた。
「……シオン」
カイルが声をかける。
「次に会うときは、もっと強くなってるからな」
シオンは笑った。
「僕も、負けないよ」
「楽しみにしてる」
二人は、拳を軽く合わせた。
ヴィオレッタは、小さな包みを差し出した。
「これ、よかったら」
「何?」
「本よ。リューデン王国の歴史について書かれたもの」
シオンは驚いた。
「……いいの?」
「ええ。私、同じ本を二冊持っているから」
ヴィオレッタは微笑んだ。
「次に会ったとき、感想を聞かせてね」
「ありがとう」
シオンは、包みを大切に抱えた。
◇
馬車が、王都を離れていく。
シオンは、窓の外を見つめていた。
半年。
短いようで、長い時間だった。
新しい知識。
新しい友人。
そして、知らなかった世界。
王都へ来る前の自分とは、少し違っている気がした。
エドガーが隣で尋ねた。
「……どうだった?」
シオンは、少し考えてから答えた。
「……楽しかった」
エドガーは微笑んだ。
「そうか」
「でも、もっと色々なことを知りたい」
「そうか」
エドガーは、もう一度頷いた。
シオンは、窓の外に広がる街道を見つめた。
この道の先には、まだ知らない世界がある。
いつか、自分の足で歩いてみたい。
そんな思いが、胸の奥に芽生えていた。
そして。
シオン・クレイヴェルは、十一歳になろうとしていた。




